第六章 新たなミニ世界樹。

第73話 委員長からの優しいプレゼントです。

「はぁ~、やっぱりうちが一番だな」


 俺は久々に帰ってきた自分の部屋のベッドに寝っ転がってそうひとりごちる。



 あの後、急速に加速した吉田さんの世界は、当初予定していた転移可能距離への予定ランデブー時間を大幅に短縮した。


 犯人はもちろんミニ世界樹『ティコライ』だ。


 あの『希望』という意味の名を持つミニ世界樹は、我が愛しき娘であるミニ世界樹『ミユ』の「お父さんに早く会いたい」という言葉を受けて、その希望を叶えるために力を使ったらしい。


 自称エルフの山田さんや渡辺さん、自称ドワーフの高橋さんというユグドラシルカンパニー関係者は、慌てて軌道計算や到着時刻の再確認に追われ、てんやわんやであった。


 吉田さんがティコに元に戻すように指示しようとしたけど、一度加速しだした世界にまた制動をかけると軌道がそれる可能性を渡辺さんが訴えたので彼女はティコを信じることにしたらしい。


 そのティコが言うには、きちんと俺たちの世界の近くで静止するように操作しているから大丈夫と彼女には伝えてきたらしいのだが、そこまで世界の移動をコントロールできるならなぜ前回はぶつかったのか?


 吉田さんが通訳してくれた話を聞いた俺には不安しかなかった。


 高橋さんたちによる再計算の報告が出るまでは多分ティコ本人以外全員が同じ心境だっただろう。



 結果、きちんと俺の世界とのランデブーポイントに到着するように動いている事がわかったのは加速が始まって一時間後。


 そしてその計算の結果、到着時刻がその四時間後ということが判明した。



 当初の予定ではまだ二日近く時間が有ったはずなのに一気に時間が短縮されたことになる。


 もしかして最初からティコにお願いすればこの五日間の現地滞在すら必要なかったのではなかろうか?と思ったけど後の祭りである。


 つまり紐無しバンジーや一本釣りは避けられたのでは?


 俺がそんなことを考えている間に、本来なら余裕を持って準備されていたらしい『田中くんお別れ会』が急遽行われる事となった。


 すでに『さようなら田中くん』と書かれた横断幕も用意されていたらしく「あとでサプライズにするはずだったのに」と悔しがるブラウ爺さんが悔しそうにしていた。


 その横断幕を見て「俺は学期の途中で転校する学生か!」と言う俺の突っ込みが現地組には誰一人通じなかったのが一番つらかった。


 何より、そっと肩に手をおいて優しい笑みを向けてくる山田さんの顔が追い打ちにしかなってない。


 ネタが滑った時は何も言わずなかった事にしてくれるのが本当の優しさだと俺は思うんだよ……。




「お父さん、おかえりなさいなの」


 俺がドタバタしていた少し前のことを思い返しているとミユが俺の腹の上に乗って来た。


「ああ、ただいま。俺のいない間に何か問題はなかったかい?」


 お腹の上のミユの頭を指でなでながらそう聞いた。


「大丈夫なの。お父さんが『旅行』に行ってる間はずっと高橋の部屋で遊んでたの」


「そっか、それじゃあとで高橋さんに何かお礼しておかなきゃいけないな」


 お礼はとりあえずどこかの駅弁でいいんじゃなかろうか。




 ぴんぽーん。




 しばしミユと俺のいない間の出来事を話していたら玄関から来客を告げる音が響いた。


 山田さんか高橋さんかな?



 俺はベッドから立ち上がると一旦ミユを机の上に置いてから玄関へ向かう。


「はいは~い」


 ガチャリとドアを開けるとそこには……。


「あれ? 委員長?」


 何やら重そうな紙袋をぶら下げた委員長が立っていた。


「田中くんお久しぶり」


「あ、ああ」


「中に入れてもらってもいい?」


 委員長はそうにっこり微笑むと手に持った手提げ袋を俺に見せた。


 何かおみやげだろうか?


 またどこかの銘菓とかかな?


「ああ、どうぞ。俺も今さっき帰ってきたばかりなんだよ」


 俺はそう言いながら委員長を部屋に招き入れる。


 委員長と部屋で二人っきり……無防備だな!


 そんな邪なことを考えて部屋に入るとミユが「委員長こんにちわなの!」と挨拶をした。


 そういえばミユがいるじゃないか。二人きりとは何だったのか。


「もうこんばんわの時間だよミユちゃん。相変わらずかわいい~」


 そう言って委員長はミユを持ち上げて頬にスリスリしだした。


 その姿のほうがかわいいよ……とはいえず俺は台所へ行きお茶を用意して部屋に戻った。



「聞いたよ、山田さんたちと旅行に行ってたって」


 帰郷後、高橋さんに聞いたところによると俺と山田さんは吉田さんの実家のあるところに一週間の予定で旅行に行った事になっているらしい。


「ユグドラシルカンパニーの力を使えばこんな改ざんは朝飯前なのですです」と高橋さんが微妙な胸を張って言っていた。


 なぜそこ行っている設定にしたのかと高橋さんに尋ねると「結婚のご挨拶?」などと意味不明なことをのたまったので、頭にゲンコツを落として猛省を促しておいた。


 まさか委員長にまでそんな説明をしてないだろうな?とふと考えてゾッとする。


 明日学校に行ったら「結婚おめでとう」とか皆に言われないだろうな?


「ねぇねぇ、ユグドラシルカンパニーの保養地ってすごかった?」


 保養地?


「あ~あ、私も行ってみたいなぁ。今度またユグドラシルカンパニーの社員旅行があったら私もお願いしてみようかな~」


 社員旅行? ああ、そういう『設定』なのか。


 さすがに吉田さんの両親にご挨拶に行きましたなんて話は高橋さんの脳内妄想だけだったようだ。


「うん、まぁ、自然豊かなところだったよ」


 嘘ではない。


 俺は今回の『旅行』での出来事を思い出しながら委員長に話す。


「川下りとかバンジーとか釣りとか」


 嘘ではない。


 釣られたのは俺だがな!


「大きな犬もいたよ」


「いいなぁ、セントバーナードとか?」


「犬種はよくわからないけど凄く大きかったな」


 犬ではなく異世界オオカミだが見かけ上どう見ても犬科だから嘘じゃないだろう。


「祭りで知り合った子どもたちと遊んだり楽しかったよ」


 これも嘘じゃない……よな。


 むしろ遊ばれていた気もしないでもないが。


 その後、俺は委員長に『旅行』の話を色々とすることとなった。


 と言っても真実をそのまま話すわけにも行かないので適当にごまかしながらだけど。


 町の人達が巨人だったとはいえないので、背の高い人が多かったと変換して語ったら、何故か委員長が憐れむような目で俺を見てきたのが心に少し傷をつけたが。




 その後、どうやら俺たちは山田さんに急用が入ったせいで慌ててこちらへ帰ってくる羽目になったという事になっているらしい。


「高橋さんにメールしたら、さっき田中くんが帰ってきたって返事もらったから来たの」


 委員長、そんなに俺に会いたかったのか。


 これはまさかの告白フラグ?


「ごめん、かなり慌てて帰ってくることになったせいでお土産とか今ここに無いんだよ。あとで山田さんがもってくると思うんだけど」


「いいのいいのそんなの」


 優しいな委員長は。


 一応吉田さんから彼女の世界のお土産っぽいものは山田さんに渡されていたから後で分けてもらおう。


「それよりも」


 委員長が俺の方に少し寄ってきた。


 ごくり……。


 それよりも俺に久々に会えたことのほうが嬉しい!とかいう話だろうか?




 どきどき。




 そんな妄想に足を踏み入れかけていると、おもむろに委員長は盛ってきた紙袋を俺の前においた。


「これ、プレゼント」


 プレゼント?


 俺はその紙袋を受け取る。

 

 けっこうずっしり来るなと思いつつ中を覗き込むとお菓子ではなさそうだ。

「本?」


 袋の中には何やら紙が入っている。


 とりあえず俺はその中身を机の上に出してみた。


「こ、これは!?」


 袋から出てきたのは、かなりの厚さの紙の束だった。


「まさか……これって」


 俺はそう言って紙の束から委員長の顔に目線を移すと彼女はにっこりと可愛い笑顔でこういった。



「そう、旅行で休んでた分の補習プリントだよ。ただでさえ出席日数がギリギリだからって先生が用意してくれたんだ」


 彼女の笑顔に俺は「……ありがとう」と力なく返すことしかできなかった。



 どうやら俺の『旅』はまだ終わらないらしい。



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