第64話 異世界デートは女神とともにです。

 にぎやかな表通りから俺たちは一本路地裏に入ったところにある小さな広場のようなところへやってきていた。

 巨人視点で見れば『小さな』だが、俺の視点から見ればはかなり広く見えるので広場と読んで差し支えないだろう。

 まだ繁華街の喧噪けんそうが聞こえるような場所なのにそこに人影は全くないのが逆に不気味だ。

 これが町の死角というやつだろうか?


「ここならいいかな。何かあるといけないから一応人払いの結界は張っておくよ」

 ヨシュアさんは何やら簡単な呪文を口にしてから俺の方を振り返った。

「それじゃ人化の準備をするから少しティコをお願い」

 と背中に背負っていた世界樹入りのリュックを俺に手渡す。

 巨人化じゃなくて人化なんだなと、どうでもいいことを思いつつリュックの中でビリビリしているティコちゃんを恐る恐る抱きかかえる。


「まずはボク自身に人化の魔法をかけるね」

 彼女がその言葉と同時に光に包まれる。

「おおっ」

 その人型の光が徐々に大きくなっていき、やがて輝きがおさまるとそこには巨人になったヨシュアさんが立っていた。

「こんなもんかな」

 さすが女神、見事な人化だ。

 そして下から見上げる景色はなかなかベリーグッドだ。

『ビリビリッ』

「ヒッ」

 俺の邪な考えよ読んだのかティコちゃんが小さく電撃を放ってきたので俺は我に返った。


 ヨシュアさんは大きくなった自分の体の具合を確かめるように手を回したり足踏みしたりしてから俺を上からのぞき込むようにしゃがみ込んだ。

「それじゃあ次は『田中くんの体を作る』ね」

「はい、お願いしま……体を作る?」

 俺がその言葉を不思議に思い問い返そうとしたがすでに彼女は立ち上がって公園内をうろうろし始めていた。

 少し歩いては地面に手を置いてしばらくしてまた歩き出すという動きを何度か彼女は繰り返す。

 やがて広場の隅あたりにたどり着いた彼女はそこで「コレなら大丈夫かな」と言って綺麗な指で地面に魔方陣のような物を描き出した。

「よしっ、簡易術式って久々だったけどコレで問題ないはず」

 何やら不安げなことを言いつつ彼女は手についた土を払い落とすと「いでよゴーレム」と魔方陣に両手を突き出した。


 ゴーレム?

 俺が首をかしげていると魔方陣が書かれた地面が徐々に盛り上がり始める。

「おおっ」

 その光景に思わず感嘆の声を上げてしまう。

 俺が目を丸くしながら見ている前で徐々にその土塊は人型を形成し出す。

「おおっなんかかっこいい」

『ビリビリッ』

 抱きかかえているティコちゃんも興奮気味のようだ。

 ただ電撃が少し俺の方にも来てるから出来れば落ち着いてほしい。


 五分くらいすると先ほど魔方陣が描かれていたあたりに一体のゴーレムができあがっていた。

「ふう、完成だね」

 そこにはとても土で作ったとは思えない人影が出来上がっていた。

 きちんと服も着ていて、どこからどう見ても普通に人間としか見えない出来栄えに感心する。

 しかしこれって……。


 そのゴーレムの姿を見上げて俺は

「なんで俺の姿のゴーレムなんてつくったんですか!」

 と叫んでしまった。


 そう、ヨシュアさんの簡易術式で作り上げられたゴーレムの姿はまるっきり俺自身の姿だったのだ。

 彼女は少し申し訳無さそうな顔をして『田中ゴーレム』を作った理由を答える。

「それはね、キミ自身の体を直接操作するような魔法はかけられないのは前に言ったよね? つまり直接人化は出来ないんだ」

「さっき透明化魔法の時も俺に直接魔法は掛けられないって言ってましたけど、それってどういう意味なんです?」

「そうだね、詳しくは後で山田くんから聞いてもらうとして簡単に言うと……」


 ヨシュアさんの説明によると異世界の人や物には、それぞれ元の世界の魔素が充満しているために直接その体などに影響を与える魔法は弾かれてしまい効かないらしい。

 それってRPGで言う魔法防御100%って事? と聞いてみたがそんな良い物では無いとのこと。

 例えば攻撃魔法を受けた場合、異世界人に対して死の魔法など直接的な物は効かないが、外部で炎を起こしそれをぶつけるファイヤーボールみたいなのは効く。

 俺の体内を凍らせることは出来なくても周りに氷の壁を作って間接的に凍死させることは出来る。

 つまり直接的なものは効かないが間接的な物は効くということらしい。

 ここに来るまでに使った不可視魔法や飛行魔法も直接俺の体にかけた物では無くその周りの空間、光や風に対して行った物なのだそうだ。


 さらに都合の悪いことに攻撃魔法だけじゃなく回復魔法にもその効果は及び、体内を活性化させたりして癒やす回復呪文は一切効かない。

「この世界とかで重宝されている薬草とかも拒否されるんだよね。あれもある意味魔素の塊みたいな物だからかもね」

 とのこと。

「魔法防御100%で異世界を無双する」とか一瞬考えたけど回復が出来ないのに魔法ダメージは結果的に受けてしまうという話だから無双どころか『魔法が効かない』って事も逆に弱点でしかない。


「そこでボクが考えたのがキミそっくりのゴーレムを作り出してキミの体の代わりにすることなんだ」

 彼女はそう言うと俺をヒョイッとつまみ上げてゴーレムの肩に乗せる。

 結構な高さに一瞬めまいがするが思ったより座り込んだその場所がしっかりしているのを知って少し落ち着く。

 俺のそんな様子を見てからヨシュアさんは『田中ゴーレム』の耳のあたりを指差した。

「ゴーレムの耳の後ろの所に取っ手があるからそこを持てば安定すると思うよ」

 彼女の言葉を聞き、耳の後ろへ目を向けると確かにそこに取っ手があった。

 俺はその取っ手を手で掴んでゆっくりとゴーレムの肩に立ち上がる。

 ああ、なんかこういうロボットアニメ昔見たことあるな。

「こいつの名前はロボにでもすべきだろうか?」

 そのアニメを思い出していると「そこにあるシートベルトもきちんと締めておくようにね。でないと落ちるよ」と彼女が指示する。

 流石にこのゴーレムはアニメの様に立ったまま操縦するわけではないようだ。

 俺はその場にゆっくり座ってゴーレムの肩口に作られたシートベルト(?)をつける。

 しかし土で作られているはずなのに尻から伝わる感触も、このベルトもまるで布のようだ。

 さすが土の女神様の力って事かな。


『田中ゴーレム』の操縦方法は彼女自身が魔法で動かすらしく、俺はゴーレムの肩でちんまりと前抱き形態でミニ世界樹『ティコ』の入ったリュックを持ち、座っているだけである。

 本来は俺自身が念波とやらで動かすようにしたかったらしいが、念波なんて使ったことがないと言うと彼女はあっさり諦めてくれたのだ。

「本当は少し訓練すればなんとかなると思うんだけど今日は時間もないしね」

 そう言って彼女は広場から賑やかな大通りへ歩いて行く。

 肩の上からはよく見えないけども『田中ゴーレム』がその後をついていく動きには特にぎこちなさはなかった。


 俺の中でのゴーレムといえば石の塊で鈍重なパワーファイターというものしか無かったがこういう人形みたいなゴーレムもあるのだなと認識を改める。

 しかしこの『田中ゴーレム』は、もう少しイケメンに作ってくれても良かったのに。あと身長もせめてヨシュアさんと同じくらいにはしてほしかった。

 これじゃ超美人お姉さんと冴えないその弟って感じにしか見えないよな。

 実際焼き鳥屋(?)に向かう途中、何人もの酔っぱらいに声をかけられた。

 その中にはのゴーレムを見て「弟のおもりなんて辞めて俺達と遊ぼうぜ」とか言ってきたりもしたので少しイラつく。

 慣れたものでそんな男たちを彼女は適当に断って滑らかに人混みを歩いて行く。

 一部無理やり誘ってくるような相手の手も見事にかわすのが美しい。


 そんな強引な男には俺の抱きかかえたリュックから結構な力で電撃が見舞われていたが自業自得である。


 やがて目的の焼き鳥屋にたどり着いた。

「おじさん、ボクとこの子にソレ一本づつちょうだい」

 ヨシュアさんの女神スマイルにおっさんは一瞬頬を染めたがすぐに正気を取り戻して「あいよ、銅貨四枚ね」と手を差し出した。

 彼女は差し出されたその手の上に銅貨を置いてから俺の方を見て微笑む。

「これってなんだかデートみたいだね田中くん」

「一方的におごられるデートとか嫌すぎますけどね」

 といっても今の俺にはこの世界のお金なんて無いしどうしようもない。

 たとえお金があったとしてもこの小さな体では何も出来ないだろうし素直に施しを受けるしかないよね。

 せめてこのゴーレムが動かせればなぁとは思うが今はその肩にしがみついているだけで精一杯だ。


 そんな事を考えている内におっさんが焼きたての巨大焼き鳥をヨシュアさんに手渡していた。

「ありがとう」と言ってそれを受け取ると彼女は次の屋台目指して歩き出した。

「あれ? 他にも買うんですか?」

「それはそうだよ。今回の目的の一つがティコにいろいろな経験を積ませることだろ? だったら一件だけじゃなく何件か廻ったほうが経験になるじゃないか」

 自分が楽しんでいるだけにしか見えないけどそう言われたら反論しようもない。

 そんな彼女の後を『田中ゴーレム』は無表情のまま律儀に追って歩きだす。

「ヨシュアさんが満足するまで付き合うしか無いね」

『ビリビリッ』

 俺は楽しげに歩いて行く彼女の背中を見ながらそうため息をつくのだった。



 だが、この時まで完璧だと思っていた『田中ゴーレム計画』がその後あっさり崩れ去ることになるのだが……。

 

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