第65話 安全神話の崩壊です。
「ヨシュアさん……うえっぷ……もうそろそろ休憩しませんか?」
俺は『田中ゴーレム』の肩の上で今にも吐きそうになりながら目の前を歩いて行く女神に声をかける。
先程まで屋台で買った食べ物をゴーレムの手から分けてもらっていたので空腹は無くなったのは良かったのだが、揺れる肩の上で徐々に俺は船酔いに近い症状になっていったのだ。
『ビリビリビリリ』
何やらミニ世界樹『ティコライ』通称『ティコ』にが心配そうに優しく電撃を放ってくる。
それくらい今の俺の顔は真っ青だ。
「俺、もう限界っ……食った物をリバースしそう……うぐっ」
正直言って『田中ゴーレム』の乗り心地は最悪だ。
そりゃ人混みを避けながら二本足でガシガシ歩いていくのだからその肩なんて上下左右に揺れまくるに決まっている。
最初こそアニメの主人公気分で「いけ!田中ロボ!」なんてノリノリだった俺だがそんなものはいつしか現実の前に吹き飛んでいった。
「せっかくの女神様とのデートだよ? 楽しんで無いのかい?」
少し膨れ気味にそんなことを言う土の女神ヨシュアさんはたいそう魅力的ではあった。
だが、それを上回るレベルの吐き気はもう止められないのだ。
「流石にもう限界です……このままだと繁華街の真ん中でバイオハザード待ったな……うぷっ」
そんな俺の姿を見て彼女も限界を悟ったのか「しかたないな」と『田中ゴーレム』をその場に停止させた。
なんせゴーレムなので操り主が静止命令を出した瞬間その場に完全停止状態なったのが凄い。
人間だったら停まっていても肩は揺れるだろうに流石ゴーレムさんだ。
「すーっ はーっ すーっ はーっ」
俺は完全に静止した『田中ゴーレム』の肩の上で深く深呼吸する。
そうすることによって先程まで俺をさいなんでいた吐き気を鎮めようという目論見だ。
「すーっ はーっ すーっ はーっ」
一息ごとに体の中から酔いが抜けていく感じがする。
思いつきでやってみた深呼吸だが思った以上の効果があったようだ。
そして深呼吸を続け少しづつ時間を掛けて酔いを覚ました俺は、ヨシュアさんに「もう大丈夫です」と伝えようと顔を向けるが、その彼女は何故か俺の方と違う方を向いていた。
その横顔は少しの驚きと呆れがマジて散るようにも見える。
「どうかしたんですか?」
そう尋ねると「きちゃったかもしれない」と彼女は不穏なことを言う。
女神でも女性だからアレが……などと一瞬思った高校生思春期な自分の思考を振り払い「何が来たんですか」と更に問う。
だが彼女はそれに答えず「迎えに行ってくるから少し待っててね」と言ってから肩口の俺にだけ聞こえるように顔を寄せ。
「ゴーレム君が守ってくれるから安心だよ」とだけ囁いてから駆け出していった。
『ビリリリッ』
俺の腕の中のティコも困惑気味な電撃を放って彼女の後ろ姿を見送る。
いくら見かけは俺の形とはいえ女神が作ったゴーレムだ、よほどのことでもなければ俺たちを守るには十分だと判断したのだろう。
そう、『よほどのこと』がなければ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
俺は『田中ゴーレム』の上でヨシュアさんの帰りを待つ間深呼吸を続けていた。
あまり深呼吸しすぎると過呼吸にならないようにニワカ知識で考えつつ彼女が走っていった方向を見ていた。
「迎えに行くとか言ってたから多分あの子が来たんじゃないかな」
『ビリリッ』
「そっか、ティコもそう思うか」
多分ティコも同意してくれたんだと思ってそう返す。
そうやってティコと会話(?)をして時間を潰していると突然「どっぱーーーーーーーーーーーーーーーーん」という大きな音と同時にヨシュアさんが向かった方向で水柱が立ち上がる。
「な、なんだ!?」
『ビリリッ』
俺達だけでなく繁華街を歩いていた人たち全員がその方向を見て何が起こったんだ?といった顔で見ていた。
「中央広場の噴水でも破裂したのか?」
「まじか、見に行こうぜ」
やがてその中の一部の人々がその原因を知るため、というかただの野次馬根性で現場へ向かって歩き出したが直立不動状態の『田中ゴーレム』はその場に立ち続けるしかない。
本来なら俺も野次馬の列に加わりたいと思ったろうけれど今回に限ってはその必要性を感じなかった。
なぜならこの騒ぎの原因について大体の見当がついていたからだ。
「来やがったな、シスコン女神」
この騒ぎの原因はきっとシスコン女神こと水の女神アイリィが双子の姉であるヨシュアさんを追いかけてきたからに違いない。
ヨシュアさんの「迎えに行く」という言葉と立ち上がった水柱を見ればそんな事はすぐに察しがつく。
しばらく待っていればヨシュアさんが彼女を連れて戻ってくるだろうし、ゴーレムを捨てて小さな体で野次馬の中に突入するなんて死ににいくようなものだ。
俺は結局そのまままだ少し残っている酔いを覚ますことに注力することにした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
繁華街の片隅とは言え直立不動の『田中ゴーレム』の存在感は中々のものらしく、時々怪訝そうに前を通り過ぎる人々がコッチを見て歩き去っていく。
俺もその不気味さに気がついてはいたもののヨシュアさんが戻ってこないことにはどうしようもない。
ズッ。
「ん?」
『ビッ』
今オレが座っている肩が少し沈んだような?
ズズッ。
「げっ」
気のせいじゃない。これはもしかして。
「田中ゴーレムが崩壊しかかってる!?」
たしかヨシュアさんが、このゴーレムの魔法は簡易術式だから一時間程度しか持たないって言ってなかったっけ?
そして俺の記憶する限り屋台巡りやら何やらしている間にすでに一時間は超えていると思う。
俺は焦って周りを見渡すがまだ彼女の姿は見えない。
「これってかなりヤバイ状態なのでは? もしも崩れて前にでも倒れたらこの高さから真っ逆さまでまた紐無しバンジー状態じゃない?」
しかも今回は女神様がいない状態。
つまり紐無しバンジーの終着点は地面でぺしゃんこだ。
「ヨシュアさ~~~ん、たすけて~~~」
『ビリビリビリィッ~』
俺とティコは迫り来る破滅を回避すべく大声(?)で助けを読んだ。
「田中く~ん」
その呼びかけが届いたのか遠くからヨシュアさんが走ってくるのが見えた。
遠目だが何か抱えるような格好をしているがきっとシスコン女神でも抱きかかえているのだろう。
とりあえず今の崩壊ペースからすると何とか間に合いそうだ、と俺はほっと胸をなでおろし胸に抱えていた世界樹入りのリュックを脱出のために背負おうとしたその時である。
ドンッ。
突然『田中ゴーレム』に衝撃が走る。
「うわわっ」
その衝撃が引き金になったのか『田中ゴーレム』は一気に崩れだし、腰に巻きつけていたシートベルトも土塊に変わってゆく。
思わず背負いかけていたリュックが手から落ちたが、幸運なことにまだゴーレムの肩の上に引っかかっていた。
「ティコ!」
俺が慌ててそのリュックに手を伸ばした瞬間ゴーレムが完全崩壊を始めた。
手を伸ばした不安定な姿勢だった俺はその衝撃で一気に空中へ放り出される。
「わああああああああああああああああっ」
俺の小さな絶叫は屋台の熱気と喧騒にかき消されてしまう。
かなり近くまで迫ってきていたヨシュアさんの顔がスローモーションになる。
「危ないっ!」
彼女がそう叫んで手を伸ばすが間に合わない事が解ってしまう。
俺はこのまま地面に叩きつけられる事を予想して体を丸め衝撃に備えるしかなかった。
ぼふっ。
だが訪れたその衝撃は意外にもふわふわの布団に包まれるような感覚だった。
そっと目を開けて見上げると夜空が見える。
どうやら地面に落ちる前に何か袋のようなものの中に入り込んだようだ。
「助かった……のか?」
俺は空中に放り出された時に見えた風景を思い起こし、今自分がいる場所がどこなのかを考えてみた。
あの時『田中ゴーレム』にぶつかってきたのは子供に見えた。
多分前をよく見ずに走り回っていたのだろう。
その子は崩壊するゴーレムを唖然とした顔でしばらく見上げていたものの後ろから走って来たヨシュアさんの「危ないっ!」という声に驚いたのか、後ろを一瞬振り返った後あわてて走り出した。
その振り返った瞬間に俺はその子供の服のフード部分に落ちたのだろう。
つまり俺は絶賛子供のフードの中で何処かへ移動中であると結論付けられる。
俺はそこまで考えた後、もう一つの不安材料に思い至り顔を青くさせた。
一緒にゴーレムの崩壊に巻き込まれたはずの世界樹『ティコライ』の姿がどこにもないのだ。
あのドワドワ研究所が作ったケースだし落ちたくらいでどうにかなるとも思えないが、中の世界樹が受けるダメージは保証できない。
それにもし万が一にでもケースが割れてしまった時はどういうことが起こるのか考えるだけで背筋が凍る。
なにせ高橋さんや山田さん曰く、世界樹はケースの力を使って亜空間に長大な根を伸ばしているらしいからだ。
ケースが破壊された場合その亜空間に伸ばされていた根がどうなるのか……。
「想像したくないなぁ。でも実際にそんなことが起こっていたら今頃周りは阿鼻叫喚だろうし」
きっとヨシュアさんがぎりぎり間に合って落ちる前に受け止めてくれたのだろうと考えることにした。
それはそれとして俺はこのままどこまで連れて行かれるのだろうか?
多分このこはゴーレムを壊してしまった驚きでヨシュアさんから逃げ出したんだろうけどその足は中々止まる気配を見せない。
困ったなと思いつつも、結局ヨシュアさんが女神の力ですぐにでも見つけてくれるだろうという思いもあってそれほど焦りはない。
俺には不可視の魔法もかかっているしミユの加護とやらもあるのだ、何を心配することがあるのか。
そこまで考えて俺はそのまま柔らかいフードの中で救出を待つことにした。
激しく揺れた『田中ゴーレム』の肩の上と違い、子供の小さな歩幅のせいか、このフードの中で感じる揺れは優しいものだ。
まるでゆりかごに揺られているような気分で俺はその場に寝転がる。
「ヨシュアさんが助けてくれるまで変なことはしないでおこう」
見ず知らずの土地で勝手に動き回るのは愚策だろう。
そんなことを考えつつ横になっていた俺はやがて今朝からの無茶苦茶な旅の疲れもあってか、気がつくと眠ってしまっていたのだった。
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