第70話 世界樹たちの邂逅です。
結局会社についたのはお昼になる直前で、付いた途端にミユちゃんのセッティングをおにぎりを食べながら行う羽目になりました。
「お父さんとお話~♪お話~♪」
ミユちゃんは数日振りに田中さんと会える事が嬉しいのか鼻歌まじりに揺れています。
人形体のミユちゃんの揺れに合わせて本体の世界樹も葉が揺れている光景はとても和むものです。
「ミユちゃん、準備オッケーですですので魔素の注入をお願いするですです」
「了解なの。サテライトミユ起動! あなたに力を」
ミユちゃんがそう元気に返事して魔素の放出を始めたのを確認してから私は周りの所員に指示を出す。
サテライトって何だろうと思いましたが多分ミユちゃんがお気に入りのアニメか何かの真似でしょう。
「世界間通信装置起動してくださいですです」
「了解! 世界間通信装置起動」
「世界間通信装置起動」
命令の伝達に合わせたようにミユちゃんが設置されている机の前方にホログラフィック映像が映し出されてゆく。
最初の頃はかなり不安定な映像だったのが徐々にカメラのピントが合っていくかのように鮮明になると、かなり顔色の悪い田中さんが通信機の向こう側からこちらを見ていた。
「お父さん!」
「田中さん?」
私達の呼びかけに田中さんは弱々しく微笑んだ。
「やぁ、ミユ。高橋さん。お久しぶり」
「田中さん、どうしたんですです? 顔色が真っ青ですですよ?」
「いや、ちょっと酔ってるだけだから……うっ……あとは頼みます山田さんっ」
画面の中で田中さんが口を押さえてどこかへ行ってしまった。
代わりに画面の中に入ってきたのは何時ものイケメンスマイルを浮かべた山田さんだった。
よく田中さんが山田さんに「イケメン爆発しろ! 世界中の女の敵!」とか言ってるけど、ドワーフ族の私からするとひょろ長もやしなエルフ族は好みじゃないのよね。
「やぁ、こんにちは高橋さんとミユちゃん」
「山田さん、田中さんは一体どうしたですですか?」
私がそう尋ねると山田さんは少し肩をすくめて教えてくれた。
「どうもこの神殿への帰還方法が体に合わなかったらしくてですね、さっき帰ってきてからずっと車酔いのような状態でして」
「帰還って、どこかに行ってたですです?」
「ええ、実は詳しい話は帰ってから報告書を上げますが、つい先程まで田中さんは地上にある町に行ってまして」
渡辺さんからの報告書を前に見たことがありますがあの世界の住民といえば私達からすると巨人族の世界だったはず。
一般人がサイクロプス以上の大きさの世界とか考えるだけで震えてしまいますね。
ドワーフ体型の私が言うのもなんだけど、田中さんみたいに小さな人なんて踏み潰されて一瞬でジ・エンドじゃないかな?
「大丈夫だったんですです?」
「吉田さんが一緒でしたし、心配はしませんでしたよ」
「そうですですか。神様が付いていたなら何の問題もなさそうですですね」
「ええ、少し行方不明になって探すのに時間がかかったくらいでしょうか」
「行方不明!?」
何も問題なかったどころか大アリじゃないですか。
「最初から『田中レーダー』を吉田さんに渡しておけば良かったのですが、失念してました」
田中レーダーといえば私が山田さんに頼まれて作った田中さんの持つ魔素を感知して居場所を特定するあの装置だ。
最初制作を頼まれた時は、新しい装置の開発が楽しくてついノリノリで作ってしまったけど役に立ってよかった。
作った後、
「お父さんは多分魔素酔いなの」
腕を組んで私達の話を聞いていたミユちゃんが口を開く。
「少し通信回線を通してお父さんの状態をチェックしてみたけど、お父さんの魔素が少し揺れてたの」
魔素が揺れるというのは初耳だけど世界樹がそう言うなら実際そうなのだろう。
これも要研究だ。
「う~っ、ミユがもっと大きくなっていればお父さんが魔素酔いなんてすることはなかったのに。不覚なの」
「まぁあの時はとっさのことでしたから仕方ありませんよ」
山田さんが落ち込んでいるミユちゃんを慰めるように言う。
「それに田中さんが酔ったのは先程も言いましたが帰還方法のせいだと思いますので」
「そうそれですです。町に行ってたのは聞きましたけど悪酔いするような帰還方法ってどんなものだったんですです?」
「一本釣りです」
「一本釣り?」
山田さんが何を言っているのかさっぱりわからない。
一本釣りってあれよね? カツオとかの漁をする時のやつよね?
「ええ、一本釣りとしか表現できないというかなんというか」
山田さんが困ったような顔をしていると横からもう一人のエルフ族が顔を出した。
「やぁ高橋くん、山田はそういう説明が苦手だから自分が説明してあげるよ」
「渡辺さん、お願いするですです」
「一本釣りと言うのは地上に降りた神々を天界に急いで戻す時に使われる手法でね、神の長であるブラウ様の必殺技みたいなものなんだ」
神の長というと吉田さんのお父さんでしたっけ。
「地上に降りた神々に向けて魔素を編んだ糸みたいなものを天界から降ろし、それを対象人物に巻きつけてから一気に地上から天界へ『一本釣り』の要領で引き上げる技ななんだよ」
かなりの力技みたいですね。
聞いているだけで頭がクラクラしてきました。
地上から天界までどれくらいの高さがあるか解りませんけど、十メートルや二十メートルじゃないでしょうね。
その距離を一気に引き上げられるとかどんな罰ゲームですかね。
「つまり田中さんは深海魚が急に釣り上げられたような状態になったってことですですか?」
なんて危険な。
「いや、まぁ流石にそこは神の力で気圧や魔素の急激な変化によるダメージとかは無いんだけどね」
「じゃあ田中さんはどうしてあんなことになってるですです?」
私の質問に渡辺さんは頬を少し指で掻くと答えてくれた。
「実はその編み込んだ魔素の紐ってやつが問題でね。勢い良く引っ張り上げるもんだからその勢いで少し
「それって凄く危険じゃないですか」
私が思わずそう言うと渡辺さんは少し苦笑して続ける。
「解けると言っても
「いやぁ、田中さんが戻ってきた時は完全に高速回転するドリル状態でしたからね」
うわぁ……。
私はその姿を想像して顔を青ざめさせた。
「吉田さんたちは慣れているらしいので問題なかったのですが、さすがに田中さんにはきつかったようで」
「山田がかなりパニックになってたしな」
「そりゃ流石に目の前であんなものを見せられたら心配するなという方が無理と言うものですよ」
一体どんな状況だったんだろう。
想像したくない。
「あ~、気持ち悪かった」
私達がそんな話をしていると田中さんが帰ってきました。
顔色はさっきよりマシになってはいたもののまだ気持ち悪さは残っているようですけど。
「もう胃の中空っぽで胃液しかでない」
「お父さん大丈夫なの?」
ミユちゃんが少し心配そうに画面を見ています。
「ああ、これでも随分楽になったんだ。もう少し休めば大丈夫だと思う」
画面の向こうの田中さんは精一杯の笑顔をミユちゃんに向けてそう返事をしました。
そんな田中さんの背中を
「高橋さん、明後日の世界間転送計画についてなのですがよろしいでしょうか?」
と、今回の通信の主目的に話を切り替えます。
「転送時間と場所の打ち合わせですですね」
「ええ、一応事前の計算では明後日の朝に転送可能距離まで世界間が近づくはずですが、安全を期するためにもう少し世界間が近づくお昼前。
正確にはそちらの時間で午前11時に転送実行ということでよろしいでしょうか?」
「こちらの時間で11時ですね。転送場所はこのビルの屋上ですです?」
「そうですね。一度『穴』が空いた場所の方が安定しますしその方が使用する魔素量も抑えられますので」
「節約は大事だよね」
突然画面外から吉田さんのそんな声が聞こえてきました。
「ヨシュアさんが田中さんの世界へ無理やり転送した時に消費した魔素量はかなりのものでしたが?」
すかさず渡辺さんがツッコミを入れる。
たしか吉田さんはユグドラシルカンパニーの転送装置を無理やり使ってやってきたと言うような話を聞いた覚えがありますが、やはりかなり無茶をしていたんですね。
「あれはティコを早く成長させないといけないって思ったから……」
「結果、暴走を招いてこんなことになったわけですがね」
「ううっ」
画面の外で渡辺さんと吉田さんの会話が続いているようですが、私は山田さんにひとつ気になったことを尋ねてみます。
「山田さん、ティコさんってどなたですです?」
私の持っている吉田さんの世界情報の中には出てこなかった名前なので気になります。
「ティコさんというのはですね、この世界のミニ世界樹の名前です。正式名称は『ティコライ』ちゃんと言いまして、希望という意味なのだそうです」
なるほど合点がいきました。
多分と言うかきっと田中さんの仕業でしょう。
スズキさんにも世界樹の成長には名前をつけてあげることが重要と熱弁されていたのを思い出します。
その割にミユちゃんの名付け理由の適当さは呆れるばかりですが。
さて、今回の通信の一番の目的は達せられました。
明後日のお昼11時、ビルの屋上に転移するという事だけ確認すれば後はこちらで出来ることはありません。
11時前に転送場所の下にもしもの時のためにクッションを敷いておく程度でしょうか?
私がそんなことを考えていると突然ミユちゃんが山田さんに
「ミユ、ティコちゃんとお話したいの」
と言い出した。
「ボクからもお願いするよ」
画面外から吉田さんの賛同する声が聞こえてきました。
世界樹同士の会話ってどんなことを話すのでしょうか。私、とても気になります。
何故か画面の向こう側では山田さんが何時も愛用しているメモ帳を懐から取り出しスタンバイ状態。
「正直、世界樹同士のこういった接触は前例がないので何が起こるかわからないからどうするかこちらでも揉めていたんだがな」
と渡辺さん。
そっか、何か危険なことが起こる可能性もあるわけですね。
それで今この場に吉田さんの世界の世界樹が同席していない理由がわかりました。
「でも、世界樹から自らそれを求められたら我々としては断ることは出来ない」
「ミユが自分から会いたいって言ってるんだから危険なんて無いよ。なんせ俺の自慢の娘だからな」
田中さんの親ばか発言に渡辺さんが少し苦笑して「じゃあティコくんを連れてきますよ」と部屋を出ていった。
「渡辺が行かなくてもとっくに吉田さんがティコちゃんを連れに行ったのに、相変わらず面倒くさい男ですね」
山田さんと渡辺さんの関係はドワドワ研とユグドラシルカンパニーのとある集まりでは
おっと、そんな事を考えている場合じゃありませんね。
「ミユちゃん、別世界の世界樹と直接話しても問題はないんだよね?」
「大丈夫なの。ティコちゃんは優しい子だから」
つまり優しくない世界樹もある可能性があるってことかな?
私は少し不安になってそんなことを尋ねて見ようと口を開きかけた所で通信機の向こうから声がした。
「ティコちゃんを連れてきたよ~」
どうやら吉田さんがミニ世界樹を連れて戻ってきたようだ。
ミユちゃんに対する質問は後にして私は初めての世界樹同士の対話に意識を切り替えることにします。
「こんにちはティコちゃん。私ミユだよ」
『ビリビリッ』
ユグドラシル計画始まって以来初の世界樹同士の交流はこうして始まりました。
あれ? もしかしてティコちゃんってまだしゃべれないの? という一抹の不安を抱えながら……。
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