第89話 お小遣いは500円までです。
俺は正座した二人を上から見下ろすように前に仁王立ちしていた。
「つまり山田さんと高橋さんは俺の部屋から出ていった後、ずっと扉の前で中の様子をうかがっていたと?」
「はい」
「ですです」
そう答える二人は、その正座姿勢の姿と違い一切反省の色は見えない。
「人の部屋の中を聞き耳立てるのは犯罪だよ」
俺のその言葉に、即山田さんが反論をする。
「いいえ、私たちは別段聞き耳を立てていたわけではありません」
「ですです。私たちはただ部屋の前でコノハちゃんからの合図を待っていただけですです」
高橋さんがそんな事を口にした瞬間背後からコノハが勢い良く飛んできた。
「タカハシ!それ以上は言っちゃだめなのじゃー!!!」
ゴツン!
勢い余って毎度のように高橋さんの額に思いっきりコノハがぶつかる。
「ぐはぁ……」
「のじゃっ」
そのまま床に倒れ込む二人を無視して俺は山田さんの方を見ると先程の言葉の意味を尋ねる。
「合図ってどういうこと?」
尋ねられた山田さんは隣に倒れ伏した二人を見て「やれやれ」という風に一つため息をこぼすと俺の方を向いて事の顛末を語りだした。
「田中さんは既に見たと思いますが、我がユグドラシルカンパニーから田中さんへ『賞与』が出ることが決まりましてですね」
「ああ、これね」
俺は尻ポケットに入れていた封筒を取り出す。
「それなのですが、最初は現金でという話だったのですが、この国の法律の問題やら何やらありまして」
世知辛い……。
「ちょうどその時に会社に来ていたコノハさんから『田中が旅行に行きたいと毎日のように言ってるのじゃー。どうにかしてあげたいのじゃー』という話がありまして」
「そんな事は一度たりとも言ってないけど?」
俺は地面に大の字になって目を回しているコノハをじろりと睨むが当然のことながら反応はない。
目を覚ましたら説教だな。
「それでですね、いっそ旅行券にしようかという話になりまして」
「それは良いとしても、内容が青春18切符とビジネスホテルの宿泊券とか、まるで学生の激安旅みたいなセットなんだけど?」
「法律的なもので予算の上限と言うものがありまして……」
山田さんは申し訳なさそうな顔でそう答えた。
「しかもこの18切符……」
封筒の中から取り出した切符には一箇所既に判子が押されている。
「一回分使用済みなんだけど?」
俺のその指摘に山田さんはそっと目を逸し口をつぐんだ。
その態度に更なる追求の言葉を投げかけようと口を開きかけたのだが、それをいつの間にか俺の肩までやって来ていたミユの声が止めた。
「一回はミユが使っちゃったの」
「え?」
ミユから予想外に突然の告白を受けて俺はマヌケな声を上げて彼女の顔を見た。
俺のその顔を見て彼女は怒られるとでも思ったのか少し泣きそうな顔をしたが、意を決したように告白を続ける。
「一昨日くらいにお父さんが学校に行っている間にコノハちゃんとタカハシと三人で出かけたの」
俺はその言葉に驚きは感じなかった。
実際、ミユが俺以外と外出する事は何度もあった。
光学迷彩スキルを手に入れてからは俺がいない時に山田さんと共にユグドラシルカンパニーに出かけたり、高橋さんと近所の公園やスーパーなどに出かけたりは日常的な一コマである。
「せっかくなら俺も誘ってくれればよかったのに」
俺は額に手を当てて起き上がりつつある高橋さんと、その前でやっと意識を取り戻したらしいコノハを少し恨めしげに見ながらそう拗ねてみる。
もちろんこれは悪いことをしたとしょんぼりしているミユの気持ちを和らげるための演技だ。
少し……いや、半分くらいは演技じゃないけど。
頭のなかに『愛娘の親離れ』という言葉が浮かんだせいでは決してない。ないったらない。
「だって、お父さんにはナイショだったの……」
「ナイショ?」
「うん、コノハちゃんが消えるスキルを使えるようになったって事は、今日のサプライズパーティーまで秘密だったの」
そもそも光学迷彩スキルが使えるようになったからこその『発表会』なんだから秘密も何もないだろうというツッコミは胸の奥にしまいこんでミユの言葉の続きを待つ。
無駄にツッコミを入れて『もう、お父さんなんて大嫌いなの!』とか言われたら死ぬ自信がある。
山田さんがやってきてから完全にツッコミ体質になってしまった自分の心を必死に抑える。
「それでね、今日の発表会の準備とコノハちゃんのスキルの『お試し』も兼ねて、少し遠いけどテレビで見たなんでも揃うお店まで行くことにしたの。でも電車賃がなくて……」
たしかあのお店のある町までは電車で一時間はかかるんだっけか。
たしかに徒歩圏内や、仕事(?)で出かけるユグドラシルカンパニーと違って、そのための交通費が必要になったのだろう。
現状、我が家の
近いうちにお小遣い位は出してあげようかと思っているのだが、そもそもミユ自体に物欲が殆ど無いので本人が必要としないという理由もある。
どこぞのゲームの高校生拳法家みたいに毎日500円のお小遣いとかは流石に無理だが、駄菓子を買う位はなんとかしてあげたい所だが、自分も親の遺産で食いつないでいるだけの身分なので思いきれないでいる。
なんだか娘に不憫な思いをさせているダメおやじな気分になってきた。
よし、来年になったらアルバイトを始めよう。
そして娘に小遣いをあげよう。
娘の『電車賃もない』発言に心のなかでぐっと拳を握り、新たな決意を固める俺であった。
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