第48話 キャットキング・ミユです。

「にゃー」


 朝目が覚めると目の前に一匹の猫が鎮座していた。これはいったいどういうことだろうか?

 少し体を起こして窓のほうを見るとたしかに猫一匹が入ってこれそうなくらい開いているが、昨日寝る前にはきっちり閉めてあったはずだ。

 さすがに冬にもう入ろうかというこの季節に開けっ放しで寝るわけがない。

 俺はもう一度その猫を見る。

 黒と白のまだら模様の猫は、子ネコを卒業して間もないように見える。


「にゃー」


 俺は無言でその猫をつまみ上げ窓の外へ出そうとしてここが二階だったことに気がつく。

「あれ? こいつどうやって登ってきたんだ?」

 猫をつまみ上げたままもう一度部屋に戻り窓を閉め、こんどは玄関へ向かう。

 途中ふとキッチンをのぞくとそこでミユが一生懸命何かをしているのが目に入った。

「ミユ、何してるんだ?」

 ミユはその声に一瞬ビクッとした後俺のほうを見て、次に俺の手につまみ上げられた猫を確認すると俺のほうに飛んできた。

「お父さん、その子を離してなの」

「その子ってこの猫か?」

「そうなの、その子はミユのお友達なの」

 お友達?

 ふとミユが何やら作業をしていたキッチンの机を見るとそこには昨日の夕飯の残りをつかったネコマンマが出来上がっていた。

「ミユ、アレってこの猫の餌か?」

 猫に抱きついたままミユは「はいなの」と答え、同時に猫も「にゃー」と返事をした……様に聞こえた。


 俺は一つ溜息をつくとミユに言い聞かせる。

「このアパートはペット禁止なんだぞ。というかそもそも猫を養う余裕は俺にはない」

「むーっ、ランちゃんはペットじゃないの。友達なの」

 ランちゃんってこの猫の名前か? もう名付けてしまっているのか。

 名前をつけると愛着が出てヤバイんだよなぁ。

 例えばミユとか。

「ランってミユが名前つけたのか?」

 一応聞いてみる。

「違うの。ランちゃんの家の人が付けてくれたって言ってたの」

「言ってたって、誰が?」

「ランちゃんに教えてもらったの」

 ミユの言ってることを信じるとするならばこのランという猫は誰かの家の飼い猫かもしれないということか。

 捨てられたのでさえなければだが。

「ミユ、ランちゃんの家ってどこ?」

「公園の隣の赤い屋根のおうちなの。他にもシンっていうオス猫もいるの」

 ランとシン……嫌な予感しかしないが深く突っ込まないでおこうと心に決めた。


「で、なんでその家の子であるランちゃんがここにいるんだ?」

「昨日ベランダに遊びに来た時にお話して朝ごはん一緒に食べようってお誘いしたの」

「にゃー」

 ミユが誘ったから来たのか。窓を開けたのもミユだろうな。

 しかし、この猫はどうやって二階まで上がってきたのだろうか、謎である。

「でも朝起きて自分ちの猫が居なくなってたら飼い主は探すんじゃない?」

「ランちゃんの家は『ほうにんしゅぎ』だから家の出入りは猫用の扉があって出入りは自由だから大丈夫って言ってたの」

「にゃー」

 なんという近所迷惑な。

 ペットを飼う以上、放任主義とか勘弁してくれと思う。


 ところで先程からミユがまるで猫と会話できるかのようなことを自然に言っているが、これはきっと先日レベルアップした時に手に入れたあの+αスキルのせいだろう。


 そのスキルの名は『他種族言語疎通』という。


 山田さん曰く「我々の世界では種族ごとに言葉が違うのは当たり前ですので、そういった能力を持つエルフは重宝がられますね。他種族もですが」ということでとくに外交等の職につく場合は必須なのだとか。

 海外でインタビューに答える日本人有名スポーツ選手が、その国の言葉はもう喋れるのに重要な部分は日本語で答えるのは微妙なニュアンスの違いで問題を起こさないためだと聞いたことがある。

 このスキルを持っているとそういった微妙なニュアンスの違いも自動的にきっちりと変換してくれるらしい。


 どこまで本当のことかはわからないけれどミユの今使っている機能は「ミ◯ウリンガル」の進化系のようなものだと俺は思っている。


 俺はネコマンマを食べる猫のランと、その横で楽しそうにその様子を見ているミユを眺めながらレベルアップの日のことを思い出していた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 あの日俺はとくに何もやることがなかったので学校帰りにミユのために借りてきたアニメのDVDをミユと一緒に見ていた。

 猫とネズミが仲良くケンカする有名な海外製アニメだ。

 小さい頃テレビの再放送で聞いていた声とDVDの声が違うのに最初は違和感しかなかったが徐々に慣れていく。

 そんな再放送版の記憶のないミユは最初からクライマックスで楽しんでいる。

 猫がねずみを捕まえようと罠を仕掛けるシーンではドキドキし、それを逆手に取ってねずみが猫を手玉に取るシーンではキャッキャと面白がっているミユを見てるだけで幸せな気持ちになるものだ。


 やがてDVDに収録された最終話が終わった頃に突然部屋に音が鳴り響いた。


 てれれれー♪


 あれ? 短い。

 だが多分間違いなくレベルアップの音だと思う。

「ミユ、今の音はレベルアップしたってことでいいんだよな?」

 俺は次のDVDに入れ替えようとしているミユに聞いた。

 何普通に続き見ようとしてるんだこの娘は。

「はいなの。レベルアップしたの。でも今は続きのほうが大ことなの」

 そう言って小さな体で器用にDVDの入れ替え作業を終えるとまた視聴ポジションまで飛んでちょこんと座った。

 かわいい。

 でもレベルアップ内容が気になる。


 俺はDVDに夢中なミユをそのままにして机の引き出しから取扱説明書を取り出し呪文一覧ページを確認する。

「どれどれ」

「ふむふむ」

「ですです」

「なるほどねぇ……」

 レベルアップの音を聞きつけて絶対にやってくるとは思っていたけどおもったより早いな。

「いつも朝寝坊の高橋さんと部屋が遠い吉田さんまで来るとは思わなかったよ」

「偶然高橋さんの部屋で打ち合わせしてまして」

 山田さんが言うには、吉田さんの世界がそろそろ周期的に近付いてくる頃なので転移する正確な日時とかを午後から会社で調べるらしい。

 その前準備をしていたそうな。

 研究者モードに入った高橋さんはともかくとして吉田さんは今にも眠ってしまいそうだったが。

 

「それで新しい呪文とスキルはどうでしょうか?」

 目をきらめかせる山田さんに俺はそっと手に持った説明書を渡す。

 どうせ後から山田さんに説明してもらわないといけないんだから最初から山田さんに任せておいたほうが楽だ。

「えっとですね、新呪文は『神の鉄槌』とありますね。これは雷呪文ですね」

「雷呪文?」

「わかりやすくいえばサンダーとかいうやつですよ。電撃魔法といったほうがわかりやすいですか?」

 攻撃魔法とか怖いんですけど。

「それって大丈夫なの? 高橋さんに向けて使っても死なない?」

「どうして私に向けて放とうとしてるですです!」

 高橋さんなら実験のために喜んで受けてくれると思ってたのに。


「えっとですね、今回の呪文は良くてスタンガンレベルだと思いますよ。相手を倒すというより動きを止めることに使うと猟師さんが言ってましたから」

 呪文を使う猟師さんってイメージ出来ないんだがエルフの猟師と考えるとアリなのか?

 たしかにスタンガンレベルの電撃で獲物を痺れさせ動けない間に仕留めるという流れは楽そうだ。

「これからは田中さんが浮気をする度に電撃でお仕置きされるですです」

 どこの鬼系宇宙人娘だよ。

「暴力系ヒロインは断固拒否させていただきます」

 そもそも天使のようなミユがそんなことするわけがないのだ。あとロボット三原則……ってミユはロボ素体だから当てはまるとしてミユ本体はただのケースだからどうなの?


「田中さん、まだ続きがあります。今回は+αとして『他種族言語疎通』というのがついてますね」

「他種族言語疎通って、言葉からすると人類以外の種族の言葉がわかるということかな?」

 と言っても現状自称だがエルフもドワーフも異世界女神様も異世界勇者様も全員普通に日本語喋ってるから必要ないよね?

 翻訳魔法も結局ほぼ使い道ないし、また似た使えない機能が追加されてしまったわけだ。

 しかしあの翻訳魔法と今回のスキルって違いあるの? 同じじゃないの?


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 そんなことを考えていた時が私にもありました。

 目の前で繰り広げられている状況を見てやっと『他種族言語疎通』の意味がわかった

 いつの間にやらアパートの前にズラッと並んだ猫たち15匹。

 そのまんなかにミユが立っていた。

 そして何やら猫達と会話をしている。

 そう、それはどう見ても会話をしている様にしか見えなかった。

 猫たちも要所要所で「にゃー」「みゃー」と返事をしているように見える。


 やがて話し合い(?)が終わったのかミユはランの上に跨り何匹かの猫が走り出した。

 それ以外の猫は「貰うものは貰った」と言わんばかりに適当に散り散りになっていく。

 なんだかそれが猫らしくて微笑ましくもある。


 一方ミユを乗せたランは塀の上に駆け上ったり飛び降りたり縦横無尽に走り回っていた。

 その背にランの毛を手綱の様に握りながらはしゃいでいるミユが見える。

 やがて俺の視界から消え、建物の裏のほうへ走っていくのを見届けてから俺は部屋に戻る。

 しばらく遊んだら戻ってくるだろう。

「お父さん」

 おや? 部屋の中からミユの声が聞こえる。

 ああ、そうか、ミユの本体はコッチだから本来それが普通のはずなんだった。

 すっかり素体がミユだと錯覚してたよ。


 俺は部屋の中に少し早足で入るとミニ世界樹のミユへ話しかけた。

「なんだいミユ? ランと今どこらへんにいるんだ?」

「わかんないの」

「え?」

「ランちゃんの背中に乗せてもらって遊んでたら憑依の届く範囲を超えちゃって接続が切れちゃったの」

「つまり今、ランの背中にいるのは素体だけってこと」

「接続が切れたから多分もう背中からは落ちてると思うの」

「……」


 俺がそれを聞いてすぐに踵を返し玄関から飛び出そうとした瞬間ベランダから「にゃー」という声が聞こえた。

 俺はもう一度部屋に戻ってベランダの扉を開けるとそこには抜け殻となっているミユの素体と、それを運んできてくれたであろうランが座っていた。

「ミユ、ランが素体を運んできてくれたみたいだぞ」

「流石ラン、かしこいの! 接続再開なの!」

 ミユがそう言うと数秒してからミユの素体に命が吹き込まれて立ち上がった。

「再接続完了なの」

「ああ、良かった。お父さん本気で心配したぞ。あとランありがとな」

「にゃー、にゃにゃにゃーにゃー」

「お父さん、ランが言ってるの」

 何を言ってるんだ? 俺が疑問を頭に浮かべていると

「お礼は『誠意を示す形』でお願いだって。」

 猫のくせになんという生意気な。

「つまりどういうことなのさ」

「えっとね『お礼に美味しいお肉食べたい』って言ってるの」

 もしかしてこいつわざとミユの接続切らしたんじゃないだろうな?

 でも猫がそんな制限距離とか知ってるとは思えないけど。

「わかった。それじゃちょっと買い物に行ってくるよ」

 おれは渋々ながらお礼を買いに出ることにした。

 部屋の中ではミユがランとまた遊び始めていたが、そんなほのぼのとした光景より財布の中身のほうが今は心配だ。

「今月は切り詰めないと予算オーバーだなぁ」

 冬近い寒空の下、スーパーへ早足で向かう。

 一人暮らしの予算管理は少しのハプニングで崩壊してしまうということをいまさらに実感する俺だった。



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