第24話 俺の家族です。


 今度の休みにお出かけすると決めた翌日、俺と山田さんは帰宅後にミユを連れて部屋を出ていた。

 さすがにぶっつけ本番で遠出するのは不安だという俺の言葉に山田さんが「そうですね、では予行演習しましょう」と案を出してくれたのだ。

 取り敢えずミニ世界樹おんぶ紐……というかリュックを背負ってアパートの周りを軽く散歩、その後例の公園に出かけて戻る、それが今日のルートだ。

 アパートの周りならミユも知っている範囲だし、何かあったら直ぐ戻ればいい。

 問題なさそうなら少しだけ足を伸ばして様子を見てみるといった感じである。


 俺はミニ世界樹育成ケースを持ち運び専用リュックに入れ、人形化したミユを肩に載せた。

 これで準備OKだ。

 外へ出るとそこには山田さんが何時ものスーツ姿ではなく、かなりラフな格好で待っていた。

 その横には高橋さん。

 高橋さんは実体化しているミユをキラキラした目で見つめているが、先日山田さんにこってり絞られた上にデスマーチの洗礼を受けたせいか飛びつきたいのを必死に我慢しているようだ。

 一瞬ミユを高橋さんの前に突き出して煽ってみようかと思ったがやめた。

 大切な家族をそんなことに使ってはいけない。


「さて、行きましょうか?」

 山田さんがイケメンスマイルで先に立って階段を降りて行く。

 続いて高橋さん、最後に俺の順番だ。

 アパートの周りには今だれも人は歩いていない。

 正直ネコミミリュックを背負い、肩に美少女フィギュアを乗せた男子高校生なんて即通報物である。

 もし知り合いに出会ったらなんと言い訳しようかと今になって及び腰になってしまった。

「山田さん、やっぱりやめよう。この格好じゃただの不審人物だよ」

「いえいえ、十分似合ってますよ」

 この格好が似合う男子高校生なんて嫌すぎるだろ。

「こんな肩に女の子乗せて歩くとか罰ゲーム過ぎるでしょ」

 俺がそう言うと山田さんは不思議そうな顔をした。

「え? 肩に妖精フェアリーを乗せて歩いてる人なんて私の故郷では当たり前でしたよ」

 異世界設定ぶっこんできたー!

「山田さんの所はそうだったかもしれないけど俺のところでは普通じゃないの!」

「そうかもしれませんね。自分では自然過ぎて気が回りませんでした」

 あれ? 珍しく認めた?

「私達エルフの国は世界樹の麓にあるのでそこら中に妖精フェアリーが居ましたが他の国ではそれほど見かけないと聞きますから」

 おうふ。結局異世界設定からは離れてなかったよこの人。

「お父さん」

 山田さんと話をしている所にミユが割り込んできた。

「ん? なんだいミユ」

「お父さん……私邪魔?」

 ミユが寂しそうに潤んだ瞳で俺を見上げる。

 しまった! 今の会話の流れだと俺がミユを連れて外に行くのが嫌と勘違いされてもおかしくなかった。

 俺は慌ててミユに言う。

「ミユ、違うんだ。俺はミユの事を一度も邪魔だなんて思ったことはない」

 初日以外は多分。

「お前は大切な家族だ。それを邪魔だなんて言うわけ無いだろ?」

 俺はその後数分間ミユに対して「いかにミユが大切な存在か」に付いて語り聞かせた。


「おかえりなさい佐藤さん」

「ただいま。山田さん達なにしてるの?」

 ふと気がつくとアパートの入口に一人の人物が立っていた。

 103号室の佐藤さんだ。

 このアパートに越してきてからそれほど顔を合わしたことは無かったが、何時見ても優しげな顔立ちの美人さんだ。

「これから少し三人で散歩にでも行こうかとおもいまして」

「そうなんですか。いいですねぇ」

「佐藤さんもご一緒にいかがですか?」

 山田さんが誘うと佐藤さんは少し考えた後「たまにはそういうのもいいですね」と了承した。

「では荷物をおいてきますので」と佐藤さんが103号室へ入っていった後俺は山田さんに詰め寄る。

「ちょっと山田さん! こっちにはミユも居るんですよ? それなのに関係者以外を誘うなんて何考えてるんですか!」

 そんな俺に山田さんはちょっと悪戯っぽい笑顔を見せて応える。

「せっかくの予行演習なんですからこれくらいしないと意味がないでしょう?」

「バレたらどうするんですか」

「その時はその時です。何時ぞやの委員長さんと同じように守秘義務規約を結んでもらえば良いんですよ」

「そんな簡単に……」

「大丈夫ですです」

 今まで沈黙を守っていた高橋さんが口を挟む。

 余りに静か過ぎて存在を忘れるところだったが、しおらしい高橋さんは別の意味で気持ちが悪い。

「何が大丈夫なんだよ」

「山田さんは凄腕セールスマンですです。彼に落とせなかったターゲットは今まで存在しないとまで言われてるですです」

 落とすって「堕とす」の方じゃないよな?

 山田さんを見るといつものイケメンスマイルで頷いていた。

 俺を堕とすのは止めてくださいマジで。


 しばらくすると103号室から佐藤さんが出てきた。

 どうやら靴を歩きやすいスニーカーに変えて来たようだ。

「では行きましょうか」

 山田さんが歩きだすと残りの三人がその後に続く。


 しばらく歩いた所で佐藤さんが話しかけてきた。

「田中くん、その肩に居るお人形さんは何?」

 いきなり核心かよ。

 ミユは佐藤さんが来てか人形のふりをしていて微動だにしない。

「俺の家族ですよ」

 先程ミユに悲しまれたトラウマがあるのでつい思ったことを口にしてしまった。

 これじゃ人形を家族とか言っちゃうヤバイ人みたいじゃないか。

「そう、家族ね」

 予想に反して佐藤さんは一瞬寂しそうな顔を見せた後微笑んだ。

「私にも家族と言える人形が居るんですよ」

 と言って懐から10センチ位の熊のぬいぐるみを取り出して俺に見せる。

 かなり古いものなのか、何箇所も修繕されている部分がある。

「ペロって名前なんだけどね。小さい頃に母さんが作ってくれて、それからずっと一緒なの」

 佐藤さんはペロの頭をツンツンしながら答えた。


 俺よりヤバそうな人がココに。

「所でその子の名前は?」

 佐藤さんが俺の肩で静止中のミユを見て尋ねる。

「この子はミユって言うんだ」

「ミユちゃんかぁ。可愛い名前だね」

「可愛いのは名前だけじゃないけどな」

 俺は自慢げに胸を張る。

「親バカですです」

 高橋さんがそんな俺達を見てそう言った。

「田中くんってミユちゃんのお父さんなんだ」

「父ですが何か?」

「ミユちゃんは良いお父さんを持って幸せだねぇ」

 佐藤さんがミユのほっぺをツンツンしながらそう言った。

 人形のふりをして固まったままのミユの顔が少し赤らんで見えたのは気のせいだろう。


 何時もの公園についた所で俺はリュックをベンチに下ろして一休みする。

 流石に暗くなってきた今現在では公園で遊んでる子供は居ない。

 そんな淋しげな風景の中に一人立つイケメンエルフ(自称)はかなり絵になる。

 佐藤さんはしばしその姿を見つめた後懐から大きめのメモ帳と鉛筆を取り出した。

 そんなもの何処に入ってたんだ。

「私ね」

 佐藤さんが山田さんから目を離さずに語りだす。

「服飾デザイナー目指してるんだ」

「そうなんですか。何時も服のセンスが良い理由が判りましたよ」

「今度発表会があってね。ちょっとスランプだったんだけど今山田さんを見てたらイメージが湧いてきちゃって」

 そう言いながら佐藤さんは手に持ったメモ帳サイズの画用紙に服のデザインらしきものを描き始めた。

「山田さんがモデルになってくれたら最高なんだけどなぁ」

 暑い吐息を漏らす。

 さすが落としの山田。早速佐藤さんを落としてしまったか。


 俺は一心不乱にデザインを描いている佐藤さんを置いて少し離れた場所にあるブランコに乗る。

「ミユ、今なら誰も見てないから動いていいぞ」

「はいなの」

「ずっと人形のふりしてて辛くなかったか?」

 俺はブランコを揺らす。

「大丈夫なの。私の本体はリュックの中だから視覚と聴覚以外の接続をカットしてただけなの」

「そんなことも出来るのか。器用なもんだ」

 俺は、俺達は静かにブランコを揺らして公園内を眺めていた。

 公園内では何故か各種遊具を調べている高橋さんとそれを見守るようにしている山田さん、そしてその山田さんを見つめている佐藤さん。

 三人の影がどんどん闇に飲み込まれてゆく。


「さて、そろそろ帰りますか?」

 山田さんの声が公園内に響いた。

「佐藤さんはもう良いの?」

「ええ、デザインのラフは完成したから大丈夫よ」

「デザイン?」

 山田さんが首を傾げる。

「佐藤さん、服飾デザイナー目指してて今度発表会があるらしくて」

「なるほど。お忙しい中連れ出して申し訳ありませんでした」

「いえいえ、ちょうど行き詰まってた所だったので良い気分転換になりました」

「そう言っていただけると助かります」

 見つめ合う山田さんと佐藤さん。

 美男美女は絵になるなぁ。

「さて、では帰りますか。高橋さん、帰りますよ!」

「は~いですです」

 高橋さんの元気のいい返事が公園に響く。


 そして俺達は本日の予行練習を終えアパートに戻った。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 帰宅後、いつもの様に俺の部屋に山田さんと高橋さんも一緒に入ってくる。

 そしていつもの様に山田さんがお茶とお茶菓子を用意して今日の反省会を開始した。

「いやぁ、山田さんさすがっすね」

「何がです?」

「佐藤さんを見事に落としてたじゃないですか」

「そうですです。あれは恋する乙女の目だったですです」

 高橋さんが山田さんの脇を肘でつつく。

「何を言ってるんですか皆さん」

 山田さんは心底呆れた様に嘆息した。

「何って、佐藤さん完璧に山田さんに惚れてましたよね?」

「それはありえませんよ、だって……」

「だって?」

「佐藤さんは男性ですし」

 俺と高橋さんは絶句した。

 え? あの可憐な佐藤さんが男?

「先日銭湯でばったり出くわしましてね。彼も時々広い風呂に入りたくなるタイプらしくて」

 あの見た目で男湯に入った……だと。

 完全に犯罪じゃないか。

 周りの人達ご愁傷様です。

「ミユは最初から男の人だってわかってたの。すごいでしょ?」

 ミユが自慢げに言うので褒めてやる。

「本当に佐藤さんは男性だったんだ」ミユが言うなら間違いはない。

「まぁ仮に女性だったとしても前に言いましたけど私はロリコンじゃありませんので」

 ココぞとばかりに長命種ネタをぶっこんでくる安定の山田さん。



 ふと横を見ると部屋の隅で高橋さんが「男と男の恋愛の可能性も……」とかぶつぶつ呟いていたが放置した。

 腐属性まで付与されたら救われないぞ高橋!

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