第83話 田中とコノハの新装備です。
コノハが部屋に居候し始めて約一週間。
世の中はもうすぐクリスマスだなんだと浮かれ始めていた。
まだ12月になったばかりだというのに気が早いが、コンビニとかに行けばクリスマスケーキの予約を既に受付していたりする。
まぁ、年賀状あたりも10月からスーパーなどで受け付けが始まったり今の世の中では不思議でも何でもないのかもしれない。
俺自身は年賀状なんてもう何年も出してはいない。
委員長とかクラスメイトには『あけおめメッセージ』で十分だしな。
つい先日手に入れた格安スマホを眺めながらそうひとりごちる。
そう、俺は遂にスマホという文明の利器を手に入れたのだ。
と行ってもスマホ本体自体は山田さんからのプレゼントである。
何やらユグドラシルカンパニー謹製のスマホなのだそうで、二大スマホOS両方のアプリが使えるとの事。
「発売前のテスターという事で田中さんに使っていただこうと思いまして」
そう山田さんは言って手渡してきたが、初めてミユを渡された時のことを少し思い出してしまった。
最初は通信料もユグドラシルカンパニーで持ちますと言われたのだが流石にそれは断った。
どこのキャリアにするとかそういうことに疎いので山田さんに相談すると
「それなら我が社の『ユグドラSIM』はいかがでしょう? 月々千円で五分間までなら通話無料ですよ」
そう言いながら懐から「ユグドラSIM」と書かれたパッケージを取り出して俺に手渡してきた。
なんだか結局は用意されたものを使う事になるけど、奢ってもらうわけでもないからいいかなと受け取ることにした。
初期設定や使い方を山田さんに教わり、休み明けの今日、初めて学校へ持っていった。
うちの学校はそれほど校則が厳しいわけではなく、スマホも授業中に使うのでなければ持ち込みも可能なのだ。
「あやつ帰ってきてからずっとスマホとやらを見ながらニヤニヤしてるのじゃー」
「お父さん嬉しそう」
「なんだかキモイのじゃー」
俺がベッドの上で寝転びながらスマホに追加されたクラスメイトたちの電話番号一覧を見ているとそんな声が聞こえてきた。
我が家の愛おしき娘と居候世界樹だ。
「ですです。ミユちゃんを変態的な目で見てる時と同じくらいキモイ顔ですです」
「確かに、それにはワシも同意なのじゃー。あれは鳥肌が立つのじゃー」
いつの間にやって来ていたのか、ですです娘も会話に加わった。
「お父さんは別にキモくないの」
「いやいや、ミユちゃんももう少し大人になったら絶対『お父さんマジウザイ』とか思うようになるですです」
俺は寝転んでいたベッドから起き上がるとちゃぶ台の前に座ってそんな事を愛娘に教え込んでいた小柄なドワっ子の頭を両拳で挟んでグリグリと力を入れる。
「余計なことをミユに教えないでくれませんかねぇ」
「痛い、痛いですですぅ」
一分ほどお仕置きをした後、頭を抑える高橋さんに俺は尋ねる。
「ところで今日は何の用で来たのさ」
「ううー、今日はコノハちゃんに頼まれていた装置を届けに来たですです」
「装置?」
今までの経験上、嫌な予感しかしないが一応聞いてみる。
「そんな身構えなくても大丈夫ですです」
俺が警戒してるのを見て取ったのか、高橋さんはそう言いながら持参した紙袋から小さな箱を取り出した。
「コレが頼んでいたものなのじゃ?」
コノハがちゃぶ台の上をトコトコ歩いて箱に寄ってコンコンと叩く。
「箱の中身ですですよ?」
「流石にワシもそれくらい解るのじゃー。バカにするななのじゃー」
コノハが顔を真っ赤にして怒り出したが、いつものお間抜け振りを見ていると疑われてもしかたあるまい。
「なんなのじゃー田中! その目はなんなのじゃー!」
俺の『かわいそうな子』を見るような視線に気がついたのかコノハが更に暴れ始める。
「タカハシー、どんなものが出来たのか早く見せてほしいの」
ジタバタするコノハを
俺も高橋さんが持ってくる物に興味が無いわけではない。
「とりあえずアホの子は放って置いてさっさとブツを出すべし」
「仕方ないですですね。今回はミユちゃんの時と違って時間的余裕があったですですから、デザインもなかなか良いと自負してるですです」
ミユの時?
俺は頭に疑問符を浮かべながら箱を開ける高橋さんの小さめの手を見ていた。
「それでは御開帳ですです!」
ババーン!といった効果音を背にまとうかのように高橋さんが箱を開けた。
「おおっ、これは」
「ステキなの」
高橋さんが開けたはこの中には小さいながら綺麗な薄緑色の木々が描かれた着物の帯が入っていた。
と言っても広げた布状じゃなく、既に腰に巻いた後のような状態では有るのだが。
わかりやすくいうと腕時計のような状態で仕舞われていた。
「コノハちゃんの着物に合うように世界樹をイメージした柄にしたですです」
俺達の好意的な反応を見て高橋さんが自慢げに告げる。
「コレは素晴らしいのじゃー、ワシの飛行ユニットにふさわしいデザインなのじゃー」
いつの間にか復活したコノハも、その箱の中をミユと一緒に覗き込んでご満悦のようだ。
ん? 飛行ユニット?
「高橋さん、これって飛行ユニットなの?」
「ですです。ミユちゃんの飛行ユニットから更に発展させて作られた最新型ですです。サイズも消費魔素も従来の半分以下にまで下がったですです」
たしかに大きめのランドセルサイズのミユの飛行ユニットに比べるとかなり小さい、というか薄い。
コノハが装着すれば、少し大きめの帯としか思えないくらいのコンパクトさだろう。
「ミユお姉ちゃん、帯を巻くのを手伝って欲しいのじゃー」
「はいなの、コノハちゃん後ろを向いてなの」
高橋さんと新型飛行ユニットについて話している間に二人の世界樹は、箱の中から帯型飛行ユニットを取り出していた。
自慢げに新型飛行ユニットの性能と仕組みについて熱く俺に語り続けている高橋さんはそれに気がついていないようだ。
技術屋の技術自慢には適当に相槌をうちながら俺はミユとコノハの仲良し姉妹を微笑ましく見ていた。
「装着完了なのじゃー」
コノハが帯を巻き終わり、その場でクルッと一回転する。
「かわいいのー」
コノハが元から着ている薄緑の着物に合わせて作られたのであろうその帯とのマッチングは、高橋さんが時間を掛けたと言っていただけはあって見事に似合っていた。
「ふふん、どうだ田中。惚れ直したのじゃ?」
俺の視線に気がついたコノハが腰に両手を当てる何時もの偉そうなポーズ&ドヤ顔でそう言った。
「元から惚れてないという突っ込みはおいといて、よく似合ってると思うぞ」
俺はサムズアップして褒めてやる。
「ん? あれ? コノハちゃんいつの間に装着したですですか?」
高橋さんが俺の動きでやっと現実世界に戻ってきたようだ。
彼女は目の前で自慢げに立っているコノハに向けて「それじゃあ最終チェックを……」と手を伸ばしかけた。
「では、早速飛んでみるのじゃー」
その伸ばされた手を避けるようにコノハが中に浮かぶ。
「あっ、まだ最後の調整が終わってないですで……ぎゃっ」
ゴンッ。
ゴン。
ぼふっ。
一気に空中へ飛び上がったコノハが、そのまま高橋さんの額にぶち当たると、そのまま角度を変え、こんどは天井に激突し、そのままベッドの上に落下した。
頭からベッドの上の布団に突っ込み、スケキヨモードで足をピクピクさせているコノハと、額を押さえてゴロゴロのたうち回っている高橋さん、その二人を交互に見てオロオロしているミユ。
そんな慌ただしい日々がいつしか日常になってしまっている事を、数ヶ月前の俺は想像し得ただろうか。
カシャリ。
そんな風景を残すためにスマホのカメラを起動してシャッターを押した。
幸せな日々が失われないように。
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