第21話 これぞ男同士の友情です。

高橋さんが珍しく気を利かせて買ってきてくれたお土産は落ちた衝撃でビニール袋の中で釜が割れ、その釜の破片と飯が混ざり合いほんとうの意味で『釜飯』状態になっていたので廃棄処分と相成った。

 俺は釜の中の飯は食いたいが釜自体は食いたくはないのだ。


 しかし、あれほど名物弁当を愛している高橋さんにこの惨状を知られると逆ギレされかねないな。

 そもそも釜飯を落としたのは高橋さん自身なのだから廃棄処分について怒られる筋合いはないし、落としたこと自体本人は気がついていなかったようなので上手く誤魔化せば問題ないはず。

 俺とミユのイチャコラを勝手に覗いた彼女自身の責任も大きいと断言していいだろう。

「うんうん、俺はまったくもって悪くないな」

 俺がそうやって釜飯への未練を断ち切るために思考していると山田さんが声をかけてきた。


「田中さん、現実逃避で自己保全中すみませんが、そろそろ高橋さんの作業が終わりそうですよ」

「まじか。やばっ」

 俺は慌ててビニール袋の口を縛り、元釜飯を高橋さんの目につかなそうな場所に一旦隠した。


 部屋の方を覗くと高橋さんが新しいネコミミケースに入ったミユをチェックしていた。

 一通り確認した後「作業完了ですです」と高橋さんは机の上にミユを戻す。

「終わりましたか?」

 山田さんが声をかけると高橋さんがこちらを向いて一つ頷き「あとは排気装置をコンセントに繋いで完成ですです」と返事をする。

「ではスズキ様を呼んできますね」

「おねがいするですです」

 山田さんがスズキさんの部屋へ向かうのを見送ってから俺は部屋に戻った。

「おかえりなさいお父さん」

 部屋の中に入るとミユが早速出迎えてくれた。

「ミユあたらしいケースはどうだ?」

 俺はミユに問題はないかどうか聞いてみる。

「えっとね、今までのケースより魔素がたくさん入ってくるようになったの」

 光合成と発電に使う光の吸収率かエネルギー変換率でも上がったのだろうか?

「あと根っことかぐわーって広がりやすくなったの」

 よく意味は分からないが成長して根詰まりでも起こしていたんだろうか。山田さんがたしか異空間だか何かに繋がってるから大丈夫みたいな事言ってたけど流石にそこまでの技術は信じられない。

 とりあえず成長に合わせてこれからも徐々に大きなケースに入れ替えてあげないといけないな。


 ミユと少し会話した後俺はコンセント周りをいじっている高橋さんに近づく。

「高橋さん、排気装置ってコンセントに繋ぐの?」

「ですです。外だったら吸収した竜気とか余程強いものでなければ空間に排出すれば問題ないですですが、室内のような狭い空間だとそういう訳にはいかないですです。特にこの国、日本は部屋が狭すぎるですです」

 そう言いながら高橋さんは新型ミニ世界樹ケースの後ろにある尻尾コンセントを引き出して俺に見せる。

「そこでこのコンセントですです。こっちの世界には竜気を放出するために必要な排気装置『アース』がコンセントとして大体何処の室内にも有るですですからそれを利用するですです」

 そういやコンセントって左右の穴の大きさがよく見ると違ってて片方がアース代わりになっているって聞いたことがあるな。

「このケーブルは伸縮自在で引っ張ると最長5メートルは伸びるですです。戻す時はケーブルの根本にあるボタンを押すと縮まるです」

 そう言いながらケーブルを伸ばして縮めてを繰り返す高橋さん。

 見る限りよくある掃除機のケーブルと同じ仕組みのようだ。


「はっ!? こんな事してる場合じゃないですです。スズキさんが来る前にセッティングを終わらせるですです」

 高橋さんは廃棄装置のケーブルをコンセントに左右をチェックすること無く刺す。

「コンセントの左右きちんと合わせなくていいの?」

「この世界用のケーブルを設計する時に異世界ンターネットで色々調べたですですが日本では電化製品の性能が良いので実際左右を意識して刺す人はかなり少ないらしいですです。そのせいなのかコンセント工事をする人たちも結構左右を意識せず配線してる場合が多いって書いてあったですです」

 いい加減だなぁ。

「だからこの排気装置もそういった事を想定してアース側を自動で判断して切り替えるようになっているですです。ドワドワ研究所の力を持ってすれば簡単なことですです」

 高橋さんはまた胸を張る。この人良くこのポーズするけどそんなに胸に自信があるのだろうか?

 見かけ美少女だし、胸も全く無いわけではないから本当ならドキドキしちゃいそうだけど何時も残念な部分ばかり見せられているせいか全く思春期力が湧いてこない。

 そんな事を半眼で思っていると玄関の呼び鈴が鳴った。


 ぴんぽーん。


 玄関の方を見ると山田さんとスズキさんが立っていたので入ってくるように手招きをする。

 そもそも玄関はさっきからずっと開けっ放しなのに律儀に呼び鈴を鳴らすとは、さすが勇者スズキ様だ。

 山田さんの後に入ってきたスズキさんはきちんと玄関の扉を閉めるのも忘れない。

 これが魔王さえも討滅した漢の姿か。

 まぁ、魔王って何処に居て何をしたのかしらんけど。

 近所のファストフード店でバイトしてたりして。


「どうですか高橋さん。きちんと竜気は排気されてますか?」

「計算通り機能してるはずですですが、スズキさんもっとコッチへ来てくださいですです」

 高橋さんがミユの事を気にかけてか玄関先で立ち止まって様子を見ていたスズキさんを呼び寄せる。

 恐る恐るという感じで鈴木さんが部屋に入ってきたので俺はミユの様子を見る。

 ミユはスズキさんが近くまで来たというのにいつもの常緑樹モードのままでシールドを張る気配もない。

「ミユ、竜気は大丈夫か?」

「大丈夫なの。スズキの竜気はもう何も感じないの」

 それを聞いて俺は高橋さんとハイタッチする。

 身長差があまりないので自然にハイタッチできるのが悲しい所だ。

 これが他の二人とだったら俺はジャンプしなければならない。それは屈辱だ。

「スズキさん、ケースに触ってみてくださいですです。ケース自体にも竜気を排気口へ流すコーティングがしてあるですから触っても大丈夫ですです」

「解った、触らせてもらうがいいか?ミユ殿」

「……はい……なの」

「優しくするから安心してくれ」

「あっ……コンセントが抜けちゃうの」

 何だこいつら、俺の目の前で浮気か?先日の委員長に続いてまた俺は寝取られるのか!

 おれはギリギリ歯ぎしりしながらスズキさんがミユのケースを持ち上げるのを見ていた。

「ミユ殿と話すのは初めてだな」

「今までは竜気を防いでいたから喋れなかったの」

「知らぬことだったとは言えすまなかったな」

「ミユは結界を張れるから平気なの。喋れなくなっちゃうけど」

 スズキさんは少し微笑んで

「我の世界のミニ世界樹とも何時かは言葉を交わすことが可能になろのだろうか?」と問いかけた。

「大丈夫なの。世界樹は丈夫なの。そして契約者……お父さんが大切にしてくれている限りその希望を叶えるのが私達なの」

「そうか、我が大切に育て続ければその願いは叶うのか。その言葉が貰えて安心した」

 そう言うとスズキさんはミユを机の上に戻して俺達の方に向き直り深く礼をした。


「皆、ありがとう。これで我と我の世界はミニ世界樹と共に生きて行く事が出来る」

「取り敢えず最終実験は成功ですです。これから会社に戻って研究所に実験結果を送るですです」

「我の世界用の新型ケースはいつ頃設置されるのであろうか?」

「ケース自体はすぐに用意出来るですです。3日もあれば準備してスズキさんの世界へ研究員と共に送り届けられるはずですです」

「案外と早いのだな」

「既にスズキさんの世界用のケースは殆ど完成してるですです。後は今日の実験結果を元に微調整をするだけで完成なのですです」

「世界によって魔素濃度を筆頭に環境が微妙に違うのでその世界に合わせた設定が必要なんですよ」と山田さんが付け加える。

 異世界云々と言うより育てる土地によって調整が必要なのは理解できる。

 高度が高い低いだけでも育ち方は随分変わるはずだ。

 このケースはそんな気候も風土も違う場所でも同じミニ世界樹を育てることが出来る万能ケースなのだろう。

「早速今から会社に行ってくるですです」

 高橋さんが実験結果を書いたノートを持って部屋を出て行く。

「では今日明日中にこの世界で世話になった者たちに別れの挨拶を済ませなければ」

 高橋さんを見送った後、スズキさんもそう言ってすぐに立ち上がり俺に片手を差し出した。


 俺はその手を握り返し熱い握手をする。

「田中殿……いえ、師匠。この恩は一生忘れない。勇者の称号に懸けて立派な世界樹を育てると誓おう」

「大げさだなぁスズキさんは」

 俺は苦笑いしながら手を離す。

 何故かその光景を見て涙ぐんでる山田さんが目の端にチラチラ見えて気になって仕方がない。

「これぞ男同士の友情ですね」とか言ってるのがひくわー。

 今生の別れでもあるまいし。

「またミニ世界樹の事で聞きたいことがあったら師匠として何時でも相談には乗らせてもらうから」

 俺がそう言うとスズキさんは少し悲しそうな顔をして「ああ、その時は宜しく頼む」と言ってから部屋を出ていった。

 これから近所を回って大家さんを始めとするお年寄り達や子供たちに別れの挨拶をしに行くのだろう。

「スズキ、バイバイなの」

 そのミユの淋しげな呟きだけを部屋に残して……。







 そんな格好いい別れ方をしたのに、夜になって迷子になってましたと警察官に連れてこられたスズキさんは最高に格好悪かった。


 いろいろな意味で台無しだよ!

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