第36話 実は本物の世界樹だったんです。

 その夜、吉田さんは高橋さんの部屋に泊まってから明け方に山田さんとともに帰って行った。

 いや、山田さんは別に帰ったわけではないんだけど。

 社畜だから会社が家と言い出しかねないとは思うが。

 スズキさんの時と同じように彼女もユグドラシルカンパニーにある転移装置を使って帰るとのことで山田さんも一緒に会社へ向かったのだ。

 多分始発電車で空港へ向かい国へ帰るんだろうけど。


 俺は「最後に挨拶に来た」と吉田さんに叩き起こされたせいで眠い。

 目をさますため久々に腕振り運動スワイショウをする。

「お父さん、ミユもやるの」

 俺の真似をしてミユが憑依体の腕を振る。

「力入れ過ぎだよ。もっとこう力じゃなく自然に重力で腕が落ちるようにやるんだよ」

「はいなの」

 そもそもミユの場合は素体なのだから腕を振ろうが走り回ろうが効果は無いんじゃなかろうか?

 素体の中の機械部分(?)にオイルがよく回るようになって動きが良くなるとか?


 そんなことを考えつつ半時間ほど腕を振っているともうすぐ冬の気温とは言えじんわり汗ばんでくる。

「さて、シャワーでも浴びてから飯にするかな」

「ミユもシャワー行く!」

 前から山田さんか高橋さんに聞いてみようと思いつつ変態と思われたくないので聞いていなかったんだが、ミユをお風呂に入れていいのだろうか?

 ユグドラシルカンパニー製の素体だし、一緒に外出するときも山田さんから水については何の注意もないから多分防水加工なのは間違いないんだろうけど。

 携帯電話とかみたいにIP6とか7とかそんな規格が素体にもあるのかどうかはわからないけど。

 深海千メートルまで耐えられると言われてももう驚かない自信はあるが、そんな強度はそもそも必要はないだろう。

 とりあえず風呂は山田さんに確認してからだな。

「ミユは後でお父さんがいつもの様に拭いてあげるからまっててくれな」

 俺の返事を聞いてミユが少し頬を膨らましてそっぽを向いた。

 かわいい。


 シャワーを浴びて部屋に戻ると早速百均で買ってきた体拭き用濡れシートとハンドタオルを用意してミユを呼ぶ。

 まだ少し不機嫌そうだったが「こんど山田さんに風呂に入っていいかどうか聞いてやるから」と言ったら機嫌を少し直した。

 ミユは飛行ユニットを器用にあやつり俺の目の前に着地する。

 そう言えば風呂とかの時、この飛行ユニットはどうすればいいんだろう。

 簡単に外れるのだろうか?

「ミユ、その飛行ユニットは外せるのか?」

「外せるの」

 かちゃりという音とともに飛行ユニットがミユから離れ机の上に落ちる。

 かなり雑な扱いだが大丈夫なのだろうか?

「今度外す時は落とさないように手で持ってはずそうな」

「はいなの」

 素直すなおな良い娘だ。これが将来「お父さん……邪魔」とか言い出すのかと思うと心が痛い。

 うちの子にかぎってそんな事はないと信じたい。

「じゃあ体拭くから」と俺が言うとミユはいつもの様に佐藤さんから貰った服を脱いで下着のみとなった。

 その後、幻像で作られた下着を消すとそこには見事な球体関節のつるぺたボディが現れる。

 基本関節部以外はバー◯ー人形とかと同じような感じである。

 俺はそんなミユの体を用意したシートで軽く拭いてやる。

「キレイキレイ♪」

「お父さん音痴なの」

「ほっとけ」

 そんなミユとのキャッキャウフフは次の瞬間、呼び鈴によって寸断された。


 ぴんぽ~ん。


「はーい」

 俺は返事をしながらミユにはとりあえずタオルを巻いてやる。

「山田です、すこしよろしいでしょうか?」

 何をあらたまってるんだろう?

「いいですよ」

 俺が応えるとドアが開いて山田さん……と吉田さんが入ってきた。

 あれ? 帰ったんじゃなかったの?

「少し手違いが発生いたしまして」

「手違い?」

「ええ、話すと長くなるのでお茶でも入れてからでいいでしょうか?」

「まぁいつもの通りかまわないけど」

「わかりました、それでは用意しますね」

 そう言うと山田さんはキッチンへ向かったので俺は吉田さんを部屋に招き入れる。

「すまないな」

 吉田さんはそう言いながら部屋に入ったとたん、机の上のバスタオル姿のミユを見て固まった。

「ああ、今ミユの体を拭いていたところだったんで」

「体を拭く……だと」

「ええ、ミユはお風呂に入れていいのかまだ山田さんに聞いてなかったので。そうだ、ついでだから聞いとくか」

「お風呂……」

 なぜだか吉田さんがドン引きしている。

 俺は彼女をとりあえず放置してミユの体をタオルで拭いてやる。

 ある程度乾いた所で髪を軽くドライヤーで乾かした後、ミユが服を着て完了である。

 俺は男子高校生なので女性の風呂上がりのケアなどは知らないし、素体にそこまでの事が必要かどうかも不明なのでそれ以上は出来ないのだ。

 吉田さんは俺から少し離れた場所に座って俺の方をジト目で見ている。

 やがて山田さんがいつもの様にお茶を持って現れると話を始めた。


「吉田さん、帰ったんじゃなかったんですか?」

「帰る予定だったんだけどね」

 吉田さんは少ししょんぼりして答えた。

「吉田様の世界とこの世界の座標間距離が現在我が社が有する転移装置で転移できる範囲を超えていまして。」

「距離?」

 いきなり大陸大移動でも起こったのか?

「少しくらい離れていてもボクの魔力があれば戻れるはずだったんだけど、昨日の解析魔法アナライズで思ってた以上に自分の魔力をつかっちゃってね」

 困ったような顔をする彼女は続けて

「こっちの世界の魔素がここまで薄いとは思わなかった。それ以前に異世界の魔素はボクたちじゃ使えない事を知らなかったんだよね」

 と言った。

 よく意味がわからない。

「そもそも吉田様はスズキ様の時と違ってこちらの世界に勝手にやってこられたのがいけないんですよ」

「だって気になったんだもん」

「せめてワタナベにでも話を通していれば世界の周回周期のタイミングもわかったでしょうに」

 山田さんは一つため息を付いて俺の方を向く。

「昨日のアンカーの話の続きではあるのですが田中さんにはそろそろ話して置いたほうがいいかと思いまして」

 真剣な目だ。イケメンの真剣な目は俺のおふざけを許さない。

「何のこと?」

「ミニ世界樹とアンカー、そして異世界の状況についてです」

「あれ? 話してなかったの?」

 吉田さんが不思議そうな顔をして山田さんを見る。

「ええ、言うタイミングを逃してしまいまして」

「ふ~ん」

「あと、吉田様も気がついていると思うのですがこの世界はスズキ様や吉田様の世界とは様相がかなり違っているでしょう?」

「そうだね。魔素がすでにほぼ枯渇しているのもあるけど魔法が無いせいかボクたちの世界と進化の方向性が全く違う」

「ええ、そういう部分もありまして田中さんには時間を掛けて魔法や魔素について理解していただいてから話すつもりでした」

 俺を置いてけぼりにして二人の話が続いた。

「そこにボクが来てアンカーの事を話しちゃったから山田の予定を狂わせちゃったんだね」

「気にしないでください。ミユさんが成長し、アンカーとしての役割を得た今、田中さんに現状を知ってもらうにはこのタイミングがベストでしょうし」

 山田さんはそう言って俺の目をもう一度見ながら語った。


「田中さん」

「は、はい?」

「いいですか? 心して聞いてください」

 ゴクリ……おれは息を呑む。

「ミユちゃん、いえ、ミニ世界樹はですね」

「ああ」

「実は本物の世界樹だったんですよ!!」

「な、なんだってー!って、それは最初に山田さんそう言ってましたよね?」

「え?」

「たしか『このミニ世界樹は母なる世界樹の枝より生まれた正真正銘の世界樹なんです!』って力説してたじゃん?」

 沈黙がその場を包む。


「ちゃんと話してあんじゃん」

 吉田さんが山田さんの肩をポンポン叩いて慰めている。

「た、たしかに。たしかに言った気がしますがあの時と今じゃずいぶん違いますでしょう?」

 あの頃は100%嘘だと思っていた。

 でも今は半分くらいは本当であってほしいと思う自分がいる事も確かだ。

「そうだね。あの頃は山田さんの事を詐欺師か押し売りのヤバイ人としか思ってなかったし」

「さ、詐欺師……」

「あははは」

 がっくりしている山田さんを見て吉田さんが笑う。

 吉田さんも笑っている場合じゃないと思うんだけどな。

「ミユについて大事な話なんでしょ? 聞かせてもらうよ」

 俺は居住まいを正して山田さんと向き合う。

 いつの間にかミユが俺の肩によじ登って来た。

 そういえば飛行ユニット外したままだった。

 山田さんはそんな俺達を微笑ましく眺めて話しだした。


 世界樹の役割とこの世界の成り立ちについて……。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る