第63話 大きいことは良いことです?

 小さな船での川下りはここまでの紐なしバンジーや森歩き、巨大オオカミの出現に比べれば予想外に快適だった。

 何処にも動力なんてついているように見えないのに自動で川を下っていくのはやはり魔法だろうか?

 時々巨大な魚やワニっぽい生き物が近くで飛び跳ねたり、こちらを狙っているのか平行して泳いだりしてくるくらいで、ヨシュアさんが言ったとおり直接この船に危害は加えられないのか気がつくとその生き物たちも離れていっていた。


 やがて陽の光に赤さが交じる頃、目的の町が見えてくる。


 その町は遠目でもかなりの高さの木の壁に囲まれているようにみえた。

 周りにあんな巨大な魔物と呼んでもいいくらいの獣が住んでいるのだからそれくらいの備えは当たり前なのだろう。

 遠くに見える桟橋に止まっている船もまるで軍船かのように巨大で一目見るだけでその丈夫さがわかる。

「なんだか凄い迫力ですね」

「そうだろうね」

 船はどんどん川を下り町へ近づいていく。

「しかし遠くから見てもでかいと思いましたけど」

 そのまま俺たちが乗る船はその町の桟橋さんばし……の下へ入り込んだ。

「これはでかすぎじゃないですかねぇ」

 巨大な桟橋の下に小さな桟橋が作られているという謎の光景に俺は口をぽかーんと開けた状態で呆けていた。

 確かに巨大な獣や魚、両生類から町を守るためにはあれくらいの壁が必要なのは理解できなくも無いけど、この頭上にある巨大な桟橋は意味がわからない。

 頭をひねっている間に船は小さな桟橋に横付けされヨシュアさんがそこへ飛び移る。

「飛び移るのに手を引いてあげようか?」

 少し意地悪そうにそんなことを言う彼女に「大丈夫ですよ」と断りを入れて自分も桟橋へ飛び移った。

 桟橋から少し行ったところに上へ向かうハシゴがかかっていた。

「ここから上るんですか?」

「そうだよ、じゃあボクが先に行くね。レディーファーストさ」

 また微妙に言葉の意味が違う事に突っ込む前に彼女は素早くハシゴを登っていった。

 今日の彼女の出で立ちはスカートでは無くホットパンツだったので下から見上げても……。

「さぁ、俺も上るぞぉ!」

 俺は何かをごまかすようにそう言ってから彼女の後に続いてハシゴを上った。


 上った先、巨大な桟橋の周りには人の気配は無かった。

 町の港と言うからにはこの時間でも賑わっていてもおかしくないとおもうのだけど。

「誰もいませんね」

「ここらへんは夜になると凶暴な獣が出るからね。夕方になる前にはすでに漁師たちは町へ戻ってるんだよ」

 確かに近くの森からは何かはわからない獣の声が聞こえてくるし、川の水面には巨大なワニっぽいのも見える。

 そんな土地で日暮れ間近の町の外というのは危険極まりないのだろう。

 それがこの世界の常識なのかもしれない。


「さて、ここからは少し姿を消すよ」

 キョロキョロと周りを見渡している俺に彼女はそう言うと両手を一回転させて呪文のような物を唱える。

「キミ自身には魔法が掛けられないからキミの周りの空間を少し歪めるよ」

 彼女の言葉と同時に俺はふわっとした風に包まれたような感覚を覚える。

 それに合わせるかのように目の前の彼女がうっすらと半透明状態になった。

「うわっ、薄くなった。これも魔法ですか」

「うん、そうだね。これでボクたちはこの町の人々からは見えなくなったよ」

「まじか」

 ミユの光学迷彩とは違ってお互いの姿は見えるのに他人からは見えないとかさすが女神の魔法と言ったところか。

 俺が半透明になった自分の手のひらをくるくる回して珍しそうに見ているとヨシュアさんが「そろそろいくよ」と声をかけてきた。

 見ると彼女はすでに町の方へ歩き出していて俺に手を振っていた。

「ま、待ってくださいよ~」

 こんないつ獣に襲われるかわからないところにおいて行かれてはたまらない。

 俺は慌てて彼女を追って走り出した。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 十メートルはあろうかという巨大な町の門にたどり着いたのは良いが、どう見てもコレを開けられる気がしない。

 すでに町の周りには人の気配は無く、誰かが出入りするついでに入れてもらうという事も出来そうに無い。

 そもそも門を開けてくれそうな門番なども見当たらないのだ。

「これ、どうやって入るんですか?」

「それはね」

 俺の質問にヨシュアさんはその巨大な門の脇へ歩いて行くと何の変哲も無い壁を手で押した。

「神様専用の扉があるのさ」

 彼女がその場所を押すと何も無かったはずの壁がまるで扉のように開き町への進入口ができあがった。

 その扉の向こうから町のざわめきがかすかに聞こえてくる。

「その扉って最初から作ってあったんですか? それとも今魔法で?」

「どっちだと思う?」

 彼女はいたずらっぽくそう笑ってから俺の疑問に答えることも無く扉の向こうへ消えた。

 俺は慌ててその後を追う。

 分厚い壁の中に出来たトンネルのような場所を通り抜けるとそこはそれなりに大きな町だった。

 いや、町の規模としてはそれなりだが……。

「でかい!」

「驚いたかい?」

 その町は何もかもが大きかった。

 道も、そこに並ぶ屋台も、家も。

 そして人々も。

「彼らがこの世界の住民さ」

 今俺の目の前には優に十メートルは超えそうな人々が楽しそうに歩いていた。

「壁の中に巨人がいるなんて」

「あはは、彼らが大きいんじゃ無くてボクたちが小さいんだよ」

「もしかしてあの穴を通ったとき体が小さくなったとか?」

 俺は目の前に広がる巨人たちのカーニバルから目を離さず尋ねた。

「そんなことはないよ。元々この世界の生き物のサイズが君たちの世界の生き物より大きいんだ」

 彼女はそう言うともう一度飛行魔法を唱えて近くにある民家の上へ俺を誘った。

「本当に大きいなぁ」

 見渡す限りの巨大な建造物。いや、今の俺のサイズからすれば巨大だけど彼ら巨人からすれば普通のサイズの町並みがそこには広がっていた。

「この町はこの国でもそれなりに大きい町でね。 資源豊富な森と川に隣接して作られているんだけど密かに神々の加護もかかってるんだ」

「密かにって、なぜ?」

「この町はボクたち神々が地上に降りるときの拠点になっているからね。消えてもらったら困るし」

 凄く神々の個人的な理由だ。

「でも町を外敵から守るくらいのかるい加護だよ。それ以上はボクたちが干渉するのも良くないからね」

 それでも十分じゃないかなとは、どや顔で語る彼女相手に口に出来なかった。


 しかし色々合点がいった。

 あの巨大なオオカミも巨大魚もこの世界のスケールからすれば普通のサイズだったんだな。

 俺は昔見たアニメのように自分が小人になって追いかけられる姿を想像した。

 それで彼女は姿隠しの魔法を使ったのか。


「さて、これからどうしよう」

「ヨシュアさんたちはいつもこの町に来て何をしてるんですか」

「それはね、この世界の住民の魔素量とか魔法の力をチェックしに来てるんだ、例えば」

 彼女はそう言うと俺を引き連れたまま空中を移動し、一軒の屋台の裏に回り込む。

「こういった屋台の場合は店主が火魔法を使って料理してるんだけどね」

 彼女の指示す先では屋台の店主が額に汗を浮かべて一生懸命焼き鳥のようなものを焼いていた。

 巨人レベルのおっさんが今の俺と同じかそれ以上の鶏肉っぽい串焼きを焼いている姿は迫力満点である。

「彼らも百年前までは自分に冷却の魔法をかけた状態で簡単に火をおこして料理してたんだよね」

 そんな魔法の使い方便利すぎるだろ。

 スポットクーラー横に置いて涼しい中で屋台をやってるおっちゃんとか見たことがないがそんな感じだったのだろうか?

「それが今では同時に魔法を使える人すら少なくなってしまったんだ」

「それも世界樹がなくなって魔素が枯渇したせいですか?」

「うん、そうだね。普通のヒトの場合は空気中の魔素が薄くなっていけば行くほどに自らに取り込める魔素量が少なくなるからね。自ずと同時に魔法を使うなんて無理になっていったんだ」

 本来ならそのままどんどん魔素が枯渇していって魔法が使えなくなり地球のように魔素のない世界で科学文明を発展させていくのかそのまま滅びるかの二択だったわけか。

「でもこの世界に新しい世界樹『ティコ』がもたらされた。時間は掛かるだろうけど人々の生活もやがて昔のように戻るだろうね」

 ヨシュアさんは背中に背負ったリュックを指で突きながら愛おしそうに目を細めた。

「俺達の世界も魔法の世界に戻るんでしょうか?」

 彼女の言葉を聞いて疑問に思ったことを聞いてみた。

「どうだろうね。キミたちの世界の場合はすでに魔術・魔法という物自体が消えてしまっていて、代替品である『科学文明』があそこまで進んでいるわけだよね」

「そうですね。まぁ、怪しい雑誌とかネットの噂では未だに魔術結社とかあるみたいですけど」

 でもフリーメイソンとか今では金持ちの飲み会集団という話も聞くしどうなんだろうか。

「いまさらキミたちの世界に魔素が満ちても魔法の時代に戻るとは思えないけどそればっかりはボクたちにはわからないや」

「もしかしたら剣と魔法の世界に未来はなるかもしれないってことですかね」

「その可能性もあるんじゃないかな。キミたちの世界に行った時に読んだ本の中にも『超古代文明が滅んだ後の世界』みたいな話があったけどああいう感じになるのかもね」

 それは福音だろうか、それとも……。


「ところでヨシュアさん一つ良いですか?」

「ん? なんだい」

 俺は重い空気の中だったがどうしても彼女に確認したいことがあったので思い切って口を開く。


「あの焼鳥っぽいのすごく美味そうなんですけど、どうしたら食べることが出来ますかね?」

 昼前に神殿から落ちてもうすぐ夜だ。流石に腹が減ってきて居た所に目の前でこんな美味そうなものをちらつかされるなんてたまったもんじゃない。

「あはは、そういえばお腹すいたね。といってもボクたち神々はこの世界では何も食べなくても問題ないんだけどキミはそうはいかないか」

 彼女は少し思案した後「じゃあ皆と同じ大きさになってみる?」と言った。

「同じ大きさになれるんですか?」

「神の力を使えば簡単なことさ。といっても魔素の薄い昨今だと一時間程度しか効き目は続かない簡易術式だけどね」

「是非お願いします! あ、でも大きくなれたとしても買い物をするお金が……」

 流石に食い逃げするわけにも行くまい。


「それは大丈夫だよ」

 ヨシュアさんが軽い調子で答える。

「いろいろな所で人々がお供えしてくれたお金があるからね」

 それって賽銭泥棒じゃないのかと思ったが供えられた神様自身が使うのだから問題はないのか。

 でもあれって日本だと神社とかの収入源だしどうなんだ。

 まぁ、この世界のそういったことの仕組みはよくわからないので良しとしておこう。 

『ビリビリッ』

 ヨシュアさんの背中でティコちゃんが何やら自己主張をする。

「あはは、ティコも食べてみたいって言ってるよ」

 ミユの場合もそうだったが世界樹自身が食べたいと言ってくる場合は与えても問題ない食べ物なんだろうと俺は理解していた。

 それに食べ物を食べることは世界樹にとって良い『経験』になるというのもミユで実証済みだから今回の下界旅の目的とも合致する。


「じゃあ大きくなって三人分注文しましょうか」

『ビリビリッ』

 ティコちゃんが電気で空気を震わせて返事をする。


 なにげにこの電撃スキル結構便利なのではなかろうか?

 

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