第54話 想像の、その向こう側です。

 指揮所の様なその部屋では着々と世界間衝突へ対応するための準備が進んでいた。

 中央デスクの上に鎮座するのはこの世界の世界樹となったミユちゃん。

 そのミユちゃんが収納されているケースから出た何本ものケーブルが、デスクの横に置かれた人ほどの大きさもある機械のようなモノにつながれていた。

「ミユちゃん、こちらの準備は出来たですです」

 天才ドワーフ技師の高橋さんが最後のケーブルを繋ぎ終えたことを確認しミユに報告する。

「了解っなの」

 デスク上のミユちゃん本体が返事と同時に淡く光る。いつ見ても綺麗な光だ。


 ミユちゃんの返事を受けて彼女は何種類かのメモを手に持ちミユちゃんの元へ行きなにやら最終確認を始めたようだ。

 それを目で追った後、私は自分の手元に浮かぶ別のホログラフィック映像を手で操作する。

 エルフ語の数字が私の操作に会わせて変化し、やがて止まると映像に変化が現れると同時に音声が聞こえた。

「山田、聞こえるか?」 そのホログラフィック映像に映るのは総会で会って以来の顔だった。


「ああ、よく聞こえるしよく見えますよ『渡辺くん』」

「ちっ……その呼び方やめろっていつもいってるだろ」

 いつものように『くん』付けがどうも嫌らしい彼に挨拶代わりの嫌がらせをしてから本題に入る。

「そちらに話は伝わってますか?」

「ああ、また無茶なことをするもんだな。わざと穴を開けるなんて、よくお前がそれを認めたものだ」

 彼は驚き半分呆あきれ半分な表情で俺の反応を探るように言った。

「私もいつまでも過去にとらわれていてはいけないってことに気がついただけですよ」

「まぁそれならいいがな。そんなことよりそっちから送られてきた計算によると、こちらの穴が開く場所が海の上になるみたいだな。正直ありがたい」

「なぜです?」

 私が疑問を投げかけると彼は少し答え辛そうに周りを見回してから答えた。


「こっちの水の女神ちゃんがさ、お姉ちゃんを自分が迎えに行くって聞かなくてな。海の上ならちょうどあの子のテリトリーだからよかったって事だよ」

「そういえば双子の妹さんがいらっしゃいましたね。しかも契約者の一人……」

「ああ、どうもシスコンすぎて俺がお姉ちゃんと話してるだけで睨まれるんだよな。ホント勘弁してほしいぜ」

 心底めんどくさそうな顔で首を振る。

「あなたは見かけが遊び人の悪い男にしか見えないからしかたないですよ」

「言ってろ、コレでもクライアントの前ではきちんとサラリーマンらしくしてるんだぜ」

 私はその言葉を笑って聞き流し「それではそちらの準備はOKということでいいですか?」と尋ね「問題ない」との返答をもらってから通信を切った。

 予定ではあと一時間。

 まだ時間には余裕がある。

 私は渡辺との通信であちら側の準備は完了したという報告を上司にした後、高橋さんの元へ向かう。


「高橋さん、進行具合はどうでしょう? あちらの世界は準備OKとの連絡をもらいました」

 私の声に彼女は振り返ると親指を立てて「こっちも準備出来たですです」と笑った。

「山田、ミユ今から世界をちょこっとだけ動かしてみるね」

 ミユちゃんがそう言って少し葉を揺らす。

「はい、お願いします。こちらで角度をモニターしてますので後の指示は高橋さんにお願いしますね」

「了解ですです」

「それじゃ行くの!」

 ミユちゃんはそう言うと葉を虹色に輝かせ始めた。これが魔素の解放か。

 本来ならミユちゃんの魔素によって我々『異世界人』は不調を訴える可能性もあったのだが今回はその放出された魔素はすべて世界を動かす力へと変換されて行く。

 高橋さんの指示に合わせ、モニターの中で世界が徐々に回っていくのが見える。

 このやり方が十年……いや、せめて五年前に判明していればと少し考えたがすぐに振り払う。

 過ぎ去りし時は戻らない。たとえエルフ族の英知を結集してもそれは変わらない決まりのようなものだ。


 やがてモニターの中の世界が回転を止め静止すると高橋さんが「調整完了ですです」と額の汗をぬぐって宣言した。

 これでこの世界とあの世界の衝突による穴はこのユグドラシルカンパニージャパン屋上に現れる。

「お疲れ様ですミユちゃん、高橋さん」

 私は手に持ったお茶のペットボトルを高橋さんに手渡し、ミユちゃんには上部吸収口へ流し込む。

「あと45分ですです。そろそろあの二人を呼んできて準備しないといけないですです」

「そうですね、では私が屋上へ行って呼んできましょう」

「おねがいですです」

 私は高橋さんに軽く手を振って屋上へ向かうために部屋のノブに手をかけた。


 ビーッビーッビ-ッ。


 その時、私が先ほど渡辺と会話をするのに使っていた通信機から緊急呼び出し音が鳴り響いた。

 安堵の空気から一瞬にして部屋中に緊張が走る。

 私はノブから手を離し急いで通信機を起動させた。


「山田! 大変だ!」

「どうした渡辺、何があった」

「こちらの世界樹に異変が起きた。突然強く輝きだして魔素が放出し始めた」

「世界樹が?」

 私は原因を考えて一つ思い当たる事を口にした。

「先ほどこちらの世界樹によって世界の角度を調整したのですがその影響かもしれません」

「そちらの世界樹の活動に反応したってことか?」

「おそらく」

 私は映像に映る渡辺に特に問題がなさそうなのを確かめ尋ねる。

「魔素の放出によるそちらの被害はありますか?」

「いいや、今のところこれくらいの濃度なら問題ない。こちらの世界の世界樹はまだアンカーまですら育ってないからな」

「それはよかった。では影響として考えられることは何か……」

 私がその続きを言おうとしたとき部屋の中で世界の動きをモニタリングしていたはずの担当者が悲鳴のような声を上げた。

「や、山田さん! 大変です!」

 私は渡辺との通信をいったんそのままにして担当者に言葉の続きを促す。

「A世界の移動速度が加速しました! このままでは衝突予定時刻がかなり早まります!」

 担当者のその声は通信機の向こうにいる渡辺にも届いていたらしく息をのむような声が聞こえてきた。

「あの馬鹿世界樹め……」

 世界樹と共に生きるエルフ族にあるまじき言葉だが今はそんなことをとがめている場合では無い。

「衝突予想時刻の再計算をお願いします」

 私は担当者に指示をした後もう一度渡辺に声をかける。


「そちらにいらっしゃるもう一人の契約者に世界樹をいさめてもらう事は出来ませんか?」

「それに関しちゃ何度もお願いしてるようだが、何しろこちらの世界樹はそっちのミユちゃん……だっけ? その世界樹と違ってまだ言葉が通じるような段階まで育ってないんだよ」

「まだ赤ん坊のようなモノだと言うことですか。それで母親を求めて……」

「それもあるが、もう一人の母親けいやくしゃ自体がさっき言ったようにシスコンでな。心の中で『お姉様』を求めてるのが世界樹に影響をもたらしてる可能性もある」

 彼はお手上げとでも言いたそうなポーズでそう言った。

「そうですか、無理ならしかたありません。では早まったスケジュールに合わせて動くしか無いですね」

「ああ、変わった衝突時刻がわかったら教えてくれ。こっちはそれにあわせて動く」


「計算結果出ました!」

 その声に目の前のモニターから担当者へ私は視線を移す。

「衝突予定時刻はいつですかっ?」

 焦る気持ちを抑え彼の言葉を待つ。

「……あと五分後です」

「五分後だって! 早すぎないか?」

 モニターの向こうで渡辺の慌てた声が聞こえたと同時に私は走り出していた。


 後ろから高橋さんが追いかけてきているのを目の端に捉えたが気にせず階段へ走る。

 エレベーターなんて悠長ゆうちょうに待っている場合では無いのだ。

 あの人たちに託された希望の光を決して失うわけにはいかない。


 私は一気に階段を駆け上がると屋上のドアを開け放った。



 そこで繰り広げられていたのは……。


「あはは、田中くんってウブすぎるよね~」

「吉田さん、からかわないでくださいよ。俺だってキスの経験くらいはありますから!」

「うっそだ~。妄想乙ってやつだよね~」

「ぐぬぬ。さっき一瞬でも吉田さんのことマジ女神って思った自分を許せないっ」

「だって本当に女神だからね。もう一回祝福のキスしてあげようか?」

「も、もういいですっ」

「あはは、照れちゃって~。本当かわいいねキミは」



 私の想像を遙かに超えた一組のバカップルによるイチャコラ現場だった。

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