第17話 ミニ世界樹育成計画です。
真っ赤に近いオレンジの見事なまでの色に彩られたミニ世界樹『ミユ』を中心にして俺達はお茶を飲んでいた。
委員長は「塾の時間だから」と言って先程帰ったばかりだ。
狭い部屋に細マッチョの自称勇者とイケメン極振りの自称エルフ、そして平凡な町人A、もとい、最強の世界樹栽培人の俺の三人。
間違いが起こらないはずもなく……。
などとBLエロマンガの宣伝バナーを彷彿とさせる様な余計なことを俺は一人考えていた。
勇者スズキさんの願いを聞き届けるべく俺はまず実際のミニ世界樹『ミユ』にお伺いを立てようとした。
しかし何時もなら直ぐに返ってくるはずの返事が一向にない。
植物であるミユは人間のような睡眠はしないので眠っている訳ではないと山田さんは言う。
水や麦茶、お菓子を与えてもいつも通り吸収はするものの反応は無いまま。
ためしに退魔の光(空気清浄)の呪文を山田さんに唱えてもらったが普通に起動し、むさ苦しい男だけの空気を幾分か和らげてくれた。
勇者スズキさんが「我が聖剣さえこの場にあれば呪文など使わずとも常時魔を退けるなど容易いものを」等と言っていたが、そんな物を持ち歩いていたら警察への一方通行でしかない。
空気がキレイになった所で、ふと前々から思っていた事を山田さんに尋ねる。
「山田さんって契約者でも無いのに普通にミユの呪文を使えますよね?」
「ああ、それはですね。私がエルフ族だからなんですよ」
「エルフ族だとミニ世界樹の魔法が起動できるの?」
「少し違います。エルフ族だからと言って誰でも契約していないミニ世界樹の力が使えるわけではありません。実際世界樹の力を引き出せるエルフは一握りしか居ません」
「つまり山田さんはチート持ちのエリートって事?」
「チートという程ではありませんが私がこの仕事を任された理由の一つではありますね。でもエリートという訳ではありませんよ」
いつもの様に異世界設定で説明してくれたが、多分ミニ世界樹担当としてミニ世界樹のシステムへのアクセス権限を与えられているという事だろう。
取り敢えず山田さんが呪文を使える理由はこれでわかった。
問題は今現在ミユが沈黙を続けている理由である。
その後、三人での話し合いの末、ミニ世界樹育成ケース『そだてるん』の故障ではないかという結論に達した。
「山田さん、管理者権限でミユとケースのチェックお願いします」
「? そんなこと私には出来ませんよ?」
「え?」
「え?」
「山田さんってメーカーの人ですよね?」
「そうですがケースの故障については私では解りかねます。ミユさん自体については先程鑑定魔法を使ってみましたが、特に異常は見当たりませんでした」
鑑定魔法とな。ソフトウェアシステムメンテナンスの事?
「そんなわけでしてケースの故障については開発した研究所の所員である高橋さんに見てもらいましょう」
その後、隣の部屋の高橋さんを呼び出しチェックしてもらったが特に故障箇所も見当たらず正常稼働しているとのお墨付きを頂いた。
何気に高橋さんの俺が知る限りではまともな初仕事でもある。
ただ駅弁めぐりしてるだけの女では無かったようだ。だが問題解決の役には立たなかったけどな!
その後「もう少し調べてみるですです」と言い残して彼女は俺の部屋を出ていった。
山田さんが言うには会社から本社とドワドワ研究所に連絡して過去の事例等を調べてみるらしいとの事。
久々に研究所の名前を聞いたがやはり珍妙な名前だ。
とにかくこうしていても仕方がない。
「スズキさん、ミニ世界樹の育て方教室を先に始めましょうか」
「そうだな、お願いできるか?」
「ええ、それでは俺がミニ世界樹『ミユ』をここまで育てるまでにやって来たことを順に教えますね」
俺がそう言うとスズキさんは懐から「勇者のノート」と書かれた表紙に鳥っぽい地上絵がデザインされたノートを取り出した。
「これか? これは我がこの世界に転移して来た時に『勇者ならこのノートを使うべき』とユグドラシルカンパニーの社員に渡されたものだ」
なんと安易な。
「私も一緒にご拝聴させていただきますね」と山田さんもいつものメモ帳を手に俺の話を聞く体制になる。
俺は一つ咳払いをすると今までのミユとの生活を語り始めた。
「ふむふむ、水以外の水分と光合成か」
めもめも。
「ミユさんの名前ってそういう意味があったんですね。初めて知りました」
メモメモ。
「饅頭! そういうのもあるのか」
めもめも。
「遮音結界ですか。なるほど、田中さんの部屋から音が一切聞こえなくなる時がある理由が解ってほっとしましたよ」
メモメモ。
一時間ほどで最初の授業(?)が終わりを告げた。
最初と言っても既にこれで全て伝え終わったので二回目が必要かどうかは不明だが。
「田中殿、此度は秘伝を享受して頂き、なんとお礼を申していいかわからぬ」
スズキさんは自分の取ったメモを再度確認してから俺に頭を下げた。
本当に腰の低い勇者様だ。
「イノウエに世話を任せてきたものの我が世界のミニ世界樹は我が責任をもって育てねばならない。我はこれから取り急ぎ元の世界に転移して教えていただいた事を実践してみる所存」
そう言うやいなやスズキさんは立ち上がりもう一度礼をして「この借りは何時か必ず」とだけ言い残して帰っていった。
勇者の背中を見送った後、山田さんも本社に連絡を入れて転移陣を起動させてもらわないと行けないので手続きが有ると言い残して帰って行った。
つまりタクシーの手配でもするのだろうと脳内変換しつつ俺はミユをパソコンデスクのいつもの定位置に戻して眺めた。
まったくもって見事な紅葉である。
「これで今年はもう紅葉を見にいろは坂を攻めに行かなくても良くなったな」
などと車の免許すらまだ持っていないのにカッコつけてみる。
それから一息ついて椅子に座りなおしてミユのケースを持ち上げて様子を見てみる。
ケースの故障なら早く治してほしいものだ。誰も居なく成った一人の部屋で喋ることの無くなったミニ世界樹『ミユ』を見続けた。
十分ほど過ぎた頃ミニ世界樹『ミユ』に変化が訪れた。
見事に紅葉していた葉の色が徐々に何時もの緑に変わってゆくのだ。
「ミユ、いったい何が……」
「お父さん」
「ミユ!! 故障が直ったのか!?」
「故障なんてしてないの」
「?」
「返事が出来なかったのは、さっきまでは防衛結界を貼っていたからなの」
「防衛結界? 何かあったのか?」
俺はその剣呑な名前に焦りを覚えた。
「さっきまで居た勇者様、あの人の能力のせいなの」
「能力?」
「そう能力。彼は……あの勇者様は『竜族』の血をひいているの」
竜族と来やがったかぁ。
勇者で竜族とか凄く強そうな設定だ。
「竜族だと何が問題なんだ?」
俺はミユの語る設定にそのまま乗って見ることにした。
ミユの機嫌を損ねてまた喋ってもらえなく成ったらこんどこそ俺は死ぬ。
ミユたんロスは世界をも滅ぼすのだ。
「竜族の放つ竜気は世界樹にとっては毒なの」
スズキさん、加齢臭を出すほどの歳ではまだ無いと思うんだが。
「彼に流れる竜族の血はそれほど濃くはなかったけれどそれでもレベルの低いミニ世界樹にとっては成長力を奪われても仕方がない量なの」
そこまで聞いて合点がいった。
あの勇者様の育てているミニ世界樹が育たない理由がそれだ。
もしかして俺がさっき教えた事を彼が自分のミニ世界樹に一生懸命行うのは逆効果なのでは?
竜気とか信じては居ないが、いつもの通り考えるなら竜気と設定された何かがスズキさんから流れ出てミニ世界樹に悪影響を及ぼしているという事は間違いないだろう。
さっき考えた加齢臭か?いやそんな物が植物に影響を及ぼすとは思えない。
だとすれば静電気か?
静電気体質の人はかなりの電圧を溜め込むというし。
竜気と電気って字面も似てるし。
っと、今は色々と考えている場合じゃない。
早くミユの言葉を伝えてスズキさんを止めないとまた彼のミニ世界樹が弱ってしまう。
ミユの兄妹でもあるはずのミニ世界樹のピンチだ。
俺は慌てて部屋を飛び出し隣の山田さんの部屋へ向かった。
呼び出しベルを押すのも忘れて俺はドアノブを回すと鍵はかかっていなかった。
がちゃっ。
「山田さん居ますか! 勇者さんに今すぐ連絡を……」
ミユの言葉を急いでスズキさんに伝えて貰うため山田さんの部屋の扉を勢い良く開け放った俺は次の瞬間に部屋の中を見て絶句したまま固まったのだった。
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