第20話 流石にドン引きですです。

 高橋さんが帰ってくるまでの数日間、スズキさんは毎日朝から山田さんとともにユグドラシルカンパニージャパンに出社していく。

 会社では自分の世界のミニ世界樹の様子を異世界転移通信機とやらでイノウエさんというスズキさんのミニ世界樹を担当してくれているらしい人物と連絡を取り合っているそうだ。

 スズキさんのミニ世界樹は現状竜気を浴びていないないおかげか少しづつ元気を取り戻してきてはいるようだけど、契約者であるスズキさんが近寄れない現状のままでは成長の方向性が歪んで、聖なる樹へ育たない可能性があると山田さんがこっそり教えてくれた。

 自分のミニ世界樹が元気を取り戻してきたという報告を一番喜んでいたのはスズキさんである。

 だからこそ契約者が世話をしない状況での悪影響については俺達はスズキさんには伝えないことにした。

 そもそも高橋さんの竜気アース計画が上手く行けばそんな心配は杞憂に終わるわけだからいらない心配を掛ける必要もないだろう。

 高橋さんはアレな人だが、こと研究においては優秀だと山田さんも言っていたから心配はいらないだろう。


「スズキさん、これも運んでくれるかい?」

 アパートの前の小さな庭から大家さんの声が聞こえた。

 今日も会社から昼頃帰宅して、特にやることもなく時間を持て余していたスズキさんが大家さんに捕まって105号室を改造した倉庫の片付けを手伝っているようだ。

 だがスズキさんも嫌がっては居ない。

 むしろ人助けをする事が楽しいかの様に見えるのが不思議だ。

 さすが勇者の称号を持つ者。俺とは器が違う。


 昨日は町内会で知り合った子供たちが遊びに来ていて、大掃除の時に綺麗にしたあの公園で一緒に遊んだ後、子供達を一人一人家まで送るまでしたそうな。

 ただ帰りにまた道に迷ったらしく警察の人と一緒に帰ってきたので俺と山田さんは一瞬肝を冷やしたりもした。


 そんなこんなで町内ではスズキさんの人気が現在鰻登りのストップ高である。

 これが勇者の力。

 カリスマという物なのかと俺は素直に思った。

 たとえ『勇者』という称号はただの設定でしかないとしてもスズキさんはその称号に恥じない漢だと俺は思った。

 この町内の子供たち、そして特におばあちゃんたちの勇者なのだと。


 そんなスズキさんも高橋さんが新型ケースを完成させて持ってくるまでのショートステイである。

 短期間だけの住民である事は先日の町内会大そうじの時に皆には伝えられてはいたのだが、すでに帰る時にはお別れ会をしたいという話も上がっている。



アパートの外では大家さんの用事が済んだのか大家さんがスズキさんにお礼を言う声が聞こえる。

「スズキさんありがとね」

「これしきの事、何の問題もない」

「頼もしいねぇ。ずっと居てくれても良いんだよ?」

「お言葉はありがたいのだが、我には果たさねばならぬ使命が有るゆえ」

「そう、ざんねんね。はい、これお礼のお弁当」

「毎度かたじけない。大家殿の弁当は我がこのせ・・・国に来て一番のお気に入りなのだ」

「手伝ってもらったのだから当然の権利さね」

 大家さんとスズキさんのイチャコラを遠くに聞きながら俺の方はミユとイチャコラしていた。


「ミユ~」

「なんですお父さん?」

「呼んでみただけぇ~」

「もう、さっきからそればっかりなの」

「なんだかやる気が出なくってさぁ」

「世界樹の雫でも飲むといいの」

 ミユはそう言いながらキラキラゆれる。

 最近ミユはあの気持ち悪かった七色レインボーな光り方を調整して神秘的な美しい輝き方をマスターしたらしく俺に見せたがって仕方がないのだ。

 可愛い娘である。

「ありがたいけど今は遠慮しておくよ。朝、世界樹の雫を飲むと元気は出るんだけど昼くらいから逆に疲れが出てきて気力が萎えてくるんだよ」

 よく「栄養ドリンクは元気の前借りでしかない」と言われているが、まさにその状態なんじゃないかと俺は思っている。

 ここでさらに薬物に手を出しては泥沼だ。

「そうなの?」

 ミユは少し輝きの光量を下げてしょんぼりした空気を出す。

 しばらくするとミユは何時ものミニ世界樹の色に戻り、続いて幻像ホログラフィックを作り出す。

「じゃあミユがお父さんの好きなファッションショーをしてあげるの!」

 そう言うやいなやミユはミニ世界樹ケースからいつ録音したのか音楽を流しながら次々に服を着替えてはくるっとまわってポーズを決めるのを繰り返し始めた。

「ありがとうミユ、癒されるよ」

 俺はデレっとした顔でミユのファッションショーを見る。

 小学校低学年くらいの美少女のファッションショーに元気付けられる高校生という図は傍から見るとどうなのか。

 その答えはミユが旧スク水に着替えた時に玄関から訪れた。


 ガチャン。


 何かが落ちて割れたような音に俺は振り向く。

「な、な、何やってるですです! 変態ですです! ロリコンですです!」

 そこには約一週間ぶりに見る高橋さんの姿があった。

 その横に「あちゃー」というように顔を手で覆っている山田さんもいる。

「娘も同然の幼女にそんなことさせて喜んでるなんて流石にドン引きですです」

「誤解だって! 喜んでないとは言わないけどそれは父親が成長した娘を見守るような感じでだな」

「そんな言い訳通じないくらいデレデレした顔してたですです」

「私からもそう見えました」

 山田さん、フォローどころか追撃しないでくれ。

 俺がオタオタしていると二人の後ろからもう一人の声がした。

「そろそろよいか?」

 どうやらスズキさんが大家さんとの蜜月を終えてやって来たようだ。

「丁度よかったスズキ様、先程高橋さんが帰ってきましてこれからこちらのミニ世界樹『ミユ』さんを新型ケースに入れ替える所だったんですよ」

 俺はミユに目をやるといつものように真っ赤に紅葉して結界を張っていた。

「今からこの新型ケースにミユちゃんを移すですです」

 高橋さんはそう言って後ろに担いでいたリュックから新型ミニ世界樹育成ケースを取り出す。

 見かけは今までのとそんなに代わり映えはしないが何やら後ろの方からコンセントのようなものが尻尾のように生えていた。

 そして上部には……。

「なんで猫耳生えてんの?」

 そう、どうみても猫耳のようなものがケースの上部についていたのである。

「これはケースに向かってきた竜気を吸い寄せて集める部分ですです。何個も試作品を作ったですですが、最終的にこの形が一番竜気を吸い寄せることがわかったですです」

 竜気って一体……。竜まっしぐら?

「それでですですね。この猫耳に集まった竜気をこの後ろから出ているコードから廃棄する仕組みになってるですです」

 ドワドワ研究所の力を持ってすればこの程度朝飯前ですですと高橋さんがびみょうな胸を張る。

「おお! それさえあれば我のミニ世界樹も?」

「ですです。ミユちゃんのように普通にスズキさんでも接することができるようになるですです」

 高橋さんはそう言いながらミユを持ち上げる。

 その後、交換作業の間スズキさんには竜気がミユに影響して、もしもの事があるといけないという理由で一旦部屋に戻ってもらった。


 俺は交換作業に入った高橋さんを置いて玄関の山田さんのところへ向かう。

「山田さん、玄関を開ける時は呼び鈴くらい押してよ」

 あんな恥ずかしい姿を見られたからもうお婿に行けない。

「すみません、押そうとした瞬間に先に高橋さんが扉を開けてしまいまして」

 山田さんは申し訳なさそうに言うと続けて。

「珍しく高橋さんが田中さんへのお土産にあの釜飯を買ってきたらしくて、早く渡したかったみたいでしてね」

 遂に高橋さんが俺にデレたのか? 心して受け取ってあげようじゃないか。高橋さん見かけは美少女だし。

「それでその釜飯は何処に?」

 俺がそう言うと山田さんは少し複雑な顔をして俺の足元、玄関から少し出た所を指差した。

「そこに落ちてるのがそのお土産です」

「まさか、さっき入ってきた時に何か割れた音がしたのは……」

「ええ、その釜飯です」


 俺は粉々になった釜飯を見ながら少し泣いたのだった。



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