第69話 可愛いは正義ですです。
「ぐ、軍曹ぅ……もう限界ですですぅ~」
バタリと私はその場に倒れる。
今朝からずっと動き続けていた私の体はもう限界でした。
田中さんたちが私の目の前から消えて三日。
あの事故の日、大慌てで事実確認を行い、世界間通信機を使って現地の渡辺さんと連絡を取り合いました。
結果、全員無事で約七日後には衝突の衝撃で弾かれて離れてしまった吉田さんの世界からこちらの世界への転移装置で転移が可能な範囲まで世界間が近寄る事がわかったのです。
田中さんが穴に吸い込まれることを契約者的な何かで察知したらしいミユちゃんが、現状持ち得る力を使って田中さんにいろいろな加護を付与していたのを知った時は驚きました。
契約者と世界樹の間にどんな力が作用するのかは、これからのドワドワ研究所での一番の研究課題と言ってもよいでしょう。
「立て! 立ってサーと言うの!」
「み、ミユちゃん。それ使い方が違うですです」
七日後の転送に関してこちらからすることは特に無いので現場を他の研究所員たちにまかせ帰宅したのですが、誰もいない田中さんの部屋にミユちゃん一人を置いておくわけにはいきません。
結果、昨日からミユちゃんは私の部屋で居候しているわけなんですが。
「次はそこの棚を片付けるの!」
どうやら私の部屋を見てお掃除魂に火が付いたのか、今朝からスパルタ軍曹化して部屋の大片付けが始まりました。
ううっ。散らかっているように見えて私自身には使いやすい部屋の状況だったのにぃ。
たしかにミユちゃんは実体を手に入れてから田中さんが学校に行っている間は暇なので部屋を完璧に整えるのを趣味の一つとしていたのはしってましたがここまでとは。
あと、暇つぶしにいろんな動画サイトを彼のPCを使って見て回っているらしいのですが余計な動画を見て感化されるのも辞めてほしいです。
「わかりましたぁ」
私はヨロヨロと立ち上がり棚に向かう。
朝からの掃除によって床に無造作に転がっていたいろいろなものが収納箱にしまわれて随分歩きやすくはなっています。
「その間にミユは床の雑巾がけするの」
鬼軍曹様は厳しい命令を出すだけでなく自分も率先して掃除のミッションをこなしていきます。
小さい体で出来ることはそれほど多くはないのですが自分の体より大きな雑巾を器用に絞って天使の羽を揺らめかしながら床の上を拭いていく姿は実に愛らしいものがあります。
「タカハシ気持ち悪いの」
愛らしい姿を少し緩んだ顔で見ていたのがバレました。
「ちゃんと掃除するの」
ミユちゃんが腰に手を当てて怒っています。
頭の上には「ぷん!ぷん!」という書き文字が見えるかのような姿です。
「わかりました軍曹。頑張って掃除するですです!」
私はそう答えて棚の方に向き直りました。
鬼軍曹指揮の下、行われた戦いはその後二時間ほど続き、完全勝利を手に入れたのは言うまでもないでしょう。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
五日目になると世界間通信がかなり安定して映像も受信することが可能になりました。
私はミユちゃん本体の入ったミニ世界樹ケースを専用リュックに入れて背中に背負い会社へ向かいます。
ドワーフである私は成人しても身長がこの世界の中学生くらいまでしか無いせいか会社へ向かう途中に時々『補導員』という人達にからまれるのです。
普通にしていてもその状態なのに、今は背中にネコミミ&ネコしっぽのかわいいリュックを背負っているわけですから、どこからどう見ても学校をサボってうろついている子供にしか見えない。
アパートを出る時に、フラフラで目の下にクマを作った状態で帰宅してきた佐藤さんと出会いました。
また学校でデザイン談義で盛り上がって徹夜でもしたのではないでしょうか?
私はそんなことを思いつつ「おかえりなさい佐藤さん」と声をかけます。
同じアパート住民として挨拶は大事ですからね。
私の声に虚ろな目が私の方を向きました。
その途端、一瞬で目の焦点が合うと彼女……いえ、彼は突然小走りで近寄ってきて「かわいい~♪」と私の全身を上から下へ何往復も見てきます。
正直完全に事案でしょうが、彼は外見上綺麗なお姉さんにしか見えないので私も女同士という気持ちしか浮かばないのでした。
「ちょっと髪いじらせてもらっていい?」
とキラキラした目で佐藤さんが言うので「かまいませんですです」と許可を出してしまいました。
私としては朝目覚めてから簡単に髪をとかしたくらいで何もしてないのでファッションセンスのある佐藤さんに髪を整えてもらう事に依存はありません。
「でも今から会社へいくので時間はあまりないですです」
「五分くらいで終わるから任せて」
そう言うやいなや佐藤さんは私の周りを前へ後ろへ移動しながらどこから取り出したのか
服飾デザイナーなのにヘアデザイナーかのような見事な手つきです。
「よしっ、完成」
佐藤さんはそう言うと自分のショルダーバッグから手鏡を取り出して私に見せてくれました。
「これが……私ですです?」
なんということでしょう。
そこには髪を綺麗に三つ編みにしたどこからどう見ても完璧な女学生が。
「って、なんですですかコレは!」
「流石高橋さん。最高に似合ってる」
「いや、似合ってるとか似合ってないとかではなくてですですね」
怒る私を小さな子を見るような優しい目で佐藤さんは見つめて「はぅっ」とため息をこぼす。
「ああ、いい。ステキ。こんなに可愛いモデルさんが近くにいたなんて」
なんだか危険な空気を感じます。
とくに佐藤さんの目がすでに私を見ていません。
アレは貫徹して意識ここにあらずの状態で半分夢の中にいる状態の目に違いない。
ドワドワ研究所でも時々見かける目ですから間違いないでしょう。
ああ言う状態になった人は日頃押さえている物が一気に吹き出して大変危険な状態になるので近寄らないほうが懸命なのです。
私が逃げ出すタイミングを
後ろを振り向くとアパートの階段を一人の女性が何やら大きな荷物を持って降りてくる姿が見えます。
「あれは伊藤さん?」
階段を降りてきている女性は地味モードの伊藤さんでした。
そういえば前に彼女が言ってましたが、ヤオチューバーをやっているといろいろなものを買うので結構ゴミがたまり、時々資源ゴミ置き場に出かけるらしいのですが今から行くのでしょうか?
「もう一人のかわいい娘はっけ~ん」
私が伊藤さんの方を見ていると後ろから禍々しい声が聞こえてきました。
どうやら佐藤さんが私の次のターゲットを発見したようです。
「伊藤さ~~~~~~~ん、少しメイクさせて~~~~~~~~」
そんな言葉とともに私の横をすり抜けて一直線に伊藤さんに向かっていく佐藤さんの姿はケモノのようでした。
私はそんな
背後から聞こえてきた「キャーッ!」という伊藤さんの悲鳴は効かなかったことにしよう。
さらばイトキン。
「さっきのサトウなんだか怖かったの」
アパートを少し離れたところで今まで黙っていたミユちゃんがそんな事を言いました。
「ああいう状態の人には近寄っちゃいけなかったですです」
私はげんなりした顔で駅への道を歩き出しました。
「ただでさえコッチの世界では子供扱いされるのにこれじゃ完全にお子様ですです」
「今のタカハシは凄くかわいいの。自信を持っていいの」
私より何十歳も年下の生まれてまだ一年も経ってない女の子(?)にかわいいと言われてすごく複雑な気分。
「はぁ、私はかわいいと言われるより美人とか綺麗とか言われたいですですぅ」
「かわいいは正義なの」
そう言いながら器用にケースに付いたネコミミをピクピク動かすミユちゃん。
そんな機能あったっけ? と驚きつつも私の気持ちはどうやらミユちゃんには届かないと解って説得を諦めました。
私は重い足取りのまま駅にたどり着くとICカードを自動改札にかざして構内に入ります。
通勤ラッシュもとっくに終わった構内で「今日は無事に会社までたどり着ければいいな」と私は電車を待ちながら思ったのでした。
結局その後何度か『補導員』と『警察』に捕まり、その度にすぐに見せられるように『装備』している身分証明証を提示するという『いつもの作業』を繰り返し、会社にたどり着く頃には心も体もへとへとになっていたのは言うまでもないでしょう。
はぁ……この世界で大人の女性に見える装置の開発を本気で考えないといけませんね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます