第85話 引きこもりじゃないんです。
ベッドの上でスケキヨっているコノハの写真をそのまま山田さんと委員長へメールする。
委員長はいいとして、山田さんは未だにガラケーなので画像表示とか大丈夫なのだろうか?
しかし、あのガラケーもユグドラシルカンパニー御謹製らしいから、見かけからは想像できないくらい高性能なのかもしれない。
しばらくすると委員長から「かわいい~(ハートの絵文字)」という返信が来た。
写真だけだとコノハが遊んでるようにみえるのだろうか?
まぁ、直前の悲惨な事故は写真には映らないから仕方がない。
そんな事をしているうちに高橋さんが頭を抑えながら起き上がってきた。
「いたたたた、コブが出来たですですぅ」
赤くなっているおでこと、ひっくり返った時に打ち付けたらしい後頭部を抑えながらそう愚痴る。
「タカハシー、大丈夫なの?」
ミユが心配そうにふよふよと飛びながら高橋さんの顔を覗き込む。
「ううぅ、大丈夫……だと思うですです。後で会社に行って一応チェックしておくですですが」
そう言いながら彼女は懐から取り出した冷え冷えピタピタという冷却湿布を額にぴたんこと貼り付けた。
流石に後頭部には髪があるので貼れないのでおでこだけだが。
その後頭部はミユが「痛いの痛いの飛んでいけ~なの」と
優しい娘の姿に俺がほっこりとしていると、突然ベッドの上のスケキヨがバタバタと暴れだした。
「抜けぬ、抜けぬのじゃー」
こもった声で叫びながらバタバタと足と手をバタつかせている。
どうやらかなり深めに突っ込んだため、両手も腕のあたりまで沈んでいるせいで手を使って抜け出すことも出来ないようだ。
俺は布団に穴が空いて無いことを祈りながらコノハの足を掴んで引っ張り出す。
「ぷはぁーなのじゃー。窒息死するかと思ったのじゃ」
あくまでも依代体でしかないコノハは別段息をしているわけでもないだろうに、大きく深呼吸のマネま
でしている。
「大げさな……」
とりあえずコノハをそのまま高橋さんの前おちゃぶ台の上に置いてやる。
「高橋さん、さっさとコノハの飛行ユニットの調整をお願いするよ。このままじゃ何処にも連れていけやしない」
俺のその言葉に彼女は少し不思議そうな顔をして尋ねる。
「田中さん、もしかしてどこかに出かけるですですか?」
「なぜそんな珍しいものを見るような目で聞くのかな?」
「だって田中さんって学校に出かける以外はずっと引きこもっ……痛い痛い」
俺は高橋さんの両こめかみに拳を当ててグリグリと締め付ける。
「引きこもってない。時々近所の公園とか買い物とか行くし」
確かにコノハが来てからは外に出る機会はかなり減っているとは言え、学校以外は外出しないというのは酷い風評被害だ。
そもそもミユと違ってコノハは光学迷彩スキルを持っていないので簡単に連れ出す訳にはいかないというのが一番の理由だし。
しかし
コノハの言い訳によると、そもそも依代を持つということを知らなかったので光学迷彩なんて必要なかったから覚えてないだけらしい。
「必要は発明の母ともいうじゃろ? ワシには必要なかったから覚えなかっただけなのじゃー。覚えようと思えばすぐにおぼえられるのじゃ」
一応、ミユが覚えたのを知るまでまで使えなかったその依代への憑依も、見よう見まねで習得した前例もあるから嘘ではないだろう。
なんだか必死なコノハに「だったら今必要だから覚えてみてよ」と答えたのが一週間ほど前になるだろうか。
それ以降ミユと一緒に必死に習得しようと頑張っているようだけど成果報告は未だもらっていない。
どうやら山田さんから仕入れた情報によると、途中経過を見せずに俺を驚かそうとしているようだ。
その時は盛大に気が付かなかったフリして驚いてやろうと思っている。
しかし山田さんはどうやってそんな情報を仕入れたのだろうか。
エルフイヤーは地獄耳とか?
鉄骨の上で考える男ポーズしている山田さんの姿が頭に浮かんだ。
というわけで俺は引きこもり扱いを打破すべくコノハに語りかける。
「コノハ、いつになったら光学迷彩を習得できる?」
高橋さんに背中の着物帯型飛行装置をいじられながらちゃぶ台の上に立っていたコノハがそっと目をそらす。
「も、もう少し待つのじゃ」
少し口元がニヤけているところを見ると既にほぼ習得済みなのかもしれないな。
「とりあえず来週には一度近くの図書館に観光雑誌を見に行く予定だからそれまでに出来れば頑張って習得してくれ。俺は少し洗濯しに行ってくる」
俺はそれだけ言うとベッド脇にまとめておいた洗濯物を入れた籠を手に取った。
「田中さん」
そんな俺を見て高橋さんが声をかける。
「ん?」
「引きこもりを誤魔化すために無理やり外に出なくてもいいですですよ」
俺は持ち上げていた籠を床に置いて、無言で彼女のこめかみをもう一度拳で挟み込みグリグリと圧力を加えた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
数日後、俺は珍しく山田さんの部屋に来ていた。
それというのも今日は学校から帰ってきた途端にミユに追い出されたからだ。
一瞬ついに「娘の反抗期か」と焦ったが、ちょうど同じように珍しく定時で帰宅したらしい山田さんに「きっとこの前話したサプライズの用意をしているんですよ」と諭されて落ち着いた。
しかしそのまま外でぼーっとしている訳にも行かないのでそのまま山田さんの部屋へお邪魔したというわけである。
相変わらずというか、前回見た時よりさらにジャングル化が進んでいる部屋の中を見渡す。
床と家財道具以外は全て緑の葉に覆われた室内はマイナスイオンどころか、日当たりが悪ければ植物の発する二酸化炭素だけで死にそうなレベルだ。
ダイニングルームの椅子に座ってユグドラSIM入りのスマホをいじって明日の天気をチェックしている間に山田さんは奥の部屋で着替えを済ませて帰ってきた。
着替えと言っても、その部屋着すらサラリーマンスーツである。
スーツからスーツへ着替えるという謎の行動に慣れ切っている俺は特に不思議にも思わないまま天気予報アプリを閉じてブラウザを起動し、近所の図書館のページを開く。
光学迷彩が完成したならば行く予定なので休館日や開館時間をチェックしておこうと思ったのだ。
その間に山田さんがお茶を用意してくれるらしく碧々とした葉に覆われている戸棚に手をかざすと、サッとその葉が左右に移動する。
不思議な光景だが見慣れると、正直現代科学でも実現可能な事象だと冷静に思える様になった。
吉田さんの世界で経験したことに比べれば大したことじゃない。
自分も随分彼らの色に染まってしまったなと思いながらスマホをスリープさせてポケットにしまい込む。
「それにしても何時までここにいたら良いのやら」
山田さんが淹れてくれたお茶のカップを手にとってぼやく。
「そうですね、後で私が田中さんの部屋に行ってみますよ。私ならサプライズと関係ないですから入れてくれると思いますし。その時に田中さんが私の部屋にいることも伝えておきますから準備ができたら呼びに来てくれるんじゃないでしょうかね」
彼はそれだけ言うと対面に座り自分用のカップを持ち「お味はいかがですか?」と尋ねた。
俺は彼に促されるようにカップに口をつける。
少しの苦味が口の中に広がる。
昔飲んだことのあるイチョウ葉茶のような味わいだったが、広がった苦味はすぐに消えて後に残らない。
「少し苦いけどなんだか不思議な味だね」
そう感想を述べると山田さんが茶葉について語りだした。
「このお茶はですね、実は世界樹の葉を煎じたものなのですよ。世界樹の葉茶というわけです」
「へー、というか山田さんの世界の神様みたいな世界樹の葉っぱってそんな扱いして大丈夫なの?」
どうも山田さんの世界での神様である世界樹の扱いが時々雑に感じる。
「それはですね、もともとこの世界樹の葉茶の製法を広めたのがその世界樹様自身でして」
コノハの母体であるあの世界樹ならさもありなんと言ったところか。
新しいこと好きというかなんというかチャレンジャーだ。
自ら説明書を自作したり、勝手に世界を旅しようと依代に憑依したりとアクティブすぎる。
「世界樹の葉茶って凄く効能がありそうだなぁ」
「そうですね、エルフの里では滋養強壮の薬としても出回っていますよ。ただ製造してから一年位経つとかなり効果が落ちるので保存には向きません」
そう言って彼は手元の世界樹の葉茶が入っていた缶を手にして「今飲んでいるのは製造後ひと月位ですからかなり効果があると思いますよ」と微笑んだ。
「たしかに一気に体の疲れが抜けていく感じがする」
さすが世界樹の葉といったところか。
もしかして作りたてとか生のまま食べれば死んだ人も生き返る効果とかあったりするのだろうか?
「私もよく会社で残業したりする時はこれを飲んでるんですよね。今までで最高三日間は働き続けることが出来ました。凄いでしょう?」
ドヤ顔でそんなことをキラキラした目で自慢げにいう
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます