第84話 ~6年前 私の世界で~

~6年前 私の世界で~


「机の上をゴミ箱にしないようにと何度言ったらわかるんですか!」


 スーツ姿のエルフの男性が研究室に入ってくるなり、部屋の惨状を見てそう叫びました。


 私は慌てて机の上に放り出したままの機材を机の下に押し込んで知らん顔をします。


 エルフの男性、山田さんの位置からだと私の席はパーティションに区切られていて見えないはずなので大丈夫だろうと思ってはいるのですが。


 山田さんは我がドワドワ研究所と協力関係を結び、ある計画を共に推めているユグドラシルカンパニーから出向してきていらっしゃる社員様です。


 噂によると世界樹様の声を聞くことが出来るらしく、エルフ族の中でも将来の長老候補と言われているほどの人物なのだそうで。


 一年前、初めて彼に会ったときの印象は『真面目そうな人』でした。


 そして『怖い人』でもありました。


 出向してきてすぐに行われたドワドワ研大掃除では、研究所員すべてを集めて、現在の研究所の状態がいかに効率が悪いかから始まり、様々な事をドワーフ達に教え込みました。


 そもそも我々ドワーフ族は、新しいアイデアが浮かぶとすぐに目の前の研究をほっぽりだして新しいものを作り始めるという悪癖が有ります。


 たしかにその御蔭で沢山の新しい技術品が生み出されては来ましたが、今回のように確実に一つの目標を決めて、それをやり抜くという事に関しては苦手でした。


 今回の計画の重要さは皆も解ってはいるのですが、長年培ってきた種族特性と言うものは一朝一夕で変わるものではなかったのです。


 そんな我々を山田さんは毎日のように怒鳴りつけ、時には諭し、根気よく指導を続けてくれます。


 そして一年経った今、私を含め世界樹育成ケース開発チームのスタッフにとって彼は羅針盤の様にチームの行く先を教えてくれる、無くてはならない人になっていたのです。




 そんな山田さんが研究所の中を周り、机の上に謎の工作物を出しっぱなしにしていた研究員にはそれが何なのかを聞き、育成ケースの研究に必要なものであればアドバイスを与え、そうでないものについてはすぐに仕舞って元の研究に戻るように指示をしていきます。


 私達ドワーフ族の習性からすると「そんなことを言われても無理」と最初は思っていたのですが、これでも彼の根気強い指導によってずいぶんとマシになってきたのです。



 やがて山田さんが私の机の前までやって来ました。


「高橋さん、世界樹ケースの魔素変換装置の件なのですが」


「だいじょうぶですです」


 何が大丈夫なのか自分でもわかりませんが彼の前ではどうしても緊張してしまいます。


「先日水以外の固形物についても変換が可能だというお話でしたが、変換効率的にはどちらのほうが良いのかお聞きしたかったもので」


「そうですですね、現状の変換装置だと水の変換効率が一番良いのは変わってないですです」


「となるとミニ世界樹を育成する場合は下手に固形物を与えるより水だけにしたほうが良いということでしょうか?」


「ですです。世界樹様よりいただいたデータからしても間違いないですです」


 山田さんからいただいた世界樹様のデータを書き込んだ書類を引き出しから取り出して彼に見せながら説明をします。


「なるほど、それでは高橋さんはこのまま変換効率の向上に向けての研究をお願いします」


「はいですです」


 私は元気よく彼にそう返事をして、さっきまで全く別の思いつきで作り始めていた機械が見つからなかったことにホッとしました。




 思いつきで作りかけていた魔素を利用した飛行装置が、後にミニ世界樹の依代体へ転用されるなんて、その時はおもってもいませんでしたが。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 ミニ世界樹育成ケース『そだてるん』は順調に開発が進んでいきました。


 基本的な仕組みは山田さんがいた二年間でかなり研究開発が進み、彼がドワドワ研から本社へ戻る頃にはほぼ完成という状態でした。


 本来なら完成するまで彼にはドワドワ研究所に居てほしかったのですが、数ヶ月後に起こる世界間衝突の為に彼はバリアシステムの最終調整に戻らなければならなかったのです。




 彼との最後の仕事は『レベルアップシステムの構築』でした。


 最初その話を聞いた時には私達には意味が解りませんでした。


 そもそも『レベルアップ』とはなんなのかすら判らず戸惑っている私たちに山田さんはその内容を教えてくれます。


「今回、世界樹を失った世界で世界樹を復活させる計画である『ユグドラシル計画』ですが、それを行うにあたってどうしても作って貰いたい機能がそれなんです」


 彼が言うには別の世界、ここでは便宜上『異世界』と呼ぶことにしますが、エルフ族などの長年の研究により色々わかったことがあります。




 世界樹を失った世界は、アンカーと呼ばれる世界の位置を固める機能がなくなって、そのせいで浮遊し、他の世界との衝突事故を起こすことや、魔素が生み出されなくなり、やがて魔法的な力が使えない世界になるなどです。


 その中で今回の計画で一番問題になるであろう部分が『世界はそれぞれ魔素の形態が違う』という部分なのだそうです。


 魔素と言うものはそれぞれの世界のそれぞれの世界樹が生み出す物で、それぞれの別の形を持っているらしいのです。


 世界というものが何時どの様にして生まれたのかは未だ解っては居ません。


 ですが、作られた世界にはすべてその世界の『世界樹』が存在していました。


 一説には様々な世界を作り出した創造神という存在が、それぞれの世界に多様性を求めたのではないか?とも言われていますが定かではありません。


 仮にそれが真実だとしたら、その創造神と呼ばれるモノは一体なんの目的で数々の世界を生み出したのか等とこの話はどんどん深くハマっていくので今は考えないようにします。




 話を戻して、世界毎に違う『魔素』これが世界間を移動する際に一番の問題になるといいます。


 それぞれの世界に生きるすべての存在は、その世界の魔素を吸収することで生まれ育ちます。


 世界の中には既に完全に魔素がなくなり、全てが消え去ったような世界も有るのだそうです。


 ユグドラシル計画の一番の目的は、アンカー機能による世界の固定ですが、それと同じく世界の魔素回復も目的としているのです。


 今回の計画ではこの世界の世界樹様から枝を分けていただき、その枝を『世界樹を失った世界』 へ持っていって『その世界の世界樹』にする予定なのですが、そこで問題なのがその魔素の違いです。


 別の世界に行くということは、全く違う魔素の中に飛び込むということです。


 そんな所へ生まれたばかりの赤子とも言える世界樹の枝をそのまま持っていけばどうなるか?


 最悪、その世界の魔素に順応する前に枯れてしまう可能性があります。


 我々が異世界へミニ世界樹を持っていくために世界樹育成ケースという形を取った理由がそれです。


 ケースという閉鎖空間にはこちらの世界の魔素が詰め込まれています。


 その魔素が無くなるまでの間に、異世界の物を吸収する事によってミニ世界樹はその世界の魔素構造を吸収し順応していくらしいのです。


 そしてその過程で必要な機能が『レベルアップ機能』でした。




 生まれたばかりの赤子のようなミニ世界樹達ですが、世界樹である以上契約者に様々な恩恵を与える力を持ちます。


 しかし、まだその世界の魔素に順応もしておらず、自ら生み出す魔素量も少ないうちに多量の魔素を利用する『祝福』を発現させるのは世界樹自体の命を縮める行為になるのです。


 幼き世界樹はその自覚もないまま自らの力を使い切ってしまう可能性が大いに有り得る。


 そこで考え出されたのが『レベルアップ機能』です。





「機能制限機能と言えばわかりやすいでしょうか?」



「機能制限?」


「ええ、先程も言いましたように世界樹と言うものは契約者に祝福を与え、共に育っていくものなのですが」


 山田さんはそこで一呼吸置いてから続けます。


「異世界に残っている魔素を自らの魔素とするまでの間、そのまま世界樹のやりたいようにさせていると、使える魔素量を上回る消費を行う可能性が研究の結果わかってきたのです」


「つまりケースの中で保護するだけではミニ世界樹が成長する前に魔素枯渇によって枯れてしまう……意識せずに緩慢な自殺のような状況になってしまうということですか」


 研究員の一人が山田さんの言葉を受けてそう結論付けました。


「それで機能制限ですですか」


 私のつぶやきを引き継ぐように山田さんは『レベルアップ機能』についての説明を続ける。


「ケースには既に現在のミニ世界樹の状態をチェックする機能は搭載されていますが、それと連動して現状のミニ世界樹が扱える魔素の量を逐一チェックして、それを超えた力を使えないようにする必要があります」


「質問ですが、ミニ世界樹達の力を使えなくする事は可能なのですです?」


 ある意味神に近い存在の世界樹、その力を制限するなどということが我々に出来るのでしょうか?


 私は思わず質問をぶつけました。


「可能です。この問題が判明した時に世界樹様へお伺いを立てました所『ワシにいい考えがある。明日のこの時間、この場所にまた来られよ』と仰られまして」


 なんだか失敗フラグっぽいですが母なる世界樹様がそう仰るなら間違いはないのでしょうが、何故かそれでも非常に不安になるお言葉です。


 私が微妙な顔をしていると山田さんは横においていたビジネス鞄から机の上にかなりの量の紙束をドサリと置いて答えます。


「翌日、世界樹様の元へ向かうとこの『ミニ世界樹リファレンスマニュアル』と言う物を渡されました。これは世界樹が成長する過程で必要な事や制限を掛ける方法など、世界樹に関する様々な事が書かれている本です」


 軽く500ページ位はありそうなその説明書マニュアルに私達が思ったことはただ一つです。


『ケース作り始める前にそれをくれよ!』


 正直、そんなものが有るならこの研究開発は今の数倍の速度で完成していたのではないでしょうか?


 我々研究員の恨むような視線に気がついたのか、山田さんにしては珍しく焦ったように事情を説明し始めます。


「世界樹様が仰られるには『一度書き上げた後に知られると恥ずかしいこととか色々と推敲してたら今までかかってしまったのじゃ、すまぬ』と」


 私達の世界に顕在する世界樹様は昔からどこか抜けておられるのは皆が知っていたので、山田さんのその言葉に納得してしまいました。


 そもそも世界樹様の寿命からすれば推敲にかかった時間なんて我々の感覚で数分位の物なのかもしれません。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「というわけでこのリファレンスマニュアルですが、世界樹様のご厚意で約100冊ほど用意されていました」


 そう言って山田さんは外を指差します。


「残りは研究所の外に置いてありますので各自、後で必要な分だけお持ちください。それとですね……」


 山田さんが言葉を続けるまえに会議室の扉が開きました。


 その扉から入ってきたのは一ヶ月ぶりに姿を見るドワドワ研究所所長でした。


「所長! お帰りになられたのですね」


 所員の一人が声をかけます。


 この所長、研究所のトップでありながら放浪癖があり、時々ふらっとどこかに出かけては謎の遺物を持って帰ってくるという困った人なのでした。


 山田さんはその所長をみやると言葉を続けます。


「ミニ世界樹育成ケース作成については今後、私山田に変わりまして所長が代表としておこなうことになります」


「というわけで諸君、今後とも宜しく」


 所長は軽い調子で片手を上げて挨拶をする。


「それで山田さんはいつ本社に戻る予定ですです?」


 色々引き継ぎなどの問題も有るので私がそう尋ねると彼は「現状、一週間後の予定です」と何時もの事務的な口調で答えました。


「それでは各所に現在の進行度合いと今後の事についてそれぞれ個別に所長とともに確認に周りますので皆さんリファレンスマニュアルを持ってから持ち場に戻ってください。解散」


 山田さんのその言葉とともに我々ドワドワ研研究員は玄関に向かって部屋を出ていきます。


 彼はと見ると、所長とともに何やら今後について打ち合わせを既に始めていらっしゃる模様。


 私はそれを尻目に玄関へ向けて歩き出すのでした。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 玄関では先に出ていったドワドワ研究所研究員が何やら固まって話をしています。


「何してるんですです?」


 私がそう尋ねると彼らは私を手招きして和の中に呼び込みます。


「なんですです?」


「一週間後に山田さんの送別会を行う」


「その為に酒とツマミをみんなで用意する」


「横断幕は俺に任せろ」


「私も腕によりをかけてお料理を用意しますわ」


「おまえの料理クソまずいからやめてくれ」




 どうやら山田さんの送別会を皆で行う相談をしていたようです。


 なんだかんだと厳しかったですが山田さんは皆に好かれていたのですね。


 まぁ、ただ単に何かにかこつけて『宴会』をしたいだけかもしれませんけど。


「みんなで盛大に送別会をしてあの鉄面皮の山田さんを泣かせてやるぞ!」


「おーっ!」(小声)




 そんな事を玄関先でやっていたおかげで私達が帰ってこないことに業を煮やした山田さんがやって来て怒鳴られるまでがお約束。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 約一週間後、明日にはドワドワ研を去る山田さんが終業後に皆に捕まって、無理やり送別会会場につれてこられて『別の意味で泣いた』のは言うまでもありませんね。






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