第22話 それはそれはごちそうさまです。
あれから二日後。
格好良く去っていったのにお間抜けに帰ってきたスズキさんのお別れ会が開かれた。
参加者は俺、ミユ、山田さん、高橋さん、スズキさんの5人。
他の住民や大家さんにも声は掛けたのだが、急なことで都合が合わなかったので結局いつものメンバーだけになった。
お陰でミユも喋る事が出来るわけだから結果オーライだ。
お別れ会の会場は俺の部屋である。
そもそも山田さんの部屋は植物で埋まっているし、高橋さんの部屋も謎のゴミだらけで使えない。
スズキさんの部屋は既に荷物も何もなく引っ越すために掃除した後なので会場にしたら引き払う前にまた汚す事になってしまう。
結果消去法で俺の部屋しか選択肢がなかったのだ。
その上、せっかくのお別れ会だから盛大にやろう! と思ったのに、このメンバーの誰一人料理が出来ないという致命的な欠点が判明したので料理や飲み物は近所のスーパーで我慢する事になった。
料理の話をしてた時に俺が「山田さんの会社の超テクノロジー魔法で料理が出てくる敷物とか無いの?」と聞いたら真顔で「そんな魔法あるわけないじゃないですか」と返さたのは俺の心に軽く傷を残したが。
山えもんは肝心な時に役に立たない。
「それでは、スズキさんの新たなるミニ世界樹育成者としての再出発にカンパ~イ!」
まだ酒も入ってないのにハイテンションで場を仕切りだす高橋さんの音頭でスズキさんお別れ会が始まった。
「ありがとう」
スズキさんが頭を下げる。
「もう明日の朝一に出発なんですね。やっとミユとも話せるようになったばかりなのに」
「仕方ないですよ田中さん、スズキ様には待っている人たちもたくさんいますし」
「さすが勇者様。国民全員がキミを待っているって感じですか?」
おれはスズキさんに話を振る。
スズキさんは恥ずかしそうに頭を掻いて「国に身重の妻が待っているんだ」と言った。
妻帯者だったのかよ! しかももうすぐ子供も!?
「へ、へぇ~。それはそれはごちそうさまです」
「何いってんだ田中ぁ~ヒック。まだオメェ何も食ってねぇだろうがよぉ~ヒックですぅ」
酔獣高橋に突然絡まれた。
会が始まった直後だと言うのに何でこの人もう出来上がってんの。
山田さんの方を見ると「高橋さんは極端にお酒に弱いんですよ。その上絡み酒で有名なので」と苦笑いしていた。
なにそれ聞いてないよ!
そんな重要な事は早く言ってよ。
「でも今日はお酒なんて買ってきて無いよね?」
「こういう時の為に高橋さんが自分で用意してた秘蔵のお酒らしいですよ」
しかし見かけ15歳程度の少女が豪快に酔っ払ってる姿は流石にドン引きである。
警察に見つかったら即補導で親呼び出しだよ。
「タカハシ酒の匂いがぷんぷんするの」
ホログラフィックのミユが顔をしかめる。
「ミユちゃ~ん、か~わ~い~い~♪ですですぅ」
高橋さんはターゲットを俺からミユに変えたらしくミユに抱きついた。
が、ホログラフィックのミユに抱きつけるわけもなくそのまますり抜けて後ろの壁に激突した。
なんという「オヤクソク」を外さない女なんだ。
頭を抑えて唸っている高橋さんは放置して俺はスズキさんとの会話に戻った。
「お嫁さんとは何処で出会ったんですか?」
思春期の少年としては色々興味が尽きない。
「彼女とは我が初めて勇者であると信託が下された教会で出会ったのだ」
スズキさんと彼女はその後一緒に魔王を倒す旅仲間として共に過ごしたらしい。
彼女の治癒術に何度も命を助けられ、その度に涙ながらに自分のことを心配してくれる姿に惚れ、魔王討伐後にプロポーズしゴールインしたという。
「テンプレ……」
「ん? 『てんぷれ』とは何だ? 大家さんの弁当に入ってたやつだったか。何故今それを?」
「い、いや。なんでもないです」
「うちのイノウエが言うにはスズキさんの奥さんはとても美しい方だそうですよ」
リア充爆発しろ。
そんなこんなで宴は進んでいくのだった。
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「タカハシそれ水とちがうの!」
スズキさん達との会話も一段落し、俺が買ってきた料理を食べているとミユの声が聞こえた。
俺たち三人がミユの方を見ると先程まで酔っ払ってうずくまっていた高橋さんが一升瓶を新ミニ世界樹育成ケースの上で傾けて酒を注いでいる。
「ちょっ!」
俺は高橋さんを羽交い締めにし、それから山田さんが一升瓶を取り上げた。
「なにしてるんだよ高橋さん!」
「いやぁ、ミユちゃんにもお酒をあげようと思ってぇ~ですですぅ」
「ミユはまだ子供ですよ?」
「世界樹には良くお酒とか捧げてるからぁ~ミユちゃんも好きだと思うよぉ~ヒック」
俺は山田さんを見て「大丈夫なの?」と尋ねた。
「そうですね。確かに世界樹にはよくお酒が捧げられますが……ミニ世界樹については前にも言ったと思いますが未だに未確認な部分が多くて」
「ミユ、どうなんだ? 大丈夫か?」
仕方ないのでミユに直接聞いてみることにする。
「だいじょうぶらのぉ~」
ヤバそうな返事が帰ってきた。
ミユのホログラフィック映像も微妙に揺れている気がする。
俺は高橋さんを放り捨ててケース上部にまだ溜まっていたお酒を拭き取って残りを吸収させないようにした。
後ろでは放り出した高橋さんが何かにぶつかって「げふっ」なんて言う乙女らしくない声を漏らしていたが、そんなことはどうでもいい。
やがてミユは何時ぞやの気持ち悪いカラフルな色になったり紅葉したりした後、やがて落ち着いたのかいつもの緑溢れる姿に戻る。
「ミユ本当に大丈夫か?」
おれは恐る恐る声をかける。
「お酒の魔素変換が終ったの。少し手間取ったの」
ミユはそう答えると今度はきれいなレインボーカラーでキラキラ光ってみせた。
ふと見ると山田さんとスズキさんの二人は何やら手帳とノートを取り出してメモをしている。
「ふむふむ、お酒は与えないほうが良い……と」
メモメモ。
「アルコールはミニ世界樹状態では摂取に問題有り……と」
めもめも。
俺がそんな二人に呆れていると久々にあの音が部屋中に響き渡った。
パラララッパッパッパー♪
レベルアップだ。
「あれ? でもこれ最初の時と同じレベルアップ効果音じゃない?」
俺が首を傾げていると山田さんがしたり顔で答えた。
「これはファイブのレベルアップ音ですね。前作までのPSGから音色が一気にパワーアップしてますでしょう?」
何故か生き生きと音色の違いを語りだす。
「そんな細かい変化とかいらないから!」
俺は長くなりそうな山田さんのうんちく話を手で制する。
しかしドワドワ研究所の所長って一体何者なんだという疑問が更に深くなったのだった。
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「今回のレベルアップで覚えた呪文は何だろう?」
俺は机の引き出しから説明書を取り出して呪文のページを開く。
「『具現の理』ですか。この呪文を使えば依代にミニ世界樹『ミユ』さんの精神を降ろす事ができるようですね」
「精神を降ろす?」
「そうですね、わかりやすく言えば今はホログラフィックでしかケースの外に出られないミユさんがケース外で実体化出来るといった感じですね」
そんな魔法みたいな事ありえないだろう。
俺は流石に胡散臭い目で山田さんを見る。
山田さんは俺のそんな視線も気にせず部屋をキョロキョロ見渡している。
「田中さんの部屋って男子高校生の部屋なのにフィギュアの一つも置いてないんですね」
「たしかに若者にしては質素な部屋だと我も思っていた」
「それが何か?」
アパートに引っ越してきてからその手の無駄な物は買った記憶がない。
必要最低限のもの以外は前に住んでいた家に置いてきたので昔買ったフィギュア類もこの部屋には置いてないのだ。
「わかりました、ミユさんの依代は私が用意しましょう」
「山田さんが?」
「正確にはユグドラシルカンパニーが用意します。数日あればミユさん専用の依代を用意できるでしょう」
呪文はその時に使ってみましょうと山田さんは言うと説明書を閉じた。
「今回は+αもありませんでしたから」
「お酒で追加される機能とか想像するだけでもヤバそうだから無くて安心したわ」
実際『養老乃瀧』とかいう機能が追加されてお酒がミユから湧き出すとかされても困る。
ミユの口から「だば~」と酒が出て来る姿を想像しておれはげんなりした。
「我もミニ世界樹が依代に降りるのを見てみたかったのだが間に合いそうにないな」
スズキさんが心底残念そうな声で言う。
「また遊びに来たときにでも見せてあげますよ。それかスズキさんのミニ世界樹がレベルアップすれば同じことが可能になるんじゃないですか?」
「かもな。願えば叶うとミユ殿も申しておった」
その後、スズキさんのお別れ会はまったりとした空気のまま終わりを告げ、三人で高橋さんを203号室に放り込んだあと軽く別れの挨拶をしてからそれぞれの部屋に戻った。
翌朝早くスズキさんは山田さんと一緒にアパートを出る。
そのままユグドラシルカンパニージャパンに行って、そこから転移門を使い元の世界へ帰るとの事。
最後の最後までスズキさんは異世界の勇者を貫き通していた。
スズキさんはこうして俺の前から去っていった。
二日酔いでダウンしている高橋さんだけを置いて……。
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