第三章 世界樹、空を飛ぶ。

第23話 百聞は一見にしかずです。

 夕方、学校から返ってくると俺の部屋の前で山田さんが帰ってきた俺に手を振っている。

 遠距離からでも解るイケメンスマイルが眩しい。

 何やら片手に袋を下げているがもしかしてこの前言っていた『素体』とやらが出来たのだろうか。

『素体』と言うものがどんな物かはわからないけどあの時フィギュアがどーのこーのと言ってたからそういう物なのだろう。

 俺は少し早足になってアパートに戻り階段を駆け上がった。

 こんなに何かが楽しみだと思う気持ちは何時以来だろうと思いながら。


 部屋の前で山田さんと合流すると、彼は満面の笑顔で手に持った袋を持ち上げた。

「田中さん、素体が出来ましたよ」

「思ったより早かったですね」

「ええ、外では何なので詳しくは中で話します」

 俺は部屋の鍵を開けて山田さんと一緒に中に入ると玄関でミユがお出迎えしてくれていた。

「ただいまミユ」

「おかえりなさいお父さん」

 ホログラフィックのミユが毎日「おかえりなさい」を言ってくれる。

 それだけで俺は毎日学校を早退したくてたまらなくなるくらい幸せだ。

 というか一度適当な理由で早退して帰ってきたらミユに怒られた……次の日、委員長にも怒られて二度としないと約束扠せられたのはここだけの話。

「お邪魔しますミユさん。今日は素体を持ってきましたよ」

 山田さんが軽くミユ会釈してさっきと同じように袋を今度はミユに見せる。

「たのしみなの!」

 ミユは一瞬手を伸ばしてその袋を受け取ろうとするがホログラフィックでは受け取れない事を思い出してか残念そうな顔をして手を引いた。


 俺達はそのままミユの本体が居るいつもの部屋へ向かうと山田さんが素体の入った袋を机の上に置いた。

「そういえば高橋さんは?」

 何時もなら新しい機能を試すとなっったら、いの一番に駆けつけてくるはずの高橋さんの姿が見えない事に疑問を感じたので聞いてみる。

「高橋さんなら会社で今頃は眠ってますよきっと」

「寝てる?」

「ええ、先日のお別れ会での酒乱行為も含めて田中さんに色々迷惑をかけたお詫びとして素体開発に全力を注いでもらいました」

 にこにこ笑顔で語る山田さんの目は笑ってなかった。

 これがジャパニーズビジネスマンの『誠意』か……ごくり。

 つまり俗に言う”デスマーチ”により高橋さんは無事死亡したというわけか。おかしい人を亡くしてしまった。

「別に高橋さんは死んでは居ませんよ? 我が社はそんなにブラックな企業じゃありませんしね。まぁ、そのおかげで予定よりもずいぶん早く素体が出来上がったわけです」

 山田さんはそう言いながら素体の入った箱を袋から取り出し、続いて箱を開ける。

「これが我がユグドラシルカンパニーが技術の粋を集めて作り出したミニ世界樹専用素体です!」

 箱から取り出されたその「素体」を見て俺は驚愕する。

 なぜならその素体はどこからどう見てもホログラフィックのミユに瓜二つな外見をしていたからだ。


 最近の技術で本人を3Dスキャンし、そっくりのフィギュアを作るという事が出来るようになったとは聞いていたし雑誌で見たことも有るが、この素体ミユはそんなものとは一線を画した出来だった。

 大きさとしては20センチ程度で、しかも『素体』と言いながらきっちりと服を着ている。

 だが。

「どうして園児服なんだよぉ!」

 その服装は初めてミユがホログラフィック化した時に着ていたあの園児服姿であった。

「開発部に渡した資料の通り、完璧なデザインですよね」

 あの時、俺がパニクってる間にいつの間にか写真を撮っていた居たのか。

 見かけのイケメンさにすっかり騙されていたが侮りがたし山田。

 常にエルフ耳をつけっぱなしで恥ずかしげもなくコスプレ生活している強者だという事をすっかり忘れていた。

「まぁこれは冗談ですけども」

 と、ミユの素体を山田さんが手でポンッと叩くと着ていたはずの園児服が一瞬で消えて下着姿のミユ素体がそこに現れた。

「うわぁ……」

 本来ならその不思議現象に先に反応すべきなのだろうけどリアルな少女の下着姿フィギュアを手にするイケメン男の姿に俺はドン引きした。

 その変態……山田さんは俺の視線を気にせず話を続ける。

「服はミユさんの幻像能力でホログラフィック姿の時と同じように作り出せますから田中さんの好みに合わせてミユさんが自分で選んでくれると思いますよ」

「まかせてなの」

 ミユが元気よく返事をする。「では田中さん、呪文をお願いできますか?」

 何時もは率先して最初に呪文を唱える山田さんなのに珍しい。

 そう思っていると山田さんは懐からいつもの手帳とカメラを取り出しささっとセッティングする。

「準備OKですよ田中さん」

 どうやら今回の呪文の効果を記録するらしい。

 ミニ世界樹の販売試験でデータ収集も兼ねている以上それは仕方がないと思うが、下着姿のフィギュアをファインダー越しに見ているイケメンというのはやはりなかなかにシュールだ。

 通報したい。

 写真にとってSNSにアップしたらかなりの反響を呼びそうだが、一緒にミユの下着姿フィギュアの写真も流出するからやらない。


 おれは一つ深呼吸すると、もう手慣れた呪文発動ポーズを取る。

 因みにポーズとか実は必要ないらしいのだが気分の問題だ。

 中二と呼ぶなら呼ぶがいい。

「世界の根源たる世界樹よ! その姿を依代にて現し世に顕現せよ!」 

 俺が呪文の言葉を唱えるとミユが一瞬輝き次の瞬間には机の上のミユフィギュアに服が現れた。

 俺たち二人が固唾を呑んで見守っていると、やがてそのミユフィギュアがゆっくりと動き出した。

「ミ……ユ?」

「はいなの」

 ミユの声がミニ世界樹ケースからではなく、目の前のフィギュアの口から聞こえた。

「おおお、凄い」

 なんというユグドラシルカンパニーの技術力か。

 高橋さんはやはり天才だったんだな。

 日頃の行いからは全く想像できないが事実目の前のミユは凄かった。


 ミユはゆっくりと自分の体となった素体の動きを確かめるように動きだす。

 そしてその動きがどんどん滑らかになって行き、まるで目の前に本物の人間が生きて動いてるかのように見える。

 そのまま俺たち二人の前にやってきてぺこりとお辞儀をする。

 かわいい。

「お父さん、山田さん。ありがとうなの」

 そういうとミユは俺の方にやってきて腕によじ登り始めた。

「お、おい」

 うんしょうんしょとそのままよじ登り続け、やがて俺の肩まで登るとそこにちょこんと腰掛けた。

「これでお父さんと一緒にお出かけができるの」

 ミユはにこにこしてそう言うがフィギュアを肩にのせて外を出歩くのはなかなか勇気がいるだろうなと俺は思った。

「田中さん」

 ふいに山田さんが声をかけてきた。

「今回の呪文ですがミニ世界樹と素体との間が約10メートル以上離れると魔力接続が切れるので、お出かけする時はミニ世界樹の本体も一緒に連れて行ってあげてくださいね」

 なん……だと。

 俺は自分が手にミニ世界樹を持って肩にミユフィギュアを乘せた姿を想像して絶望した。

「流石にそれはキツくない?」

 俺が苦笑いでそう言うと山田さんは先程ミユの素体が入っていた箱の中からもう一つのアイテムを取り出した。

「こんな事もあろうかとこれも用意してあるんです。ミニ世界樹持ち運びおんぶ紐!」

 正確には袋型ですが語感的にこういう名称になりましたと山田さんはそれを俺に手渡す。

 新型ミニ世界樹に合わせてかミニ世界樹ケースを中に入れると猫耳と尻尾コードが穴から外に出る仕様になっていた。

 これ男が背負うの凄く恥ずかしいんじゃない?

「山田さん、これ流石に恥ずかし……」

「田中さん、今度の休みにでもミユさんと一緒にお出かけしてみませんか?」

「お出かけ?」

「ええ、今までミユさんはアパートの中とその周りしか知らない状態ですからね。この世界のことをもっと知るには外に出ないといけません」

「別にテレビやネットがあるから外に行く必要はないんじゃない?」

「百聞は一見にしかずですよ。実際見て感じることが大事なんです。ミニ世界樹の成長にも必要なことだと私は思います」

「ミユもお出かけしたい」

 ぐぬぬ。

「でも外に出てケースも袋の中だったら光合成で発電も出来ないからバッテリー切れになるんじゃないの?」

 いくらミニ世界樹育成ケースがスーパー謎テクノロジーな代物だとしても電気がなければただの箱だ。

「バッテリー? ああ、魔力ですか? それなら大丈夫です。竜気を吸収するためにつけたその猫耳型デバイスが空間中の魔素を吸収する役割も兼任していますので、外で何度も呪文を唱えない限り魔力切れを起こすことはないはずです」

 新型ケースは随分燃費効率も上がっているようだ。


 結局その後俺がどれだけ外に出たくない理由を上げても全てミユと山田さんの二人に論破され、結局次の休みに何処かへお出かけすると約束をさせられたのであった。

 色々文句を言いつつも、なんだかんだでいつの間にやら俺も次の休みが楽しみになってきていた。


 まぁ、ミユが喜んでいるからいいか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る