第19話 私はロリコンじゃないです。

 今日は週末の日曜日。

 いや、日曜日は週の頭という考え方もあるか。

 などと正直どうでもいいことを考えつつ俺は無心で草を刈っていた。

 町内会主催の町内大掃除に俺は強制的……いや、ボランティア精神あふれる若人として参加していた。


 周りを見渡しても参加者の中に少し居るお孫さんらしい小さな子供達を除けば若い人は俺だけである。

 つまり力仕事等は必然的に俺に要望が届けられる。

 それで得られる報酬はジジババの「若いのに偉いわねぇ」やら「見上げた若者じゃ」やら「ありがとうね」という言葉だけである。

 本当にボランティア精神に溢れた若者ならその「言葉だけで十分です!」とでも言うのだろうが俺には理解できない境地だ。

 前世でどれだけ徳を積めばそのような境地に到れるのか教えてほしいものである。

 まぁ俺は前世など信じてはいないが。


 本来ならこの場には山田さんとスズキさんの二人も居たはずなのだが、朝一で山田さんが部屋にやってきて「すみませんが会社に荷物を取りに行ってきますので大家さんには少し遅れると伝えておいてください」と告げてスズキさんと二人で出かけていったのだ。

 俺は大家さんに事情を説明した後、各種仕事の割り振りを受け今現在この町営公園の草むしりを行っていた。


「腰が痛い」

 無駄に広い公園だがしばらく使われていないのがひと目で分かる位に荒れている。

 夏の間に好き放題に生えた草で地面が見えない。

「刈っても刈っても我が仕事楽にならず、じっと手を見る」

 俺は借り始めたばかりだ! この公園坂をよ!~未完~。

「まぁ終わってないから未完なのは間違いないんだけども」

 一つ刈っては親のため~。

 どんどん思考が危ない方向へ向かっていたが止める人が居ないためどんどん突き進んでいく。

「田中さん! お待たせしました」

 そこへイケメン救世主様が登場した。

 ピンチに現れて助けてくれるなんて勇者様じゃない?

 あ、そう言えば山田さんの隣には本物の勇者様が居る。

「田中殿、待たせてすまなかった」

 そう言って礼儀正しく頭を下げる腰の低い勇者様が。


 俺は痛む腰を伸ばしつつ立ち上がる。

「遅かったじゃないですか二人共。何しに行ってたんです?」

 そう聞くと山田さんは隣のスズキさんを指差し「勇者様の装備を受け取りに行ってまして」といった。

 装備って……まさか聖剣!?

 俺は恐る恐るスズキさんを見る。

 マジでそんな物持ってきてたら銃刀法違反で警察まっしぐらだよ。

 そんな俺の不安な視線を受けながらスズキさんは腰に刺した得物を取りだした。


 それはそれは立派に輝く草刈り鎌の姿がそこにあった。

「すごく……おもちゃっぽいです」

 俺は素直に感想を述べる。

 その草刈り鎌はどう見てもおもちゃにしか見えないデザインと質感をしていたからだ。

「実はですね、この草刈り鎌は勇者様の世界の聖剣とおなじ材質で作られているんですよ」

 聖剣と同じ材質で作られた草刈り鎌か。いいのか聖剣がそんな扱いで。

 しかも聖剣ってこんな玩具みたいな質感なの?だとしたらがっかりだ。

 とりあえずこの草刈り鎌は聖剣エ草刈りガマーとでも名付けよう。


 俺は改めてそのエ草刈りガマーを見るがやはりおもちゃにしか思えない。

 そんな俺に山田さんが嬉しそうに言う。

「この草刈り鎌はですね、勇者様専用装備なんですよ」

「専用?」

「うむ、我が聖闘気を込めた時のみ真の力を発揮する道具なのだ」

 スズキさんはそう言うと何やら腕に力を込め始めた。

 するとエ草刈りガマーの刀身が光りを増し、まるでレーザー刀の様になった。形は草刈り鎌のままだが。

 そしてスズキさんが力を込めるのをやめると途端に光は消え元の草刈り鎌にもどった。

「凄いでしょう? しかもですよ。日本のややこしい銃刀法に対して出来得る限りの対処をするためにこの鎌は通常状態だとまるでゴムのようにしか見えない作りになっているんです」

 山田さんはそう言うと鎌の刃の先っぽを指で摘みかるく曲げる。

 エ草刈りガマーは本当にゴムにしか思えない柔らかさで、つまんだ指を離すと、ビョンビョンと揺れるのだった。

 おもちゃっぽい見た目にしているのも警察対策なのだそうだ。

「私達は転移先の世界ではイレギュラーな存在ですので、その世界の治安組織との揉め事は極力避けなければいけないので」

「まぁたしかにこの見た目だったらさすがに銃刀法違反で逮捕される事はないだろうけど」

 勇者様がおもちゃの草刈り鎌を持っている姿はシュール過ぎるだろ。

 会社の設定とは言えスズキさんもご苦労様です。

「とにかく遅れてきた分働いてよね二人共」

 俺はそう言うと俺達がやる作業を二人に伝えてから一度大家さんに報告に行く事にした。

「じゃあ大家さんに二人が来たと連絡してくるんで草刈りおねがい」

「わかりました」

「了解した」

 二人の元気な返事を後にして俺は大家さんのもとへ向かうのであった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 大家さんへの連絡を終えた後、俺が公園へ戻ってくるとそこにはすっかり綺麗になった公園があった。

 あれだけ生い茂っていた雑草が地上から5ミリほどを残してすっかり無くなっていていることに驚きを隠せない。

「や、山田さん」

「おかえりなさい、田中さん。草刈り終わりましたよ」

 山田さんは満面の笑みで答える。

「終わりましたよって……俺が大家さんの所に行ってまだ五分も経ってないのに!?」

「ええ、それだけの時間があれば勇者様の回転斬りと私の風魔法でコレくらいの土地の草刈りならすぐに終わりますから」

 風魔法……だと。

「山田さん、その風魔法とやらを見せてもらえないかな?」

 エルフだから風魔法が得意という連想からの『設定』なんだろうけど、どうせまたユグドラシルカンパニー製の未来っぽい道具を使ったんだろうと俺は思った。

 そこいらへんを突っ込みたい。「それ、魔法ちゃうやんけー!」という感じで突っ込みたい。似非関西弁MAXで突っ込みたい。


 そんなことを考えていると山田さんは申し訳なさそうに「風魔法の使い過ぎで魔力切れいたしまして」と外国人がよくやる両手のひらを上に上げて「やれやれ」的なポーズをとる。

 ガチイケメンがやると見事に様になるのが逆にイラッとする。

「じゃあ魔力が回復したら見せてくださいね」仕方がないので少し妥協する。

「ええ、いいですよ」

「どれ位で回復するのかな?」

 ミユの場合は最近ではレベルが上がったのと食物を魔素へ変換するスキルが付いたおかげで半日位もあれば回復するのだが。

「前にお話しましたがこちらの世界は空間魔力・魔素がほぼ存在しないレベルで薄いんですよ。ですから一月程度は必要かと」

 長すぎ。多分たまった頃には俺が忘れている。

 なんだかうまく逃げられた様に感じるが、そう言われては仕方がない。


 俺はこの場にいるもう一人……あれ?二人いる。

 スズキさんの陰にもう一人別の人物がいることに気がついて俺は焦る。

 なんたって山田さんとスズキさんしか居ないと思ってたから風魔法だの魔素だのと中二病患者ばりの会話をしていたのだから。

 俺は少し赤面しつつ様子をうかがうとその人物は見知った顔だった。

「田中くん、おっはよ~う♪」

 委員長だった。

 何故委員長がココに?

 俺の疑問が顔に出ていたのか委員長が答える。

「親にお使い頼まれちゃって、スーパーに向かう途中でスズキさんと山田さんを見つけたから」

「ああ、ちょうど我がこの聖剣……いや、草刈り鎌で草を一網打尽にしていた所に声をかけられてな」

「スズキさん凄かったんだよ! 草刈り鎌を持ってこうやって竜巻みたいに回転して雑草を次から次へと刈っていくんだ」

 委員長がキラキラした目でスズキさんを見ている。

 くっ、流石にこの二人相手では俺のようなイケメン(自称)でも歯が立たない。

 これがネトラレか! 一度も委員長と付き合った事はないけどもオレの心は確実に傷ついた。

「それは俺も見たかったなぁ」

 自称勇者様の華麗な技を見てみたかったというのは本当のことだ。

 話を聞く限り某有名アクションRPGの回転斬りみたいな感じなのだろうか? 草の中からル○ーとか出てきそうだ。

「ところで委員長、お使いはもういいのか?」

 俺がそう言うと委員長は自分の目的をすっかり忘れていたのか腕時計を見て「あ、お使い中だった。急いでいってくるね」と走り去っていった。

 今時スマホじゃなく腕時計というのが萌ポイントだなと俺は心のメモに追加しつつ見送る。


 委員長が去った後、俺達が刈った草をゴミ袋へ詰めていると大家さんが俺たちを呼びに来た。

 どうやら町内会のおばあちゃんたちが作った弁当が公民館に用意してあるらしい。

 スズキさんは「この世界の弁当に興味がある」とワクワクしている。

 俺達は残りの草を手早く詰め込むと公園入口のゴミ回収場所へ集めてから公民館へと向かった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 公民館に付くと簡易的な折りたたみ机が置かれていてその上におにぎりや卵焼き、唐揚げ等定番中の定番な食べ物が並んでいた。

 周りを見渡すとやはり若者は俺達だけであとはおじいちゃんおばあちゃんしか居ない。

 いや、それほど多くはないが多分お孫さんらしい子どもたちも何人か居たが町内掃除の戦力としては戦力外だろう。

 THE 高齢化社会&近所付き合いを大切にしない個人主義社会の縮図が垣間見れた。

 そんな事を思っている俺自信が今回大家さんによる半強制参加要請がなければ来ることもなかったのだから何も言う権利はないけど。

「これがこの世界の食べ物であるか」

 スズキさんは俺にだけ聞こえる程度の小さな声で言った。

 設定上スズキさんは異世界からやってきてこの世界では殆ど食事を取ったことがない事になっているわけでこの反応が自然なのだろう。

 山田さんといいスズキさんといいユグドラシルカンパニーの社員教育は徹底してるなぁと感心しながら席に着く。

 お昼は全員が集まったら食べ始めるというようなものではなく、来た人がそれぞれ好き勝手に食べ始めるタイプの気軽なものだ。

 俺はおにぎり片手に唐揚げを食いつつ山田さんの方を見る。


 うわぁ。

 山田さんの周りにはおばあちゃん達が集まっていた。

 甲斐甲斐しく世話を焼いているおばあちゃんとそれにイケメンスマイルで応じる山田さん。

 年をとっても乙女ということか。

 さすがキングオブイケメンは格が違った。


 一方スズキさんの方には何故か子どもたちが群がっている。

 たぶん腰に刺したどう見てもおもちゃにしか見えない『エ草刈りガマー』を見て寄ってきたのだろう。

 スズキさんも器用におにぎりや卵焼きを食べながら子どもたちを二の腕にぶら下がらせたりして遊んでやっている。

 子供の扱いには慣れているのか非常に自然な姿だった。


 お昼ごはんを食べ終わった後、掃除道具を皆で片付けてから俺たちは帰宅の途に付いた。

 帰り道俺は山田さんを少しからかってみることにした。

「山田さん、おばあちゃんたちにモテモテでしたねぇ」

「いやぁ、そんなことないですよ」

「そんなこと言ってまんざらじゃなかったんじゃない?」

 世の中にはBBA専という特殊性癖を持った人が極一部だがいるらしい。

 そういうAV作品もあるとのことだが、そんな物を見た日にはSAN値がピンチになってしまう。

「そうですね、でも……」

 山田さんは照れたように頭を掻いた後とんでもないことを言った。

「私はロリコンじゃないですよ?」

「は?」

 俺は素で聞き返してしまった。

「私からすると150歳以下の女性って子供にしか思えないんですよね」

 そう言ってウインクする。やめろ俺はノンケだ。

 長命種設定をこんなところにまでぶっこんでくるとは、さすが山田、ぶれない!!

「エルフ種の方々は200歳で成人だと聞いたことがあるな」

 と、スズキさんが答える。スズキさんの世界でもエルフは居る設定なのね。

 ん?

 だとすると人間的に考えれば200歳が20歳に当たるわけだから150歳は15歳になるわけで。


「山田さん」

「はい?」

「十分ロリコンじゃねーか!!」

「ですな」

「私はロリコンじゃありませんよ!!」

「15歳に手を出したら捕まるよ?」

「出しませんよ!」


 秋の初めの昼下がり、俺達三人はそんな馬鹿なことを言い合いながら帰るのであった。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る