第51話 そのための守秘義務契約です。
その日の学校。
授業が一通り終わり、今日は補習もないので急いで帰ってミユとキャッキャうふふしようと腰を上げたところで目の前に女の子が立っていることに気がついた。
いつの間に。こいつ能力者か!
ゆっくりと目線をスカート、それほど大きくない胸、顔とあげていく。
「い、委員長」
そこにはいつにもましてニコニコ笑顔の委員長が立っていた。
なんだろう、いやな予感しかしない。
「何か用?」
俺が少しきょどりながらそう尋ねると委員長は俺の机の上に両手を置いてずいっと近づいてきた。
近い。これはもうキスしてもいい距離などと脳内で現実逃避する俺。
教室に残っていたほかのクラスメイトからの「あの二人付き合ってんの?」「そんなわけないだろ」「似合わないわよね」などのひそひそ声が心を揺さぶる。
正直俺のような半引きこもりのクラスカーストにすら関わらないように生きている人間にはこの空気はマジきつい。
そしてそういうタイプの男にとって委員長みたいなある意味男女間の空気が読めてない女子は一番やっかいな相手だと俺は思う。
その委員長がさらに教室内に爆弾を落とす。
「えっとね、今日これから田中くんの部屋に行くから待っててね」
「!?」
一瞬クラス中の時が止まった。
俺が口をパクパクさせて空気を求めているうちに委員長は「それじゃ」とだけ言い残して長めのスカートを揺らし颯爽と教室を出て行った。
残された俺と教室内の空気。いたたまれない。
意を決して一人のクラスメイトが声をかけてきた。勇者だな。
「田中、お前まさか委員長とつきあって……」
「ない」
俺は少し食い気味にその言葉を否定した。
こういう『誤解』は早めに解いておくべきだと今まで俺が手に入れてきた多くの知識(漫画・小説・歌の歌詞)が警鐘を鳴らすのだ。
よくある漫画のシーンのようにここでテレて何も言わず教室を飛び出すのは最悪手だ。
俺は委員長が言った言葉の真の意味を考える。
委員長と今まで交わした数少ない言葉の断片を思い出せ。
「あれか!?」
「な、なんだよ田中。違うのかよ。だったら何でお前の部屋になん……」
「あれは委員長の言葉が悪い。お前、俺がアパート暮らしなのは知ってるよな?」
「いや、しらねぇけど」
「今知っとけ。で、俺の部屋ってのは俺の家って事だ」
「それでもあんまりかわんねぇと思うけどそれがどうしたんだ?」
そう、俺は思い出した。前に委員長が公園で俺に言ってた言葉を。
あのシークレットシューズの黒歴史とともに。
「俺のアパートの住民で高橋さんって女の人がいるんだけど、その人が委員長に今度自分の田舎のお土産をあげるって言ってたんだよ。
多分それを受け取りに委員長は今日来るって言いたかっただけで決してやましい理由じゃないんだ。はい論破」
俺が一気にまくし立てると教室の空気が少しほっとした物となった。
「でもよ、だったらなんで委員長が行くのがその高橋さんの部屋じゃなくお前の部屋なんだよ」
こいつはまだ食い下がるのか。もしかして委員長が好きなのか?
だったらさっさと告白しちゃえよYOU。
「それは多分、高橋さんの部屋が人を入れるにはヤバいくらい汚いからじゃないかな。だから隣の俺の部屋で受け渡し会みたいなことを時々やるんだよ」
俺は少し嘘を混ぜてわかりやすいように改変して伝えた。受け渡し会なんてやったことねぇよ。
「いわゆる汚部屋ってやつか……うわぁ……」
多分こいつの頭の中ではテレビとかでたまに見るレベルの物が浮かんでいるのだろうが高橋さんの部屋はそういう物とは違って謎の機械ぽい物で埋まっているだけだ。
正直よくあのぼろアパートの床が抜けない物だと思う。
そんなことが起こったら下の階の佐藤さんはどうなるんだろうか? ヤバくね? とか考えているうちに名も覚えてないクラスメイトは納得したのか引き下がっていった。
俺はそいつを見送りながら鞄に必要最低限の物だけ詰め込むと教室を出た。
委員長もせめてこういうことは帰り道に言ってくれよな。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ただいまー」
「おかえりなさいなの」
今日も玄関でミユが出迎えてくれる。
最近のミユは俺がいない間は近所の猫たちと遊んでいるらしく、たまに帰ってきても居ない事があって、そんな日は少し寂しい気分になる。
寂しいが、これが成長した子供の親離れを見守る父親の気持ちなのかと勝手に思って納得するしかない。
まぁ、本体はパソコンデスクの上にいるわけで、部屋に行けばそちらのミユが出迎えてくれるのだが。
「今日はランと遊んでなかったのか?」
「うーんとね、今日ランちゃんは『ちゅうしゃ』とか言ってた」
予防接種か何かかな? 思ったよりちゃんとしている飼い主なのか。
「すごくいやだけど我慢したらいつも食べたことない『こうきゅうねこかん』とかいうのを食べさせてもらえるんだって」
「ふーん、飴と鞭だな」
俺はそんな会話をしながら部屋に入り荷物を置いて着替えを済ます。
委員長が来るからと言って特別何かをするわけでもない……が。
「ミユ、高橋さん呼んでくれる?」
俺がそう言うとミユはいつものように高橋さんの部屋方面の壁に飛んでいって呼び出しの合図を送る。
俺はこの行為を『ミユドン』と呼んでいる。
しばらくすると薄い壁の向こうから「はーいですです」という返事が聞こえた。
遮音結界を張ってないとこの程度の声すら聞こえるのは問題だろうが今は便利に使わせてもらう。
しばらくすると高橋さんが俺の部屋にやってきた。
「ミユちゃん、何か用ですです?」
「用があるのは俺だ」
「田中さんが呼び出すとか珍しいですです。それで何の用ですです?」
俺は高橋さんに少し前学校であった出来事について説明すると高橋さんはポンッと手を打って答えた。
「お昼に注文していたエルフの里名物が届いたんで早速委員長ちゃんに連絡したですです」
「そういうときはまず受け渡し場所の提供者である俺に許可をとってくれませんかねぇ?」
俺は高橋さんに近づくと頭の横を握りこぶしで挟みぐりぐりする。
「痛い痛いですですぅ。今度から、今度からはそうするですですぅ」
俺の手から逃げながら高橋さんは涙目でそう言うと「お土産持ってくるですです」と言って部屋に戻っていった。
「こんどはどんなお菓子なのかたのしみなの」
ミユが脳天気にそんなことを言うが俺としてはいやな予感しかしない。
「あ、そういえば委員長ってミユのその憑依モードのこと知らないから委員長が来たら隠れてもらわないといけないな」
「そうなの?」
「ん~、どうなんだろ。一応委員長も山田さんと守秘義務契約を結んでるはずだからバレてもいいのか?」
俺は少し頭を悩ませた後ミユに今度は山田さんを呼んでもらうことにする。
会社から帰ってきてるといいけど。
「はいなの」
ミユは返事をすると今度は山田さんの部屋にむかって『ミユドン』をする。
返事がない。まだ帰ってきてないのだろうか?
俺がそう思った直後部屋のドアがあいて山田さんが駆け込んできた。
「ミユさん、何かありましたか!」
よほど慌てていたのかモコモコスリッパのままである。
でも服装はいつものジャパニーズサラリーマン姿なのが山田さんらしい。
「いや、呼んだのは俺だけど」
「え? 田中さんが?」
山田さんが珍しい物を見るような目で俺を見ている。
まぁ俺が呼び出すなんて初めてかもしれないから仕方が無い。
「ちょっと聞きたいことがあって。今日委員長が高橋さんの買ったエルフの里名物を食べにここにやってくるらしいんだけど、ミユのこの姿は見せていいのかどうかを聞きたくてさ」
「問題ありません」
即答された。
「え? いいの」
「ええ、彼女とはすでに守秘義務契約を交わしてありますしね」
山田さんはそう言うと懐から一枚の書類を取り出し「ここにきちんと委員長さんの拇印も押してもらっています」と俺に見せてきた。
委員長のボインと脳内変換されたのは内緒だ。
「今時ボインは無いだろ……」という俺の思わず漏らしたつぶやきに山田さんが「そうですか? 印鑑より簡単ですし確実性も高いと思うんですけどね」とかみ合わない返事を返す。
「この契約書がある限り委員長さんはミユさんに関して関係者以外に話すことはできませんから安心してください」
山田さんが悪そうな笑みを浮かべてその書類を懐にしまった。あんなところに入れる場所があるのか?
俺は少し不安ながらもミユをそのまま委員長に紹介することに決めた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「かわいい~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」
委員長にミユの憑依体を見せた所、予想以上の好反応をゲットした。
目の前にふゆふゆと浮かぶミユに目を輝かせた委員長はそのままミユを抱きしめると頬ずりをし始めた。
そんな姿を山田さんと高橋さんは微笑みながら見つめ、俺はドン引きして見ていた。
「くすぐったいの~」
ミユはそんな委員長の包容に悶ていたがあの素体状態でくすぐったいとかいう感覚があるのかな。
ひとしきり委員長はミユを愛でた後冷静になったのか俺たち、特に俺の目を見て頬を紅潮させミユを近くの机の上においた。
「どうしてミユちゃんのこと教えてくれなかったの?」
その後、照れ隠しなのがバレバレだが俺に向かってそんな事を言ってきたので「かわいい~」と言ってやったら更にキレられた。
「それじゃあ皆そろったですですから始めるですです」
「あれ? 吉田さんは呼ばないの?」
俺は不思議に思って聞いてみた。
「吉田さん?」
そういえば委員長は吉田さんを知らないのか。
「こんど201号室に引っ越してきた人で山田さん達と同じ会社の人なんだよ」
「へぇ~」
自称女神とか自称異世界人とかいう話は流石に委員長には言えない。
「今日は我が社の通信機器を使って『地元』と通信してまして、今日は帰ってこないんですよ」
山田さんも吉田さんの『設定』については伏せてるし俺の判断は間違ってないな。
「そうなんですか。また会うことがあったらその時は紹介してくださいね」
委員長が優等生な返事でまとめた。
まぁ、あの自称女神もそろそろ帰るらしいから委員長と合う機会があるかどうかは微妙だけどね。
「では仕切り直してエルフの里銘菓のお披露目ですです」
「エルフの里?」委員長が首をひねるが皆それをスルーする。
一瞬高橋さんが「しまった」というような顔をしたが、きっとあとで山田さんから説教を貰うことになるだろう。
焦った表情のまま高橋さんが机の上になんだかカラフルな包装紙に読めないエルフ語で商品名が書かれた箱を置く。
「なんて書いてあるのかな?」
「さぁ」
どうせ読めたとしても俺のツッコミが早くなるだけに違いない。
そんなことを考えながら高橋さんが包装紙を開けるのを見守る。
いつの間にやら山田さんが俺たち全員の前にお茶と小皿を用意していた。
相変わらず早い。
「これが私の里の銘菓『ふわまがりん』ですです」
名前からは何か想像できないとは予想外だ。 あと、エルフの里は高橋さんの里じゃないんじゃないか?
「うわぁ」
委員長が声を上げて見つめる。
そこには。
「あれ? これって東京ばな○……」
先に突っ込まれてしまった。うかつ。
「『ふわまがりん』ですです」
高橋さんが訂正するがどうみても東京ばな○にしか見えない。
「そ、そうよね。似たようなお菓子ってどこにでもあるし。あと色が禍々……」
その一見東京ばな○に見えるその菓子だが、色合いが独特というか一言で言えば酷い。
黄色いベースの部分はいいとしてその上に渦巻く謎の模様の色合いが禍々しい。
暗色をベースにところどころに見える緑と赤が目に与えるインパクトが半端ない。
「これ、食えるの?」
ついそう聞いてしまう。
「大丈夫ですです。今回は先日出た限定版の暗黒味を頼んでみたですですが予想以上に暗黒っぽくて追加注文必至ですですね」
まじか。
「おいしそうなの!」
まじか。
こいつらの感性は理解できない。
「と、とにかく食べてみるね」
委員長が意を決してその見た目暗黒東京ばな○に手を伸ばすと目をつぶりながら恐る恐るかじった。
ごくり……。
「あれ? おいしい」
委員長はそう言うと残りも全て食べきった。
「見かけはアレだけどすごく美味しかった。味はバナナじゃなくパインなのが予想外だよ」
「里のパインにでも名前変えたらいいのに」
「『ふわまがりん』は味じゃなくて見た目で付けた名前らしいですしね。ふわっとして少し曲がった形から取ったらしいですよ」
「じゃあ俺も食べてみるかな」
一つ口の中に放り込む。
本当だ。意外に美味しい。
「ミユもミユも」
ミユが欲しがるので一つ包装を解いてからケースの上においた取り皿にのせようとしてその手を止めた。
味はいい。味はいいんだがこの禍々しい色合いの菓子をミユに与えたらまた変な機能を覚えるのではないだろうか。
俺は騎士麺の時の悪夢を思い出す。
「なにやってんのよ」
俺が躊躇していると何も知らない委員長が俺の手から『ふわまがりん』を奪うと取り皿に置いた。
「ああっ」
俺の目の前で徐々に分解吸収されていく暗黒の菓子に思わず声が漏れる。
「美味しいの」
ミユは満足そうだが大丈夫なのだろうか。
「大丈夫ですよ。毒でもありませんし、多分最悪でもミユさんの色が暫くの間暗黒色になるくらいでしょう」
山田さん、俺はそれが心配だからためらったんだよ!
暫くの間とは言えこの不気味な菓子の色合いになったミユと過ごすなんてSAN値が削られまくる未来しか見えない。
まさにSAN値がピンチだ。
その後しばらくの間、高橋さんと委員長が地方銘菓について盛り上がっている中、俺一人固唾を呑んでミユの変化を見守っていた。
山田さんはゆっくりとお茶を飲んでリラックス状態である。エルフ耳が時々ピクピクしてるのは何故なのだろうか。
「あっ」
その時、少しずつだがミユの本体の色が変わりだした。
しかし、俺が思っていたような禍々しい色ではなく、それは深みを増した緑色をベースにしたオーラのような色合いにだった。
その色が徐々に葉全体に広がり神秘的な空気を醸し出すと俺以外の三人も気がついたのか話を止めてミユを見つめた。
ふと机の上のミユの憑依体を見てみるがコチラには変化はないようだ。
前回はミユのホログラフィックもカラフルレインボーになった気がするが今回は実体があるから影響されないのか?
やがて神秘的な色のショーが終わり、ミユが元の色に戻ると部屋の中にホッとした空気が流れた。
「ミユ、体とかなんともないか?」
俺はとりあえず心配になって尋ねてみる。
「大丈夫なの、新しい色が体の中で作れるようになった位だとおもうの」
正直その機能の追加が何の役に立つのかわからないけど、今はミユに何の問題もなさそうなことに安堵した。
あと俺のSAN値がピンチを脱した事にも。
「はぁ~、綺麗だったね~」
委員長が妙に色っぽい声を出す。
「ですですねぇ~、この銘菓をえらんで良かったですです~」
高橋さんがどうでもいい声をかぶせる。というか次はもう少し考えて選んでくれ。
その後、ミユはもう一個たいらげたが今度は何も変化は起こらなかった。
山田さんが吉田さんの分を冷蔵庫にしまい残りを女性陣が全部食べ終わった時、突然玄関のドアが開いてその吉田さんが駆け込んできて叫んだ。
「た、大変だ山田くん! 世界がぶつかる!」
その言葉は和やかだった日常の一幕を凍らせるには十分なものだった。
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