第18話 異世界ンターネットは知識の泉ですです。
俺は山田さんの部屋の扉を開け放したまま目の前に映る景色に言葉を失くす。
目の前に広がる緑、緑、緑の暴力。
俺が飛び込んだ山田さんの部屋の中はまさにジャングルとしか言えない様相だったからだ。
「なんだこれ」
いや確かに前に「山田さんの部屋ってエルフって設定だからきっと森みたいにしてるんじゃないか」みたいな事は思ったよ。思ったけどさぁ。
「これじゃあエルフの森じゃなくてジャングルだよ密林だよ……」
とにかく玄関で靴は脱ぐべきなのかどうか悩む。
一応密林の中に動線として廊下は見えている。それが逆に違和感を増す理由の一つになっているが、その部分だけは普通の床なので土足で上がるのは気が引けた。
ふと横を見ると蔦が綺麗に絡まった、ある意味デザインセンスを感じる下駄箱があり、そこにスリッパが収納されているのを発見した。
さっきは余りに予想外の部屋の様子に慌ててしまったが、落ち着いて見回すと観葉植物やら蔦植物がそれぞれ計算されて置かれている事がわかる。
この下駄箱もきっちりと蔦が下駄箱を使用するのを邪魔しないように生えていた。
自分のエルフであるという設定を守りながら緑に彩られた部屋はマイナスイオンで溢れていて清々しくもある。
まぁ、キチンと換気しないと夜には植物の出す二酸化炭素で大変なことになりそうなレベルだが。
取り敢えず靴を脱いで下駄箱からスリッパを借りようと手を伸ばした時、山田さんの奥の部屋へ続く引き戸が開かれた。
「どうしたんですか? 田中さん」
山田さんは何時ものジャパニーズサラリーマンの格好で熊さん柄のもふもふしたスリッパを履くという違和感あふれる出で立ちで俺の方へやってくる。
しかも周りはこのジャングルなので凄い絵面だ。
一瞬呆気にとられたものの本来の目的を思い出し山田さんに詰め寄る。
「山田さん、先程の勇者スズキさんに直ぐ連絡とれないですか?」
「勇者さまにですか? 彼はこの世界の携帯電話は持っていないので会社の方に連絡入れておいて到着次第こちらへ連絡を入れてもらう事なら可能ですが何故にまた?」
俺は少し慌て気味にミユに聞いた竜気の話を山田さんに説明した。
「なるほど、それは早急に手を打たないと危険ですね。直ぐ会社へ連絡してみます」
そう言うやいなや山田さんは愛用のガラケーを取り出し電話を始めた。
しばらくして山田さんは携帯を仕舞い「ちょうど高橋さんが会社に居ましたので事情を話しておきました」
高橋さん、あの後本当に会社まで行って調べてたのか。
今までダメ女筆頭というイメージしか無かったが少しは見直した。だからいい加減着払いの代金を立て替えさせるのは止めて欲しい。
「それでスズキさんは?」
「どうやら道に迷って居るらしくて少し前に警察から会社へ連絡が来たらしく社員が迎えに出た所らしいです」
来るときも迷ってたけど方向音痴なのか?
スマホ持ってないみたいだからG地図で調べる事もできないんだろうな。どこのおじいちゃんだよ。
「それなら安心だ」
肩の荷が降りた。
「勇者様が会社へたどり着き次第、高橋さんが連れて戻ってきてくれるらしいので戻ってきましたら田中さんの所へ覗わさせていただきます」
「ああ、たのみます」
俺はそう返事をして田中さんの部屋を後にする。
そう言えばすっかり山田さんに部屋のあの状況について聞くことを忘れていたと思い出したのは部屋にもどって自分とミユに麦茶を用意し、一服した後だった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
山田さんが高橋さんとスズキさんを連れてやって来たのは次の日の朝だった。
山田さん曰く。
「高橋さんが戻ってきたのが深夜過ぎてまして、田中さんも既にお休みになられていましたので」
との事だった。
俺は昨夜帰ってきて一服した後、ミユと二人で竜気を止める方法や防ぐ方法を考えていたのだが気がつくと眠っていた。
普段使わな頭を使いすぎたのだろう。
世界樹の雫でもキメておけばよかった。
スズキさんが部屋に来るとミユは昨日と同じように赤く紅葉しながら沈黙する。
まさか『紅葉』にシールド効果があるとは思わなかった。
いつもの様に勝手知ったる田中の部屋と言わんばかりに山田さんがお茶とお茶菓子を用意する。
ちなみにお茶の葉とお茶菓子は気がつくと田中さんが買ってきて戸棚にいつの間にか仕舞い込まれているのだが、いったい何時持ってきているのかがわからない。
全員分のお茶と茶菓子が配膳された後、徐ろに俺は切り出す。
「スズキさん。話は聞いていますか?」
「ええ、昨夜高橋殿から伺いました。まさか我の竜気が世界樹に害をなしていたとは……」
痛恨の極みというような表情で鈴木さんは歯噛みする。
「我はたしかに竜族の血を引いてはいる。が、それはほんの僅かなもので有るのだ。竜気が出ているとしても魔王ですら気が付かぬ程度の物。そんな物でも毒となるとは思わなかった」
「その竜気とか言うものは出さないようにすることは出来ないんでしょうか?」
「わからぬ。今まで意識してこなかったゆえ竜気の制御について学んだこともないのだ」
「とにかく一朝一夕でどうにかなる物ではないということで間違いないでしょうね」
と、山田さん。
「俺も昨夜ミユと一緒にどうにかする方法はないものかと考えてみたんだけど何も思い浮かばなかった」
俺はチラッと紅葉しているミユを見て「ミユ位までレベルが上がるとシールドが貼れるけどそれじゃあ根本的な解決には成ってないから」と頭を振る。
「ということでココは私の出番と相成ったわけですです!」
今まで沈黙を守っていた高橋さんが話に割り込んできた。
ずっと沈黙の高橋で居たほうが一般受けするだろうに。
口を開けば残念な女、それが高橋だ。
「何か解決法でも思いついたの?」
俺は胡散臭いものを見るような目で高橋さんを見る。
「もちのロンですです。お茶の子さいさいですです」
何時の時代の人間だ高橋っ。
「実は昨日帰宅が深夜に成った理由はそこにありましてですね。高橋さんが我々からの連絡を受けて原因が『竜気』で有ることが解ったのならば何とか出来るかもしれないと、夜中まで異世界ンターネットとドワドワ研究所に残っていたスタッフとで対策方法を調べていたらしいんですよ」
「ですです。一生懸命調べたですです」
それなりな胸を張って主張する高橋さん。やっぱりウザい。
そして高橋さんは昨夜の研究結果を語りだす。
「今回の問題の原因はミニ世界樹に竜気という毒素が悪影響を及ぼした結果成長が止まったという事ですです。つまり原因となる竜気。それがケースの中に入らなければ問題ないわけですです。そこで」
高橋さんは自分の鞄の中から一枚のパネルを取りだすと説明を再開する。
「この絵を見てくださいですです。この左の棒人間が勇者様ですです。そして真ん中に有るのがミニ世界樹ちゃんとケースになりますですです」
高橋さんはペンを手に取り勇者様からミニ世界樹へ向けて矢印を書く。
「で、このように勇者様からミニ世界樹へ竜気が流れていってしまう。これが今の状態ですです。この竜気を我々ドワドワ研究所はどうにか出来ないかと考えたですです」
次にミニ世界樹のケースの周りに更にもう一重線が引かれる。
「まず考えたのがミニ世界樹育成ケース『そだてるん』の周りに竜気の侵入を許さないように二重のケースで包み込むというアイデアですです」
そう行った直後その書き足した線を高橋さんは消す。
「これはボツになったですです。この状態だとミニ世界樹への竜気以外の魔素や栄養分も弾いてしまうですです。そこで」
手に持ったペンで今度はミニ世界樹ケースの下から一本の線を斜め下に向けて引いた。
「竜気の特性を利用してミニ世界樹へ向かう竜気を地面に誘導して発散させる方法を思いついたのですです」
「そんな事が可能であるのか?」
「異世界ンターネットで調べた竜気の特性に間違いがなければ可能ですです。異世界ンターネットは知識の泉ですです」
お、おぅ……つまりやっぱり竜気って静電気だから地面にアースするってことじゃねぇの?
あとインターネットの情報は嘘も多いからな。
「というわけでこれからケースの表面に竜気が流れていきやすい特殊加工をしてケースの中に入る前に地面へ逃がすシステムを作るため一度ドワドワ研究所に戻るですです」
「かたじけない」
スズキさんが頭を下げる。本当に腰の低い人だ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「一週間もあれば完成するとおもいますです」と言い残してその日のうちに高橋さんはドワドワ研究所へ戻っていった。
さて、問題は勇者様の扱いであるが、取り敢えず大家さんと相談して空き部屋である101号室を短期契約で借りることに成った。
これだけ離れていればミユにも竜気の影響は出ないらしい。
大家さんは何処からどう見ても日本人に見えないスズキさんを前にしてもまったく動じず、山田さんの紹介という事と短期契約という事もあってか細かな素性を聞かずに部屋を貸してくれた。
マジ女神。
ただ大家さんは帰り際に一言だけ俺たちに告げて行った。
「今度の日曜日に町内会の大掃除があるから三人共出てね」
にっこり告げる大家さんの目は笑っていなかった。
そして俺はこのアパートに引っ越してきてから初めて町内会行事に顔を出すことになったのだ。
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