第34話 ある意味通過儀礼です。

 俺と高橋さんが『銘菓 不死鳥』を皿の上に並べて用意していると山田さんがお茶を持ってやってきた。

「おお、それは不死鳥じゃないですか」

 何!?知っているのか山田!

 観光地なんて地元民が知らない名物が雨後の竹の子のように現れると聞いたことがある。

 ある日突然地元の観光地に看板が立って「◯◯名物」とか、それまで見たことも聞いたこともない商品が売り出されるらしい。

 観光地住民あるあるネタだ。

 山田さんがそういう名物に詳しいのか、銘菓 不死鳥が本当に有名なのかどっちだろう?


「不死鳥ということはお茶だけじゃなくジュースも用意しておいたほうが良さそうですね」

 山田さんはなぜだかにやにやしながらキッチンへ戻っていき、すぐに三人分のコップとオレンジジュースを持って帰ってきた。

 そして俺達の前に銘菓不死鳥とジュースを並べると山田さんは席についた。

「いやぁ、不死鳥を食べるのは久しぶりですね」

「ですです。一年に一度は食べたくなるですです」

「そんなにおいしいの?」

 俺が聞くと二人は声を揃えて

「食べてみればわかりますよ」「食べれば解るですです」と言った。

 俺はその赤い鳥型のクッキーの様なお菓子を手に取る。

 どこからどう見ても色が違うだけの鳩サ◯レーだが。


 ぱくり。


 俺は豪快にあたまからかぶりつく。

 食った瞬間に頭に浮かんだのは「しまった、また頭から先か尻から先かを二人に聞き損ねた」というどうでもいい後悔。

 しかしそんな事は次の一瞬で吹き飛んだ。


 ぶはっ!!


 口の中に猛烈な熱気を感じる。

 なんだこれ、辛いとかいうレベルじゃないぞ。

 辛いを通り越して熱い。

 俺は口を開けハフハフと空気を求める。

 山田さんと高橋さんはそんな俺を見てニヤニヤしていた。

 こいつら知ってたな。


 口の中の熱が最高潮に達した時俺の口の中から「ぼわっ!」と文字通り炎が吹き出した。

「!?」

 あまりの辛さに幻覚でも起こしてしまったのかと考えていると、その炎と同時にあれほどまでに口の中を焼いていた灼熱感が嘘のように消えた。

 そして口の中に残るのは微妙なスッキリ感とクッキーのような甘い味わいだけだ。

 おれは机の上のジュースを一気に飲んで一息つく。

「なんだこれ、カプサイシンってレベルじゃないぞ」

「お父さん、大丈夫?なの」

 ミユが心配そうに俺を見ているので俺は大丈夫だよと手を振っていると山田さんが喋りかけてきた。

「驚きましたか? それが銘菓不死鳥の不死鳥たるゆえんなんですよ」

 山田さんがどこから出したのかおしぼりを渡してくる。

「不死鳥を初めて食べた人はみんな同じ反応をするですです。ある意味通過儀礼ですです」

 高橋さんはまだニヤニヤしていた。後で泣かそう。

「『火を吐くくらい美味しい』というウリ文句は嘘じゃないでしょう?」

 そう言いながら山田さんと高橋さんは自分たちの分の銘菓 不死鳥を食べ始める。

 次の瞬間さっきの俺の様に二人は口の中に生まれた炎を持て余すように口を開け「ぼわっ!」と空中に炎を吹き出した。

 ミユの幻像演出なのだろうか?

「ああ、やっぱり不死鳥を食べるとなんだかスッキリしますね。デトックスってやつでしょうか」

「美容効果もあって、若さが蘇るから不死鳥って名前がついたって噂も聞いたこともあるですです」

 二人は何だかスッキリした顔でジュースを飲んでいた。


「ミユもぶわっって火を噴くのやりたい」

 ミユが不死鳥を食べたいと言っているがこんな物与えて大丈夫なのだろうか?

 そもそもどこから火を吹くのか? ケース?

「山田さん、これミユにあげても大丈夫かな?」

 山田さんと高橋さんはしばし考えた後に「大丈夫でしょう」と答えた。

 俺は先程半分だけ食べた銘菓 不死鳥をミニ世界樹育成ケースの吸収口に置いた。

 何時見ても謎な仕組みだが吸収口の銘菓 不死鳥が徐々に分解されるようにして消えていく。

 やがてすべて吸収されたがミユからの反応がない。

「ミユ?」

 俺は心配になってそう声をかける。依代の方も目をつぶったまま反応がない。

 俺が焦っていると突然依代の方のミユが目をカッ!と開いたかと思うと

「ファイヤーなのっ!」と叫んで口から炎を吹き出す。

 ふと本体の方を見るとケースの中でミニ世界樹が燃えていた。

「なんだなんだっ」

 早く火を消さないとと思い、手元のお茶の入ったカップを手に取るが次の瞬間にはその炎はきれいサッパリ消えていた。

 また幻像で作られた演出だったようだ。

「ミユ、驚かすなよ」

 俺は額に書いた冷や汗を山田さんから貰ったおしぼりで拭く。

「ごめんなさいなの。でもすっごく熱くて何だかこう『ファイヤー』って感じがするの」

 ファイヤーって感じって何なんだろうか?と思いつつ俺は一息ついて手に持ったお茶を飲み干す。


 その後も山田さんと高橋さん、そしてミユは銘菓 不死鳥を何個か食べて口から火を噴くを繰り返していた。

 よくこんな物何個も食えるものだ。

「ふぅ、美味しかったですです」

「いやぁ、やはり不死鳥は独特のすっきり感があっておいしいですね」

「ミユもファイヤーなの」

 こいつらの味覚は絶対おかしい。

 ミユの感想だけはよくわからないものだったが、まぁかわいいので許す。

「さて、休憩終わりですです。飛行ユニットの最終調整を行うですです」

「それじゃ机の上片付けますね」

 山田さんがお茶とジュースを持ってキッチンへ向かう。

 俺とミユは山田さんが片付けた後の机の上をサッとおしぼりで拭いた。


 結局俺には全然休憩にならなかったなぁ。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「準備OKですです」

 高橋さんが研究者モードのギラギラした目で机の上のミユを見つめる。

 山田さんはいつもの手帳を取り出し記録を取る準備をしている。

 背中に可愛らしいリュックサック型の飛行ユニットを背負ったミユは少し緊張した面持ちで高橋さんからの合図を待つ。

 高橋さんはミユの目の前に手を広げて「では、カウントダウン開始ですです」とカウントダウンを始めた。

「ロケットの発射かよ」

 俺はそんな光景を見つつ呟いた。

「5,4,3……」

 カウントダウンとともにミユの周りの空気がぼやけたように感じた。

 ミユなりの幻像演出なのだろうか?

「2……1……発進!」

「はいなの!」

 高橋さんの合図と同時にミユは飛んだ!


 ガッ、ゴッ、ドサッ。


 そして落ちた。

「うわっ、ミユ大丈夫か?」

「……大丈夫なの」

 カウントダウン終了と同時に勢い良く飛び上がったミユだったが狭い部屋の中で飛びすぎて天井に激突。

 その後バランスを崩して本棚にぶつかり最後に俺のベッドの上に落ちたのだ。

「ミユちゃん、魔力込め過ぎですです。説明した通り軽く流すだけで十分なのですです」

 高橋さんがやって来てミユに説明を始める。

「気合が入りすぎちゃったんでしょうね」

 山田さんが苦笑する。

 いくらミユの本体はケースの中のミニ世界樹だから依代の素体が壊れても問題ないことを知っていてもどうしても心配してしまう。

「もう一度やるの!」

 ミユが机の上によじ登って気合を入れるかのようにコブシをぎゅっとする。

 かわいい。


 俺と山田さんがそんなミユを見てデレデレしていると突然ミユの背中から一対の翼が広がった。

 ミユ・ウイングだ。

 白く輝くその大きな翼はミユの意気込みを表しているように見えた。

 隣を見ると山田さんが微妙な顔をしている。

 そんなに大きな翼は嫌なのだろうか。謎だ。

「もう一度飛んでみるの」

 ぶわさっ!と翼を広げミユは一度目をつぶりそして今度こそゆっくりと飛び上がる。


 ふわふわ、ふわふわ。

 先ほど勢い良く飛びいすぎたせいで天井にぶつかったからかかなり慎重になっているようだ。

 だが確実にミユは今空中を飛んでいる。

「凄い……」

「ミユ飛べるようになったの!」

 スーパーヒーローのような飛び方ではなくふわふわと立ち姿のままおっかなびっくり浮いているような姿勢だがそのうち慣れて自由に飛び回れるようになるのかもしれない。

 しかしこの飛び方ってどこかで見たような……と、考えていると思い出した。

 オリンピックとか海外の大きな大会で空から一人用のホバークラフトみたいなもので人が降りてくるという演出をTVで見たことがあるがアレだ。

 あれも飛んでいるというより浮いているといった感じだった。

 ミユの飛行ユニットも同じような仕組みっぽいからそう見えるのも仕方がないか。


「成功ですですね。あとはデータをキチンと取っていって飛行ユニットを改良していけば最終的に私達も飛べる大きさの物ができるはずですです」

 高橋さんは満足そうに言ってミユを自分の手のひらの上に降ろす。

 一方、山田さんは一心不乱に手帳にメモを書いていた。

 念願の飛行ユニットを手に入れたミユは満足した表情で高橋さんと何やら話している。

 俺はそんな三人を見ながら不思議な達成感を覚えていた。

 家族で一つのことを成し遂げるってこんな感じなのかな?


 ばーん!


 俺がそんな事を考えていると突然部屋の扉が開け放たれた。

 俺たち四人は何事かと玄関の方を見るとそこには一人の女性が仁王立ちしていた。

 濃い目の茶髪に同じくブラウンの瞳。背丈は俺より少し高い。

 少し幼さを残した顔立ちは18歳くらいに見える。


「どちら様ですか?」

 俺の問いかけにその女性は仁王立ちしたまま長い髪の毛を風に揺らして俺の方を指差し

「お前が田中か!」そう叫んだ。

 ご近所迷惑なので静かにしてほしい。

 あと扉も閉めてほしい。

「はい、そうですけど? どちら様でしょうか?」

「あ、あの方は……」

 知っているのか山田さん。(本日二度目)

 山田さんが何かを言おうとするのを遮る用にその女性は大きな声で名乗る。

「ボクの名前は○☓△□○」

「え? 名前が聞き取れなかったからもう一度プリーズ」

 その女性は困惑したような顔でもう一度名乗った。

「ボクの名前は○☓△□○だよ!」

 やっぱり聞き取れない。あと僕っ子なんてリアルで初めて見たよ。

「ちょっといいですか?」

 山田さんはそう言って玄関に仁王立ちする女性の方へ歩いていくとなにやら話しだした。

 しばらくして帰ってくると女性の方を手で指し示し。

「彼女の名前は吉田さんと言いまして」

「そう、ボクの名前は吉田だよ!」

 何故か偉そうだ。

「彼女はスズキ様と同じく別世界でミニ世界樹を育てていただいているお方でして」

 そういえばミニ世界樹を今育てているのは俺を含めて世界に三人いるって言ってたな。

「彼女はこことは違う異世界の女神様のお一人なんですよ」

 まじか。

 遂に女神様までやって来たよこの世界。


 俺は新たな珍客とそのトンデモ設定にしばし呆然としていた。

 異世界物の女神なんてたいていロクなものじゃないという事を思い出しながら、その自称女神をどうやって追い出そうか考えるのであった。


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