第32話 新たな黒歴史の誕生です。

「ただいまー」

 俺達は部屋に入るとミニ世界樹ケースをリュックから出し机の上に置く。

「今日は疲れたぁ」

 たくさんの人たちの熱気に当てられて俺は心底くたびれていた。

「お父さん、世界樹の雫飲む?」

 光学迷彩を解いたミユが心配そうに尋ねてくる。

「ありがとうミユ、でも今日はやめておくよ」

 たしかに『世界樹の雫』を飲むと体の疲れはスッと抜けていく感じはする。

 レベルアップ効果なのか初めて飲んだ時より今のほうが効果が上がっているような気もする。

 だがそれも「※個人の感想です」という良くある通販レベルの体感でしかない。

 それもプラシーボ効果だと言われたら反論しようもない位だ。

 眠気は取れるのでカフェインみたいな物は入っているのかもしれないが、このケースの中は本当にどうなっているんだろう。

 ジュースサーバーみたいな機能が隠されているのか?


「ミユ、このケースってどういう仕組でエネルギーを取り入れたり世界樹の雫を出せたりしてるんだ?」

 思い切ってミユに聞いてみた。

 ミユはこのミニ世界樹ケースに宿った妖精フェアリー……もとい、超人工頭脳だ。

 そこいらの目が怖い胡椒みたいな名前のロボットとは格が違う存在である。

 だから自分の体(ミニ世界樹育成ケース)の事も色々知っているに違いない。

 ミユは少し首を傾げた後「わかんない」とだけ答えた。

 さっき俺の脳内で行われたミユ自慢をぶち壊す回答だ。

「高橋が帰ってきたら聞いてみるの」

 うん、まぁ高橋さんなら開発者の一人だから間違いないんだろうけど話してはくれないんだろうなぁ。

「ああ、そうか」

 俺は高橋さんの事を考えていてミユが自分の体について答えられない理由を悟った。

 ミニ世界樹と、この育成ケースはユグドラシルカンパニーが世間一般に知られていないような技術を使って作られたある意味試作品だ。

 量産型と違いプロトタイプは高性能と俺達は色々なマンガやアニメで教えられてきたはずだ。

 そしてプロトタイプモデルというのは秘密の塊。

 なんせ発売前の商品だ。その中身が流出するのは死活問題。

 つまりミユにも情報を外部に漏らさないためのプロテクトがかかっていてもおかしくはない。

「世界で一番優秀なおれのミユが自分の体のことを知らないわけないもんな」

 ひとりで納得していると山田さんがいつもの様にお茶と茶菓子を持ってキッチンから戻ってきた。


 恥ずかしい中二呪文を唱えて心にダメージを受けてまで世界樹の雫を飲むより山田さんの入れてくれたお茶を飲むほうが今は癒される。

 ミユにも冷ましたお茶を吸収口に入れてやる。

 ジュース系以外は問題ないとミユには確認済みだ。

 お酒は先日の事もあって当然禁止である。

 そもそも健全な高校生であるところの俺の部屋に酒などあるはずがない。料理酒すらない。

 高橋さんは現在禁酒中である。

 そう言えば高橋さんってドワーフ設定のはずなのにお酒に弱いというのはどういう事なのか。

 そのことを山田さんに聞いてみる。


「この世界の伝承にあるドワーフと違って私達の世界のドワーフはお酒に弱んですよ。そのくせお酒自体は好きという二律背反な種族でして」

「何それ。猫好きだけど猫アレルギーで触れないみたいな種族」

「まぁそれとは違って彼らの場合は少しは飲めるんですけどすぐに酔っ払ってしまうんですよね」

「この前の高橋さんもあっという間に酔っ払ってたなぁ。一升瓶もってるから飲みすぎたのかと思ったらコップ一杯だけしか飲んでなかったみたいで」

「一升瓶一本あれば彼らなら一月は持ちますからね。ある意味非常に効率がいいとも言えるんじゃないでしょうか」

 山田さんは一口お茶を飲んでから続ける。

「一番の問題はドワーフ族はほぼ全て酒癖が悪い事ですかね。ドワドワ研究所の打ち上げ会なんて私はもう二度と参加しません」

 なんだか山田さんのトラウマを思い出させてしまったようだ。

 あの状態の高橋さんみたいなのが大量にいる状況なんて悪夢だな。


 珍しく山田さんが当時の状況を思い出したのか顔を青ざめさせて小刻みに震えだしたので俺は話題を変えることにした。

「そ、そうだ山田さん。ミユの今回のレベルアップ内容を今からチェックしようよ」

 俺は急いで立ち上がり机の引き出しから説明書を取りだす。

「呪文、呪文っと。あった」

 俺は呪文のページを開いて山田さんに見せる。

「……知りませんよ貴方の奥さんの浮気とか……所長のヌードとかやめ……」

 山田さんは悪夢の中にまだ飲み込まれたままだったので背中を一つ叩いて正気に戻らせた。

「はっ……高橋さんは!?」

「まだ帰ってきてないよ。というか一体ドワドワ研の打ち上げってどれだけトラウマなんだよ」

「すみません田中さん。あれは私の300年以上の人生の中でワースト3に入る位のできごとでして」

 他の2つについては絶対に聞かないでおこうと俺は心に決めると説明書を山田さんに手渡した。

「今度はどんなコマンドが開放されたんだろう」

「えっとですね『封印せしとき』とありますね」

 また中二病っぽい呪文コマンドが現れたな。時を刻と書いてある辺りが痛い。かなり痛い。

「で、その呪文の効果はなんなの?」

「説明を読みますね。『世界樹育成ケース、もしくは憑依した依代の視界に映る世界の時間を閉じ込める』と書いてあります」

「なんだか中二全開で書いてあるけどそれって要するに『写真機能』なんじゃ?」

 俺も流石にこの呪文説明に慣れてきたからだいたい予想がつくようになっていた。


「試してみます?」

「山田さんも知らない呪文なの?」

「もちろん知ってますよ。私達の世界ではそれなりにポピュラーな呪文ですから」

 じゃあ安全だな。

 本当に呪文説明の様に時間を止めたりとか閉じ込めたりとかの機能なら危なすぎる。

 そもそもそんな技術がこの世に存在するわけもないんだけど。

 山田さんが黙って俺に説明書を手渡す。

 今回も俺が呪文コマンドを唱えるのか。

「これって依代とケース、どっちから発動させるのか設定とかあるのかな?」

 そう言いながら説明書の呪文表を見ると呪文コマンドの中に『依代or世界樹』と書かれている部分があった。

 呪文コマンドを唱える時にこの部分を変えることで指定ができるようだ。

 俺は呪文の前にまずミニ世界樹育成ケースの正面を自分たちの方に向け隣に山田さん、肩にミユを乗せた状態で呪文を唱える。


「刻を見つめし世界樹の眼よ!その刹那を抱き我が物とせん!」

 俺がいつもの様に呪文を唱えると


 カシャッ。


 軽いシャッター音がミニ世界樹育成ケースの方から聞こえた。

 なんだか大げさにじゅもんを唱えたのに帰ってきたのが「カシャッ」という平々凡々なシャッター音だけなのが腑に落ちない。

 俺が微妙な顔をしていると

「これで撮影完了ですね。見てみますか?」

 山田さんが笑顔で言う。

「見るって言ってもどうやって見ればいいんだろ」

 ミニ世界樹育成ケース自体にモニターは付いてないし、かといってSDカードスロットもない、USBのような接続端子もないからPCに転送してみることも出来ないだろう。

 ああ、Bluetoothで接続できるのかな?

 そんなことを考えていると山田さんが「ミユさんに頼めば見れるはずですよ」とミユを俺の肩から持ち上げて机の上に置く。

「ミユ、頼むよ」

「はいなの」

 ミユが元気よく返事をするとミニ世界樹育成ケースから光が飛び出し空中に先程撮影した物であろうホログラフィックが映し出された。

 てっきりただの写真が投影されるだけだろうと思っていた俺は言葉もなくそれを見ていた。


「お父さんカッコイイの!」

「田中さん、なかなか堂に入ったいいポーズじゃないですか。永久保存版ですよ」

 ミユと山田さんがそのホログラフィックを見て感想を述べる。

「ミユ、この映像消してくれない?」

「やーなの。ミユとお父さんの初めての記録は消したくないの」

 そんなことを言われたらもう何も言えないじゃないか。

「私もその写真に入っていますけどね」

 山田さんが少しさみしそうに呟いているがそんなことはどうでもいいのだ。


 俺達の目の前に浮かぶホログラフィックの映像。

 その中の俺は右掌を前に突き出し、何故か中二っぽいポーズで左手で左目を抑えるような格好で決め顔を作っていた。

 完全なる黒歴史の完成である。


 きっと疲れてたんだよ。

 俺はついいつものノリでやってしまった事に後悔していた。


 ぴんぽ~ん。


 その時部屋の呼び鈴が鳴ったかと思うと玄関から高橋さんが何個か荷物を持って入ってきた。

「ただいま~! ついに飛行ユニットが完成したですですぅ!」

 高橋さんはそのまま部屋に入ってきて立ち止まる。

「何をしていたんですです?」

 そこには崩れ落ちる様にしゃがみこんでいる俺と楽しそうにしている山田さんとミユ、そして空中には俺の黒歴史が投影されていた。

 高橋さんはそれを一通り見回した後、何かを察したのかなんだか優しい慈母に溢れた表情になって俺に向かって


「どんまい」


 と一言だけ告げた。


 優しさが辛い!!!!


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