第43話 ここは健全空間です。

 俺達は一時間ほど波打ち際で遊んだ。

 なぜ波打ち際だけなのかというとこのメンツの中でまともに泳げるのは俺しかいないという衝撃の事実が判明したからだ。

「エルフは森の民ですから泳げなくても問題ありませんし」と山田さん。

「ドワーフは浮かばずに沈むからむしろ潜水装置を今度来る時は作ってくるですです」と高橋さん。

「女神が海水浴とかしたことあるわけないじゃん? そもそもボクの世界だったら自前の魔法でなんとかなるしね」と吉田さん。

「ぶくぶくぶく」とミユ……って沈んでるじゃねーか。

 唯一泳げる俺ですら足のつかない所までは行きたくない主義なわけで、むしろ何故なぜお前らは海に来たんだよ!というレベルだ。


 まぁあれだ。

 それでも『見かけだけは』可憐な女の子たちと波打ち際でキャッキャウフフな水掛けとかはしたよ。

 一番俺に水をかけてたのは山田さんだけどな。

 ミユは高橋さんの頭にパ◯ルダーオンして楽しんでたから良し。

「あ~疲れた」

「たのしかったですです」

 俺たちはいったん休憩ということで砂浜に立てたビーチパラソルの所に戻ってきた。

「暑い~ボクで女神になっちゃいそう~」

 その時俺は大変なことに気がついた。

「喉乾いたけど何も持ってきてないじゃないか?」

 炎天下の海で遊ぶというのに飲み物を一つも持ってきていない。

 いや、VR世界だから必要ないのか?

 でもこの喉の渇きはとてもVRとは思えない。

 フルダイブマシンはここまで人の生理を再現するものなのか。

 小説やアニメでしか知らなかったが実際に体験するとキツイもんだな。


「飲み物ですか? でしたらあちらにある海の家に行きましょう」

 海の家なんてあったっけ?

 この砂浜の近くにあるのはコテージが一つだけ……まさか。

 俺が戸惑っている間に他のメンバーは山田さんの後についてそのコテージに向かっていった。

「まじかよ」

 慌てて山田さんたちの後を追いコテージの前で追いついた。

 そのコテージは外観は普通のコテージにしか見えない。

 大きさも良く有る小さめの一軒家程度のものだ。

 外観を眺めていると小さめの看板がドアの上についているのを見つけたので読んで見るが……読めない。

「山田さん、あの看板なんて書いてあるの?」

 山田さんが俺が指差す看板を見て「ああ、これは『コテージ・海の家』って書いてあるんですよ」と答えた。

 結局このコテージの名前が海の家なのか、コテージ兼海の家なのかわからないがとにかく入ってみるとする。

「おじゃましま~す」

「ですです」

「おじゃましますなの」

 俺と山田さんが看板の事を話しているうちに三人娘が先に入っていった。

 俺たちも続いて中に入る。


 中はひんやりとした空気に包まれていて外の暑さで火照った体をゆっくりと冷やしてくれる。

「クーラー良く効いてるね」

「クーラーではありませんよ」

「え?」

「天井の近くにある棚を見てください」

 山田さんが天井を指差す。

 そこには少し大きめの棚が作ってあり、その上に50センチ角位の石のようなものが置いてあった。

「あれが何?」

「あれがこの世界のクーラーみたいなものです。ミユさんの『冷淡なる息吹』に近い冷却魔法が込められた魔石なんですよ」

 魔石……。

「クーラーと違って自然な冷気で体にも優しいんですよ。さて、田中さん、飲み物でもいかがですか? 奢りますよ」

 そりゃ俺はお金を持って来てないから奢ってもらうしか無いわけだけど。


「いらっしゃい」

 山田さんと三人娘は奥にある売店のような場所でショウケースの中を覗いて商品を選んでいた。

 ショウケースの中は日本で言えばケーキ屋さんのケーキのように焼きそばやフランクフルト、たこやきっぽいものが並んでいる。

 中身は海の家のざつい食べ物なのに綺麗なショウケースの中に並んでいると良いものに見えてくるから不思議だ。

 俺はショウケースの中をざっと見てから店員に注文をしようと顔を上げた。

「いらっしゃい、何にする?」

 ショウケースの向こう側から俺の注文を聞くその姿は肌の色こそ青いものの妖艶な美人さんだった。

 青い肌と言えば前に高橋さんがミユのスキルを使って青くなった時を思い出す。

「彼女はこの海の家の管理人さんでキュラさんというスキュラ族の方です」

 山田さんが横からキュラさんを紹介してくれた。

「スキュラ族……昔やったゲームか何かで聞いたような」


「田中さん、とりあえず買うものを買ってあちらの休憩室で休みましょう。他の三人はもう先に行ってまってますよ」

 そう急かされて俺は目の前のショウケースからたこ焼きと焼きそば、あと冷たい飲み物を注文した。

 聞いたことのない名前の飲み物ばかり並んでいたので山田さんに「スポドリみたいなのってどれ?」と教えてもらいそれを購入した。

 見かけは完全にポ◯リだった。ポロリじゃないぞ。

「はいよ、焼きそばとたこ焼きとスエロだね」

 キュラさんはそう言うとスエロ(謎の飲み物)を先に手渡してくれたあと残りの2つをタコのような足で……足!?

「ああ、田中さんはスキュラ族のような方を見るのは初めてでしたね。

 彼女たちは上半身は我々とあまり変わりませんが下半身は日本で言うタコのような足になっているんですよ」

 ここは異世界設定の世界。ここは異世界設定の世界。モンスター娘が居ても問題ないそれが普通。

 俺は心の中で必死に動揺を抑えるためにその言葉を繰り返した。

「大丈夫?」

「え、ええ大丈夫ですお姉さん」

 そう返事をして立ち上がるとタコ足から焼きそばとたこ焼きを受け取り逃げるように三人娘の元へ向かった。


 三人娘はそれぞれ謎の色合いのシロップがかかったかき氷やジュースを飲んでくつろいでいた。

「お父さん遅いの」

 ミユがかき氷から頭を上げて俺を自分の席へ手招きする。

 かき氷を食べてるというより埋もれているなこれは。

「うーっ、頭にキーンと来たですですっ」

「ここはお酒が無いのだけが不満だね」

 海の家ってビールとかあるイメージだたけどここには無いのか。

 ミユの隣の席に座りながらさっきのショウケースの中を思い浮かべるがたしかにアルコール類はなかった。

「ここは健全空間ですからね」

 山田さんが俺の正面に座って手に持ったソーセージのぐるぐる巻きらしきものが入った皿を机の上に置く。

「そういえば山田さん。ここって異世界って『設定』なのに言葉が通じるのは何故? 文字は読めなかったのに」

「それはですね、この海の家には全体的に翻訳魔法がかかっているんですよ。

 このビーチは世界各国からいろいろな種族の方がいらっしゃいますからね」

「じゃあ、表の看板ももっとわかりやすくすればいいのに」

「そうですね、今度提案しておきますが建物の中という閉鎖空間とちがって外はなかなか難しいんですよね。主にコスト面で」

「あと、このたこ焼きだけど足がタコの人が売ってるのは食べにくい」

「大丈夫です。翻訳魔法では『たこ焼き』と変換されたようですがその中にタコは入っていませんから」

 なん……だと。

「じゃあ何が入っているのさ」

「小型クラーケンの身が入ってます。つまりイカ焼きが正しい? いや、日本でイカ焼きだと別のものになりますね。

 つまりタコは入ってないけど見かけで一番近いのがたこ焼きだからそう翻訳されたのでしょう。日本でもタコ以外が入っているたこ焼きもありますしね」

「クラーケンって」

「このクラーケンはクラーケン種の中でも小型で人の背丈も無いくらいの大きさ、そして何故かメスしかとれないんですよね」

 山田さんは腕を組んで「いろいろな説は有るのですが成長すると一部が雄になってそれが大型種のクラーケンだとか」などとブツブツ言っている。


 高橋さんがこめかみを押さえ、ミユがかき氷にダイブしている横でおれは山田さんの解説を聞きながらスエロを飲む。うむ、ポ◯リだ。

 次に焼きそばに手を伸ばす。絶妙に味が薄そうな色合いが海の家の焼きそばっぽくて素晴らしい。

「それは海藻をつかった麺ですね。ヘルシーで女性陣には人気なのですよ」

 とても海藻には見えないその麺を口に入れてみる。

 たしかに普通に想像した麺と違ってコリコリした海藻っぽい歯ごたえがある。でも味は焼きそばだ。

 これは何気に新食感。

 でも美味しくはない。

 半分くらい食べた所で次はお待ちかねの「たこ焼き(クラーケン焼き)」だ。

 作りおきを温めただけの代物しろものなのでまったく期待していなかったが予想外に中のクラーケンが美味かった。

「なにこれ。イカっていうより肉だよ肉」

「驚きましたか? クラーケンは地球のイカと同じような見かけですが食べられる部分は牛肉に近い味がするのですよ。地球から転移してきた人は皆さん驚きます」

「ん? 俺以外にここに来た地球人がいるの?」

 俺は気になって聞いてみた。

 テストプレイヤーとかそんな人たちのことだと思うけど。

「……ええ、まぁ。前にお話したように世界同士の衝突事故の際にこの世界へ飛ばされてきた人たちの事です」

 山田さんは何故か少し悲しそうにして答えた。

「その人達は今何をしてるの? 地球に戻れたの?」

 少しの沈黙。

「いやぁ、最後に地球からこちらの世界に事故で飛ばされた方の話は私の生まれる前の話ですから伝聞でしかわかりませんし、異世界転移装置が完成したのはつい最近のことですから」

 その言葉の意味からして帰ることの出来た人はいないということなんだろう。

 この世界がバーチャル空間ならそういう『設定』なんだよな。きっと。


 俺と山田さんが少ししんみりしていると後ろから「ぺちゃりきゅぽん、ぺちゃりきゅぽん」と何かの音が近づいてきた。

 恐る恐る振り返るとそこには。

「ぎゃーっ!」

「きゃーっ!」

 キュラさんが立っていた。

 さっきはケース越しで良くみえなかったけど下半身のタコ足のインパクトは中々凄まじいものが有る。

「すみませんキュラさん、クラーケン串持ってきていただいたのですね。呼んでいただければ取りにいきましたのに」

「どうせ暇だからね。ほらよ、クラーケン串焼き立て五本だよ」

 キュラさんが両手両足(?)を器用に使って一本でもかなり大きいクラーケン串とやらをそれぞれ手渡してくれた。

 手で持てないミユの分は皿に置いた。

「今朝取れたばかりの新鮮なクラーケン娘だよ」

 クラーケン娘って……。

「もしかしてキュラさんがご自分で漁をするんですか?」

 俺は気になって聞いてみた。

「ん?ああ、そうさ。この浜辺から少し沖に出た所で何時も朝に漁をしてるのさ」

「シー・サーペントに襲われたりしません?」

「あんな蛇っころにゃ負けないよ。まぁここらにいるのはちっこいのばかりだしね」

 あれでちっこいの扱いなのか。

「まぁとりあえず食べてみなよ。最高に美味しいからさ」

 そう言うとキュラさんは売店の方へ戻っていった。

「ぺちゃりきゅぽん、ぺちゃりきゅぽん」

 あの足音だけは正直慣れそうにないな。


 俺達は高級松阪肉レベルの味のクラーケン串を堪能し、そのままマシンのタイムリミットまで海の家で過ごした。

 人間、快適空間からは逃れられないのだ。


 やがて高橋さんが「そろそろ時間ですです」とつぶやいた途端、俺の視界はブラックアウトした。

 まったく、余韻も何もあったもんじゃないなと思いつつそのまま意識が闇に飲まれていったのだった。


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