第49話 混ぜるな危険です。

 今日は吉田さんとのデートの日だ。

 嘘です、一緒に百均へ行ってくれと頼まれたのでこれから出かけるだけである。

「どうしても買いたい物がそこにあるんだ」

 とか言ってたけど何がほしいんだろう。

 最初は俺一人がついていくはずだったのだけどミユがその話を聞きつけて一緒に行きたいとゴネだしたので実際は三人で出かけることになった。

 ちなみに山田さんと高橋さんは先日から吉田さんの世界との最終調整とやらで今日も朝から会社だ。


 とりあえずミユ本体をお出かけ専用リュックに入れて猫耳と猫しっぽを外に出しコードカバーを付けて準備完了。

 今日はシークレットシューズの出番はもちろん無いので棚の奥にしまったままだ。

「お父さん、ミユも準備できたの」

 そう言ってミユは俺の目の前にふわふわ浮かびながらくるりと回る。

 先日、ファッションショーのお礼と言って佐藤さんがまた新しい服を作ってきてくれたのだ。

 少しおしゃれなオーバーオール姿のミユはいつもはヒラヒラの可愛らしい格好をしているだけに新鮮に思える。

「なかなか似合ってるよミユ。さて、吉田さんが待ってるだろうから行くか」

「はいなの」

 ミユがそのままいつもの俺の肩に乗る。

 実は今日はいつもの光学迷彩は使わない予定で、アパートから出る時は吉田さんの肩に乗ることになっている。

 男子高校生が美少女フィギュアを肩に乗せているなら通報案件だが、一応外国人美女に見える吉田さんならそこまで危険に見えないだろうと思ったからだ。

 吉田さんにその話をすると二つ返事でオッケーが貰えた事をミユに話すとかなり喜んでくれた。

 光学迷彩モードは色々と制約が多くて窮屈なのだろうな。


 玄関を出て一階の吉田さんの部屋へ向かう。

 そういえば布団地面干し騒動以来、彼女の部屋に入ったことがないな。

 正直かなり怖くなってきたんだが。

 どう考えてもあの家事全般がブラックリストな吉田さんの部屋なんて汚部屋に違いない。

「どうしたのお父さん?」

「ん、ああ。吉田さんの部屋に入るのが怖くて」

「どうして?」

「あの吉田さんだぞ。部屋の中ぐっちゃぐちゃでもおかしくないし、最悪片付けさせられる可能性もあるって考えたら行きたくなくなったんだよな」

「大丈夫だと思うの」

 ミユがそういうので俺は意を決して吉田さんの部屋の呼び鈴を押す。


 ぴんぽーん。


「はーい、ちょっとまっててくれないか」

 部屋の中から吉田さんの返事が帰ってきた。

 俺とミユがすこし待っているとドアが開き吉田さんが顔を見せた。

「今準備してるから中に入って少しまってて」

 その言葉に恐る恐る吉田さんの部屋に入る。

「こ……これは」

 吉田さんの部屋の中は予想していたより綺麗だった。

 綺麗というより邪魔なものは全て壁際にダンボールにまとめて入れて寄せてある感じだ。

 でも俺が予想していた汚部屋のイメージに比べれば随分とマシである。

「冷蔵庫にお茶が入ってるから飲んでていいよ」

「おかまいなく」

 台所の椅子に座って俺はミユと二人特に何をするでもなく待つ事にした。

 五分くらいミユとおしゃべりしていると奥の部屋から吉田さんが準備を終えてやって来たので一緒に外に出る。

「ミユ、吉田さんの肩に移動して」

「はいなの」

 ミユは元気に返事をして俺の肩から吉田さんの肩へ飛び移る。

 光学迷彩なしで外に出るのは最初の訓練の時以来久しぶりだ。

 あの時は佐藤さんにみつかって、ミユはずっと人形のフリをしてたんだよなぁ。

 少し懐かしく思い出す。

 結果的にその後ミユの服を何着か作ってもらうことになったわけで、あれはアレで結果オーライだった。

「ところで吉田さん」

「ん? 何だい?」

「なんでOL風スーツなんですか?」

 そう、吉田さんの今の服装は完全にできる女ファッションなのだ。

 タイトスカートから覗く足がまた綺麗である。さすが自称女神。

「この服はね、山田さんからのプレゼントなんだよね」

 予想通りの返事が来た。

「あの人、ビジネスマン系の服しか持ってないのか興味が無いのか変態ですよね、わりと本気で」

「あはは、そうだね。でもボクにとってはこの世界の服はかなり新鮮で楽しいよ」

 そう笑う吉田さんの肩でミユも意味もわからず笑っていた。

 うん、完璧なOLルックなできる女の肩に美少女フィギュアは思った以上に浮くわこれ。

 でも仕方がない。今日はこの状態で出かけると約束したんだから今更反故には出来ない。

 俺は楽しそうに歩いて行く二人の後を小走りでついていった。

 何故小走りかって?


 だって、足のリーチが違うんだもん。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「ここが夢のお店かーっ!」

 有名チェーンの100円ショップについた途端、吉田さんのテンションが何故かマックスになってしまっていた。

「吉田さん、ちょっと落ち着いてくださいよ」

 俺は周りを気にしながら吉田さんの耳に顔を近づけて注意する。

 ただでさえミユを肩に乗せている美人さんということで目立つ要素満載なのに勘弁してください。

「ああ、すまなかったね。ちょっと興奮してしまった」

 幸運なことに周りからこちらを注視してくる視線は感じない。

 むしろきっと『関わり合いになりたくない』という空気の方を感じる。

 俺は下を向きながら無言で吉田さんの手を取り自動ドアからお店の中に入った。

「で、吉田さんは何を買いに来たんですか?」

「そうだね、トイレとお風呂を洗う洗剤と掃除道具一式、そして美容液かな。お酒のなんとかってヤツがお勧めだと高橋くんに教えてもらったんだ」

「わかりました、じゃあ掃除用品コーナーに行くんでついてきてください」

「はーい」

「はいなの」

 二人の返事を聞いてからおれはお店の奥の方にある掃除用品コーナーへ向かった。

 だいたいこういうものは奥に売っているんだけど何か意味があるのだろうか?

 ビッグデータとかで客の動きとか計算されてるんだろうな、きっと。


 しばらく店内を歩いて目的のコーナーにたどり着く。

「吉田さん、ここですよ」

 俺が振り向くとそこに吉田さんの姿はなかった。

「あれ?」

 俺は慌てて来た道を戻りながら左右を見て吉田さんとミユを探す。

 そしてちょうどお店の中央付近のおもちゃコーナーで二人の姿を見つけた。

 何やら手に持つとゆらゆらゆれる蛇のおもちゃを揺らして遊んでいる吉田さん。

「吉田さん、何してるんですか?」

 俺が声をかけるとハッとした表情で俺の方を見る。

「いやぁ、ミユちゃんがこっちに面白そうなものがあるから見たいって言うもんでね」

 ミユのせいにしているが自分も楽しんでただろうに。

「おもちゃいっぱいなの。お父さん、ミユもなにかほしいの」

 ミユのおねだりには敵わない。

「しかたないな、どれか一個だけだよ」

 百均なのにケチくさいなどと思わないでくれ。こういうものは最初のしつけが肝心なのだ。

「はーい」

「はーい」

 吉田さんには言ってない。


 ミユと吉田さんは二人でアレヤコレヤと100均のおもちゃを手にとっては相談している。

 俺も暇なので眺めてみるが有名おもちゃのパチもんが一杯だ。

 特にこの電車とレールのシリーズとか小さなブロックのおもちゃとか予想以上に種類が充実していて驚いた。

 そうこうしているとミユと吉田さんがそれぞれ一つずつ商品を持ってやって来た。

 ミユは予想外にもリバーシゲーム、吉田さんはポンプを押すとぴょんと跳ねるカエルのおもちゃ。

 いや、ミユも予想外だけど吉田さんもなんでそれなの?

 というか自分で買ってくださいね。


 俺はミユのリバーシだけ手にとってもう一度掃除用品のある店へ向かう。

 なんだか吉田さんがブーブー言っていたが無視だ。

 そもそも彼女の場合滞在費やこういった経費はユグドラシルカンパニーから出るんだから問題ないだろうに。


 再びやって来た掃除用品コーナー。

「えっと、洗剤は強力な方がよく落ちるよね? どれがいいのかな、よくわかんないけどどっちか選ぶより2つとも買って使えばいいよね」

 吉田さんがトイレ用洗剤コーナーでブツブツ言っていたが、やがて2つの洗剤を自分の持つかごに入れた。

 俺はふと心配になってそのかごの中を除いて絶句する。

「ちょっ、吉田さん死ぬ気ですか!」

 吉田さんのカゴの中には見事に「塩素系」と「酸性タイプ」の二種類の洗剤が入っていた。

 この二つの洗剤を同時に使った日には有毒ガスが発生してとんでもないパンデミックな状態になってしまう。

「何かマズイことでもあるのかな?」

「この二つは同時に使ったら最悪死んじゃうレベルの毒ガスを発生させるんですよ」

「本当かい! それは知らなかったよ。僕達の世界にはないものだから」

「というかきちんと入れ物にかいてありますよね。『混ぜるな危険』って」

 俺はそう言うとパッケージのその毒々しいまでに大きく書かれた文言もんごんを指差し見せつける。

「本当だ。全く気が付かなかったよ」

「注意書きはきっちり読んでくださいよ」

 吉田さんは頭を掻きながら

「この世界の言葉は苦手なんだよね」

 といいつつ片方の洗剤を棚に戻した。

 危うくアパートで大惨事がおこるところだったのを阻止することが出来てほっとする。

 俺はこの買物についてきてよかったと心底思った。


 その後、スポンジなどの掃除道具と、美容コーナーで酒のなんちゃらという乳液をカゴに入れた後、使いみちが悩ましいライオンの形をした消しゴムやら野菜の形をしたマグネットやらの誘惑から二人を引き剥がし、レジへとたどり着き会計を済ませた。

 まぁ、俺が払ったのはミユのリバーシ代108円だけだが。


「所でなんで突然掃除道具なんか買おうと思ったんです?」

 俺は少し疑問に思って問いかける。

 なにしろこの自称女神は家事全般が壊滅的に下手なのだ。

 正直この後部屋に戻って掃除を始めたら始めたで一騒動起こしてもおかしくないと思っている。

「そうだね、ボクの世界がもうすぐこの世界に近づいてくるってことは山田くんから聞いてるよね?」

「ええ」

「つまりボクが元の世界に帰る日が近づいてきたってことなんだ」

「正確な日付は決まったんですか?」

「いや、まだ決まってないよ。でもあと一月は無いんじゃないかな」

「早いようなそうでないような微妙な感じですね」

「かもね。それで帰る前にボクもスズキくんの様に部屋を綺麗にしておこうと思ってね」

「正直、山田さんに頼んで専門業者にでも任せたほうが被害が少ないと思いますよ」

「酷いこと言わないでよ~」

「本気でそう思ってますが何か? というかさっきだって俺が気が付かなければアパートで死人が出ていたところですよ」

 うっ……と言葉に詰まる吉田さん。

「吉田密室殺人事件なの?」

 ミユさん、サスペンス物でも見たのかな?

 最後はきっと崖の上で犯人が追い詰められてしなくてもいい自白してという展開なのだろうか。

「しかしせっかく道具も買ったことだし山田くんにでも手伝ってもらってなんとかするよ」

 結局山田さんは巻き込まれるのか。ご愁傷様です。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 アパートに帰ってくると庭で山田さんが誰かと話をしていた。

「……なのでそろそろ……と思うんです」

「あんたが……なら……だよ」

 何やら深刻そうな顔の山田さんの向こうには大家さんが居た。

 そっか、今日大家さんが北海道から帰ってくる日だったのか。

「ただいま山田くん……と、その方は?」

「おかえりなさい吉田さん、田中さん。この方はこのアパートの大家さんですよ」

 吉田さんは初めてでしたねと山田さんが大家さんに吉田さんを紹介する。

「おまえさんが吉田さんかい、話は山田さんから聞いているよ」

「どうも、お世話になっています」

 吉田さんと山田さんが大家さんを交えて話を仕出したので俺は「じゃあ、俺部屋に戻るんで」と言って吉田さんの肩からミユをつかみ取り足早に階段を上って部屋に戻る。


 部屋に入ると、知らずに握っていたミユを下駄箱の上におろし「ふーっ」と息を吐く。

「まだ慣れないなぁ……」

「お父さん、お婆ちゃんとお話しなくてよかったの?」

 ミユが心配そうな顔で言う。

「ああ、大丈夫だよミユ。お父さんはちょっとおばぁ……大家さんの事は苦手でさ」

「そうなの? ミユはおばあちゃん大好きだよ」

 そうだよ。俺は大家さんをキラッてるわけじゃない。むしろ感謝しているからこそ負い目があって顔を向けられないんだ。

「そっか、うん、そのうちね。そのうちお父さんも大好きになれると思うんだ」

 俺はそれだけ言うとリバーシの入った袋を手にもったままな事に気がついてミユと一緒にいつもの部屋に戻ったあと、机の上にリバーシを置いてその前にミユを座らせる。

「ミユ、せっかく買ってきたんだしゲームをしようか?」

「うん、みゆ絶対負けないの」

「お父さんだって負けないぞ。かつて黒と白の魔術師と呼ばれた腕前をみせてやろう」

 俺はそうおどけて中央に基本の四つのコマを置き「ゲームスタート」と宣言をする。

「先行はミユにプレゼントだ」

 俺は余裕ぶってミユに先を譲った。

 今はただミユとの楽しいひと時を過ごす事が一番重要だ。

「じゃあ覚悟しろ! なの」

 盤面に小さな体でリバーシのコマを勢い良くミユが置く。

 ゲームスタートだ。

 ミユに本気の俺を見せてやるぜ!


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 結論から言おう。

 黒と白の魔術師は無勝の魔術師と化し、ミユは常勝の天才になったのだった。

 

 リバーシの歴史がまた一ページ。



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