第86話 予想外のサプライズです。
「はふぅ」
俺は手に持っていたティーカップを机の上に戻し一つ息をつく。
山田さんの部屋でしばらく時間を潰していたが、そろそろ準備が整ったのではないか?と山田さんが隣の俺の部屋に向かったのは五分ほど前。
もうそろそろ戻ってきても良い頃だと部屋のドアの方へ目をやる。
すると、まるでタイミングを図ったようにドアのノブが周り山田さんが帰ってきた。
「田中さんおまたせしました、あと十分ほどで準備が完了するのでそのタイミングで田中さんを部屋に戻す様にミユちゃんから言われました」
彼はいたずらっぽい笑顔でウインクして「田中さんには秘密だからバレないようにしてくださいって言われたんですけどね」と言う。
「もう既に情報漏えいしまくりだけどね。俺もこれからは山田さんには迂闊に秘密を話さないようにしないと」
俺がそう言い返すと彼は少し焦ったような態度に変わり言い訳を始める。
「いや、今回だけは特別なんですよ。本来は機密事項は絶対にしゃべらないですし」
山田さんはそのまま俺と机を挟んだ前の席に座ると続ける。
「そもそも今回のサプライズについて最初に高橋さんから話を聞いた時は特に秘密という話じゃなかったんですよ」
「へぇ、そうだったんだ。それがなぜシークレットイベントに?」
俺のその問いかけに彼は微妙そうな表情をして答える。
「最初はただの成果発表会のつもりだったらしいのですが、コノハちゃんが思いつきでサプライズ演出をしたいと言い出したらしくてですね」
あのポンコツ世界樹のアイデアか。だいたい予想していたけど。
いつの間に淹れたのか、彼は自分の分のお茶を一口飲んで話を続ける。
「ただ、私がそれを聞いたときには既に田中さんに話してしまった後でして……」
「後から秘密にしてくれと言われても時既に遅しだったわけね」
「そういうことです。それでですね、田中さん」
「はい?」
「一つお願いがあるのですが、私が貴方にそのことを話したと言う事は内密にしてくださいませんか?」
山田さんが拝むようなポーズで俺にそう頼んできた。
まぁ、それは最初からそうするつもりだったから良いんだけれども。
そもそもここで山田さんからの『情報漏えい』をばらしてして貴重な情報源を失うのはもったいない。
「もちろん。せっかくミユたちが一生懸命用意してくれているんだし、そんなことを言って台無しにする訳にはいかないからね」
そう言って俺は何時も山田さんがするようにウインクをしてみせた。
彼のマネをしたつもりだったが、やり慣れないウインクは引きつった笑顔のようにしか成らなかった。
やはりこういうものはイケメンにのみ許されるスキルだなと下手な事をしたと後悔する。
なぜだか微笑ましそうに笑顔を浮かべて俺を見る山田さんから目をそらすように、俺はカップに残ったお茶を一気に飲み干した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
約十分後、俺と山田さんは立ち上がり部屋へと向かう。
一体どんなサプライズ演出が用意されているのかはあえて聞かない事にしたので、正直楽しみでもある。
「さぁて、ミユたちのために盛大にうまく驚いた演技をしないとね」
俺はドアノブに手を伸ばしながら山田さんと二人目で頷きあう。
ドアノブを回し扉を開きながら部屋の中へ声をかける。
「ただい……」
ガッ!
ゴッ!
バリン!
「ぎゃあああああああああああああああ」
ドアを開ききる直前、突然部屋の中から大きな衝突音と悲鳴が聞こえてきた。
俺と山田さんは何が起こったのかと慌てて扉を全開にして部屋の中へ駆け込む。
「こ、これは……」
「一体何があったんですか?」
部屋の中はお誕生日会もかくやといった飾り付けがされていた。
いつものちゃぶ台の上にはオロオロとしているミユと、その横にある謎の箱と宅配ピザと飲み物が用意されていた。
まるでクリスマスケーキが入っていたかのようにリボンの掛かった箱には大きく中央部分に穴が空いており、中は空っぽだった。
一見、本当にお誕生日会にしか思えない部屋の様子ではある。
俺は一歩部屋の中に入り込むとその場で立ち止まり息を呑む。
「高橋さん!」
俺の目の先、ちゃぶ台の影に隠れ一人、高橋さんが頭から真っ赤な血を流して倒れていた。
「し、死んで……」
予想外の事に動けずにいる俺の横を山田さんが脇をすり抜けるように移動して倒れている高橋さんのそばにしゃがみこむと彼女の状態を調べ始める。
俺とミユはこの状況についていけず惚けるだけなのに彼だけが冷静に自体に対処している。
やがて山田さんは一通りのチェックを終えたのか俺の方を向いてホッとしたような顔をして「少し気絶しているだけのようです」と教えてくれた。
「え?でもそんなに血が出てるのに」
「ああ、これは本物の血じゃありません。多分血糊です」
「血糊?」
そう言われてもう一度彼女の頭から顔にかけての赤い色を見るが、本物の血にしか見えない。
「ええ、先日高橋さんが100円ショップにはこんなものも売っているんですねと私に見せてくれましたからね。あの時は何に使うのか不明だったんですがまさかこんな事に使うとは」
「血糊だとしてなんで高橋さんは気絶してるのさ」
「それはですね」
山田さんはそう言うとそっと懐から取り出したハンカチで高橋さんの顔に付いた血糊を拭くと、見事に彼女のおでこが赤くなっていた。
「何かが彼女の額に思いっきり当たったようですね。それで気絶したのだと思います」
「気絶するほどの衝突って、本当に高橋さんは大丈夫なんだろうか……主に脳とか」
額の衝突跡以外に外傷は無さそうではあるのだけど、流石に心配になって彼女を覗き込みながら山田さんに尋ねる。
薄っすらと開いている彼女の目が見事に白目になっているのが不安を掻き立てる。
「ドワーフ族は頑強な種族ですからこの程度では問題ありませんよ。宴会で酔っ払ってエールの瓶で殴り合いしてても翌日には何事もなかったようにしてましたからね。お酒で記憶が飛ぶらしく、そもそも翌日には喧嘩の原因どころか喧嘩したことすら覚えてないみたいですが」
山田さんが遠い目をして過去のトラウマを語り始めた。
「いっつも宴会の後、最後に片付けをするのは私で……」
とりあえず高橋さんは大丈夫のようなので、過去に思いを馳せている山田さんをいったん放置する事にして俺は机の上で同じようにホッとした顔をしていたミユに話しかける。
「ミユ、そういえばコノハは何処行ったんだ?」
俺のその問いかけにミユはハッとした顔をして周りを見渡し始めた。
突然色々起こったらしい出来事にどうやらコノハの事を完全に失念していたようだ。
しばらく周りを見回した後、彼女は俺の方を見上げて「コノハちゃん、あっちの方に飛んでったと思う」とベッドの方を指差す。
俺はミユが指差したベッドを見ると、端っこの方にそのコノハの姿を見つけた。
「……はぁ……またかよ」
俺は見事にこの前と同じように布団に突っ込んでスケキヨっているコノハの姿を見て盛大にため息を付いたのだった。
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