第27話 伊藤さんです?

 大型ショッピングモールから帰ってきた俺は疲れ切った体を『世界樹の雫』で癒やしていた。

「ぷはぁ、この一杯のために生きてるな!」

 瓶の中の液体を一気に飲み干した後、何処かで聞いたオヤジ臭いセリフを吐く。

 疲れて栄養剤に頼るとか完全にダメなサイクルだという自覚は有る。


 そうやって俺がくたびれている横ではミユが元気にはしゃぎまわっていた。

「お父さん、あの大きな鳥すごかったの!」

 ミユが言っているのは植物展の後に向かったショッピングモール内にある超大型ペットショップで売られていた鳥のことだ。

 あそこのペットショップは普通にイメージするペットショップとはレベルが違う品揃えで、一言で言えば動物園だ。

 流石に象やキリンのような大型動物や動物園以外では飼育ができない様な動物は居ないが、それでも他のペットショップでは見かけることのない動物が沢山いるのだ。

 俺も初めてあの空間に迷い込んだ時には度肝を抜かれた。

 そしてそのショップでの一番の目玉と言うのがプール付きの専用ケースに入った大きな『白鳥』だ。


「俺も白鳥が売られているのを初めて見た時はビックリして珍しくテンション上がったなぁ」

「白鳥さんかわいかったの。綺麗だったの」

 白鳥は自然のものを捕獲して売っている訳ではなく、国内繁殖で生まれた種なのだそうな。

 白鳥を繁殖させているブリーダーが居ることにも驚きだが、その値段はなんと100万円!

 お店側も売るために飼育しているというより、言い方は悪いが客寄せ白鳥パンダとして展示物として可愛がられている感じだ。

 白鳥の飼育ケースの隣には、その白鳥にあげるための餌がガチャガチャの機械で売られていて誰でもそこで餌を買い、その白鳥に与えることが出来るようになっている。

「餌あげるの楽しかったの」

 最初ミユは俺の肩に乗ったまま餌を与えるため投げたのだが、まるで俺の肩から急に餌が発射されたように見える事に気がついて慌ててミユを手のひらの上に移動させてそこから買った餌が無くなるまで餌やり体験を続けた。

 丁度お腹が空いていたのか白鳥はミユの投げた餌をパクパク食べてくれて、それがまたミユには嬉しかったらしい。

 肩から餌が突然発射される姿を誰にも見られていなかったのは幸いだった。


 そんなこんなで大型ショッピングモールへの『おでかけ』は無事に終わった。


 いや、帰り際にひとつだけハプニングがあった。

 駅でバッタリ委員長と出会ってしまったのだ。


 遠くから俺たちを見かけて追いかけてきたらしい。

 まぁ100%俺じゃなく人混みから頭一つ飛び出るであろうイケメンフェイス山田さんの姿が見えたのだろう。

 逆に俺には人混みに紛れて逃げる事が出来る特技スキルがあるわけだし問題はない。

「近くだとここでしか上映してない映画があったから見に来たの」

 そんな事を言いながら彼女の目は俺の背負っている猫耳&しっぽの付いたリュックに釘付けである。

 どう説明しようか悩んでいたら山田さんが委員長に話しかける。

「このリュックが気になりますか? かわいいでしょう?」

 いつものイケメンスマイルだ。落としの山田モードだ。

「すっごくかわいいです。田中くんの趣味?」

「ちげーよ!」

「そうですね、委員長さんも我が社と契約を結んだ『関係者』ですからこのリュックの秘密をお教えしましょう」

 そう言って委員長を俺の後ろに手招きする。

「このリュックはミニ世界樹『ミユ』ちゃんと一緒に外にお出かけするために作ったものなんですよ」

 どうやら俺の背中でリュックの蓋を開けて中を見せているようだ。

 委員長が覗き込んで居るのを感じるが近い。顔は見えないけど委員長を感じる。

 思春期高校生的にはコレくらいでもドキドキしてしまう。

 背中をイケメンと委員長に見られてドキドキしていたら不意にミユにほっぺたをつねられた。

 つねるというか手が小さいので両手でぎゅーっとされた。

「デレデレしすぎなの」

 ミユが俺の耳元で小声で言う。

 どうやら俺は娘にヤキモチを焼かれる父親という有名イベントを今こなしてしまったようだ。

 そんなことが頭に浮かんで余計ににやにやしていたら更に強くひねられてしまった。


「なるほど、そういう仕組なんですね」

「ええ、そしてこの猫型尻尾から排気されるようになってまして」

「猫耳触ってもいいですか?」

「構いませんよ。かなり丈夫に作られてますし、それに我が社の開発陣のこだわりで非常に手触りがよく出来てますのでぜひ触ってみてください」

 猫耳がそんなに良い物だなんて、そんな話聞いてないぞ。

 繊細な機器っぽいから猫耳部分とか触りたいけど壊れそうで触れなくてウズウズしてたのに触っても良かったのか。

 ちなみに尻尾はコンセントの抜き差しで触ったことがあるが素晴らしい手触りだった。

「わ~、ふわふわ~♪」

 委員長が俺の頭の後ろでケースの猫耳をなでている。

 時々その手が俺のうしろ髪に当たるのがたまらない。

 そんなことを考えていると、ミユがまた俺の頬をつねってきた。

 ははっ、娘の嫉妬が心地よい。


 それから地元の駅で別れるまで委員長は山田さんと話をしながら猫耳をもふもふし続けていた。

 駅からの帰り道、委員長と俺のイチャコラ(後ろ髪だけ)のせいで拗ねたミユを上手く宥めすかし帰ってきたのがつい今さっきである。

 今回のお出かけで一番疲れたのは帰り道かもしれない。

 山田さんも「報告書を纏めないといけないので」と言って部屋に戻っていったのでミユと二人きりだ。

「やっぱり我が家が一番だ」

 俺は休日家族サービスで疲れきった父親のような事を呟いて寝転がる。

 一応『ミユの父親』なのだから間違いではないんだけどな。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「お父さん、朝なの!」

 依代を手に入れて以来、朝はミユが俺の顔をぺしぺし叩いて起こしてくれるようになった。

 樹木であるミユは基本的に人間と同じような睡眠を必要としないので起こしてほしい時間さえ伝えておけばこうやってきっちり起こしてくれるのだ。

 まぁ、今日は別に起こしてもらう時間なんて言ってないわけだが。

「ふぁぁ~。昨日ののお出かけで疲れてるからもう少し寝かせてくれよ」

 俺は大きくあくびをしてミユに抗議する。

「お客さんなの」

 こんな朝からお客さん?

 山田さんや高橋さんならミユがそういう筈だし一体誰だろう。

 俺は渋々起き出し玄関へ向かう。

 ミユは客だと言うが呼び鈴もならないしノックも無いので本当に誰か来たのかと疑ってしまう。

「はーい、いま出ますよぉ」

 俺は寝ぼけ眼で玄関のドアを開けた。


 そこには一人の地味な少女が立っていた。

 黒髪おかっぱ眼鏡と黒系の服というある意味完璧な出立ちである。

 彼女は俺の顔をじーっと見て居るだけで何も言わない。

「あ、あの。何か御用ですか?」

 少しキツめに聞こえたのか彼女はびくっとして一歩後ずさると手に持った封筒を俺に手渡してきた。

「これ……大家さんから……」

 彼女はそれだけ言って走って逃げていった。

 俺は慌てて外に出るが彼女はそのまま201号室へ入っていったのが見えた。

「201号室? あの部屋の人だったのか。たしか伊藤さんだっけ?」

 このアパートの201号室には伊藤さんという人が住んでいるという話だけは大家さんに聞いていたものの俺自身が他人との関わりを避けていたのもあってか一度も顔を見たことがなかった。

 そもそも他人に興味がなかったのだから仕方がない。

 伊藤さん自体も俺と同じく引きこもり、いや俺以上の引きこもり体質らしく廊下ですれ違ったことすら今まで無かったのだから凄い。

「女の人だったんだな」

 佐藤さんの例もあるから断言は出来ないが今度こそ完璧に女性にちがいない。そうであってほしい。

 ふと足元を見ると彼女が忘れていったのか有名な100円ショップの袋が置いてあった。

「あわてて帰っちゃったからなぁ。あとで届けてあげよう、まずは」

 俺は彼女から受け取った封筒を開け中身にざっと目を通す。

「進展は無しか……理解ってはいたけど」

 もう慣れたとは言え少しは期待してしまい、結局落胆するだけの『調査結果』と書かれた書類を封筒の中に戻す。

「お父さん、大丈夫?」

 部屋の方から俺を心配してかミユが顔を覗かせていた。

「ああ、大丈夫だよ。心配してくれてありがとな」

 おれはミユを心配させないよう笑顔を作って答える。

「ミユ、ちょっと201号室に荷物を届けに行ってくるから留守番よろしくな」

 俺はとりあえずその封筒を下駄箱の上に置いて伊藤さんが忘れていった荷物を持って201号室へ向かった。


 201号室の前で呼び鈴を押そうと指を伸ばすと部屋の中からドタバタと何やら音がして同時に女の人の声がした。

 どうやら扉がきちんと閉まってなかったようでその隙間から音が漏れてきているようだ。

「あ~、無い! 無い! 買ってきたはずなのに! これじゃ撮影できないっ!!」

 撮影?

 探してるのはもしかしてこの荷物だろうか?

 それなら早く渡してあげないとと思っていると部屋の中から

「あっ、思い出した。あの時私部屋の前に置いてきちゃったんだ」

 という声が聞こえたかと思うと、ドドドドドッと玄関に向けて走ってくる足音がした。

 次の瞬間扉が勢い良く開いた。

 201号室の前で呆然としている俺を見て驚いた顔をしているこの人が……。

「伊藤さん……ですか?」

 まじか?

 俺は混乱した。


 何故ならそこには少し前に俺の部屋を訪ねてきた黒髪オカッパの女性の姿とは真逆の派手目な化粧をした女性が立っていたからだ。

 


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