第42話 ここが私達の世界です。
その日の朝、大荷物を背負った高橋さんを伴って山田さんが部屋にやってきたのが事の始まりだった。
「遂に完成しました!」
「完成したですです!」
かなりのハイテンションに俺は正直引いてしまう。
「な、何が完成したのさ?」
「このまえチラ見せした簡易異世界転送装置、その名も『移るんです』が完成したですですよ!」
相変わらずのネーミングセンスに少し脱力して緊張が溶けた。
その間にも高橋さんは部屋の中で背負った荷物を降ろし、その中身を出し始めていた。
この前見たP◯VRみたいなヘッドセットはさらにゴツくなり、まるでフルフェイスヘルメットの様。
どうやらワイヤレスらしくヘッドセットからコードは出ていない。
さすがの技術力である。遅延とか大丈夫だろうか?
ヘッドセットを4つほど取り出した後は大きめのデスクトップPC本体のような機械を取りだすとコンセントに電源をつなげはじめる。
「ブレーカー落ちないよね?」
「問題ないですです。電子レンジよりエネルギーを使わない設計になってるですです」
「それでは私は吉田さんを呼んできますね」
高橋さんのセッティングを確認した後、山田さんは部屋を出ていった。
「それでこれが異世界転移装置なの? どう見てもVRマシンにしか見えないんだけど?」
そう言う俺に高橋さんは指を立ててチッチッチと横に振る。なんだか偉そうだ。
「この装置はですですね。ミユちゃんの依代モードを参考に作った物ですです」
「ミユのおかげなの」
高橋さんの頭の上にいつの間にかミユが浮いていた。
「ミユちゃんにも色々協力してもらったですです」
そのままミユは高橋さんの頭の上におりて座る。
「通常、異世界に行くには大型転移装置を使っていかなければならなかったですです。でもこの『移るんです』なら依代を使うことで小型省力で異世界への移動が可能になるですです」
高橋さんが言うには人が通れるほどの穴を世界間にあけて体をまるごと異世界に飛ばすのではなく、より小さな穴で転送先に用意した依代に体ではなく精神のみを転送して別世界を見ることが出来るようにしたらしい。
なんだか事故でも起こって穴が閉じたら精神と体の繋がりが切れて大変なことにならない?と聞いたが、何だか小難しい理論と数式と魔術式(?)を見せられて『というわけで大丈夫なのですです』と言われた。
なるほどわからん。
とにかく何かしら問題が起こった途端に意識は全てこちらの体に戻った状態になるらしい。
「おまたせしました」
「おじゃまするよ~」
高橋さんの説明を聞いていると山田さんが吉田さんを連れて帰ってきた。
「今回の異世界旅行のメンバーはこれで全員そろったですです。それじゃあみんなこのヘッドセットをかぶってくださいですです」
それぞれにヘッドセットを手渡していく。
「最後にこれがミユちゃんのですです」
高橋さんが懐からミユサイズのちっさなヘッドセットを取り出してミユにかぶせる。
なんだかすごくサイバーなフィギュアになってしまった。
俺はヘッドセットをかぶった頭をゆらゆらさせているミユを見ながら自分もヘッドセットをかぶってあごのベルトを締める。
不思議なことにヘッドセットをかぶっても外が見える。
VR(バーチャルリアリティ)マシンと言うよりMR(ミックルリアリティ)マシンなのだろうか?
目の前に映るのはフルフェイスヘッドセットをかぶった異様な集団である。
「それでは田中さん初の異世界旅行へ出発ですです」
一番背の小さなヘッドセット女がそう言いながら本体(?)のボタンを押すと一瞬目の前が暗転し……意識を失った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ここが……異世界!?」
俺は目の前に広がる広大な海を前にして呆然としていた。
さっきまで冬間近の寒い部屋の中に居たはずなのに今はまるで夏真っ盛りの様な太陽の下、白い砂浜のプライベートビーチに立っているのだからわけがわからない。
「そうです。ここが私達の世界『スペフィシュ』です」
「スペ○ンカーフィッシュ? マンボウかな?」
俺は自分の手を見る。
高橋さんは『依代』と言っていたがミユの体と違ってまったく普通の人間の体にしか見えない。
体から伝わってくる感覚も何時もと変わらない。
やっぱりあの装置は転移装置なんかじゃなく、MMOの中に閉じ込められちゃった系作品で良く見るフルダイブ型マシンなのではなかろうか。
ユグドラシルカンパニーの技術力は本当に底が知れない。
「田中さん、混乱してますね?」
正直、俺は現状にかなり混乱している。
先程いったように突然冬から夏、部屋からビーチへ切り替わったこともその理由の一つでもあるのだが。
「なんで初異世界で連れてこられたのがプライベートビーチなんだよ! 普通はエルフの里とかそういうところだろ」
「色々事情がございまして、里はまだ許可がおりなかったんですよね」
山田さんが心底申し訳なさそうにしている。
まだエリアが出来てないのかな? 仕方ないので出来上がりを楽しみに待つとしよう。
しかし周りを見渡しても異世界っぽさはゼロなんだよなぁ。
「山田さん、ここって本当に異世界なの?」
「もちろん見ての通り私達の世界ですよ」
何処を見ても南国のビーチにしか見えない。なんだかコテージもあるし。
俺の微妙な表情に気がついたのか山田さんが海と反対方向を指差す。
「あちらを見てください。うっすらとですが大きな影が見えるでしょう?」
山田さんの指差す方をよく目を凝らしてみると確かに何やら薄っすらと巨大な影が見える。
「あれがこの世界の世界樹、つまりミユさんのお母さんです」
「よく見えないけどでかいのだけは解る。たしかにあんなのは地球にはないな」
俺はじんわりと『異世界旅行中っぽい』という実感が湧いてきた。
正直ユグドラシルカンパニーの技術ならこんな光景を『作り出す』のも簡単だろうけど。
「今は素直に楽しもう」俺はそう思うことにした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
目の前の海では打ち寄せる波にはしゃいでいる高橋さんと吉田さん、そしてミユがいる。
ミユは体が小さいので波にさらわれそうになっては他の二人に助けてもらっているがそれが面白いらしく何度もさらわれては救われてを繰り返している。
なんという危険な光景。
もちろん三人共水着だ。
ミユは予想通りスク水、高橋さんは無駄にビキニ。吉田さんはパレヲを巻くオシャレ水着だ。
別の意味でもなんという危険な姿……いや、三人とも特段危険なモノはお持ちでなかった。
むしろ危険なのは俺の横に居るこの男である。
水泳帽にゴーグル、そしてぴっちりのブリーフ型海水パンツ。
お前はオリンピックでも目指しているのかと言いたいくらいの格好で準備体操をしている山田さん。
ブリーフ型はポロリも無いから安心安全ではあるのだが。
「田中さんも海に入る前にはきちんと準備運動しておいてくださいね」
そんな事をイケメンスマイルで白い歯で太陽の光を反射させて言うからたまらない。
すげー眩しい。言葉通りの意味で。
俺はカナヅチでは無いが実は海は苦手である。
特に足のつかない所まで行くと何か海の中にいそうで恐怖が湧き上がってくるのだ。
子供の頃に見た恐怖番組の影響かもしれないが、海の底から突然足首を掴まれて引きずり込まれる妄想に取り憑かれてしまう。
「海ってプールと違って何か居そうで怖いんだよね」
「なるほど、それを心配していたんですか。大丈夫ですよ、見てください海にブイが浮かんでますよね?」
海の方を見るとたしかに浜辺から少し沖に出た所にブイが等間隔に並んでいた。
「あれってよく海にある沖に流されないようにするためのやつでしょ?」
「あれはですねブイ一つ一つに結界魔法がかかっていまして、あれから内側に海の魔物を侵入させないようにしてるんですよ」
「魔物!?」
つい叫んでしまったが仕方あるまい。
「ええ、力の強い魔物は浅瀬にはいないのですが弱い小型の魔物でも海水浴中に足にまとわりついてきて溺れさせたりするので危険なんですよ」
完全に恐怖映画状態じゃないか。
「ですからあのブイの向こう側には絶対行かないように注意してくださいね」
山田さんの言葉とタイミングを合わせたようにブイの遥か彼方で巨大な水しぶきが上がった。
「な、なんだあれ」
「ああ、あれはシー・サーペントですね。あの大きさだと子供でしょうか」
「お、おぅ」
「子供のシー・サーペントでも十メートルくらいはありますからあの結界の外に出たら一口で食べられちゃいますので、何度も言いますけど絶対に行かないでくださいね。絶対ですよ」
それはあれか。押すなよ押すなよってやつか? いかないけど。
「そもそも俺は足がつかない所には行く気ないから」
「田中さんの以外な弱点ですよね」
山田さんがイケメンスマイルで言うと嫌味に聞こえない。
「お父さ~ん!はやくこっちで遊ぶの~」
波打ち際で遊んでいるミユが俺を呼ぶ。
「さぁ、行きましょう。こんな所にいても時間が勿体無いですしね」
「時間?」
「あれ? 高橋さんから聞きませんでしたか?」
「何を?」
「この簡易異世界転移装置『移るんです』なんですが、連続稼働時間が二時間なので二時間経つと強制的に元の世界の体にもどされるんですよ」
「まじか。聞いてないよ」
そういえばこのヘッドセット、ワイヤレスだったからバッテリー式なのか。
だったらフルダイブマシンなんだから有線にしとけばいいのに無駄なこだわりすぎる。
俺は山田さんの後を追って砂浜を走り出す。
なんだかカップルっぽい? とか一瞬頭に浮かんだけど俺はノーマルだ。
「ここだけの話なんですけどね」
山田さんが少し振り返り重大な秘密を告げるかのように「実は私泳げないんですよね」とポロリと衝撃の告白をした。
パーフェクト超人・自称エルフの山田さんは水泳が出来ない。
「だったらなんでそんなに気合の入った格好してんだよ!」
俺は思わずツッコミを入れざるをえなかった。
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