第26話 植物達とお話したいです。

 巨大ショッピングモール「アエリオン」は俺達の町から電車で3駅先まで行き、そこからバスを乗り継いで約40分ほどでの場所にある。

 電車の中で女子高生らしき女の子たちに「あのリュック可愛い」とか言われ、バスでも乗り合わせた子供たちに興味津々な目で見られながらの旅路だったがやっと到着したのだ。

「すっごくおおきいの!」

 バスを降りて」眼の前の巨大ショッピングモールを見てミユが驚きの声を上げる。


 このショッピングモールの中には多種多様なお店が入っており全10スクリーンのシネコン、今回の主目的地であるイベントホール、小さな遊園地のようなアミューズメントコーナー等一日中過ごせる空間になっている。

 店の中をぐるっと一周歩くだけでウォーキングコースとなり得る広さだ。


 基本学校に行く以外は引きこもり生活をしていた俺としてはそれほど何度も来たことはないスポットなのだが、どうしても見たい映画があった時だけに何度か訪れたことがある。

 映画が始まるまでにお金をあまり使わない俺でも時間を潰せる設備も豊富なので待ち時間を持て余すこともない。

 と言っても行くのは本屋と謎の品物を多く売ってる有名な雑貨屋、そしてペットショップ位なものだけど。


「取り敢えず一通り廻ってみますか?」

「はいなの」

 山田さんの提案にミユが応える。

 現在光学迷彩により姿を隠したミユは俺の肩の上に座っている。

 姿は朧気にしか見えないがキョロキョロと忙しなく辺りを見回しているようだ。

「ミユ、気になるお店があったら言ってくれれば寄ってあげるから言えよ」

「わかったの」

 まぁお店に入ったとしてもウインドウショッピングしか出来ないんだけどな。

「では行きましょう」

 俺達はいつもの様に山田さんを先頭に巨大ショッピングモールに入っていった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 店の中はかなりの人で溢れていたものの、そもそも巨大なお店なせいか人口密度はそれほど高くはなかった。

 心配していた猫耳リュック姿の俺に人々の奇異な視線が集まるんじゃないか?という事については今のところ杞憂に終わっている。

 電車やバスの時と違い山田さんが俺達の少し前を歩いてくれているおかげで身長の低い俺は見事に隠れてしまっていたのもあるのだが、何より平々凡々な俺なんかよりエルフ耳の超絶イケメンの山田さんに皆の視線が集中して俺なんて完全にアウトオブ眼中らしかった。

 それは老若男女変わらずである。

 まさに視線用避雷針。


 俺は見ようによっては山田さんに守られるようにショッピングモールの中を歩いて行く。

 移動中にミユが「あのお店見てみたいの」と言う度にそのお店で軽くウインドウショッピング。

 途中見つけたフードコートで山田さんが「今日は奢りますよ」とソフトクリームを買ってくれたので一緒に食べる。

 まだお昼には遠いのでフードコート自体はそれほど人がいる状態じゃなかったので俺と山田さんは四人がけの机に座る。

 猫耳リュックを開いている椅子の上におろして上の部分を少し開けてミユにもおすそ分けするのも忘れない。

 ミユの依代は俺の肩から机の上に移動して興味深そうに周りを見渡して「あれが食べてみたいの」とか言って気になるお店を指差していた。

 光学迷彩モードのミユだが光の加減でコレくらい近くにいて意識して見れば薄っすらとその程度はわかるのだ。

「また今度来た時に食べましょうね」

 山田さんが机の上のミユに優しく微笑む。

 何故か少し離れた所に居る女子高生達がキャーキャー言っている声が聞こえるが山田さんほどのイケメンの笑顔ならたとえ自分に向けたものでなくてもそれくらいの反応はするだろうと無視をする。

 でもこんな所でさえエルフ耳付けてる変人さんだぞ? 君たちそれでもいいのか?

 まぁ猫耳リュックを背負っている俺が言うことでもないが。


「それでは行きましょうか」

 山田さんはそう言って立ち上がると「口にクリームが付いてますよ」と、机の上に置いてあった紙ナプキンを渡してくれた。

 さすがイケメンはブレない。

 俺はその紙ナプキンを受取ると口の周りをさっと拭いてから「ミユ、行くよ」とミユを呼ぶ。

 ミユを肩に乗せてから猫耳リュックを背負い立ち上がる。

 その間も何故か少し離れたところにいる女子高生達が騒いでいた。

 ふと聞き耳を立ててみると「長身イケメンと低身長の可愛い系男の子のカプってアリだよね」とか聞こえた。

「どっちがウケでどっちが攻めなのかな」

「冬コミの薄い本が捗る!」

 俺は慌ててフードコートを早足で後にした。

「田中さん、そんなに慌てて何処に行くんですか?」

 山田さんがそんな俺の後を追いかけてくるが、あの女子高生達の視線が途切れる場所にたどり着くまで止まるわけにはいかないのだ。

 実際はミユと俺のデートに山田さんが付いてきた形だけど外から見ると俺と山田さんの二人でここに来た様に見えるのか。

 うかつだった。

 山田さんの自称エルフな外見のイケメンパワーを忘れていた。

 ああ、スズキさんカムバック。

 最悪高橋さんでも良いからここに来てくれないかかなぁ。

 でも高橋さんと俺と田中さんが並んだ場合は引率役のお兄さんと子供たち状態になりそうでそれはそれで嫌過ぎる。

 じゃあ佐藤さんは……ガチBL展開になりそうなので却下だ。

 そんなことを考えていたら俺達は当初の目的地である『世界の植物展』の会場にたどり着いていたのだった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


『世界の植物展』と題されたこの展示会場ではあるが実際に生の植物はそれほど展示されていなかった。

 職員に尋ねてみると、昨今は色々な団体やSNSで日本の気候に合わない植物等を展示すると苦情が殺到するからとの事だった

 言いがかりレベルのものであっても炎上すれば手がつけられなくなって次回開催も出来なくなるらしい。

 こういった仕事をする人たちも大変なんだなと思いつつ俺はミユを肩にのせて展示会場を回った。

 日本では珍しい植物の本物が展示されているコーナーではミユが何やらその植物達と『おはなし』をしたいと言うので、長時間展示品の前で他のお客さんの邪魔にならないようにしながら立っていなければならなかったりしたが、会場内はそれほど混み合ってはいなかったので問題はなかった。

 その間、山田さんは俺達より少し離れた位置でいつもの手帳を取り出し時々メモを取ったりしていたが何を書いているのだろう?

「お父さん、終わったよ」

 ミユが植物との『おはなし』が終わった事を伝えてきた。

「ここにいるみんなはすっごく大事にされてるんだって言ってた。 心配だったけど安心したの」

 よく見えないけれどミユが笑顔なのは伝わってくる。


 俺にとってミユが植物と本当に話をしていたのかはどうでも良かったが植物も生き物だし可能性がないわけではないと思っている。

 何故なら昔読んだ話だがサボテンに流れる電気の動きを測定する機械を付けて実験を行った例があって、その測定器をつけたそのサボテンに話しかけると話の内容によって反応が変わったらしい。

 他にもそのサボテンを切ろうとすると激しい拒否反応を示したり、近くに置いた他の植物に危害を加えようとすると怯えたような反応をした。

 そんな実験によって植物には植物なりの意思が有ることが解ったんだそうな。

 ミユがその微量な電気信号のやり取りを解析し理解したならば、それは会話と言っても問題ないのではないだろうか?


 思ったより小規模な展示会場も終わりが近づいてきた所でふと気がつくと山田さんが見当たらなくなっていた。

 俺とミユは順路を少し戻って山田さんを探すとついさっきミユが『おはなし』をしていた植物の前で山田さんが立ち止まっていた。

 山田さんは俺達に気がつくと「すみません、少しこの植物とお話をしてましたもので」と言った。

 

 おまえもか。


「はいはい、わかったから次に行くよ」

 俺は山田さんのその言葉を何時ものエルフ設定ジョークだと思い次の目的地へ急かした。

 山田さんは優しく笑い俺達の方へ歩いて来る。

「次は田中さんイチオシのペットショップでしたっけ?」

 そう言いながらいつもの手帳を捲る。

「ここのペットショップは凄くてさ。このアエリオンに行くなら是非ミユにあの動物園のようなお店を見せてあげたくてね」

「ミユたのしみなの!」

 ミユが嬉しそうに俺の肩で跳ねる。はしゃぎすぎて落ちそうになるミユに気が気ではない。

「落ちる! 落ちるから座って!」

 俺たち三人はそんな事を言いながらその場を後にして歩き出す。


 歩き去る俺達に向けて展示ケースの中で風もないのに植物たちが手を振るように揺れていたのだが、その時の俺には気付く事は出来なかった。

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