第31話 ファッションモデルの山田さんです。

 今、俺の目の前では山田さんがシャレオツな格好をして写真撮影を行っていた。

「そのポーズで一枚いきま~す」 カシャッ。

 カメラマンが次々と写真を撮っていく。


 俺は撮影現場の片隅の椅子に座ってその様子を膝に抱えたミニ世界樹ケース状態のミユとともに見学をしていた。

 カメラマンの横で撮影内容をチェックしたり、山田さんへポーズの指示を行っている佐藤さんは、いつもの優しい姿と違い非常に凛々しい。

 見かけは美女にしか見えないけれど、今その瞳は野獣のように雄々しかった。

「山田も佐藤もかっこいいの」

 ミユが指向性のスピーカー(?)で俺にだけ聞こえる声で話しかけてくる。

「俺はちょっと怖いよ」

 まわりを見渡すと結構な数の見学者が撮影を見守っていた。

 半分くらいは山田さん目当ての女性陣だが他の人達は佐藤さんと同じ服飾学校の生徒、つまり佐藤さんの同級生でありライバル達だ。

 女性陣の熱視線とライバルたちの熱視線、その2つを受けても平然とモデルを続ける山田さんは流石だ。

 一方俺は山田さんやミユがやって来てから学校以外での外出機会が増えたとはいえ未だに人がたくさんいるところは苦手なままだ。

 その上、たくさんの人達から場の熱気が溢れているようなこんな場所はアウェー感が半端ない。

「ミユ、もう帰ろうか?」

 俺はもう帰りたくて仕方なかった。

 あの部屋の中、おれのホームが呼んでいる。

「ミユ最後まで見ていたいの」

 その呼び声はミユの言葉で打ち消されてしまったが。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 十日前。


 山田さんと高橋さん、そしてミユの3人と俺が狭い部屋で飛行ユニットの調整を行っていた。

 正直、俺と山田さんは飛行ユニットの調整に関しては特に手伝える事もないのでお茶を飲みながらミユの可愛さについて語り合っていただけだったが。

「山田さん、やっぱり山田さんってロリコンなんじゃ? ミユに手を出すのは許さないよ」

 いつも冷静沈着な山田さんが唯一おかしくなるのはミニ世界樹関連の事を話す時である。

 前から委員長や伊藤さん、そして男だけど佐藤さん。外に出ると多種多様の女性達から熱視線を浴びせられているのに山田さんはその全てを「私はロリコンじゃないので」の一言で一蹴してきた。

 いくら『長命種設定』を大事にしていると言ってもここまで反応がないのはおかしいと前から思っていた。

 確かめてないのはガチムチ系位だろうけど想像もしたくないので却下だ。

 山田さんの女性に対する反応の中で俺の知る限り唯一デレデレに近い感情を見せるのはミユにだけである。

「私はロリコンではないと言ってるじゃないですか。ミユさんについては私も田中さんと同じく家族だと思っていますので」

 そう言われるとたしかにそうかもしれない。

 ミユは一応俺が育ててきたが、山田さんの助力も必要だった。

 陰になり日向になり見守られていると思ったときもある。時にはストーカーっぽくすらあった。

 つまりもうひとりの家族とも言える存在なのか。

「ミユ、これから山田さんのことはお母さんって呼んであげたら?」 

 山田さんが心底嫌そうな顔をして俺を見ている。

「山田は山田なの」

 ミユさん容赦ない。

 少し苦笑いしていると部屋の呼び鈴が鳴った。


 ぴんぽ~ん。


 誰だろう?

「はいは~い、いま出ますよ」

 俺は玄関に向かいドアを開けた。

「こんばんわ田中さん。山田さんいますか?」

 佐藤さんが立っていた。


「山田さんにお願いがあってお部屋の方にお伺いしたんですがお留守だったので」

「念のため扉に『田中さんの部屋にいます』ってプレートを掛けておいたんですよ」

 佐藤さんはそれを見て俺の部屋に来たのか。

「それで佐藤さんはどのような御用で?」

 山田さんがいつものイケメンスマイルで佐藤さんに用件を聞くと佐藤さんは少し言い淀むようにしたあと思い切ってという様に切り出した。

「山田さん! 私のモデルになってくれませんか?」

「モデル……ですか?」

「先日私が今発表会のために服を作っている事は言いましたよね」

「ええ、聞かせていただきましたね」

「その発表会でのモデルを是非お願いしたいんです」

 どうやら佐藤さんは山田さんをスカウトに来たようだ。

 たしかに長身イケメンの山田さんはモデルにはぴったりだろう。

 唯一欠点があるとすれば絶対に外そうとしないあのエルフ耳だけだ。

 その欠点さえイケメン補正で誤魔化せるのが山田さんの恐ろしいところだけど。

「嬉しいお誘いですが我が社は副業が認められておりませんので」

「そうですか……」

 佐藤さんは目に見えるほどがっかりしていた。

 美人が悲しそうにしているのを見てるのは忍びないな。佐藤さんは男だけど。

「山田さん、副業じゃなくただの友達のお手伝いってことにすれば良いんじゃない?」

 俺は一つ思いついたことを言ってみた。

「この前やった伊藤さんのお手伝いは問題なかったわけだし」

 山田さんは「そういえばそうですね」と手をポンッと叩いて佐藤さんに向き直る。

「佐藤さん、モデルの仕事じゃなくモデルのお手伝いならお受けします」

 キラッとイケメンスマイルも忘れない山田さん。

 佐藤さんはそれを聞いて一気に顔に明るさが戻った。

 そしてほっぺに朱がさした。

 俺は人が恋に落ちる瞬間を目撃したのかもしれない。

 どっちも男だけど。


 その後、発表に使う服の最終調整の為に山田さんのカラダのサイズを測りたいと佐藤さんはメジャーを取り出し半時間ほど掛けて山田さんの全てを測り終えた。

 服飾デザイナーモードの佐藤さんは、仕事モードの時の伊藤さんと同じく別人のようだった。


「ありがとうございました。モデルの件について日時とか決まりましたら連絡させてもらいますね」

「はい。早めに教えていただければスケジュールはどうとでもあわせられますから」

 そうして伊藤さんは山田さんの『全て』を記録した用紙を大事に抱え帰っていったのだ。

「山田さんのファッションモデル姿なんて絶対女の子たちが群がるでしょうね」

 俺は皮肉げに言ってみた。

「私に幼女趣味は無いんですけどね。最低でも200歳以上じゃないと」

 そして何時もの持ちネタで返されるまでがテンプレだ。


 高橋さんとミユにその話をすると、高橋さんは興味なさそうにしていたのだがミユは思いっきり食いついてきた。

「絶対見に行きたいの!」

「山田さんは呼ばれたけど俺は呼ばれてないからなぁ」

 渋る俺をいつの間にやら山田さんまでミユの味方になって説得された。

 好奇心旺盛な年頃の娘を持つ親の気持ちというのはこういう感じなのかな。

 そう思いつつ翌日佐藤さんに「一緒に行ってもいいか?」と聞いてみると簡単にOKが貰えた。

 そんなこんなで俺たち三人は佐藤さんが指示した服飾専門学校の撮影スタジオに出向くことになったのだ。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「はい、これでラストでーす。お疲れ様でしたー」

 あれから山田さんは5種類もの服を着て写真撮影を続けた。

 後が詰まっているとのことで休憩も無しだったが山田さんはいつものようにイケメンスマイルで最後まで撮影を終えた。


「さすがの山田さんだなぁ、本当に人間か?」

 俺は一つ息を吐いてミユに語りかける。

「山田は人間じゃないの」

「そうだよなぁ」

「山田はエルフなの」

「そうですよ、私は人間族じゃなくてエルフ族ですからね」

 いつの間にか元のスーツに着替えて戻ってきていた山田さんが話に入ってきた。

「やっと信じてもらえましたか」

 とか言ってるけど、ただの言葉の綾だ。

 突っ込むのもめんどくさいので俺は適当にあしらってからミユのケースをいつものリュックにしまって立ち上がる。

 そこへ佐藤さんがやって来て山田さんに深々と礼をする。

「今日は本当にありがとうございました」

 サラサラの髪が綺麗に揺らめく。これで男なんだから神様はなんというものを生み出したのか。

 神に説教してやりたい。

「いえいえ、貴重な体験をさせていただいて楽しかったですよ」

 今回撮影された作品が審査を通れば本番のファッションショーに出場できる。

 が、その時に舞台に上がるのは山田さんではなく本物のプロのモデルさんの仕事である。

「いろいろな服を着させていただきましたが、やっぱり私はこの服が一番安心できますね」

「他に服は無いの?」

「別に私はずっと同じスーツを着てるわけじゃありませんよ。夏用、冬用では生地の厚さも違いますし、スーツの模様も何種類も違うものを使い分けてるんですよ。気が付きませんでしたか?」

 まったく気が付かなかった。

 というかそんな所に意識を向けたことがなかった。

 少しショックを受けたような山田さんの顔を見ていると突然音が鳴り響いた。


 テンテケテケテケテン!


 少し軽い感じの効果音だったがこれはミユのレベルアップ音に違いない。多分。

「今の音は?」

 佐藤さんが首を傾げて聞いてきたので山田さんは「すみません私の携帯のアラームです。消音モードにし忘れていたみたいですね」と言ってごまかした。

 佐藤さんはその説明に納得したのか「今回のお礼についてはまた今度かならずしますから」と言い残して去っていった。

 これから撮影した写真の最終チェックを徹夜でするらしい。


 佐藤さんが去ったあと俺達はミユのレベルアップについて話しながら家路についた。

 手元に説明書が無いため新しく手に入れた能力が何かは帰ってからでないとわからない。

 いつもなら高橋さんにでも連絡して部屋においてある説明書を見てもらえばいいんだが、あいにく今日は飛行ユニットの最終調整にドワドワ研究所に戻っていて居ないのだ。

 そんな事を山田さんと話していると突然山田さんが何かを思い出したかのようにこっちを見て言う。

「そういえば高橋さんにエルフの里の名物を一つ頼んで置いたんですよ」

 ニコニコ笑顔でそんなことを言う山田さん。


 嫌な予感しかしない!!



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