第41話 家事は大変です。
翌朝、俺が学校に行こうと外に出るとアパート前の地面に吉田さんが布団を並べていた。
「?」
何やってるんだろうあの人。
俺が不思議そうに見ている事に彼女は気がついたのかこちらに向かって手を振って来た。
「田中くん。少し手伝ってくれないかな?」
俺は仕方なく階段を降りて吉田さんの所へ向かう。
「布団を干そうと思ったんだけど一人だと上手く広げられなくてさ」
「え? これ布団干してるの?」
まさかこの自称女神は布団の干し方を知らないとでも言うのか。
「みればわかるだろ?」
見てもわからないから聞いているわけだが。
俺は一つため息を付いて地面に広がった布団を一つ持ち上げる。
裏についた土や砂がパラパラ落ちるのを簡単に叩いて吉田さんの部屋へ持ち込む。
「ちょっと、なにしてるのさ。せっかく干したのに」
吉田さんが慌ててついてくるが無視する。
俺はそのままベランダまで行き、地面についていた部分を表にしてベランダの手すりにかけると手でパンパンと叩いてついたゴミを落とした。
地面が濡れて無くてよかったよ。
「布団ってそうやって干すの?」
「……」
俺は無言のままもう一度外へ出て残りの布団を地面から回収し同じように手すりに掛けた。
とりあえず場所もないので敷布団と掛け布団以外は後で干す事にして部屋の隅に軽くたたんでおく。
「吉田さん」
「なに?」
「吉田さんって家事全般やったことあります?」
俺は少し心配になって聞いてみた。
「ん~、いつもみんながやっている所は見てたよ」
見てたからって出来るわけでもないだろうけど、見てたのに地面に布団を並べている時点でおかしい。
いや、もしかしたら吉田さんの国では布団はそうやって干すものなのだろうか?
「吉田さんの国では布団を干す時は地面に並べるのが普通だったの?」
「そうじゃないの? 陽の光に当てておけばなんとでもなるだろ?」
なぜだか不思議そうな顔をして首をかしげる彼女。
これは本格的に駄目な人かもしれない。
そして、こういう人の相手をしているとあっという間に時間が流れてしまう。
俺はとりあえず丸投げする事に決めた。俺には学校があるんだし何時までもかまっていられないのだ。
「わかりました。吉田さん、これから何かする時はまず高橋さんに相談してからやってください」
「高橋?」
「あの人在宅勤務だか何かで最近はたいてい部屋にいますから」
「わかったよ」
「吉田さんの国とここでは色々違う所もあると思うんで、疑問なところがあったらそれも全て高橋さんに聞いてくださいね」
俺はそれだけを彼女にしっかり言いつけて学校へ向かった。
あとは任せたぞ高橋さん! おれはもう知らない。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
学校から返ってくるとそこは戦場だった。
目の前のキッチンには謎の泡を吹き出す鍋と葉すら落とさず突っ込まれたダイコン。
キッチンテーブルの上には多種多様な調味料が散乱しみるも無残な状況になっていた。
足元を見ると何故かミユが小麦粉まみれになってボウルの中でスケキヨ状態になっている。
犯人と思われる高橋&吉田コンビは椅子に座ってあらぬ方向を見て呆けていた。
「おまえら、何やってんの?」
「あ、田中さんですです」
「やぁ、見てわからないのかい?」
「くぁwせdrftgyふじこkぉ」(お父さんおかえりなさいなの)
料理してたんだろうことはわかるがわかりたくない。あと、ミユはさっさと出てこい。
「とりあえず片付けながら言い訳を聞こうか?」
俺はそう言いながら部屋に入って服を着替え戻る。
「いやぁ、ボクと高橋さんが高橋さんの部屋で夕飯どうしようかって話しててね」
「ですです。吉田さんはユグドラシルカンパニーの決算が降りるまでお金が無いのでそれまでは私と山田さんでご飯とかはお世話する事にしたですです」
ヒモ状態か、この自称女神。
「せっかくだから田中くんと山田くんの二人にボクたちの手料理でも食べさせてあげようって話がもりあがっちゃってね」
君たち、料理どころか冷凍弁当しか調理できないだろうに何故盛り上がった?
「で?なんで俺の部屋に?」
「そんな話で盛り上がってた所にミユちゃんからお呼び出しがかかってきたですです」
「まさか壁ドンを連絡方法に使ってるとはボクもびっくりしたけどね」
俺も知った時はびっくりしたよ。
まさかミユが高橋さんを部屋に呼び込んでたなんてな。
「それで田中くんの部屋に来たらまた料理の話で盛り上がっちゃってさ」
「ミユ、お父さんにご飯作ってあげたかったの」
良い娘だ。
「でもミユも今まで一度も料理作ったこと無いだろ?」
「作ったことはないけど作り方は知ってるの」
「ですです。ミユちゃんがインターネットの料理サイトって所を教えてくれたですです」
「どの料理も『簡単にできる!』とか書いてあったからボクたちでも出来ると思ったんだよね」
お、おぅ。
ああいうレシピサイトだと大抵の料理にはそう書いてはあるけど、あれは『普通に料理できる人なら』という枕詞が抜けているんだぜ?
俺も今でこそそれなりに自炊してはいるけど未だにあそこのレシピ通りに作ったつもりでも失敗する事多数だよ。
まぁ俺の自炊は『男の料理』という言い訳すらおこがましいレベルの適当さだけど。
「それでこのザマかぁ」
せっかくの食材が生ゴミに成ってしまった。スタッフも美味しくいただけないレベルじゃあ捨てるしか無い。
もったいないがアパートの共有場所にある生ゴミ処理箱に放り込んで置けば肥料になるから無駄ではないと心に言い聞かせてゴミ袋に入れる。
「今度伊藤さんにでもお料理教室開いてもらったらどうよ?」
「ですですね。伊藤さんの料理は激ウマですです」
「佐藤さんは料理できるかどうかわからないけど山田さんは? あ、これ口開いて持ってて」
俺はゴミ袋を高橋さんに手渡しゴミをさらに詰め込む。
「私もあまり料理は得意ではありませんね」
「ふ~ん、そうなんだ。何でも出来そうなスーパーテンプレイケメンだから料理男子属性もカバーしてるのかと思ったよ」
「いやぁ私もそこまで完璧エルフじゃありませんよ」
いつの間にか帰ってきて掃除に加わっている山田さんに俺は突っ込みを入れない。
突っ込んだら負けかなと思っている。
「山田くん、いつの間に帰ってきてたんだい?」
なのに吉田さんが余計なことをする。
「つい先程ですね。ドアが空いてたので覗いたら大変なことになってたようなのでお手伝いしようと思いまして」
床に散らばった小麦粉でみんな大好き粉塵爆発が起こらないようにドアは開けっ放しだった。
まぁ、粉塵爆発ってそんなに簡単に起こりはしないがお約束としてだ。このメンツだから何が有っても不思議じゃないし。
「スーツが汚れるんじゃない? 特に粉とか」
「大丈夫ですよ、これは普段着……もとい、スーツは何着もありますし、ちょうどクリーニングに出そうと思ってた所なので」
どこまで本当かわからないけど俺はその言葉に甘えることにした。
何故なら俺と山田さん以外の3人はゴミ袋を持つ以外は被害を拡大させるだけだからだ。
「そういえば田中さん」
「何?」
「もしかしたらもう少ししてからですが私達の世界にご招待出来るかもしれません」
「まじで?」
「まじです。数時間程度の短い時間で、しかも決まった場所しか行けませんが」
山田さんは床に雑巾がけをしながらさらりと言う。
「楽しみにしておくよ」
表面上は何事もないように答えたが内心は少しわくわくしている自分がいる。
山田さん達の言っている言葉が真実なのかどうかを見極める絶好の機会だろう。
本当に異世界があるなら誰もが行ってみたいと思うだろう。
自由に帰れるのと安全が保証されていればだけど。
その日、結局料理は今度伊藤さんにお願いして教えてもらってからという事にして山田さんの奢りで出前をとった。
山田さんが贔屓にしているという中華料理屋の料理はとにかく量が多かったのだけが印象に残っている。
特に天津飯なんて何個卵を使っているのか不安になるレベルだった。
「いやぁ、何時食べてもこの超天津飯は食いでがありますね」
とか言いながら山田さんはその全てを食い切ったのは見ているこちらが胸焼けを起こしそうだった。
これだけ食ってこの体型を維持している山田さんってやっぱりブラックな仕事で大変なんだろうなとか思ったのは内緒である。
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