第66話 田舎のギルドは役に立たないです。

 夢を見ていた。

 自分がまだ子供だった頃の夢だ。

 その夢の中で俺は優しげに微笑む両親と祖父、祖母に見守られ縁側で眠っている。

 夢の中なのにさらに眠っているという不自然な状況だが何せ夢だ。

 ここは今はもうない祖父の家だろう。

 俺はそれを少し離れた上空から見ていた。


 小春日和の陽だまりの中でスヤスヤと眠る俺と、その周りでそんな子供を見て優しく微笑む家族。

 もしかしたら俺自身が一番幸せだったと思っている、そんな時間を思い出しているのだろうか。

 しばらくそんな幸せな光景を何故か泣きそうな気持ちで眺めていると母が側にやって来て眠っている俺の頬をつつき出す。


 つんつん。


「ほんと、眠っていると天使みたいにかわいいのにね」

 起きている間はいつも走り回って迷惑をかけていたな。

 俺は母のその言葉に少し反省をする。


 つんつん。


 つんつん。


「おい、これって生きてるのか?」


 つんつん。


 つんつん。


「大丈夫だよ。息してるもん」


 つんつん。


 つんつん。


「でもよ、これって一体何なんだろうな」


 夢の中で初めて聞く声が聞こえる。

 そしてその声に合わせるように母が俺の頬をつつくのだ。


 つんつん。


 つんつん。


 先程まで幸せな懐かしい風景に見とれていた俺も流石に鬱陶うっとうしくなってきた。

「もう、やめてよ母さん」

 俺はそう言って頬を突っつく母の手を払いのける。


「おい、今こいつ俺のことを『母さん』って呼んだぜ」

「アンタがつっつくからでしょ」

「でもよ、そろそろこいつ、目を覚ましそうだぜ」

「それは良かった。最初見た時は死んでるのかと思ったからね」


 どうやらそれほど大きくない子どもたちの声だ。

 男の子二人に女の子一人。


 俺は幸せだった夢の中から現実へ意識を移していく。

「う~ん」

 ゆっくりと目を開けると目の前には俺を覗き込む瞳が6つ。

 先ほど夢の中で聞いた三人の子どもたちだろう。


「起きたみたいだね」

「かわいい~」

「かわいいか?これ」

 子どもたちが好き勝手に俺を見て喋りだした。

 というかかわいいとか言うなガキンチョ共。

 目覚めたばかりではっきりしない頭が徐々にはっきりしてくるとまずはその子どもたちの言葉と目線に違和感を覚える。


 あれ? この子どもたち俺の姿が見えている?

 もしかしてヨシュアさんが掛けた不可視の魔法が解けたのだろうか。

 時間とともに解けたのか、それともあの魔法も俺自身の体には直接かかってないとか言っていたから彼女の魔法範囲外に出てしまったせいか?

 とりあえず今はそんな事より俺の姿が子どもたちの目にさらされているのが問題だ。

 不可視の状態であれば適当な場所に小ささを活かして紛れ込み、ヨシュアさんたちの救出を待てばいいと思っていたのにこれは大きな誤算だ。

 子供というのは何をするかわからない。

 最悪人形とでも思われて四肢をもがれてはたまらない。

 もしかしたらこの世界の神であるヨシュアさんたちならその状況から生き返らせてくれるかもしれないが一回だけだろうが死にたい訳はない。

 俺ははっきりしてきた頭をフル回転させてこの状況から逃れるすべを考える。

 とにかくこの子どもたちとコミュニケーションを取って俺が人形ではないという事をアピールすべきだろう。


「や、やぁ君たち」

 俺の挨拶に子どもたちは三者三様の反応を示す。

「しゃべったああああああああああ」と一番やんちゃそうな子供が叫ぶ。

「そりゃ喋るだろ」「そうよね」残りの二人の反応は冷めたものだ。

「そ、そういえばさっきも寝言言ってたもんな」

 一人だけ驚いていた子供が落ち着いてそんなことを言った。

 寝言って、俺どんなこと喋ってたんだろう。


 三人で俺についてわいのわいのと喋り合ってた子どもたちだったが、やがて何かしらの結論がついたのかその中で一番冷静だった男の子が問いかけてきた。

「あの、少しお尋ねしてもよろしいでしょうか?」

 なんだか予想外に妙に下からの発言だ。

「ああ、かまわないよ」

 俺がそう答えるとあからさまにホッとしたような表情で少年は続ける。

「で、ではお聞きしますが貴方様は神の御使い様でしょうか?」

 御使い? 確かにこの町に来たのは神に頼まれて一緒に来たようなものだし間違いはない……のか?

 しかし俺は神の使いではなくある意味現状は同等の立場のはず、多分。

 俺が答えに逡巡していると少年は不安そうな顔をさらに深めて「違いましたか?」と言う。

 ここで否定するのは容易いが、もし否定してただの小人だと思われたらどんな扱いを受けるかわからない。

 全くの嘘でもないのだしここは認めることにしたほうが無難だろう。


「いや、そうじゃない。俺はこの町に神とともにやって来たものだ」

 嘘はいっていない。

 俺のその辺等に子どもたちが一斉に顔をほころばせた。

「じゃ、じゃあ神様もこの町にいらっしゃるのですか!」

「ん? ああ、多分まだいるだろう」

 これも嘘ではないはず。きっと今は俺を探してくれているだろうし。


 この時の俺はそう信じて疑わなかったのだが、後から聞いた話だとちょうどこの時間、彼女はこの町には居なかったそうだ。

 それについても知らなかったのだからセーフだろう。


 その返答に今度は子どもたちが全員俺の入っている籠(?)を覗き込んで「やったー!」と叫んだ。

 このサイズ差で目の前で叫ばれたらうるさくて仕方がない。

 しかしこの世界では神様ってものはかなり身近なのだろうか。

 それとも神様の通り道であるらしいこの町だけがそういう感覚なのかもしれない。


「じゃあさ、神様にお願いして母ちゃんを助けてくれよ!」

 一番やんちゃそうな男の子が俺に向かって拝むようなポーズでそう言うとその横から女の子が

「お願いします御使い様。お母さんを助けてください」と同じように頼み込んできた。

「お母さんを?」

 助けてくれって何かあったのだろうか。

 この世界はたしかに神が居て平和に世界を安定させてはいるが神の介入は大きな争いを防ぐというレベルであって、個人の細かないさかいには基本口出しはしない。

 異世界だ。もしかしたら盗賊に拐われたとか悪徳領主に苦しめられているとか色々考えられる。

 その結果、この子どもたちは大事な親を奪われようとしているのかもしれない。

 両親を失う辛さを嫌というほど知っている俺には、この子達がそんな親を助けるために助力を求めているのなら見て見ぬふりはできなかった。

 一呼吸置いてから俺は最悪ヨシュアさんに土下座してでもこの件を解決させると覚悟を決めて子どもたちの話を聞くことにした。 

「詳しく話してくれるかい?」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 一番冷静な男の子、ケルンが話してくれたことによると思ったより自体は単純だった。

 俺が今いる場所は町外れにある孤児院なのだそうで、数日前にこの孤児院を経営している孤児たちの母親的存在のリーガさんという人が倒れたのだそうだ。

 孤児院が出来てまだ三年とのことで忙しいさなかの出来事だったそうだ。

 医者の見立てによると「トガルト病」という病で本来なら倒れる程の重い症状にはならず簡単に治る病だったらしい。

 しかしリーガさんの場合は違った。

 体質なのかなんなのか、このトガルト病は数万人に一人の割合で重症になる患者が出るとのこと。

「それが君たちのお母さんってわけか」

 心配そうな顔で頷く三人。

「元々ほっといても簡単に治る病気なのでこの町には薬がないってお医者さんが……」

 紅一点の女の子のマインが泣きそうな顔でうつむく。

「取り寄せるとしても二十日くらい最低でもかかるって言うんだよ。そんなにかかってたら母ちゃんが死んじゃうかもしれないだろ」

 やんちゃなハノバが悔しそうに葉を噛みしめる。

 今はボランティアでいろいろな人が助けに入ってきてくれてはいるもののこのままでは孤児院自体も危機だ。

「お医者様が言うには『レーメン草』っていう薬草があれば薬は調合できるって言ってました……けど」

「けど?」

「昔は市場で良く見かけたそうなのですがここ数十年の間に町の近くにあった群生地が無くなっていって、需要も少ないので今はめったに出回らないらしくて」

 群生地がなくなったのは需要の少なさから考えると人が採りすぎたせいと言うよりは魔素の枯渇が原因なんじゃないだろうか?

 魔素を多く消費する生き物や植物はまっさきにその影響を受けるだろうし。

 そう考えると周りの環境にあわせて常に対応していく人間の適応能力の高さはどの世界でも異常だな。

「そのレーメン草ってこの街の近くにはもう生えてないのか?」

 俺は一応聞いてみる。

 近くに生えていればこの子達か医者が採取しに行かないわけはないのだ。

「この近くにはもうありません。一番近い場所は森の奥深くにある湖の湖畔なのですが大型の魔物が近くを住処にしているので誰も近づけないのです」

「ギルドとかそういう所に頼むわけには行かないのか?」

 俺は適当に収集した異世界の定番知識で訪ねてみる。

 こういうことは冒険者ギルドのしごとだろう。

 俺の質問に子どもたちはさらに下を向いて落ち込む。

「そんな金なんてどこにもないよ」

 ある意味予想通りの返答だった。

「それにこの町のギルドにいる狩人のレベルじゃあ湖畔の魔物なんてとても相手にできないって受付のお姉さんがいってたの」

「なっさけねぇ! 俺が大人になったらこの町一番の狩人に成ってこんな依頼くらいすぐ片付けてやるのによ!」

 ハノバが悔しそうに床を蹴る。

「森の奥の魔獣が住む湖畔ね。たしかに女神様の力があれば簡単に採ってこれるだろうけど」

 そのためにはまずこの場にヨシュアさんがやってこない事には話にならない。

 いったいいつまで俺を探すのに時間かかってるんだろう。

 本当にあの人神様なのだろうか?

 俺がそんなことを考えていると突然扉がバーン! という音を立てて勢い良く開いた。

 そのせいで扉の留め具が吹き飛ぶが今はそんなことを木にしてる場合じゃない。


「オーッホッホッホ! 話は聞かせてもらったわ!!」


 俺達が慌ててドアの方を見るとそこには尊大な姿で仁王立ちする青髪縦ロール女神ことアイリィが高笑いをしていた。


 そんな彼女を見て「待っていたのはおまえじゃねぇ!」と俺が思いっきり突っ込んだのは仕方がないことだと思う。


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