第67話 田中レーダーは山田さんの私物です。
「オーッホッホッホ! 話は聞かせてもらったわ!!」
高笑いの女神に対して俺は思わず声を上げた。
「待っていたのはおまえじゃねぇ!」
おれのそんな突っ込みに思わず顔を引きつらせて額に怒りマークを浮かべる女神アイリィ。
「な、なんですって!! この水の女神様に向かってなんて失礼な小虫ッ!」
「お前だって人化魔法掛けてるだけの小虫仲間じゃねーか」
ギギギ。
ぐぬぬ。
入っていた籠から身を乗り出して罵り合う俺とシスコン女神に子どもたちがオロオロしている。
「だ、誰なんですかこの女の人は」
いち早く落ち着いたらしいケルンが俺に尋ねる。
「こいつか? こいつは水の……」
そういや女神とか人に教えていいんだっけか?
この世界の神と民衆の関わり具合とか俺にはまだ解ってないのに軽々しく正体をバラすのは良くないかもしれない。
でもすでに子どもたちには神様と一緒にこの町に来たとか言っちゃってるからなぁ。
俺が
「わたくしは水の女神アイリィ。美しく気高い土の女神ヨシュアの最愛の妹ですわ!」
と、無い胸に手を当てて偉そうに自己紹介をした。
俺の逡巡を返せ。
あとヨシュアさんにとってお前が最愛かどうかは知らないけどな。
「め、女神様!?」
「水の女神様!」
「アイリィ様っ!?」
子どもたちが驚いているが仕方ないだろう。
俺だって目の前に神様が現れたら驚く……いや、俺の場合はまず信じないで「頭のかわいそうな娘」と思うかもしれない。
「なんですのその目は」
「ナンデモナイデスヨ」
どうやら俺は知らぬ間にかわいそうな娘を見るような目でアイリィを見ていたようだ。
なんだか俺の返事を聞いて「キーッ」とシスコン女神は地団駄を踏みだした。
その姿にどうしていいかわからず子どもたちもまたオロオロしている。
そんなドタバタ漫才を繰り広げているとドアの向こうから別の声が聞こえてきた。
「アイリィ、田中は見つかったかい?」
聞き慣れたヨシュアさんの声だ。
「お姉さま、小虫はこの部屋に居ましたわ」
アイリィの返事を聞いてヨシュアさんが部屋に顔を出した。
「よかった、無事だったんだね」
「まったく、お姉さまの手を煩わせるなんて言語道断ですわね」
アイリィのその言葉に少し複雑な顔をしてヨシュアさんは言う。
「そんなことを言うもんじゃないよ。というか今回のことは時間制限を忘れていたボクの責任だよ」
「そんな事はありませんわ」
「あと、あんな町中に急に飛び降りてきたアイリィにも責任があるからね」
「うっ・・・」
そういえば実際こいつがあの時町の噴水に落ちてこなければ、俺達は元の広場に戻って屋台で買った食べ物をほおばっている予定だったんだよな。
「お前が元凶じゃねぇか」
「なんですって!」
ゴツン!
ヨシュアさんのゲンコツが青髪縦ロールの頭頂点に突き刺さる。
女神のゲンコツって地味に痛そうだ。
「アイリィはもう少し反省しなさい」
愛しのお姉さまに怒られて涙目のシスコン女神。
そして、そんな光景を見せられてどう反応していいのかわからずにいる子どもたち。
はてさて、どうやってこの子達の母親の件を切り出そうか。
俺は目の前の状況を見てそんなことを考えていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
騒ぎが一通り落ち着いたと見て俺はまずあの『田中ゴーレム崩壊事件』の後どうなったのかを聞いていた。
どうやら繁華街で人が一人土塊となって突然崩れ落ちたせいで周りは少しパニックになったらしい。
ヨシュアさんはぎりぎり間に合って掴んだミニ世界樹『ティコライ』を懐にしまうとまずはその場を治めることにしたそうだ。
「俺のことはどうでも良かったんだ……」と少し拗ねる真似をしてみたところ、どうやら俺が子供のフードの中に入り込んだのを確認したので、後でその子を探せばいいと思ったとのこと。
「その時は簡単に見つかると思ったんだよ」
ヨシュアさんは自分をゴーレム使いとパニックになっていた人たちに名乗りを上げ、人々の前で手のひらサイズの『田中ゴーレム』を作ってみせたそうな。
「魔法陣とか魔素ももったいなかったから小型のにしたけど結構ウケは良かったんだよ」
「お姉さまの魔法に皆さん目を輝かせてましたわ」
オーディエンスの好反応に気を良くしたヨシュアさんはそのまま『ミニ田中ゴーレム』を操って大道芸まがいのことをしてからその場を立ち去ったらしい。
何やってんだこの姉妹。
「そこからが大変だったんだよ」
ヨシュアさんは最初、女神の力でサーチすれば簡単に俺は見つかるものだと思っていた。
だがどれだけサーチしても反応がない。
困り果てて神殿へ自体を説明すると神殿にいた山田さんが「いいものがあります」と今、俺の目の前に置かれている『田中レーダー』なる代物を出してきたらしい。
少し前までヨシュアさんはその『田中レーダー』を受け取るため町の外に出ていたそうだ。
「田中レーダー?」
「うん、田中レーダー。どうやら田中くんはミユちゃんの加護の影響と異世界人であるせいでボクらのサーチには引っかかりにくいらしいんだ」
「加護も良かれ悪しかれですね」
「でもこの『田中レーダー』があればキミの居場所を一瞬で特定できるようになるんだよ。凄いね」
俺はどこぞの竜の玉かよ。
「凄いですけど山田さん、どうしてそんなもの持ってるんですか? 正直ストーカーですよ」
「それはね、きっと愛だよ」
ヨシュアさんがそう言ってウインクする。
「うげっ。俺は男を愛するような性癖は持ち合わせていませんよ」
心底嫌そうにする俺を見てヨシュアさんがケラケラと笑う。
「違うよ、そういう愛じゃなくてどちらかと言えばそう『家族愛』ってやつさ」
「家族……」
俺は目覚める前に見た幸せだった頃の俺の家族の夢を思い出す。
あんな日はもう戻ってこないのだとわかてちるのに俺はまだ求めているのだろうか。
「山田さんは家族じゃありませんよ?」
そう笑って返したがヨシュアさんには通じない気がする。
「そうだね、でも彼はキミの家族になろうとしているようにボクには見えるんだ」
何もかも悟ったような微笑みで俺を見るヨシュアさんの目に引き込まれそうになる。
彼女はいったい山田さんのことをどこまで知っているのだろう。
「ヨシュアさんって山田さんの……」
俺がそう切り出そうとした瞬間、またもやドアがドカーン!という音を立てて開いた。
せっかくさっきヨシュアさんに叱られながら青髪縦ロールが直したというのにまた壊れた。
「なんなんですの~! わたくし一人に子守を任せておいて二人で密会とか許せませんわ!」
そう叫びながら部屋に入ってきたのはやはりシスコン女神だった。
自分で壊して直して又壊すとか、度し難い変態だな。
「アイリィ様~」
「女神様~」
アイリィの後に続いてこの孤児院の子どもたちだろうか? 十人くらいの年齢がバラバラな子どもたちがやって来た。
「なんですの! 飛びつかないでくださいましっ」
最後に入ってきたさっきの年長三人組はアイリィに飛びつこうとする子どもたちを必死に抑えていた。
お兄ちゃん、お姉ちゃんは大変だな。
俺がそんなことを考えていると眼の前にいる『お姉さん』がそんな光景を微笑ましく見ていた。
「アイリィにも妹か弟がいればよかったのにね」
そんな事を呟きながら。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
そんな状況では流石に話が出来ないので、俺はヨシュアさんに頼んで年長組の三人を除く子どもたちに軽く睡眠魔法をかけてもらい、子どもたちを『お昼寝』させてから本題に入った。
まずは三人の年長組から聞いた話を一通りした後「どうにかなりませんかね?」とヨシュアさんに聞いてみる。
すると突然横から青髪縦ロールが声を上げた。
「オーッホッホッホ、そんなの簡単ですわ」
「簡単?」
「ですわ。世界樹の雫を飲ませてあげればよいのですわよ」
世界樹の雫か。
そういえば世界樹が成長すればするほど雫の効果は上がると山田さんが言っていたのを思い出す。
俺がヨシュアさんの方を見ると彼女は静かに首を振る。
「ティコの今のレベルじゃ病気を治す力までは無理だと思うよ、それに」
「それに?」
「ボクたち神々が直接この世界の人々に力を使う事は今までずっと避けてきたんだ。そしてこれからもそれは変わらない。」
彼女のその言葉に三人の子どもたちの顔に落胆が浮かぶ。
「それじゃお母さんは……」
マインの目に涙が浮かんでケルンとハノバはぐっと手を握りしめる。
俺はその子どもたちの姿を見て思わず激高する。
「それじゃこの子達の母親を見捨てるってことですか! 神様なんでしょう? 人一人くらい簡単に救える力を持ちながら見殺しにするんですか!
この子達にまた親をなくす苦痛を味わわせるんですか!」
そんな俺の言葉をヨシュアさんは優しい声で
「田中くん。ボクはね、この世界の人々には手出しできないと言ったんだよ。この意味がわかるかい?」
「え?」
頭に登っていた血がヨシュアさんのその言葉で一気に下がっていく。
彼女の言葉の意味、つまりそれは。
「つまりヨシュアさんたちはこの世界の人々に直接手助けは出来ない。けれど異世界人である俺になら」
「そう、田中くんになら僕たちは手を貸すことができる」
悔しそうに悲しそうに下を向いていた子どもたちがその話を聞いてパアッと顔を輝かせる。
「ボクたちが直接この子達の母親を助けるために魔法をかけたり薬をあげたりは出来ないけど、キミが薬に必要なレーメン草を取りに行く手助けならできるのさ」
「詭弁ですわ。お姉さまがそんな危険な所までついていく必要なんて……」
シスコン女神がなにやらぶつくさ言っているが今の俺にはそんなことはどうでも良かった。
これでこの子達の母親を助けることができる。 ただそれだけで俺の顔に笑顔が浮かぶ。
「さて、彼らの母親にも僕らにも時間がないことだし今からすぐ出発するよ」
ヨシュアさんはそう言って立ち上がり俺を掴んで自分の肩に乗せた。
「お姉様の肩の上などゆるせませんわっ」と叫ぶ妹女神の襟首を捕まえて、ヨシュアさんは孤児院から外へ出る。
孤児院の正面玄関には三人の子どもたちが見送りに出てきてくれた。
「田中様、よろしくお願いします」
「「おねがいします」」
三人が声を合わせ俺に向かって頭を下げる。
「お前ら、むずがゆいから俺に『様』は要らないよ。せめて『田中兄ちゃん』にしといてくれ」
「うん、わかったよ田中兄ちゃん」
「私達待ってるから」
「兄ちゃんがレーメン草を採ってきてくれるって医者に言って準備してるよ!」
そう口々に言う三人に向けて
「おう、すぐ草を持ってくるからな」
と、大きく手を振った。
異世界生活も残すところ後数日。
俺は初めての魔物との戦い(?)へ、ヨシュアさんの肩にしがみつきながら向かうのであった。
正直、肩に必死にしがみついてる姿はかっこ悪いし怖い。
せめてゴーレムにあったようなシートベルト付けてくださいヨシュアさん!
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