第62話 女神のフレンズです。
ゆっくりゆっくり俺たちは空から地上を目指していた。
今思えば地上に降りる前に渡辺さんの指示通りトイレに行っておいて正解だったな。
というか渡辺さん絶対にこの事を知ってて黙ってたんだよね? ひどい。
俺は一通り渡辺さんに心の中で悪態をついてから眼下に広がる風景を眺めた。
雲の中から抜け出した時に広がった風景は、かつてテレビで見たアマゾンを上空から映した映像を思い起こされる。
見渡す限りの木、木、木。まさにジャングルだ。
その
だが。
「ヨシュアさん」
「なんだい?」
「森と川ばっかりで街とか村とかが見当たらないんだけど」
「それがなにか?」
俺はその言葉に非常に不安な予想が頭を巡ったので彼女にそのことを尋ねてみた。
俺の予想が間違っていることを願って。
「もしかして、もしかしてだけどヨシュアさんの世界ってニンゲンというかそういう俺達みたいな生き物がいない世界ってわけは……?」
俺のその質問に彼女は空中なのに腹を抱えて一笑いした後「そんなわけないじゃない」と答えた。
笑われたのにはムッとしたがその答えを聞いて一安心する。
良かった。
「じゃあなんでいきなりジャングルなんかに向かってるんです? ティコちゃんに経験を積ませるなら人の世界の方が良いと思うんですけど」
というか俺はミユをジャングルとかに連れて行った記憶はない。
ミユがその手の経験を積んだことがあるとすればTVやインターネット、それか一度だけ行った世界の植物展くらいだろう。
彼女は俺のその言葉に簡単に答えてくれる。
「ボクたちの神殿の真下がここだから、そのまま落ちてくればここに付くのは当たり前だろ?」
ある種ヨシュアさんらしい単純明快な答えに俺は納得するしか無かった。
「じゃあここから町や村へ飛んでいくんですね」
「ううん、歩いていくよ」
「えっ」
「歩いて行くんだよ」
嘘だろ。
「このジャングルの中を?」
「そう、ジャングルの中を。正確には船着き場まで歩いてそこから船かなぁ」
「神様なのになぜそんな原始的な方法で……」
「百年くらい前からそうやって移動してるんだよね。時間はかかるけど魔素の節約になるし」
いけない。この人達は完全に節約マニアになっている。
そのうち家計を切り詰めまくって爪に火を灯し『これで一軒家を買ったんですよ』と自慢げにTVに出てる主婦みたいになるんだきっと。
「で、でもティコちゃんが今も魔素を発生させてくれているんですよね? その力を使えば節約する必要はもうないんじゃないかと思うんですが」
「何を言っているんだキミは。浪費は悪だよ。その一口が命取りなんだよ!」
俺のその言葉が逆鱗に触れたのかその後延々と地上に付くまで彼女は節約の大切さを語り続けた。
彼女の背中から時々ほとばしる電撃も俺の肝を冷やす効果を抜群に発揮している。
そしてそのまま目の前に迫るジャングルの雄大さに心奪われることもないまま異世界の大地に降り立ったのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ヨシュアさん」
「なんだい? 空は飛ばないよ」
「いえ、もうそれは納得しましたからいいんですが」
俺は目の前に
「
「そうかい? いつもこんなものだよ」
俺の目の前に広がるジャングル。
森の中だけあって少し薄暗いがそれでも歩くのに不自由はないくらいの明るさはあるのでその点は問題なかったのだが。
「周りの雑草が俺の背丈くらいあるんですけど」
そう、俺の目の前に広がるのは木々じゃなくて巨大な草だった。
いやその草の上には巨大な木々が見えてはいるのだが、普通想像していたのは高くても膝丈程度の雑草でこんなに目の前を塞ぐほどの大きさは考えてなかった。
「この世界の植物はだいたいこんな感じだよ。そう言えば田中くんの世界だと雑草とかそんなに大きくなかったもんね」
「これじゃあ雑草とかそういうレベルじゃないでしょう」
「ボクたちの世界の常識は君たちの世界の常識とは違うってことだよ。郷に入っては郷に従えって良い言葉が君の世界にはあるじゃないか」
その言葉はこういう時に使うものじゃないっすよ。
俺は口に出さずそう思ってため息を一つこぼす。
「この雑草ジャングルの中を歩いて行くなんて、予想以上にキツイ旅になりそうだ」
「大丈夫だよ、もう少し歩いたら『道』に出るから」
「道?」
「そう、ボクたち神々が使うために整備した道さ」
彼女はそれだけ言うと巨大な雑草をかき分けて歩きだす。
俺は置いてかれまいと彼女の後を追うしかなかった。
しばらく雑草をかき分け進んでいくと突然目の前がひらけた。
「本当に道についた」
「キミはボクの言うことを疑ってたのかい?」
『ビリビリッ』
ティコちゃん、電撃で意思表示するのやめようね。
「そ、そんなわけないじゃないですか。しかし立派な道ですね」
俺は焦ってそれを否定してから周りを見渡す。
左右に巨大な雑草やそれよりさらに巨大な木々が生い茂っている中、一直線に真っ直ぐな『道』が続いていた。
足元も石畳が敷かれ、普通に馬車程度なら問題なく走れるだろう。
「雑草も道の中には入り込んでないし綺麗でびっくりですよ」
「そりゃ神々の力で作った道だからね。状態保存魔法とか色々かかってるんだ」
節約の精神はどうしたと一瞬突っ込みたくなったけどやめた。
この手の人達にそのツッコミは野暮なのだとインターネッツの知識人(自宅警備員)達が語っていたのを見たことがあるからだ。
「船着き場はこのこの道を歩いて一時間くらいの所にあるんだ。田中くんみたいなシティボーイが森の中を歩くのは大変だったろうけどもう少しの我慢さ」
シティボーイって一体ヨシュアさんは俺の世界でどの時代の知識を仕入れていたのか。
いや、これは翻訳魔法とやらが勝手に翻訳している可能性の方を考えたほうが良いのかもしれない。
帰ったら翻訳魔法の辞書を最新版にアップデートしておくべきだ。 どうやるのかは知らないけど。
俺は舗装された道を軽快に歩いていくヨシュアさんの後をついていく。
流石に雑草の中と違い舗装された道を歩くのはかなり楽だ。
疲れるどころか逆にどんどん先ほどまでの森歩きで疲弊していた体から疲れが取れていく気さえする。
もしかしたらそういった回復魔法もかかっているのかもしれない。
そんな事を考えていると突然ヨシュアさんが足を止めた。
「ヨシュアさん?」
「田中くん、ボクの近くから離れないでね」
彼女の少し緊張した声色に俺は少し驚く。
そんな声を聞くのはこの旅(?)で初めてだからだ。
「え?」
「今ボクたちは君の世界で言えばオオカミみたいな生き物に周りを囲まれてる」
まじか。
「この神々の道ってそういうのも避ける力があるんじゃ?」
「そんな魔法はかかってないよ。そんなことしたら動物たちの移動を妨げちゃうじゃないか」
それなりに考えて作られてるんだなと少し感心する。
でもそのせいで今俺達はピンチなんだけど。
「安心していいよ田中くん、ボクは女神だからね。彼らも力の差がわかれば襲ってこなくなる」
そうだ、この人は腐っても神様だった。
節約さえ気にしなければこの世界ではトップクラスのチート性能を持っているわけで、そんじょそこらのケモノなんて相手になるはずがない。
「すこしバーンって脅してやれば大丈夫だよ」と彼女は軽く笑う。
『ビリビリッ』
ティコちゃんもやる気のようだ。
あの電撃を食らえば怪我をするわけじゃ無いだろうけど獣なら驚いて逃げるかもしれない。
ガサッ。
その時少し離れた雑草の方から音が聞こえたかと思うとその中から一頭の巨大なオオカミ(?)が現れた。
「でかい」
そのオオカミは俺の予想を遥かに超えた巨大さだった。
「これ、祟り神とかと戦えるレベルじゃないか?」
あらわれた巨大オオカミは背の高さだけでも俺より一メートル以上は高かった。
頭の先から尻尾までの長さは推して知るべしだ。
あの大きな口に食べられたら赤ずきんちゃんみたいに丸呑みだろう。
それならまだマシだが、あの牙で噛みちぎられたらスプラッターどころの騒ぎでは無い。
俺が一人おののいていると
「やぁ、キミか」
ヨシュアさんがそのオオカミに向かって軽い調子で手を振る。
「え? 知り合いなの?」
俺が戸惑っていると今度は
『ヨシュア様でございましたか。何十年ぶりでございましょうか』
オオカミが喋った。
というかコイツ、直接脳内に!?
「そうだね五十六年ぶりくらいかな? キミはずいぶん大きくなったね」
『ヨシュア様は昔とお変わり無く』
「まぁ神だからね、百年単位じゃ見かけは早々変わらないんだ」
ヨシュアさんと巨大オオカミはどうやら旧い知り合いらしい。
さすが女神様、こんなバケモノじみた獣と友達だとは。
何やら昔話を始めた二人を俺はぼーっと眺めているしかなかった。
あんなバケモノとの話に割り込むなんて俺には無理ゲーすぎる。
少しの間語り合った後彼女は俺の方を向いて「彼が船着き場まで運んでくれるらいしよ」と言った。
「運ぶ? 背中にでも乘せてくれるってこと?」
俺がそう言うと巨大なオオカミが無言で俺の方へ歩いてきた。
近くで見るとデカさが半端ないな。
そう見上げていると、突然巨大オオカミが俺の背後に一瞬で回り込み服の首筋を噛むとそのまま俺を空中へ放り上げた。
「うわああああああああああっ」
俺の絶叫が森の中にほとばしる。
もふっ。
次の瞬間俺はその巨大オオカミの背中の毛に埋まっていた。
見かけからは想像できないくらい柔らかなそれに一瞬感動したが『しっかりつかまっておれ』という声にあわてて近くの毛を握りしめる。
いつの間にやらヨシュアさんも俺のすぐ近くに座って同じように毛を握っていた。
『では参る』
巨大オオカミはそれだけ告げると突然疾風のごとく走り出した。
猛烈なスピードなのに不思議と風圧を感じないのが不思議だとヨシュアさんに尋ねたら「彼は風魔法が使えるからね」との事だった。
風魔法で加速し、さらに別の風魔法によって風圧を相殺するということらしい。
ケモノなのに喋るし魔法使うし、もう魔物と呼んでも良いんじゃなかろうか。
しばらく走ると道の先に大きな川が現れた。
その川の畔にある小さな桟橋の近くで巨大オオカミは俺たちを降ろし、ヨシュアさんと別れの挨拶を交わした後森の中へ去っていった。
「しかし随分大きなオオカミでしたね」
「そうかい?」
ヨシュアさんは俺の言葉に疑問形で答える。
「この森だと彼くらいの大きさのケモノは普通だよ」
「でもだってさっきは『ずいぶん大きくなった』って」
「ああ、彼と前にあったのは彼がまだ一メートルくらいの産まれてそんなに経ってないころだったからね」
その時目の前の川の中頃で巨大な魚が大きく飛び跳ね水柱を上げた。
ピラルクーってレベルじゃないぞあれ。
「もしかして川の中の魚もあれが普通なんですか?」
「うん、そうだね」
「あんなの一瞬であんな船ひっくり返されちゃうじゃないですか!」
俺は桟橋につながれているボートを指さして叫んだ。
どう見ても大きな池でよく見るカップル用の貸しボートくらいの大きさしか無いそれでこの
「あっ、もしかしてさっきのオオカミみたいに川にも知り合いの魚がいるとか?」
そうだ、そうに違いない。
「いないよ? ボクは土の女神だから水生生物は管轄外なんだよね」
だったらなぜ妹を連れてこなかったんだと俺は心の中で血涙を流す。
『ビリッビリッ』
「あはは、悪い魚がよってきたらキミが電撃で追い払ってくれるって? 頼もしいね」
どうやら契約者である彼女には世界樹の声が聞こえるようだ。
そういえばミユも最初は俺だけに声が聞こえたんだっけか。
「でも大丈夫だよ。あの船には神々の守りの加護がかかってるからね」
「道にはかかってなかったのに?
「道と違ってこっちは船と桟橋だけだから特に水生生物のみんなの妨げにならないからね」
ヨシュアさんはそう言って俺にウインクした。
そしてその背中から電撃もほとばしった。
マザコン世界樹め。
こっちも
「何を張り合ってるんだい? そろそろ出発しないと夜までに町に着けなくなるよ」
それは困る。
いくら神々の加護があるとは言え夜の魔物レベルの生き物が蠢く川を小さな船で下るなんてゾッとしない話だ。
俺は慌てて桟橋を渡り船に向かった。
初めて体験するであろう異世界の町に思いを馳せながら。
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