第五章 戦え!田中ゴーレム。
第52話 ミユさんの力が必要です。
「た、大変だ山田くん! 世界がぶつかる!」
突然飛び込んできた吉田さんはそう言うなり山田さんの手を引いて外に連れて行こうとする。
「よ、吉田様少し落ち着いてください」
山田さんは引っ張る吉田さんの手をあいている方の手で優しく握って落ち着かせようとした。
しばしの引っ張り合いの後、吉田さんは落ち着いたのか山田さんの手を離した。
「ごめんよ、ちょっとパニックになっちゃってた。だって山田くんも高橋くんも連絡つかないからさ」
その言葉に山田さんと吉田さんはそれぞれ懐を触って「あっ」という顔をした。
「すみません、ミユさんからの呼び出しがあったときにちょうど携帯電話を充電してまして、そのまま部屋に置きっぱなしでした」
「ですです、私の場合は単純に部屋に置き忘れてここに来ただけですですが」
高橋さんはともかく山田さんはいつも愛用のガラケーを肌身離さず持っていて会社との連絡をすぐ取れるようにしている社畜の鏡なのに珍しいな。
「では、急いで部屋に戻って会社に連絡入れてみますね。田中さん、吉田さんをおねがいします」
山田さんは部屋を出て行く前にいったん俺のところに来て耳元で「それと委員長さんにはうまくごまかしておいてください」とだけ告げて部屋を出て行った。
無茶ぶりやめてよね。
どうごまかそうかと頭を悩ませている俺のところへ委員長が寄ってきた。
「田中くん、世界がぶつかるってどういうことなの?」
聞いちゃうか。それ、聞いちゃうんだ。
「うん、あのね……」
俺は普段使わない頭脳をフル回転させて思いついた嘘を並べ立てる。
「山田さんの会社、ユグドラシルカンパニーが今度作る新製品の話だと思うんだよね。山田さんがこの前『駒と駒をぶつけ合って遊ぶおもちゃを開発してる』とか言ってたから」
そんな話は一切聞いたことは無いけどな。
「多分その駒の事を『セカイ』って呼んでるんじゃないかな? ベーゴマとかそんな感じのおもちゃだと俺は思ってるんだけど委員長はどう思う?」
俺はさりげない風を装って委員長に話の流れを持って行く。
「う~ん、それだけの情報だとわかんないけど……そっか、おもちゃとか作ってるんだ」
「吉田さん、守秘義務もあるから詳しくは話せないと思うけど、そのおもちゃに何か不具合でも出たんだよね?」
俺はそろそろ落ち着いて俺の話の意図をくんでくれるだろうと吉田さんにわざとらしくないように問いかけた。
吉田さんは一瞬きょとんとしたあと委員長の存在に初めて気がついたらしく、少し挙動不審になりながらも俺の言葉を肯定した。
「ああ、そうなんだよ。それで開発責任者の山田くんにどうしても連絡を取らなきゃいけなくてね」
そのまま不安そうな表情をしていた委員長に向けて
「騒がせてごめんよ」
と言ってウインクをした。
委員長は自称女神の美貌に少しドギマギしたような態度で「いいえ、大丈夫です」と答えたが、その頬はすこし朱に染まっていたのを俺は見逃さなかった。
まさかの百合展開かと脳内に浮かんだ言葉を頭を振って振り払う。
そんなことをしているうちに山田さんが戻ってきた。
「すみません委員長さん。これから急な仕事で私たちは会社へいかなければならなくなりまして。今回の会はいったんお開きにさせていただきます」
そう言いながら山田さんは委員長の手をさっとつかんで「この埋め合わせはいつかきっとしますので」と微笑んだ。
コレだからイケメンは許されない。
ほら、委員長もポーッとしてるじゃないか。
「はい、楽しみにしてますね」
委員長が上の空のまま玄関に向かい靴を履く。
「ごめんね、バタバタしちゃって」
俺も一応フォローを入れて好感度アップを狙う。
が、委員長の目は山田さんしか見えてないのか俺の言葉は上滑るだけだったようだ。
「おじゃましました。山田さん、がんばってくださいね」
「ええ、委員長さんも帰り道お気をつけて」
俺たちは委員長がアパートから見えなくなるまで見送った後部屋にいったん戻った。
「というわけで田中さん、私たちはこれから会社に急いで向かうのですが一つお願いがありまして」
「お願い?」
山田さんは俺の後ろにあるミユの本体を指して「ミユさんをお借りしてもよろしいでしょうか?」と切り出した。
しばしの沈黙の後俺は気になったことを聞いてみた。
「世界がぶつかるって言ってたよね? それとミユが何か関係してるって事?」
「そうですね、今回の場合世界がぶつかることとミユさんの間に関係はありません」
「関係が無いのにミユが必要なの?」
「ぶつかることに関係は無いのですが、ぶつかった時の被害を押さえるのにミユさんの力が必要になるんです」
「でもこの前世界同士の衝突についてはバリアシステムがあるから大丈夫だって言ってたよね?」
「ええ、たしかに言いました。言いましたが実はこの世界を守るためのバリアシステムはまだ未完成なのです」
一度そう言った後、山田さんは頭を振って言い直す。
「いえ、装置自体は完成しているのですが、それに供給する魔素エネルギーがまだ足りてないと言うのが現状でして」
「もしかしてその足りない魔素をミユから?」
「そういうことです。ミユさんの持つ魔素は現在この世界の魔素としては最大級です」
「でも、そんなことしたらミユに悪影響が出るんじゃないの?」
「それは大丈夫ですです」
高橋さんが話しに割り込んできた。
「バリアシステムに必要な魔素量は計算上ミユちゃんが今持っている魔素量の三分の二あれば間に合うはずですです」
「三分の二って多いと思うんだけど大丈夫なの?」
俺の質問に高橋さんはいつものように無い胸を張って答える。
「今のミユちゃんが『生み出す魔素の量』から考えると一週間もすれば回復するはずですです」
一週間か。
短いようで長いよな、一週間って。
「とにかくユグドラシルカンパニーのバリアシステムを使用するにはミユが必要って事と理解していいかな?」
「そういう解釈でかまいません」
山田さんの答えを聞いてから
「ミユ、どうする?」
と、いつものように肩に乗っていたミユに声をかけた。
「ミユがんばってお仕事してくるの」
やる気満々に拳を握りしめてぎゅっとしてる。かわいい。
「ミユもやる気みたいだし会社に同行するのは問題ないと思う」
俺は山田さんにそう告げると部屋に戻ってミユの本体をいつもの背負いリュックに詰めて背負うと山田さんの元へ戻る。
「じゃあ、いきましょうか」
山田さんは少し驚いた顔をして「田中さんも来ていただけるんですか?」と言った。
「もちろん、ミユ一人だけで行かせるわけにもいかないからね」
「一人だけって、ボクも高橋も山田もいるんだけどな」
すっかりいつもの調子を取り戻した吉田さんがぼやいてるが俺はそのまま玄関から外へ出た。
後を追って山田さんと吉田さんが出てくる。
高橋さんはいったん部屋に形態を取りに戻ってから出てきた。
「もうすぐタクシーが到着すると思うのでアパートの前で待っていましょう」
山田さんは戻ってくる前にタクシーを手配していたらしい。さすが抜かりないな。
アパート前に遅れてきた高橋さんが合流するのとほぼ同時にタクシーが狙っていたかのようなタイミングでやってきたのでみんなで乗り込む。
俺たちが乗り込むと同時に行き先も聞かずにタクシーが発車したので驚いていると山田さんがすでに目的地も連絡してあったらしい。
行き先もすでに手配済みとは。
さすが山田さんだ。携帯を部屋に置き忘れたチョンボ以外はパーフェクトだな。
そんなことを思いながらリュックを抱きかかえた状態で座席に揺られながら俺は車窓を眺めていた。
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