第30話 懐かしいおふくろの味です。

 俺は料理の下準備だけ済ました所で「後は私がやるから」と伊藤さんにキッチンを追い出された。

 仕方なくミユたちのもとへ行くと、なにやら高橋さんと山田さんが言い争いをしている。


「なにやってんの」

 俺は部屋に入るなり尋ねてみた。

「ミユちゃんに今試しに新装備を付けてもらってたですです、そしたら山田さんが」

「このデザインはやはり可愛くないと思うんですよ。どう思います田中さん」

 山田さんはそう言うと手に持っていたミユ(素体)を俺に突き出した。

「これは……」

 俺はそのミユ(素体)をそのまま受け取ると素体が背負った物を見る。

「何故にランドセル?」

 ミユ(素体)が背負っているものはどう見ても小学生がよく背負っているランドセル(赤)だ。

「私がこの国の文化を異世界ンターネットで調べた結果その形になったですです」

 何をどう調べた結果こうなったのか謎すぎる。

「今回ミユちゃんから依頼を受けた、というかこういうものが欲しいと頼まれたのは飛行ユニットですです」

「飛ぶのか!? 何のために?」

「ミユちゃんは依代を手に入れて憑依出来るようになってから色々と実体が無い頃には出来なかった田中さんのお世話をしているですですよね?」

「朝起こしてくれたり、部屋の掃除をしてくれたりはやってくれてるな」

「ですです。でも見ての通り今のミユちゃんはこの大きさなのでこの背丈で届かない所については諦めるしかなかったわけですです」

 高橋さんは一呼吸置いてからさらに話を続ける。


「最初、素体……依代のサイズを大きくする事を考えたですですが、今のミユちゃんの魔力では大きい依代を動かすには足りないのですです」

 新型ケースやミユ自身のレベルアップで最近はマジックパワー切れをそれほど気にすることも無くなっていた。

 そんな状態でも大型素体を動かすにはまだ力不足だと言うことらしい。

 つまり、ユグドラシルカンパニーの科学力を持ってしてもまだ大きなヒトガタの物を今の小さい素体と同じように動かすことは出来ないってことだな。

「それで飛行ユニットか」

 俺はみゆ(素体)のランドセルを眺める。

「でもこんなもので飛べるのか?」

 俺は単純に疑問をぶつけてみた。

「テスト運転はすでに成功済みですです。そのバックパックは魔力を推進力に変える装置になっていて装着者の思うままに空を飛ぶことが出来るですです」

 なんだかうさんくさいが高橋さんとドワドワ研究所の技術力の高さを考えると実際可能なのだろう。

「マジックパワーの消費が大きいので長時間駆動は無理なのと憑依はミニ世界樹本体から約10メートル以上離れると解けてしまうので注意が必要なのですです」

 憑依呪文コマンドは、あの時一度使ったっきりで、それ以降ミユは自力で憑依モードと通常モードを切り替えている。

 多分Bluetooth接続みたいなもんで一度『依代とミニ世界樹をペアリング』してしまえばあとは自動で行えるという事なんだろうと理解している。

 恥ずかしい呪文コマンド方式じゃなく良く有るBluetooth機器のようにボタン長押しでペアリングさせてくれれば良かったのに。

 こういう部分の異世界設定を手抜かり無いユグドラシルカンパニーさんパねぇっす。でもユーザーフレンドリーじゃないっす。


「それでですね」

 山田さんが話に割り込んできた。

「このランドセルの部分のデザインが私は少し気に入らなくて高橋さんに修正を求めてたんですが田中さんの意見を聞いてからしかやらないと言うんですよ」

「何処が具体的に気に入らなくて、どうしてほしいんですか?」

 俺は山田さんのセンスは全然信じては居ないが取り敢えず聞いてみる。

「それはですね」

 山田さんがランドセルを指差す。

「このランドセル地味過ぎませんか?」

「もともとランドセルは地味なものじゃないの?」

「ですです。実用性第一のベストセラーですです」

 高橋さんが俺の言葉に乗って言う。

「ランドセル自体には問題はないと思うんですよ」

 思うんだ。

「ですがこれを背負うのはミニ世界樹『ミユ』さんなんですよ。もっとこうかわいい仕上がりにしたいじゃないですか」

「激しく同意するよ山田さん!」

 俺は速攻で山田さんの意見を尊重することに決めた。

「このままでも十分可愛いと思うですです」

 そんな事をブツブツ言っている高橋さんを無視して俺は山田さんのデザイン案の続きを聞く。

「それでですね、せっかく天使のようなミユさんが空を飛ぶわけですからデザイン的には100%『羽』が必要だと思うんですよ」

「羽……日本人は何にでも羽付けるって海外のアニメファンによく言われると聞いたことがあるけど」

「かわいい子の背中に天使の羽は正義ですよ」

 俺はミユのその姿を頭に思い浮かべてみる。

 うん、ありだな。むしろランドセルだけの方がありえない。むしろそれは犯罪臭い。

「ミユはどう思う?」

 俺はこの議論に何故か入らずに沈黙しているミユに声をかけた。

 結局は使う本人がこういうことは決めるべきだろう。

「う~ん、ミユはどっちでも構わないの。飛べるようになるならデザインなんて関係ないの」

 ミユにとっては飛べるようになることが重要で、デザインはどうでもいいからこの不毛な議論に参加していなかったわけか。

「じゃあお父さんがきめていいか?」

「はいなの」

「わかった。じゃあ山田さん、羽つきデザインでお願いします」

「田中さんもデザイン変更賛成という結論ですね。という理由で高橋さんはデザイン変更を行うように。これはユグドラシルカンパニーとしての決定事項です」

 山田さんはそう言って高橋さんを指差す。

「うううう、わかったですです。でも飛行ユニットの調整とかが終わって最後の最後でしかデザインは変える余裕がないですです」

「最終的に望む形になれば問題ありませんよ」

 そう言ってにっこり微笑む山田さんの目が笑っていない。

 この人、時々頑固な部分が出てくるな。

 なんというか謎のフェチズムを持っていてそこだけは譲れないといった感じが。

 ジャパニーズビジネスマンの格好ばかりしている部分とかこだわり以外の何物でもない。

 後はあの部屋の惨状とか。一度凝り始めると止まらないのだろうか?


 そんな事をしているとキッチンの方から伊藤さんがやって来て「ご飯……できた」と言うので俺達はキッチンから用意された食事をいつもの部屋へ運んだ。

 俺は準備を手伝っていたので大体のメニューは知ってはいたが伊藤さんの料理は基本和食をベースにしたTHEおふくろの味というメニューだった。

 ベースの肉じゃがから味噌汁。ナスの煮浸しから刺身こんにゃくや冷奴など多種多様だ。

 俺達は全員揃って「いただきます」と言ってからその料理群に手を延ばす。

「おいしいな」

 俺は久々に食べる懐かしい『おふくろの味』を楽しんだ。

 本当のおふくろの味がどんな物だったのか今では記憶も曖昧になっているけれど。

 それでも伊藤さんの料理はオレの心を揺さぶった。

 何故か山田さんも懐かしそうな顔をして食べていたが山田さんの国の料理とは全く違うだろうに。


 そして山田さんも高橋さんも伊藤さんも、その夜はお腹がいっぱいになるまで、心が満たされるまで食べることが出来たのだった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 食事の後片付けは俺がしておくからと伊藤さん達を見送ってからミユと二人で片付けをする。

 ミユは憑依モードで部屋からキッチンの俺の所まで食べ終わった食器とかを一生懸命運んでくれた。

「飛べるようになったらもっと色々お手伝いができるの」

 そんな愛らしいことを言う我が娘にお父さんはもうメロメロです。


 その夜俺はミユがアメリカンヒーローのように空を飛び回る夢を見た。

 そしてその飛び回るミユを必死に追いかけるようにケースに入ったミユの本体を持って走り回る俺の姿もそこにはあった。


 10メートル以上離れられないってのは結構不便だなとか思いながら走る俺のその顔は何故か笑顔だった。


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