第29話 外すも何も自前です。

 翌日、学校から帰ると山田さんの部屋から高橋さんが出てきた。

 男の部屋から女が出てきたと言うことは……ムフフ。などとは思わない。

 なにせあの山田さんと高橋さんだ。

 それぞれの本性を知らない人間なら一見イケメンと美少女の情事を想像してしまってもおかしくもないかも知れないし、二人が並んで歩いていたら身長差カップル萌え属性の人にはたまらないだろうが。

 まぁ、二人をある程度よく知る俺にはもうそんな妄想すら出来ない位は達観している。


「高橋さん、帰ってきてたんですか」

 一応、昨日山田さんに聞いて今日帰ってくることは知っていたけれど。

「ただいまですです」

 なぜだか何時もと違ってかなりテンションが低い高橋さんに疑問を覚える。

 たしかミユの新装備を持ってくるとか不吉なことを聞いていたから、きっとハイテンションで帰ってくるとばかり思っていたのに。

「何だか何時もよりテンション低いけどどうかした?」

 高橋さんは俺の方をチラッと見た後またうつむいて「はぁ~」とため息を付いた。

 人の顔を見て溜息つくとか。なんという失敬な。

 溜息つくと幸せが逃げちゃうぞ。

「失敗した失敗した失敗したってやつですです」

「失敗? 山田さんが昨日言ってた『ミユの新装備』ってやつの事?」

「聞いてたですですか」

「新装備を高橋さんが今日持ってくるとだけしか聞いてないからどんな物かとかは全く知らないけど?」

「その新装備がですですね、少し調整ミスしたですです」

 調整ミス?

 色々アレな人だけど技術面においてだけは天才だと思っている高橋さんが調整ミス?

 唯一の取り柄がなくなってしまうじゃないか。

 あ、黙っていれば美少女という取り柄はあったな。俺には既に効果は発揮しないスキルだが。

「あと、山田さんに見せたら新装備のデザインがだめだって言われたですです」

「デザインって、山田さん何かこだわりでもあるのかな?」

 イケメンだけど基本服装はジャパニーズサラリーマン姿ばかりで、今まで見たことのある私服(?)のセンスも決して良いとはいえない山田さんだ。

 常時エルフ耳つけっぱなしだし。

 その山田さんのセンスは正直信用できない。

「山田さんはああ見えてロマンチストですです」

「ロマンチスト?」

「ですです。ドワドワ研究所の製品はどちらかと言えば実用性重視デザインなので、この世界に持ってくるものには毎回山田さんのチェックが入るですです」

 その山田チェックの結果の一つに思い当たった俺は少し嫌そうな顔をしてしまった。

「あのエ草刈りガマーも山田さんの指示でああなったのか」

「エ草刈りガマー? もしかしてスズキさん専用装備スズ剣のことですです?」

 スズ剣って。ドワドワ研究所のネーミングセンスも相変わらず壊滅的だな・

「スズ剣は最初はもっと剣っぽくてカッコよかったのですですが、山田さんの指示で結局ああなったですです」

「まああれは仕方ないよ、うん」

 日本の曖昧過ぎる法律がいけないんだし。

「とりあえずその装備とやらを見せてよ。俺が判断して問題なさそうなら山田さんに掛け合ってあげてもいいよ」

 山田さんのセンスに任せたらどうなるかわからないので高橋さんにそんな提案をしてみる。

「お願いするですです。準備してから伺うですです」

 そう言って嬉しそうに高橋さんは自分の部屋に戻っていった。

 俺も自分の部屋へ入って制服を着替え高橋さんを待つことにする。

「ただいまミユ、高橋さんがミユ専用新装備とやらをもうすぐ持ってきてくれるらしいぞ」

「それ前にミユが高橋に頼んでたやつなの」

「え?」

「たのしみなの!」

 ミユが頼んだ?

 予想外の展開に俺が口をあんぐりとあけて呆けていると玄関の呼び出しベルが鳴った。

 高橋さんだろう。


「はいは~い、今でますよ」

 俺は一旦ミユが言ったことを横においといて玄関へ向かう。

「どうぞ高橋さん、いらっしゃ……あれ?」

 ドアを開けたらそこには高橋さんじゃなく地味モードの時の伊藤さんが立っていた。

 何やら大きめの買い物袋を下げているが買い物帰りなのだろうか?

「あれ、伊藤さん? また大家さんから預かり物でもありました?」

 見る限り買い物袋以外に何か持っているようには見えないけど。

「あ……く……う……」

 亜空?

 声が小さ過ぎてよく聞き取れない。

「わんもあぷりーず」

 俺がそう言うと彼女は一つ大きく息を吸って「約束したご飯作りに来ました!」と叫んだ。

 小さい声を聞き取ろうと思って前かがみに耳に神経を集中させていた俺には大ダメージだ。

「ぐはっ」

 耳を抑えて蹲る俺を心配そうに伊藤さんが覗き込んでくる。

 正直この状態の時の伊藤さんの方が俺好みだが今はそんなことを言っている場合ではない。

 しばらくしてやっとダメージが引いたので立ち上がった。

「だいじょう……ぶ?」

 今度は普通に聞き取れるレベルの声で尋ねてくれたので俺は「大丈夫大丈夫」と答えた後に伊藤さんに尋ね返す。

「ご飯ってこの前の撮影のお礼ってやつですか? ファミレスかどこかで奢ってくれるんだと思ってたんだけど」

「私……あんまりああいうお店に……いかないし」

 伊藤さんはそう言いながら手に持っていた買い物袋を俺に見せて「自分で作るのが……好きだから……」と少し微笑んだ。

 ヤバイ、地味っ子の微かな微笑みはヤバイ。

「つまりお礼に今日の夕飯を作ってくれるってこと?」

 そう言うと伊藤さんはコクコクと頷いた。

「それはありがたいけどここで作るの?」

 コクコク。

「俺も一応自炊するから一通りの物は揃ってるけど大丈夫?」

 コクコク。

「必要なものがあったら……部屋に取りに行くから」

 たしかに同じアパートなんだからすぐに取りにいけるよな。

 俺は伊藤さんをキッチンへ案内した。

 女の人の手料理とか何処のリア充かと内心ウキウキしている自分がいる。

「あの……山田さんは?」

 結局山田さんかよ!と一瞬で気分が急転直下した。即落ちと言うやつか。

「山田さんは自分の部屋に居ると思うよ」

「お礼……一緒に」

 そういえば今回のお礼相手は俺だけじゃなく山田さんも含めてだった事を思い出した。

 予想外の展開ですっかり浮かれていて忘れていた。

「それじゃ呼んでくるよ」

「おねがい……しますね」

 その言葉を背に俺は部屋を出る。

 何か忘れているような気もするが女の人の手料理の前ではそんな些細な事はどうでもいいと思考を頭のすみに追いやる。

 そして隣の山田さんの部屋に向い呼び出しベルを推した。


 ぴんぽ~ん。


 反応がない。


 部屋にいるのは確実なのになぁ。としばらく待ってからもう一度ベルを押す。

「はい、今出ます」

 今度は返事があった。

 ジャングルが進化して部屋中埋め尽くしでもして音が聞こえ難くなってるんじゃなかろうか?

 正直、今の山田さんの部屋の惨状を大家さんが見たらどう思うんだろう。


 がちゃり。


 扉が開くとそこにはバスローブに身を包み濡れた髪をタオルで拭きつつ立っている艶っぽいイケメンがいた。

「ああ、田中さんでしたか。すみません、今シャワーを浴びてたものですから」

 何時もは白い肌が少し赤くなって微かに立ち上る湯気が山田さんの色気を更にパワーアップさせている。

 これはノンケでもヤバイんじゃなかろうか。

 だが俺にはミユがいるからまだ耐えられる。ありがとうミユ。

「何か御用だったのでは?」

 山田さんが少し首を傾げる。

 俺ははっとして要件を伝えた。

 伊藤さんがこの前のお礼に俺の部屋で料理を作ってくれているので山田さんを呼びに来たのだと。

「そうですか、それは楽しみですね。急いで着替えて覗わさせていただきます」

 山田さんはそうイケメンスマイルで答えた時俺は目を疑った。


 エルフ耳付けたままシャワーだと!


 そう、山田さんはいつもの様にエルフ耳をつけたままだったのだ。

 あれは防水加工でもされているのだろうか。

「山田さん、その耳ってシャワーの時に外さないの?」

 俺がそう聞くと山田さんは自分の耳を触って「やだなぁ田中さん、外すも何も自前ですから外れませんよ」と笑った。

 自前か、そう来たか。

「それでは後で伺いますので」

 俺はそんな山田さんがジャングルの中に消えていくのを見送った。

 すでにエルフの森というよりも猛獣たちの森となっている山田さんの部屋を出る。

 山田さんって会社で何かヤバイ暗示でも掛けられてるんじゃなかろうか。

 そう心配していると俺の部屋のドアが開いて大きな鞄を背負った人が飛び出してきた。

「部屋を間違えたですですぅ!」

「あ、忘れてた」

 そういえば高橋さんが来る予定だった事をすっかり失念していた事に今気がついた。


 高橋さんは一度外に出てきた後にもう一度ドアの部屋番号を見て「あれ? 間違ってないですです?」と首をひねっている。

「高橋さん、そこが俺の部屋で間違いないですよ」

 俺が声をかけると「そうですですよねぇ」と首をひねった。

「でも女の人が料理してたですですよ? 田中さんの部屋でそんな事ありえないですです」

 どういう意味だコラ。

 俺は高橋さんに事情を説明した。

「なるほどそういう事情だったですですか」

「というわけだから装備の話は明日で良い?」

「せっかく準備してきたですですのに」

 高橋さんががっくりと肩を落とす。


 そんな高橋さんの横を通って俺は部屋に入ると伊藤さんに声をかける。

「伊藤さんちょっといいですか?」

「はい?」

「山田さんとあともう一人分追加って出来ます? 材料が足りなければ買ってくるんで」

「だいじょうぶ……多すぎるくらい買ってきた……から」

「じゃあお願いします。料理、俺も手伝いますから」

「それじゃ……お礼にならない」

「だったら野菜の皮むきとか下準備だけでも手伝いますよ。味付けとかはおまかせします」

 おれはそう言うとドアの前にいた高橋さんを呼んでから部屋に戻った。

 高橋さんの大きな鞄をいつもの部屋の片隅に置いてから俺はキッチンに戻る前に一言高橋さんに声をかける。

「高橋さんはご飯の用意ができるまで部屋で待ってて」

「了解ですです。ミユちゃんとお話でもしてまってるですです」

 ミユと新装備の話でもするのだろうか?と少し不安になりながら俺はその場を後にした。


 数分後、何時ものジャパニーズビジネスマン姿で現れた山田さんが「自分も手伝います」とキッチンに入ってきたが、アパートの狭いキッチンに3人も入れないからと追い返した。

 この空間にイケメンは俺以外必要ないのだ。


 なお、イケメンじゃないが高橋さんは誰もが予想する通り料理などまともに作れない系女子なので最初から戦力外である。

 それを知った時に高橋さんは「機械は誰よりも上手に作れるのに」とボヤいてたけど華麗にスルーした。



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