第39話 肝心な所でヘタレます。

「ミユね、この翼を質量のある残像にしたいの」

「わけがわからないですです」

 俺が学校から帰ってくるとミユが高橋さんを呼び出して昨日俺と見ていたアニメで主役ロボが使った技(?)と同じことが出来るように要望を語っていた。

 そもそもあれは翼じゃないだろ……Wとか∨とかなら解るが。

 俺はミユの前ではもうあのシリーズは見せないと密かに心に誓う。

 そのうち月が出る度に何かを思い出されてはたまったものではない。

「そもそもそんな機能なんにつかうですですか?」

「ん? 戦い?」

「田中さん! ミユちゃんはどこを目指してるですですか!」

 おいおい、俺に飛び火したぞ。

 仕方ないので俺はミユと昨日見ていたアニメについて高橋さんに説明したら、かなりげんなりした顔をされた。

「今度からはもっと平和なアニメみてくださいですです」

 高橋さんが俺に懇願こんがんしてくる。

 やはり日常系が平和だろうか。

 昨日見放題に追加されたばかりの日常系アニメ「αチャンネル」あたりを今度は見せよう。


「そういえば高橋さんに聞きたいことがあるんだけど」

「聞きたいことですです? 答えられる内容であれば答えるですです。スリーサイズは秘密ですですよ?」

「そんなもの聞きたくない」

「そ、そんなもの……」

 高橋さんの心にクリティカルヒットしたようだが気にせず俺は聞く。

「ミニ世界樹ってこの先大きくなったら庭かどこかに植え直す必要があるんじゃない?」

「ああ、そんな事ですですか」

「そんな事って……大事なことだよね?」

「大丈夫ですです。田中さんが生きてる間はそのミニ世界樹ケースで十分育てられるですです」

「生きている間?」

「ですです。田中さんの残り寿命が60~70年くらいと計算するとミニ世界樹の大きさはその頃で100メートル程度ですです」

 100メートルって、前に調べたことがあるけど地球で一番高い木で115メートルほどだからほぼそれに近い高さまで70年で達するということか。

 その成長速度が早いのか遅いのかは分からないけれど、そんな大きさの木が入る『世界樹育成ケース』ってありえないだろ。

 俺はそのことを高橋さんに尋ねると高橋さんは首を傾げ「?」というような顔をした。


「説明しよう!」

 突然部屋の中に山田さんが現れた。

 昨日と同じく吉田さんも一緒だ。

「あれ? 山田さん、帰ってきてたんですか?」

「ええ、ちょうど今帰ってきたところです。というか帰ってきちゃいけませんか?」

「山田さんのことだから会社に連泊して仕事していても不思議じゃないので」

「私はそこまで社畜じゃありませんよ?」

 その言葉には俺だけじゃなく高橋さんや吉田さん、そしてミユまでジト目になった。

「そんなことより今は『ミニ世界樹育成ケース』のお話ですよ」

 そういえばそうだった。珍しいノリで突然話に割り込んで来たから驚いてしまったのだ。

 多分昨日アンカーの説明を吉田さんに横からかっさらわれたのがトラウマにでもなっているのだろうか?

「聞かせてもらおうか。ユグドラシルカンパニー製品の性能とやらを!なの」

 ミユさん、それは別の作品ですよ? まさかお父さんが学校に行ってる間に勝手に観たの?

 ふと見ると山田さんが吉田さんに「今日は私が説明するので割り込まないでくださいよ」とか要求してた。

 どれだけ必死なんだ山田さん。


「こほん、それでは説明しますね。そもそも『ミニ世界樹育成ケース』と言うのは世界樹が異世界の環境に慣れるまでの緩衝材として作られました。

 解りやすく例を出すと買ってきた観賞魚を家の水槽に入れる時に『水合わせ』という事をするのですがそれと同じです。

 観賞魚の場合は最初は買ってきた袋のまま水槽に入れ、温度を合わせた後に小さく穴を開け徐々に新しい水質に慣れさせるという作業をするんですけどね」

「山田さん、無駄に詳しいですね」

「一時期鑑賞魚を趣味にしていたことがありまして。家に帰ってきて魚達に餌を上げるときが至福の時間でした……それがあんなことになるなんて」

「ストップ! 山田さんの水槽話はもういいからミニ世界樹ケースの話をお願い」

 山田さんは眉間に寄ったシワを伸ばしてから話を戻した。いったい山田家の水槽に何が起こったのか気になるところではあるのだけど長くなりそうなので今日はパスだ。

「そういう水合わせと同じように世界樹もいうなれば『世界合わせ』が必要なのです」

「スズキのところのように『竜気』みたいなヤバイ物もあるからね」と吉田さん。

 たしかにスズキさんのところのミニ世界樹がケースもなく裸のままで『竜気』に当てられていたら危険だったかもしれない。

 まぁ竜気って結局何なのかは俺もよく解ってないんだけどね。 

「特にミニ世界樹のような世界樹の若木の場合はまだまだ抵抗力が弱いのでそれを保護しなければいけないわけですよ。ある程度成長すれば竜気だろうが瘴気だろうが浄化してしまうんですけどね」

 瘴気ってなんだよ。怖ぇえよ。

「まぁ、そうやってミニ世界樹が成長して周りの影響を物ともせずその世界の世界樹として根付くまでこの『ミニ世界樹育成ケース』の中でミニ世界樹を育てないといけません」

「大きくなる世界樹に合わせてケースを大きくするのは簡単ですです。でもそれだとどうしても世界樹を育成するのに広大な場所が必要になるですです」

「我々の世界と違って『世界樹』というものを知らない異世界。特に田中さんの世界ではその場所を確保するのは至難の業。最悪世界樹が根付く前にこの世界の人達によってまた世界樹自体が失われるかもしれないのです」

「そこで我々ドワドワ研究所が作り上げたのがケースの中の空間のみを小さくする機能がついたこの『ミニ世界樹育成ケース そだてるん』なのですです」

「へー」俺はジト目だ。流石にそんな技術はありえないだろ。

「十年くらい育てれば今のミユさんなら十分立派な『この世界の世界樹』に育つはずですのでその時が来たら一緒に世界樹を植え育てる場所を探しましょう」


 結局なんだかよくわからなかったけどしばらくは今のケースのままで問題ないって事なのだろう。

 しかし異世界か。本当にあるのだろうか。

 山田さんたちは嘘をついているようには思えないけど、だからといって実際見たこともない異世界が存在するとか言われても信じられるかと言えば嘘になる。

 でももし本当に異世界があるとしたら?

 よくある小説やアニメのように異世界転移というものが存在してこの世界から消えたものが実は異世界に転移していただけだとしたら?

 そこに希望はあるのだろうか。


「山田さん」

「はい、なんでしょう?」

「この世界から異世界へ人や物が飛ばされるとかそういう事ってあるのかな?」

 山田さんは少し沈黙した後「ありますよ」と答えた。

「先日吉田さんが言いましたよね? フラフラした世界同士がぶつかることがあると」

 そういえば言っていた。今考えると世界同士がぶつかるとか超絶ヤバそうなのにあの時はスルーしてた。

「世界同士がぶつかると少しの間お互いの世界に『穴』が開くんです。完全にランダムで何処に開くのかは我々でも把握できません」

「その穴に吸い込まれると異世界へ飛ばされるってわけ?」

「そうですね、私達の世界とこの世界がぶつかるとすると両方の世界をつなぐ穴が空きますのでこちらの世界からあちらの世界へ運が悪いと飛ばされてしまいます。逆に私達の世界の人や物がこちらの世界に飛ばされることもありますけどね」

「その穴ってどんな大きさの物まで通るの!?」俺は思わず山田さんに詰め寄ってしまった。

 山田さんは一瞬驚いた後何故か悲しそうな顔をして「大きい場合で車一台分がせいぜいですね」と呟くような声を出した。

「そっか……ごめん、すこし異世界転移とか面白そうだから興奮しちゃってさ」

 俺は取り繕うように言って元のように座る。

「安心してください。今は我々の技術によって世界同士の衝突の際に穴が発生しないようにしていますので今後強制的な異世界転移事故は起こりませんよ」

 ニッコリいつものイケメンスマイルで山田さんがそうまとめた。


「そりゃ残念。異世界転移なんて俺ら中高生の夢なのにな」

「安全な異世界転移なら我が社の転移装置で可能ですから」

「早く俺も異世界に連れてってよ」

 俺は少しすねたように山田さんに要求してみた。

「次の株式総会で要求してみますよ。こんどこそ許可を勝ち取ってみせましょう」

 山田さんはグッと手を握りながら決意表明をする。

「期待せずに待ってるよ」

「期待して待っててください」

「山田さんは肝心な所でヘタレるから心配ですです」

「そんな事言うんなら高橋さんも手伝って下さいよ」

「最悪許可が降りなかったらボクが山田くんの世界へ転送してあげるよ。装置の使い方は覚えたしね」

「危険ですからそれだけはやめてくださいね」


 机を挟んで三人が騒いでいるのを眺めているといつの間にか俺の肩に座っていたミユが「行くときは私もつれてってなの」と俺の耳元で囁いた。

 ミユの依代体は本体から十メートルほどしか離れられない。

 もし異世界転移するならミユの本体。つまりミニ世界樹ごと連れて行かなきゃいけない。

 さっきの話が本当だと仮定すると山田さんの世界から俺の世界にやってきたミユはすでに俺の世界の『水』に慣れてしまっているわけで、山田さんの世界に行くにはまた山田さんの世界の『水』に合わさなければならないのか?

 でもケースさえあれば長期間でなければ問題ない気もするし。

 まぁその時が来たら山田さんたちに聞けばいい。

 きっとユグドラシルカンパニーのスーパーテクノロジーでなんとかしてくれるさ。


 俺はそんなことを考える自分が徐々に山田さんたちの『設定』を本当なんじゃないかと思い始めている事を自覚していた。


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