第72話 そして地球へ・・・です。

 リア充どもの心遣いとじゃれ合う空気から逃げるように俺は世界間通信機の方へ戻ることにした。


 いつの間にやらアレほど気持ち悪かった酔いほぼ収まっている。

 まぁ、もう吐き出すものなんて胃の中には存在しないのだが。


 そういえば孤児院の子どもたちに押しつぶされたまま放置してきたシスコン女神は無事だろうか?


 なぜだか知らないが子どもたちは彼女に異常に懐いていたのが不思議だ。


 普通ちっちゃな妖精さんである俺を可愛がるべきだろう、常識的に考えて。

 とは言っても子どもたちに押しつぶされる未来は御免被りたいが。


 アイリィもまんざらでもないような顔をしていたし、もしかして今まで『お姉ちゃん』しかいなかった末っ子の彼女には『妹や弟』という存在が必要だったのではなかろうか。


 これで重度のシスコンが、せめて軽度にまで症状が緩和されるといいんだけどな。

 などと一人っ子の俺が偉そうに言える立場じゃないけど。


 そんな事より今は大切な家族であるミユの方が大事だ。


 俺はミユたちの会話を熱心に愛用の手帳にメモしている山田さんの横へ移動する。


 会話ならメモよりICレコーダーとかのほうがいいんじゃないだろうか?


 超ハイテク企業のユグドラシルカンパニーならそれくらいの『装備』は配布してそうなものだけど。

 携帯もスマホじゃなくガラケーな山田さんは、きっと何かこだわりでも有るのかもしれない。


 俺はそう勝手に納得してミユたちの様子を見ることにした。


「……ってわけなの。ティコも同じだったんだ?」


『ビビッビッ』


「移動とか私にはまだできないの。でもいつか絶対にやってやるの」


 何やら不穏な会話が聞こえてくる。


 移動ってあれか、ティコみたいに世界を動かすってこと?


 正直先日の事故とか嫌なことしか思い浮かばない能力だけど、逆にあの時ミユにも同じ力があれば衝突を回避できたのかもしれない。


 力というものは使いようだって昔爺ちゃんが言ってたのをふと思いだし、懐かしい気持ちになる。


『ビビッ』


「ミユ? ミユにも色々あったの」


『ビッ』


「ねこさんの背中に乗ってたらね、接続が切れちゃって」


 ティコの言葉がわからないのでミユの言葉から推測するしか無いが、いつのまにやら話が移動能力のことから失敗談の話に移っていたようだ。


「ティコも依代を使えるようになるといいね」


『ビビビッビッビッ』


「あははは、そうだね。高橋ぃ~今度ティコちゃんの依代体も作って欲しいの~」


「依代体ですです? そうですですねぇ、ティコちゃんの依代体もいずれ必要になるかもしれませんからドワドワ研で制作して渡辺さんにでも渡しておくですです」


「よかったね、ティコちゃん」


『ビリビリッ』


 ティコの言葉は相変わらずわからないけれど喜んでいるのだろうことは伝わってくる。


 いつか二人の世界樹が依代体で同じ世界で出会える日が来るだろう。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「それでね、高橋がお酒を飲んで酔っ払って大暴れしたの」


『ビリリビリッ』


 今度はあの時の高橋さんの話か。


「ちょっとミユちゃん、その話はもう謝ったじゃないですですか」


「しゃざいとばいしょうを求める!って言ったら高橋が飛行ユニットを作ってくれたの」


『ビリッ!』


「そう、飛行ユニット。こうミユのこっちの体がビュ~ン!って空を飛ぶの」


『ビリリリリッ!』


「ティコちゃんも欲しい? うん、多分高橋が作ってくれるから大丈夫なの」


「え? 勝手にそんな約束しないでくださいですですぅ~」


 そっか、あの飛行ユニットはお酒を飲んで暴れた事への賠償だったのか。


 よくわからんけどミユえげつないな。


 こんなに立派に育てた親の顔が見てみたい。


「田中さん、私の懸念は取り越し苦労だったようですね」


 山田さんが語り合う二人の世界樹を見てそう言った。


「私は世界樹同士が出会うことによって何か大きなことが起こってしまうのではないかと危惧していたのですよ」


「大きなこと?」


「ええ、彼女たちミニ世界樹は元は我々の世界の世界樹の枝でした」


「枝だったんですか」


「その枝を世界樹からいただき、育成ケースである程度育てた後に田中さんたちの世界へ連れて行ったのです」


 そこまで話してから山田さんは俺の方を向き直り話を続けた。


「つまりミニ世界樹は元々同一存在でして、その邂逅がどういう結果になるのか……と」


「そんな心配してたんだ」


 俺は少し呆れた声でそう答えた。


「ミユには大元おおもとの世界樹の記憶なんて無いし、俺のところに来てからずっと新しい経験を積み上げてきたんだ。もう他の世界の世界樹とは別物だよ」


「そうですね。けど我々ユグドラシルカンパニーとしてはいろいろな可能性を考えないといけなかったので」


 俺達は楽しそうに語り合う世界樹たちにもう一度目を向ける。


 嬉しそうに楽しそうに時折ときおり青白い電撃を散らすティコ、映像の向こうの本体を七色に輝かせるミユ。


「ほら、もうこの二人は全く別の世界樹にしか見えないよね」


 山田さんは俺の言葉を聞いて少し肩をすくめて笑顔になる。


「ミユちゃんのあの七色の光は田中さんの心を写しているのでしたか」


 さっきの渡辺さんたちとの会話を聞かれてたのか、と俺は恥ずかしくなって一瞬で顔を紅潮させそっぽを向きつつ

「ま、まぁ俺の自慢の娘だからね」

 そう、返すのがやっとだった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 俺達がそんな会話をしていると、突然ミユが大きな声を上げた。


「エエッ! ティコちゃん、そんなことが出来るの!?」

 

 いったいティコの何に驚いたのだろうか?


『ビリビリリッ』


「そうだよね。ミユも寂しかったもの」


『ビリッ』


「え? 今から?」


『ビリリリッ』


「善は急げって言葉、ミユも知ってるよでもそれとこれとは少し意味が違うかもしれないの」


『ビリッビリ』


「ちょっとまって、高橋に聞かないと!」


 何やら世界樹同士の会話に不穏な空気を感じて俺と山田さんが世界樹たちの会話に首を傾げていると、突然映像の向こう側からエマージェンシーアラートがけたたましく鳴り響いた。


「な、何が!」


 俺はその恐怖心を煽る音に狼狽し周りを見回すと、渡辺さんが慌てて部屋を出ていくのが見えた。


「高橋さん、状況を詳しくお願いします」


 一方山田さんは冷静に今の状況を知るべく行動に移していた。


 これがエリートサラリーマンの動きか。


「はい、はい、なるほど分かりました」


 高橋さんが映像の向こう側でスタッフに色々聞いて回っていた。


「山田、大変だ」


 後ろから渡辺さんが声をかけてくると同時に高橋さんが報告に戻ってきた。


「吉田さんの世界が」


「この世界が」



「「また加速しだした」ですです」

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