第60話 体は大人、心は子どもです。

「本来、と言っても現在我々が『観測出来る範囲』での世界樹の成長パターンとしては田中さん、スズキ様、ヨシュア様の3つの世界しかないわけだが」

 たしかに現在ミニ世界樹が『輸出』されたのはその三つの世界だけで、どういうふうに成長するのかは不確定という話だったのを思い出す。

「他に確認している近くの世界ではすでに世界樹が成熟しており、その成長過程の違いについての研究はまだまだこれからといったところだ」

「我々ユグドラシルカンパニーとしては、まず近くにあって我々の世界と『事故』を起こす可能性がある世界樹を失った三世界に早急に世界樹の『植樹』を行う必要がありましたからね」

 と山田さんが補足する。

「まだ時期尚早だといってる上層部を説き伏せてそういうふうに押し切ったのはお前だろうに……」

 渡辺さんが呆れたような顔でそう呟く。

「いろいろな意味で私には時間がありませんでしたからね。あのままいつまでも我々長命種の時間軸で物事を進めている場合ではなかったのですよ」

 肩をすくめる山田さんにヨシュアさんが笑顔で

「そのおかげで世界樹を失い衰退するしか無かったボクたちの世界にも希望がもたらされたんだから山田くんには感謝しか無いよ」

 と感謝を伝える。


「さて、話を戻していいかな?」

 そう言って渡辺さんが世界樹の話を続ける。

「田中さんの世界の世界樹、ミユちゃんだったかな? 彼女の場合は我々の予想以上の成長を見せてくれた」

「彼女と田中さんのお陰でかなり早いうちから世界樹として成長し、アンカーとしての役割を担う存在までなっていました」

「そしてもう一方、スズキ様の世界のミニ世界樹は竜気による影響を受けていたものの、今現在では順調にミユさんと同じような成長を見せているとの事だ」

「担当のイノウエからも田中さんにお礼を伝えておいてほしいと先日連絡がありました。一連のどさくさですっかり忘れていましたが」

 山田さんが俺の方を向いて謝ってくる。

「あと、スズキ様からも『師匠の弟子として恥じぬようこれからも一生懸命世界樹を育ててゆく』との伝言も預かっています」

「そうですか、それは良かった。またスズキさんにも遊びに来てくださいって伝えておいてください。特にお婆ちゃんズと子供たちが会いたがってると」

「わかりました。今すぐには難しいと思いますが……いずれ世界が安定すればきっと」

 山田さんはそう言って優しく微笑んだ。


「さて、田中・スズキ世界の世界樹については成長速度の差こそあれ我々の予想範囲内で成長していたわけですが、この世界の世界樹は成長の方向性が予想と全く違うことが先日の騒動でわかりました」

 渡辺さんがいつの間にか手にしたホワイトボードに絵を描いていく。

 中心に世界樹を描きそれを円で囲む。

「渡辺くんは絵が上手いよね」

 予想外に上手い絵に一同が感心している中、渡辺さんは話を続ける。

「世界樹というのはこのようにそれぞれの世界の中に存在するわけですが、本来なら成長するに連れてこの根の部分が伸びて世界から飛び出し、その世界自体を空間に固定するはずなのですが……」

 彼はその世界樹の絵の根を下に伸ばさず世界樹を囲む円にそって伸ばしていく。

「この世界の世界樹はなぜか自分の世界を包み込むように根を張っていることが確認されました」

 そう言って彼はさらに円の周りに外方向へ向けて何個か矢印を描き

「そして世界を自らの根で包み込むことによって、この世界は世界樹自身によって世界間に『固定』されるのではなく世界間を『自由に移動』出来るようになったものと推測されます」

「これは我々が今まで観測してきた他の世界樹たちには見られなかった特徴でして、今回の事件が起こるまでこのような成長をする世界樹が存在するとは誰も思ってなかったんですよ」

「他の世界樹との違いを考えると、この世界の場合は違い強く魔素をコントロールできる存在によって世界樹が育てられた。それが原因だと我々は考えている」

 魔素をコントロールできる存在、つまりこの世界の神々の事か。


「それはそうですわ。一般庶民であるところのあなた達と神々であるお姉さまと私が同じであるわけがありませんわ」

 アイリィが渡辺さんの言葉を受けてヨシュアさんの腕に抱きつきながら上から目線で話しかけてきた。

「そもそもお姉さまが育てた世界樹が貴方のようなお子様一般人が育てた世界樹に負けているなんておかしいと思ったのですわ」

「おい、アイリィやめなよ。渡辺くんも言ってたろ、成長の方向性が違うだけで優劣はないってさ」

 ヨシュアさんが諌めるが青髪縦ロールはその言葉に少し頬を膨らませて子供っぽく駄々をこねだした。

「方向性が違ってもお姉さまの世界樹が全世界ナンバーワンに間違いないですわ」

「全世界って……」おれはついその言葉に反応してしまった。

「全世界で一番の完璧な女性であるお姉さまに敵うものはありまして?」

「まぁ見かけは美女だけど家事とか壊滅的だったからなぁ」

「家事とか侍女がやるものですわ」

「甘やかされてんなぁ」


 俺とアイリィが無駄に言い争って(?)いる間に渡辺さんはホワイトボードの絵を一度消して書き直していた。

 小さな丸を二つと大きな丸を二つ描き、それぞれ小さい丸から大きな丸へ矢印を引く。

 片方の矢印は大きく、片方は小さく引かれたそれを全員に向けて話を続ける。


 まず上の細い矢印の方を指差して

「本来は契約者とその世界の含有エネルギーによって世界樹と言うものは徐々に成長していくと考えられている」

 次に下の太い矢印を指差し

「しかしこの世界の場合、契約者の力が強すぎたため一気にエネルギーが注がれ、世界樹の成長が極端な方向に進んでしまった」

 と渡辺さんは難しい顔をして説明する。

「成長が進んだほうが良いんじゃないんですか?」

 俺が質問すると彼は頭をふって否定する。

「それが良くないんだ。簡単に言えばこの世界の世界樹は体だけが成長して精神が追いついていない状況なんだよ」

「ミユちゃんやスズキさんの世界樹の場合は、体と精神がほぼ同じように成長している状況ですから今まで特に大きな問題は無かったのですが……」

「つまりこの世界の世界樹は体だけは成長してるけど脳内は赤ちゃん同然って事?」

 たしかにそれはヤバイかもしれない。

 実際それで今回の『事故』を引き起こしているのだからな。


「それでもヨシュア様がこの世界にいる間は問題なかったんだが、この世界を一時的とは言え離れ田中さんの世界へ行ってしまったために、まだ『母親』を必要としている赤ん坊状態の世界樹には耐えられなかった」

「それで『母親』を取り返そうと移動を開始したというわけですか」

「まぁ、世界樹の行動についてはアイリィ様の影響も強かったんじゃないかなとは思うんだけどな」

 その渡辺さんの言葉を聞いてアイリィが頬をまたふくらませる。

 この子供っぽさが世界樹に影響を及ぼした一因なのは間違いないだろうな。

 大人(?)なヨシュアさんが居なくなり、子供っぽい精神を持つアイリィちゃんだけが残されたわけで、世界樹の行動に制止が効かなかったのだろうと容易に想像できる。

 むしろ姉大好きなアイリィちゃんの事だ、世界樹を焚きつけた側と言うことも十分考えられる。


「つまるところ精神だけが置き去りに体が成長してしまった反動で、外の世界にアンカーとして根を張るのではなくて自分の世界にすがりつくように根を張り巡らさせてしまった結果が今だ」

「正直、能力だけ見れば自分の意志で世界間を移動できるというのは他にはないかなり強力な力を得た世界樹が生まれたとも言えるわけですが」

「ヨシュア様さえこの世界の外に行かなければ世界樹の意思でアンカーと同じように一定の位置に留まる事も可能なわけだからな」

「移動や停止の指示もヨシュア様がいれば可能になると予想します。

 あとはもう少し世界樹の精神が育ってそういった意思疎通が出来る段階まで成長してくれれば問題ないでしょうね」

「現状だとこの世界はまだアンカーのない他の世界と同じように世界間を漂っているだけだが……」

 渡辺さんはホワイトボードにまたたくさんの丸を描いて中心の丸からそれぞれの丸へ矢印を描き

「最終的にはこの世界を経由して離れた世界へ移動するというような事も可能になるのではないか? とユグドラシルカンパニーとしては考えている」

 と説明した。


 ユグドラシルカンパニーの転移装置は、たしか世界間の距離が離れすぎると転移できないと言っていた。

 衝突の余波で離れてしまった元の世界とこの世界が転送可能範囲まで現在のままでは自然と近づかなければ俺は元の世界に帰れない。

 だけどもこの世界自体が自分の意志で移動できるとなると話は別だ。

 移転したい世界へ転移できる範囲までこの世界を移動させれば良いのだから。

 たしかにそれはかなり便利なのかもしれない。


「ボクたちとしてはこの世界を救ってもらった恩義もあるし、協力できる事ならなんでも協力するよ」

 ヨシュアさんはそう言って胸をドンッと叩いた後、俺の方を見て

「ところで世界樹の精神を鍛えるためにはどんなことをしたらいいのかな?」

 と聞いてきた。


「そうですねぇ」

 自分が今までミユにしてきたこと、ミユが喜んだことなどを思い返しながら少し悩む。

 そもそもどの行動がミユの精神を成長させたのだろうか? 

 決定的な事はわからないがこの世界の世界樹と比べて何が違ったのかを、とりあえず脳内で整理する。

 そして一つの結論を導き出すと答えた。

「世界樹に多くの経験をさせてあげれば良いんじゃないでしょうか?」

「多くの経験か。例えば?」

「そうですね、ミユの場合は様々な食べ物や飲み物を与えてあげたり、外の世界へ連れ出したり」

 そのほとんどは俺自身が望んだ結果では無いことは隠して言う。


 食べ物関係は偶然だし、外出に関してはミユ自身のリクエストだ。

 そう考えるともしかして俺って実際は何もしてないんじゃなかろうか? という疑問が浮かんだが振り払う。

 なんにせよ結果オーライだ。

「そっか、なるほどね。こんな部屋で箱入り娘のように大切に扱うだけじゃ成長はしないってことだね」

 俺の言葉にヨシュアさんはウンウンと頷きながら腕を組む。

「ボクたちは前の世界樹を失ってから臆病になりすぎていたのかもしれないね」

「仕方ありませんわお姉さま」

 アイリィがヨシュアさんにそっと寄り添う。

 本当に仲のいい姉妹だな。その妹が俺にさえ噛み付いてこなければ微笑ましい光景と言ってもいいだろう。


「そうだ!」

 突然ヨシュアさんは顔を上げて瞳を輝かせて俺の方に顔を向けた。

 なぜだか嫌な予感がする。

「田中くん!」

「は、はい?」

 おれは一歩後ずさるがそんなことは何の意味もない。

 俺はヨシュアさんに見つめられながら言葉の続きを待つし。

「これから世界樹と一緒に下界を回ってくれないかな?」

「下界ってこの世界の町とか村とかですか?」

 俺のその言葉に「まぁそんなとこかな」と彼女は少し言葉を濁す。

 その態度嫌な予感が加速度を増すが逃げ場はない。

「山田くん、少しの間田中くんを借りてもいいかな?」

「そうですねぇ」

 結果として『断ってくれ山田さん!』という俺の心の声は届かなかった。

「今ならミユちゃんの加護もありますし、何よりヨシュア様が一緒についていてくれるなら危険もないでしょうしかまいませんよ」

「ありがと、この埋め合わせは何時かするね」

「期待せずに待ってますよ」


 二人の軽い会話を聞きながら俺は不安と期待がないまぜになった微妙な表情で立ち尽くしていた。

 そんな俺をため息混じりに見ていた渡辺さんが

「山田も心配性なんだか放任主義なんだかよくわからんな。」と呟いて部屋の隅に向かって歩いて行くとそこには……。

「エレス様、起きてください」

 さっきからずっと存在を消していたエレス様が座ったまま眠っていた。

「ん……ああ、すまない。話は終わったのか?」

「ええ、終わりましたよ」

「なんだか難しい話を始めたから気がついたら眠ってしまっていた」

 この人脳筋か! 難しい話を聞けないタイプの人なのか。

「結果として世界樹を育てるためにヨシュアさんと山田さんが下界へ世界樹を連れて行くことになりましたのでその準備に入らせていただきたいのですがよろしいですか?」

「ああ、構わないよ。お父様も世界樹についてはヨシュアの判断に任せると言ってたからな」

 そんな話をしながら二人が部屋を出て行くのを俺は見送った。


 下界か……。

 いったい俺は何処へ連れて行かれるんだろう。





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