第44話 恐怖を感じるんです。
~10年前 どこかの世界で~
「世界間の衝突を防ぐバリアですか?」
「ああ。計画が実現するまでは現状世界同士の衝突による被害を防ぐにはその方法しか無いと山田くんも言っている」
「はい、現在の我々の技術ではこの手しかありません」
所長の言葉を受けて山田が説明を開始する。
「我々の観測と計算によって近距離の世界同士はすでに軌道計算が終わっています。
世界同士が衝突する角度と接触する場所もピンポイントで推測可能にまでなりました」
ホワイトボードに描かれた概念図を指示棒で指しながら山田は熱弁する。
「現在、他の世界への転送装置は未完成ですが、その技術の一部を使えば世界の外に防御魔法を展開する事は計算上可能です」
続けてホワイトボード上の丸で描かれた世界の上に小さな丸を書き足す。
「衝突するこの場所にのみバリアを展開することにより世界間に穴が空くことを防げます」
「コチラ側だけでなく相手側にも害はないのだな?」
山田はニヤリとエリート特有の自信満々な笑みを浮かべて「もちろん」と即答した。
このバリア計画さえ計算通りに上手く行けば本計画にとっても大きなはずみとなるだろう。
そして長老会の私に対する信頼は揺るぎないものになる。
山田は自分の輝かしい未来を信じて疑わなかった。
「では、この計画の責任者として山田くんにすべてを任せるとする方向でかまわないか?」
所長はその場で決を取った。
「では、山田くん観測チームとの二足のわらじだが任せたぞ」
「おまかせください」
所長が会議室を出ていくと山田のそばに同期の渡辺がやって来た。
「山田、上手くやったな」
「私が出した計算では約五年後にはまた別の世界との衝突が起こる事がわかっている以上、対策を考えるのは当たり前ですよ」
山田は先程と同じ作られたような笑顔で渡辺の皮肉を受け流す。
「俺の方はまだもう少しかかりそうだ」
「転移装置本体ですか。正直私はそちらの方のチームに選ばれたかったですね」
「ほざけ。お前には『自由』が与えられているだけでも破格の立場だろうが」
「どうでしょうね? あくまで今ユグドラシル計画の中心にあるのは『異世界転移装置』であって私の担当している異世界観測チームではありませんよ」
山田はそういい捨てて会議室を後にした。
「解ってないな山田、お前のチームの観測技術がなければ俺達の転移装置は転移場所すら特定できないというのに」
渡辺も山田を追う様に会議室を後にする。
「それがわからないからお前はまだまだ子どもなんだよ」
その言葉だけを残して。
~現代 田中の部屋~
「とまぁそんな感じでバリアが作られたわけですよ」
俺が戻ってきてから世界同士がぶつかっても今はなぜ異世界転移が起きないのかについて尋ねた結果、山田さんが謎の昔語りを初めて今に至る。
「なんで山田さんが見聞きできそうもない部分まで入ってるんですかねぇ」
「そこは想像ですよ、想像。ワタナベならそう言うかな? とかです」
「エリートモードの山田さんとか違和感しか感じないんだけど」
「私も昔は尖ってましたからね」
「尖ってたというか昔の山田さんはいけ好かない人だったという感じだな」
「では今の私は好きですか?」
山田さんが曇りのない瞳で俺を見つめる。
おい、バカやめろ。
これで喜ぶのは高橋さん位だぞ。
「人として、人としてはそれなりにマシだと思うよ」
俺はそっぽを向いて答えた。
「私は人ではなくエルフなんですけどね」といつものように訂正する山田さんの声を聞き流しながら俺は山田さんがさっき語った『過去の設定』を
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ぎゃああああああああああああああああ」
俺の部屋に吉田さんの絶叫が響く。
部屋の中には俺、ミユ、山田さん、吉田さんの4人。
そして中央のテーブルの上に鎮座するミスターGことチャバネさんだ。
「油断しました。この生き物がこれほどまでに吉田様の精神に恐怖をもたらすなんて」
「いやああああああああああ」
吉田さんはこのミスターGが現れてからずっと俺の布団の中に潜り込んで喚いている。
近所迷惑すぎる。
「ミユが倒すの!」
その決意の声と共に俺の肩からミユが飛行ユニットを全開にしてミスターGへ突っ込む。
「殺虫ぱああああああああああああああああああんち!なの」
その必殺技はいけないっ!主に後始末が。
突っ込んでくるミユを冷静な目でミスターGは見極めミユの必殺技が当たる直前にその羽根を広げその場を飛び立つと山田さんの方へ一直線に向かった。
何時もは冷静なイケメンフェイスの山田さんも少し顔が引きつっている。
我々地球人ですらミスターGが飛んで向かってくるのは恐怖以外の何物でもないのだから仕方がない。
一方ミユは必殺パンチを寸前で避けられたせいでそのまま机でワンバウンドしキッチンの方へ飛んでいった。
「た、田中さんったすけっ……わぶっ」
ミスターGは山田さんの顔面に見事に着地すると、そのままわさわさと頭に登り俺の方を見る。
こいつ、殺る気か。
俺は右手に高橋さんが置いていった何かの設計図らしきものを丸め棍棒状にした武器を構える。
見つめ合う一人と一匹。
完全に静止状態の山田さん。
一秒……二秒……沈黙が空気を支配する。
俺は手に力を込めてその瞬間を待つ。
やがてミスターGはにらめっこに
来るっ!?
次の瞬間、真正面からミスターGは何の迷いもなく俺に向かって飛翔した。
俺と山田さんの距離は約二メートル。ヤツの最速を持ってしても俺の振るう棍棒の速度にはかなうまい。
「ここだっ!」
俺は狙いすましたようにヤツの予想移動地点へむかって棍棒を振り下ろした。
手応えがない。
一瞬後、俺の顔の横をヤツは一瞬で通り抜け開け放たれた窓の外へ飛び立っていった。
俺の計算をも上回るとは。
「次は負けない」
俺は窓の外を見てそうつぶやいた。
俺はとりあえず直立不動で固まったままの山田さんの肩を叩く。
「山田さん、しっかりしてよ」
「はっ」
俺の声に意識を戻した山田さんは慌てて洗面所に駆け込んでいった。
今頃は必死に顔でも洗っているのだろう。
続いて布団の中で震えている吉田さんにヤツはもう居ない事を告げてからキッチンへミユの様子を見に行った。
キッチンではミユがゴミ袋に埋もれてもがいていたので引っ張り出してやる。
「必殺技を避けるとかオヤクソクがわかってないやつなの」
とか意味不明なことを言っているが無視して雑巾を用意し部屋に戻り机の上を拭いた。
やがて吉田さんが布団から這い出してきて山田さんも顔を拭きながら帰ってきた。
ミユは必殺技を避けられたのがよほど悔しかったのか必殺技の練習を始めている。
「あのパンチはお父さんはあまりおすすめしないぞ」とだけ注意しておく。
「しかしなんなんだいあの化物は。ボクの世界じゃあんなの居なかったよ」
北海道の人なのかな?
「私も今は慣れましたが最初見た時は驚きましたね。あんな小さな虫なのになぜか生理的に恐怖を感じるんですよ」
「不思議だ。女神であるボクにあれ程の恐怖心を抱かせるのなんてお父様と昔いた魔王くらいなものなのに」
魔王もう居ないのか。残念だ。
「もしかしたらあの虫が異世界転移で吉田様の世界に飛ばされた時に力を得て魔王に進化したのかもしれませんね」
「その可能性あるな」
ねぇよ。無いよね?
Gが進化して魔王レベルになるのは火星とかでだけだよ。
山田さんと吉田さんが魔王談義に花を咲かせ始めたので俺はさっき武器にした高橋さんの謎の設計図を開いてみることにした。
ばさり。
その設計図はこのアパートの部屋の見取り図らしきものだった。
部屋の中にはライトやカメラなどの記号が描かれそこから伸びるコードや電源の位置など詳しく書かれていた。
一番下には『伊藤さんの部屋の舞台装置設計図』と記されていた。
「舞台装置? また何かたのまれたのかな?」
高橋さんと伊藤さんはいつの間にやら仲良くなったようで、時々高橋さんの技術を求めて伊藤さんから『おねがい』されるらしい。
高橋さんも高橋さんで伊藤さんの手料理ですぐに釣られて喜んで協力しているみたいだ。
俺が広げた図面をしまおうとしたその時ドアが勢い良く開かれた。
バーーーン!
「その設計図やっぱりここに忘れていたですですか」
高橋さんは勢いのままに部屋に入ってきて俺の目の前に広げてあった図面を一瞬で丸めて持ち去ってしまった。
一瞬の出来事に俺だけでなく山田さんと吉田さんもあっけにとられた顔をしている。なんだか面白い顔だ。
俺は二人に高橋さんが持っていった設計図の話をすると山田さんがポンッと手を叩いて何かを思い出したのか語りだす。
「伊藤さんといえば彼女もうすぐオーディションがあるらしいんですよ」
「オーディション?」
「ええ、彼女実はヤオチューバーが本業ではなく舞台俳優が本職らしくてですね、こんど新しい舞台の配役オーディションがあるという事で高橋さんにそれを想定した舞台を作ってもらってるらしいんですよね」
「伊藤くんって女優さんなんだ。凄いね」
「そもそもヤオチューバーもバイトという目的以外にキャラを演じる特訓のために始めたら当たっただけみたいで。当たるということはその役を演じる才能があるって事だと思いますよと先日話したんです」
「それでその時にオーディションの話を?」
「ええ、なんでも今度の劇の『木その1』の役を絶対に自分がやるんだと意気込んでらっしゃいました」
木……学芸会とかで一番何も出来ない人がやらされる役なんじゃ?
「なんでも世界を統べる木が主役の物語だそうで、まるでその木って世界樹みたいですねって盛り上がりまして」
世界を統べる木といえば世界樹みたいなものなんだろうけど腑に落ちない。
頭のなかにわしゃわしゃ動き回る木の姿が浮かんだが、どう考えてもそれは世界樹じゃなくトレントだった。
「気になるなら見に行ってみます?木だけに」
「暇だからいってみるかな」
俺は山田さんの渾身のギャグを全力でスルーして立ち上がった。
山田さんが少し悲しそうな顔をしていたが俺は絶対悪くない。
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