第68話 湖の魔獣と最強の戦士です。

「そろそろ門だから姿を消すよ」

 町の出口付近にたどり着いたあたりでヨシュアさんはそう言って全員に不可視の呪文を掛ける。

 そしてそのまま一気に開いていた町門をくぐり抜ける。

 不可視の呪文の他に気配も消しているのか門番もまったく気が付かないまますり抜けることに成功する。

 こういう所はさすが女神の力という他ないな。

 

 門を出て門番に声が聞こえない程度離れたところで俺は彼女に声をかける。

「ヨシュアさん、このまま歩いて湖まで行くんですか? かなり遠いって聞きましたよ」

 どのくらいの距離なのかはよくわからないが歩いて簡単に行ける距離ではないはずだ。

 何故なら歩いていけるくらいの近くに魔物がいる場所があったら放置されているわけがないのだ。

「ん? 歩いて行くわけないじゃないか」

「じゃあ飛んで?」

「高速飛翔魔法は魔素の無駄遣いになるから滅多なことでは最近は使わないから」

「じゃあ馬車とか馬とか?」

「近いけど違うかな。ろくに道もない森の中じゃ馬車や馬なんて役に立たないしね」

 そう言いながら彼女は近くの森の方へ歩いて行く。

「お姉さまが何の考えもなしにこんな所に来るわけないじゃありませんの」

 ヨシュアさんの顔を挟んで反対側から俺の方にそんな声が聞こえてくる。

 言わずと知れたシスコン女神アイリィである。


 彼女はヨシュアさんに襟首を掴まれたまま孤児院を出た後、姉の肩にしがみつく俺を見てひと騒ぎした後、自分もお姉さまの肩に乗る!と言ってもとの大きさに戻っていた。

『ビリビリッ』

 いつの間にかシスコン女神に背負われていたリュックの中からミニ世界樹『ティコライ』がアイリィの言葉に同意するように俺に向けて電撃をほとばしらせる。

 シスコン女神とマザコン世界樹のコンビとか勘弁してくれ。

「まぁシスコン女神の言う通りヨシュアさんに任せておけば問題はないだろうからな」

 俺は両手を上げて降参のポーズを取るとヨシュアさんがそんな俺達を見て笑う。

「まぁ、田中くんの出番は湖についてからだからね。それまではボクにまかせてよ」

 たしかにヨシュアさんは力を貸すと言ってくれたのだし、何かしら手段を用意しているのは理解してはいるけど、女の人におんぶにだっこでは流石に男がすたる気がする。

「わかりました。湖についたら俺の出番ですね」

「そうだよ、キミの出番はその時に訪れるから楽しみに待ってるといいよ」

 俺の出番か。

 湖についてやることといえばレーメン草の採取だ。

 多分俺の仕事というのはその事なんだろうけど、実際レーメン草を採取するためには湖に住み着いたという魔獣の排除も必要になるかもしれない。

「まさか俺に魔物と戦えとかいいませんよね?」

 おれはその可能性に思い至って彼女に聞いてみたが、その問いかけにヨシュアさんは曖昧な笑顔だけ返して歩みを進めるのだった。


 嫌な予感しかしない。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 ざっざっざっ。


 その後、五分くらい彼女が無言のまま森の草をかき分けて進んでいくと、少し開けた場所にたどり着いた。

 その場所で足を止めた彼女に「ここに何かあるんですか?」と聞いてみる。

 どうやらここが目的地らしいがとくに何もない場所だからだ。

「タクシー乗り場さ」

 タクシーって。ヨシュアさんがわざと俺にわかりやすく言ったのか翻訳魔法が勝手にそう翻訳したのか微妙な所だ。

 俺はその返答に周りを見渡すが、やはりタクシー乗り場らしい標識も何も見つからない。

 もちろん地面にタイヤの跡なんてものも存在しない。

「タクシーとかこの森の中に走ってるわけ無いじゃないですか。それにそもそもこの世界に存在してるわけが……」

 俺が疑問に思っていると彼女は「まぁ見ててよ。今から呼ぶから」と言って口に指を当てて指笛を鳴らした。


 その甲高い音が森中に響いていってから五分ほど経っただろうか。

 突然目の前の茂みがガサガサと揺れ、一頭のケモノが目の前に現れた。

『お呼びでしょうかヨシュア様』

「こ、こいつはあの時の」

「うんそうだよ。あの時のオオカミくんさ」

 そのケモノは俺達が墜落してきた後にであった巨大狼であった。

 といっても今はヨシュアさんが人化しているので彼女と比べればあの時ほど大きくは見えないが人化したヨシュアさんと同じくらいの背丈はありそうだ。


「それじゃあオオカミくん。ボクたちを湖まで運んでくれるかな?」

 どうやらヨシュアさんはこのオオカミをタクシー代わりにして湖に向かう計画らしい。

『その程度であれば容易たやすいこと』

 頼まれたオオカミはそう言って頭を垂れる。

「それじゃお願いするよ」

 ヨシュアさんはそう言うと俺とアイリィをオオカミの背中に乗せ、その後に自分も人化の呪文を解いて元の姿に戻り俺達の間に座った。

「これがタクシーですか」

「そうだよ。驚いた?」

 彼女はそう言っていたずらっぽく笑う。

『それでは参ります』

 オオカミタクシーはそう言うと森の中へ飛び込んでいく。

 前回と違い整備された道でも無い森の中だというのに速度はあの時より確実に早い。

 そんな速度で樹樹の生い茂る森の中を疾走するのだから背中に乗っている俺はたまったものじゃない。

 昔見たSF映画の中で空中に浮かぶバイクにのって森の中を高速移動しながら戦うというシーンを見た事があるが、リアルにそういう状況だ。

 救いは前回同様向かい風の影響を殆ど感じない事か。


「遠いのに呼びつけてごめんよ」

『いえ、構いませぬ。ヨシュア様の為に働ける事は我が悦び』

 社畜根性満載のオオカミだな。

「美しく気高い女神の中の女神であるお姉さまの願いなら誰だって二つ返事でOKするのは当たり前ですわ」

 まぁ、今回の場合は実際湖へ行きたいと願ったのは俺なんだけどな。

 そんな事を思ったがシスコン女神に絡まれるのも面倒くさいので黙っておくことにする。


 体感的に二十分ほど森の中を駆け抜けた頃だろうか。

 俺たちを乗せてくれているオオカミの速度がゆっくりと落ちやがて停まった。

『湖はこの向こうにあります。これ以上近づくとあの場所を住処としている魔獣に察知される恐れがありますがいかがしましょう?』

「ここでいいよ、ありがとうオオカミくん」

『かの魔獣はかなり凶暴でして、視界に獲物が入るやいなや襲い掛かってきます。ご注意を』

 オオカミが俺たち三人にそう忠告してくれる。

「わたくしとお姉さまがいる以上、魔物なんて相手になりませんわ」

 アイリィが小さな胸を張って答える。

 そりゃ神様二人相手じゃ魔獣なんて相手にもならないだろうよ。

『たしかに。二柱の女神相手では魔獣とて赤子同然でございましょう。要らぬ心配でした』

「いや、心配してくれて嬉しいよオオカミくん」

 ヨシュアさんは頭を垂れるオオカミの鼻先を優しくなでてお礼を言った。

 最近のヨシュアさんは俺の世界にいた時のポンコツは嘘だったかのように本当に女神らしく見える。

 やはり自分の世界に戻って女神としての力を取り戻したからだろうか?

 俺がそんなことを考えながら彼女を見ていると

「わ、わたくしの頭もなでてくださいませ」

 シスコン女神が鼻先を撫でられるオオカミが羨ましかったのかそんなことを言い出した。

 そっか、もしかしたらヨシュアさんはこの駄目な妹女神の前では地球にいた頃のような姿は見せられないと思っているのかもしれないな。

 わしゃわしゃと嬉しそうに妹の頭を撫で回す彼女の姿を見て俺はそう思った。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 俺たち三人はオオカミにその場で待っていてくれるように頼んでから湖の方へ移動する。

 小さな体の上、ヨシュアさんの不可視の魔法がかかった状態なので余程のことがなければ魔獣に見つかることもないだろう。

「あれが魔獣か」

 草をかき分け湖の手前へ到着した俺達が見たものは大きな大きなバケモノだった。

 「ニ首竜ふたくびりゅうだね。たしかにここらへんの狩人やケモノたちじゃ相手にならないかな」

 その魔獣は名前の通り首が二つ、大きな胴体から生えていた。

 しかし『竜』というには余りに不格好だ。

 何故ならその体には手足もなく寸胴で、例えるとすれば頭の二つ有るツチノコといった姿である。

 言葉にするとユーモラスな気もするが実際目にすると恐怖しか浮かんでこない。

 それでもこちらは女神が二人もいる過剰戦力だ。

 あんな魔獣でも一瞬で排除できるはず。


 おれがそんな事を考えていると突然ヨシュアさんが俺の肩に手をおいて言い放つ。

「じゃあ田中くん。魔獣退治と薬草採取をお願いするよ」

「えっ、なんで俺がっ」

 ちょっとまって欲しい。

 俺なんてここまで運んでくれたあのオオカミにすら一飲みされるくらい何の力もない一般人だ。

「無理無理無理ですって」

 慌てる俺にヨシュアさんはニヤリと意地悪な顔で告げる。

「だって、あの子どもたちと約束したのは田中くんじゃないか」

「で、でもどうやって魔獣なんて倒したらいいのか」

「うん、そうだね。だからボクがキミに力を貸してあげるって孤児院でも言ったよね」

 たしかにヨシュアさんは直接子どもたちを助けることは出来ないが異世界人である俺になら力を貸せると言っていた。

 どうやらその言葉の意味は直接魔獣を倒したりしてくれるわけではなく、貸してもらった力で俺自身が任務を達成しなければならないという事のようだ。


「じゃあちょっと待ってて」

 彼女はそう言って地面に魔法陣を描き出す。

 やがて、描き終わったのか魔法陣から一歩離れたヨシュアさんが「いでよゴーレム!」と一声魔法陣に向けて呪文を唱える。

「ゴーレム?」

 なんだか少し前に聞いたことが有る呪文と共に、目の前の土が一気に盛り上がり俺達の目の前に『田中ゴーレム』が復活した。

「さぁ田中くん。このゴーレムに乗って魔獣を倒して来るんだ」

 彼女がそう言うとゴーレムは少ししゃがみこんで地面から見上げていた俺をつまみ上げるとそのまま肩に乗せる。

「わわっ」

 俺は慌てて取っ手を掴んでから前回のように肩口にあるシートベルトをつけた。

「それじゃあ行くよ? 田中ロボ発進!」

 俺の返事を待つこともないままヨシュアさんが『田中ゴーレム』を立ち上がらせる。

 というか『田中ゴーレム』から『田中ロボ』に変わってるのはなんでだろう。

「ヨシュアさん、このゴーレムってあの魔獣に勝てるんですよね!?」

 俺は肩の上から下にいる彼女に大声で尋ねる。

「お姉さまが作り上げたゴーレムですわよ。あんな雑魚なんて一撃ですわよ」

 シスコン女神が我が事のように自慢げに言うが俺は実際このゴーレムが崩壊したのを経験しているのだ。

「崩壊したりしませんよね?」

「あの時は時間切れだったから壊れたけど今日は問題ないよ」

 ヨシュアさんのその返答を信じて俺は前を向く。

 彼女の太鼓判があるとはいえ、魔獣の大きさはこの田中ゴーレム改め田中ロボの数倍ある。

 そう簡単に倒せるとは到底思えない。


 ズンズンズン。


 田中ロボは俺の心に反し歩みを止めない。

 やがて茂みを抜け魔獣に近付いていくと地面に転がっていた魔獣は俺、というかロボに気がついたのか二つの頭を持ち上げ俺の方を見る。

 正直凄く怖い。

 今すぐ回り右して逃げ出したいが操縦権はヨシュアさんが握っている以上俺にはどうしようもない。

「こんなの無理ゲーすぎるぅぅぅ」

 魔獣と田中ロボの間が三メートル程度まで近付いた時、魔獣はおもむろに巨体を持ち上げキシャーッと大きな二つの口を開いた。

「うわあああああああああああああああああああっ」

 二つの首の内一つが俺を真上から噛み殺そうと迫ってくる。

「ロボ動け! 動け! 動いてよ! ロボパンチとか出してくれよ!」

 俺は悲鳴のように叫ぶしか出来ない。なにせ肩に座っているだけでロボ自体を動かすことは俺には出来ないのだから。


 食われる!

 そう思った瞬間、茂みの方から「了解だよ!」というヨシュアさんの声が聞こえ田中ロボが動き出す。


 田中ロボは迫ってくる竜の頭を華麗なステップで避けると目標を見失い戸惑っている竜の顔に向けて一歩大きく踏み出す。

「田中ロボパアアアアンチ!」

 茂みの向こうからヨシュアさんのノリノリな声が響くと同時に一気に田中ロボが腰を捻り猛烈な速度のパンチを繰り出した。


 バッコオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン。


 田中ロボが放った一撃はニ首竜の一つ目の頭に当たるともう一つの頭を巻き込んで冗談みたいな勢いで空の彼方へそのまま魔獣を吹き飛ばした。

「え?」

 遠く空の彼方へ飛んでいくその姿に俺は田中ロボの肩の上で唖然とするしかなかった。

 しばらく呆けていると二人の女神がオオカミに乗ってやってきた。

「ちょっとやりすぎちゃったかな?」とヨシュアさんは照れ笑いを隠さず俺に語りかける。

「一撃……だと……というか強すぎるだろこのロボ」

「だから言ったじゃありませんの。お姉さまの作ったゴーレムならあんな雑魚は一撃だって」

 たしかにアイリィの言ってた通り一撃で終わったけど、この強さはチートすぎるだろ。

「そんな当たり前のことはどうでもいいんですのよ。それよりさっさと薬草を採取しなさいよ。子どもたちが待ってますわよ」

 シスコン女神はそう言ってそっぽを向く。

「ああ、そうだな。早く採取して戻ってやらないとあいつらも心配してるだろうし」

 なんだかんだ言ってアイリィもあの子どもたちの事は気になっていたようだ。

 そういえば彼女は孤児院でも年少の子どもたちにやけに好かれていたな。というかまとわりつかれ涙目になってたような。


 俺は彼女のその態度に毒気を抜かれたような気分で「それじゃレーメン草を適当に採取してくれ」とロボに命令する。

「了解だよ」と返事をするのはもちろんヨシュアさんだが。

 色々腑に落ちないこともあったが元々女神の力で魔獣を軽く排除するつもりだったんだし、ある意味『予定通り』なんだよな。

 俺は肩の上から一生懸命レーメン草を採取する田中ロボの手先を見つめながらそう思った。


 その後、俺の命令(?)でレーメン草を採取した田中ロボはどうなったかというと、お役御免とヨシュアさんの手により元の土塊に戻されて消えていった。

 なんだか寂しい気もするが当初の目的はこれで達したのだからもう彼の任務は終わったのだ。

 正直自分そっくりな姿の物が目の前でボロボロに崩れ去っていく姿というのはかなり心に来るものがあったが。


 ありがとう田中ロボ。君の勇姿は数日くらいは忘れないであろう。

 

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