第53話 それは女神の祝福です。
吉田さんは屋上の手すりにもたれかかり暗くなり明かりが灯った町並みを眺めている。
もう息が白い。
自称女神様はその名に恥じないくらい綺麗で絵になっていた。
「突然こんなことになっちゃってごめん」
吉田さんが俺の方も振り返らず言う。
「俺にはまだ異世界とか世界間の穴とかよくわかんないんで実際この目で見るまではそんなことを言われても困りますよ」
「そっか、田中くんはまだボクたちの事を信じてないんだ。頑固者だね」
吉田さんは振り返って苦笑を浮かべた顔で俺を見る。
「臆病なんですよ。きっと」
場の雰囲気のせいか、いつもは言わないようなことを言ってしまう。
「臆病なのは悪いことじゃないよ。ボクたちの世界の住民は臆病なほど長生きするしね」
「吉田さんの世界の話って聞いたことありませんでしたね」
吉田さんだけじゃない。スズキさんも山田さんの世界ですら俺は信じないと頑なに聞くことすらしてなかったじゃないか。
「聞きたい?」
吉田さんがいたずらっぽい顔でそんなことを言うのでつい「聞きたいですね」と答えてしまった。
「じゃあ話してあげようか、ボクたちの世界の話をさ」
吉田さんはそう言うともう一度町並みの方を眺めて語り出した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
吉田さんの世界、つまりさっきホログラフィック映像での説明の時につけられた名前で言うとA世界は俺たちが想像する異世界そのものに近かった。
町並みは中世ヨーロッパレベルで剣と魔法の世界そのままの状況なのだそうな。
こちらの世界、つまりさっきの説明で言うB世界と違い、A世界はまだ魔素がそれなりに多く存在し、それ故に魔法が科学を凌駕しているせいで科学的な進歩という意味では止まっているらしい。
それだけが原因でもないと吉田さんは続ける。
「ボクたちの世界はボクたち神々が大きな争いや突出した強い力を持つモノを生み出さないようにずっと調整してきてたんだ。
だから世界中がそれなりに平和で安定してすべての生き物が過ごしている。そんな世界なんだ」
つまり彼女たち『神々』というシステムが世界の魔素を管理していて、それ故に異世界モノでよくある魔王や魔法戦争など大規模な破滅が起きないように調整してきたと語った後
「世界的危機に陥らない事が逆に文明の進化を遅らせていたなんてほかの世界を見るまで知らなかったんだけどね」
と、吉田さんが自嘲的につぶやく。
この世界でも戦争が起こるたびに劇的に文明は進化してきた。それがいいことか悪いことかなんて俺にはわからないが世界の管理者視点だと思うところもあるのだろうか?
続けて吉田さんの説明によると魔素の濃さというのはその世界の世界樹がいつ失われてしまったのかによって異なり、
世界に存在する魔素というエネルギーは本来その世界の世界樹のみが生み出す物なのだそうな。
結果、世界樹が失われると魔素を作り出す根源が絶たれてしまい、その世界の魔素はその後使われれば減っていくだけで補充はされない。
俺たちの世界はミユが来るまではほとんど魔素の残量が無かった状態。つまりガス欠寸前だったらしい。
「魔素が完全に失われたらどうなるんですか?」
「それはボクらにもわからない。この世界を見る限りだと特に問題なく続いていきそうではあるんだけど」
吉田さんが少し肩をすくめ「山田くんたちの研究が進むことを待つしか無いね」と言った。
「魔素がある世界では人は魔法に頼り、魔素が無くなったこの世界は科学を人は進化させた……」
「そうだね、田中くんたちのこの世界は想像出来ないほど昔に世界樹が失われて、魔法では無く科学に切り替わっていった結果だろうね」
「逆に吉田さんの世界やスズキさんの世界ではまだ魔法が使える。つまり世界樹を失ってまだそれほどの年月がたっていないということですか?」
「順番で言えばボクたちの世界の方がスズキくんの世界よりかなり前に世界樹は失われているんだ。だからスズキくんたちの世界ほど魔法は使えない。
ボクたちの世界の世界樹がどうして失われたかは聞かないでほしい」
吉田さんが苦しそうな表情をしたのでさすがにそこに強く踏み込むことは出来なかった。
吉田さんたちの世界は実際すでに魔素がかなり枯渇してきている状況らしい。
今はまだ使う魔法の威力が少しずつ落ちている程度で、人々はそれほど違和感を感じてはいないそうだ。
「ボクたち神々は魔法を使うすべての生き物たちにそれぞれの属性の力を配分している役割を持っていてね。実際スズキくんや山田くんの世界にもそういう役割を持った存在はいるはずなんだ」
「でもスズキさんや山田さんからは神々の話なんて聞いてないですよ?」
「世界によって世界樹の力を分配する神々の様なモノは千差万別なんだよ。実際ボクたちの世界のようにヒトのような姿形を持って顕現している世界もあれば空気のように存在すらわからない状態の世界もあると聞いてるよ」
それぞれの世界に充満した世界樹の魔素は、そういった分配システムによってその世界を巡る。
「でもね、このままだとボクたち神々がA世界から消えてしまうところだったんだ」
「神々が消える? どうしてですか?」
「さっき言ったとおりボクたちの世界の世界樹はすでに無くなってかなりの月日がたっている。そして魔素がどんどん薄れていっているのは話したよね」
「はい」
「ボクたち神々はその魔素によって作られているんだ」
「ということは魔素が無くなれば……」
「そう、消えてしまうんだ」
吉田さんは少し明るい口調でそう言い放つ。
「だからボクたちは新しい『世界樹』を求めた。世界から魔素が無くなるまえに新たに魔素を作り出す根源を欲したわけさ」
そう芝居めいて語ったあと俺の方によってきた吉田さんの目は悲しそうだった。
「別に自分たちが消えるのがつらくて『世界樹』を求めた訳じゃ無いんだよ。ボクたちは知らなかったのさ、魔素の無くなった世界でも生物たちは強く生きていけるって事をね」
そして手を大きく広げて「だからボクたちも世界樹も世界には必要ないんじゃないかって思ってるんだ」と言った。
そんな吉田さんに俺は反論する。
「でも『世界樹』が失われた世界は他の世界と衝突して事故を起こすって山田さんが言ってましたよね?
つまりアンカーとしての『世界樹』はどちらにしても必要でしょ?
そして『世界樹』が存在するようになれば魔素も生み出されるから、それを管理する存在もまた必要になるはずですよ」
思わず力を込めて一気にしゃべってしまった。
そんな俺にあっけにとられたような顔を一瞬見せた後、吉田さんは「優しいね、キミは」と少し微笑んだ。
吉田さんのその言葉に俺は照れてそっぽを向くことしか出来ない。
「そんな優しい君にボクから最後に一つプレゼントをあげようかな」
彼女はそう言うとそっぽを向いていた俺の近くに寄ってきて
チュッ
そのまま頬に軽くキスをした。
「な、な、な、なんですかっ! いきなりっ」
俺は大慌てで数歩後ずさり顔を真っ赤にした。
「女神の祝福をキミに授けてあげたんだよ。この世界じゃどれほど効き目があるかはわからないけどね」
そう言ってウインクする。
「優しいキミにもっと多くの幸せが訪れますようにってね」
月の光が浮かび上がらせたその笑顔は本当に俺には女神様のように見えた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
そんな異世界女神との別れの時はもうすぐそこまで近づいてきていた。
はずだった。
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