第四章 自称女神と異世界旅行?

第35話 この世界のアンカーです。

 今、俺の部屋には自称女神が居る。

 その自称女神は俺から机を挟んだ場所に座ってお茶を飲んでくつろいでいた。

 先程あれほどの勢いで部屋に飛び込んできたというのに何なのだろうか。

「吉田さんはいったい何の用事でここへ来たんですか?」

 彼女は飲みかけのお茶を机の上に戻してから一度長い髪をふわさっとかきあげて俺を指差し答える。

「世界樹の話を聞きに来たに決まってるじゃないか」

 そのポーズは必須なのか?

「まぁそりゃそうなんでしょうけど」

「ワタナベに聞いたんだよ。ボクたちの世界樹より成長の早い世界樹があるってね」

「吉田様の所の担当はワタナベでしたか。そういえば先日本社に戻った時に会いましたよ」

 山田さんは少し微妙な顔をして言う。

「ワタナベさんってどんな人なの?」

 俺は少し興味が出たので尋ねてみる。

「ワタナベはですね、田中さんにわかりやすく説明するとこの世界で現在一般的に想像されているエルフの様な人物ですね」

 俺は頭の中で有名な映画や小説、漫画に登場するテンプレなエルフを思い浮かべた。

「つまりヤな奴?」

「ですです。ドワドワ研究所のみんなもワタナベは苦手だってみんな言ってるですです」

 高橋さんも面識があるようだが好きな相手ではないらしい。

「まぁ彼はエリートでしたからね」

「昔の山田さんもあんな感じだったって所長から聞いたことがあるですです」

 高橋さんはちょっとジト目で山田さんを見て言う。

 そういえば山田さんも世界樹の力(上位コマンド)を使える一握りのエリートだと前に聞いた事があったな。

「色々ありましたからね。あの頃の私は色々と必死でしたから」

 こんな山田さんにも尖った時代があったんだな。

 今の姿からは想像が出来ないが。

 優しい顔で昔を思い出している山田さんから俺は目をそらした。

 その目の奥に少しだけ悔恨の色が見えたような気がしたから。


「そろそろ話を戻していいかな?」

 少しイラついたような声で吉田さんが割り込む。

「話を聞くと、その世界樹が育っているのはボクたちの世界よりさらに魔素が薄い世界だって言うじゃないか」

「だから確認しに来たと?」

「ああ、そしてその世界樹はすでに世界のアンカーになるほど育っているらしい」

「アンカー?」

 何のことだ?

「吉田様、その話は後で会社で確認すればいいじゃないですか」

 山田さんが慌てた様子で答える。

「あんたの会社で調べるよりボクが直接『世界樹のアンカーの状態』を調べたほうが早いだろ?」

「それはそうですが」

「アンカーって何のこと?」山田さんと吉田さんの二人が何を言ってるのかわからないので聞いてみる。

 山田さんは少し考えた後質問に答えてくれた。

「えっとですね、我々の業界の専門用語で『世界樹の根』の事だと思ってください。吉田様はミユちゃんの根の張り方を見てみたいと言っているんですよ」

「根ですか。どうやって見るんですか?」

 吉田さんはそう聞く俺に「ボクは女神だよ? 女神の力を使えばこの世界の少し外までなら調べることが可能だよ」と言いながらミユのケースの前に立った。

 世界の少し外とか意味がわからないけど根の状態を見る何らかの方法があるのだろう。

 そういえばミニ世界樹のケースは根を亜空間に広がるようにしていると誰かが言っていた気がする。そういう設定なんだろうけど。


 山田さんが許している以上吉田さんもミユに対しておかしな事はしないと思うが。

「じゃあミユのアンカーを調べたらもう帰ってくださいね」

「ミユって誰?」

「吉田様は知りませんでしたね。この世界のミニ世界樹の名前です。田中さんがつけたんですよ」

「世界樹に別の名前をつけるとかボクたちには考えもおよばなかったよ」

 吉田さんは俺の方を驚いたような顔で見て、続けて机の上で浮遊しているミユの依代を見る。

「なるほど、名前を付けたことで世界樹にパーソナリティが生まれたんだね。この世界の世界樹がここまで成長した理由の一つがわかった気がするよ」

 そう言うと彼女は少し微笑んで空中に浮いていたミユにそっと手を出す。

 ミユは少し戸惑ったように揺れた後、差し出された吉田さんの手のひらに着地した。

「ボクたちの世界樹もミユくんと同じようにパーソナリティを獲得できるだろうか?」

「契約した人の願いを叶えるのが私達『世界樹』の力。吉田が願えばきっとその子も答えてくれるの」

 前にスズキさんにも同じようなことをミユは言っていたのを思い出す。

 ミユの言うとおり契約者の願いを叶えるのが世界樹なのだとしたら今のミユの姿は俺が望んだものなのだろうか。

 それならいつか俺の心の奥に沈んだあの願いはかなうのだろうか。

 俺は頭を振ってその思考を振り払う。

 いくらミユが超高性能AIであったとしてもそんな非現実的な奇跡なんて起こせるわけはない。

 科学もオカルトも俺の願いは叶えてはくれなかったのだから。


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「じゃあミユくん、キミのアンカーの状態をチェックさせてもらうよ」

「はいなの」

「異世界だと魔素の構成も微妙に違うから集中しないと難しいね。基本はボクの中の魔力を使う事になりそうだ」

 吉田さんは一つ深呼吸して目を閉じ集中し始める。

 十秒ほど経ったあと、彼女はそっと目を開いて

「アナライズ」

 小さな声でそう呟くとミユのケースが薄く光を放つ。

 その後、いつもはレベル表示がされる電光板部分に意味の分からない文字の羅列が流れ始めた。

 こういうときこそ翻訳魔法の出番なのだろうがさすがにこの状況で呪文を唱えるのは気が引ける。


 数分ほどして文字の流れが終わり表示が消えると吉田さんは「ふぅ、終わったよ」と言って俺達の所に戻ってきた。

「山田くん、たしかにこの世界の世界樹……ミユくんの根は既にアンカーとして機能していることは間違いないね」

「私達の観測でもアンカーが機能していると結論は出ていたのですが吉田さんに確認していただけたので今度の報告会で確定事項として発表できます」

「ですです。それによってミニ世界樹育成ケース『そだてるん2』もきちんと機能してる事が確認されたわけですです」

 山田さん達がよくわからないことを喋っているのを横目で見ながら俺は依代体のミユを呼ぶ。

「ミユ、なんともないか?」

「なんともないの。別に吉田に何かされたわけじゃないの」

「そっか、何だかケースがバグったのかと少し思ったから心配でな」

「あれはケースを通して吉田の『アナライズ』が作動したから電光板にアウトプットされただけなの」

「まぁよくわかんないけどなんともないなら良かったよ」

 ミユの頭をなでなでする。

 そんな俺達を見ながら吉田さんが「世界樹と契約者のスキンシップがこの結果を産んでいるのかもしれないね」と柔らかい表情で呟く。

 山田さんは何も答えずただ微笑んでそれを肯定していた。


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 しばらく山田さん達三人がアンカーとやらについて話しあっていたが、結論が出たらしく俺とミユの所へやって来た。

「話し合い終わったの?」

「話し合いというか今度の総会での発表について意見交換してただけですです」

「そうなんだ」

「前回の時よりミユさんも随分レベルアップしましたし、スズキ様や吉田様の進展、調査結果もあってかなり大変でしょうね」

 山田さんが他人事みたいに言う。

 前回も大変そうだったけど今回はそれにもまして大変らしいのに。

「山田くんは優秀らしいからね。前にワタナベが『自分と同じくらい優秀なのは山田くらいですよ』とか言ってたからね」

 そう言って軽く吉田さんはウインクをする。

 彼女が初めてかわいく見えた。まぁミユの方が何倍もかわいいのは言うまでもないが。


「さて、色々進展があったけどとりあえず今日はここまでにして休憩でもするですです」

 高橋さんがそう言いながら机の下に置いてあった箱を取りだす。

 そういえばもう一つエルフの里名物を高橋さんは買ってきていたんだった事を思い出した。

「高橋さん、こっちは普通のお菓子なんだろうね? また火を吹いたりしないよね?」

 俺は銘菓 不死鳥が少しトラウマになりかけていた。

「大丈夫ですです、こっちは普通に美味しいお菓子ですです」

「ではお茶入れてきますね」

 いつもの様に山田主婦がお茶を入れにキッチンへ向かう。

「エルフの里の名物っておいしいよな。ワタナベがよくお土産にもってきてくれるんだよ」

「ワタナベさんって聞いてた話よりいい人じゃない?」

 高橋さんに言うと彼女は少し顔をしかめて「あいつは外面だけは完璧ですですから」とだけ答えて名物の箱を机の上に置く。

 その包装紙には美しいアーチ型の橋の絵がカラフルに描かれていた。

「綺麗な包装紙だなぁ」

「ですです。この絵は売っているお店の前にある橋がモデルになってるですです」

 なんだかいかにも名物といった感じの包装紙に少し期待が高まる。

 ミユも「その包装紙、ミユにちょうだいなの」とか言ってるが気に入ったのだろうか?

 まぁどうせいつもの通り中身はどこかのパチもんみたいな商品なんだろうけど。


 そうこうしていると山田さんが戻ってきて俺達の前にお茶を並べる。

「じゃあ開けるですですよ」

 高橋さんがミユにプレゼントするため包装紙を綺麗に開けてから箱の蓋を持ち上げる。

 俺はいつもの様にツッコミを入れるため身構える。俺も慣れたものだ。慣れたくはなかったが。


 そんな俺の目の前にそのエルフの里名物がさらけ出された。

「え? これは……?」

 箱の中には包装紙に描かれていた橋の形をした茶色い皮の饅頭のようなものが入っていた。

 合計で7個。それが上下で2箱で合計14個入っているようだ。

「普通に名物っぽいなんて予想外すぎるだろ」

 俺が戸惑っている間にそれぞれの前に一つずつ山田さんが配り終えた。

「ではいただきましょう」

 俺はその橋の形をした饅頭(?)を手に取った。

 見かけからは想像できなかったが、饅頭のその皮はけっこう柔らかく、力を入れすぎると破れてしまいそうだ。

「このやわらかい皮でこの橋の形を維持させる方法はこの会社独自の技術らしいですです」

 たしかに凄いな。

 俺はその饅頭を口に入れた。

 美味い!

 口の中に広がるシナモンの香りと甘すぎない餡の味が混ざりあって独特の食感を作り出している。

 でも、これどこかで食べた記憶がある。なんだろう。

「美味しいですです」

「ええ、久々に食べましたがこのスーッとする感じもたまりませんね」

「やはりエルフの里名物はおいしいな。ボクこれ好きだよ」

「何時食べても昔と変わらない老舗の味『七橋』の名前は伊達じゃないですです。店の前から対岸まで連なる七連橋はカップルだらけで好きじゃないですですけど」

 ん?七橋……。俺はその名前を聞いて昔食べたあの味と脳内リンクが繋がった。


「これ完全に味が八◯橋じゃねーか!」


 まさかの「見かけが全く違うのに味が同じ」という変化球に気がつくのが遅れてしまった。

 エルフの里名物はやはり侮れない。


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