第二章 勇者のお悩み、解決します。

第16話 勇者の出前は頼んでないです。

 ぴんぽーん。


 朝の静寂を切り裂いて呼び出しベルが鳴る。


 ぴんぽーん。


 流石に季節はすでに秋と言ってもおかしくない昨今、今までのタオルケットだけでなく厚めの布団をかぶっていた俺は朝の部屋の寒さの前に完全敗北してしまった。


 ぴんぽーんぴんぽーん。


 つまり寒いので布団から出たくないから居留守を使っちゃおうという悪魔の囁きを全面的に肯定したのだ。

 だがそれでも敵は諦めてくれず執拗な攻撃を繰り返す。


 ぴんぽんぴんぽんぴんぽんぴんぽーん。


 俺は布団から顔だけを出しミユに語りかける。

「ミユ、客は山田さんか?」

「違うみたいなの」

「じゃあ高橋さん?」

「タカハシの気配は隣の部屋から動いてないの。壁の向こうから大きなイビキが聞こえるの」

 流石高橋さん。期待を裏切らない残念っぷり。

「じゃあ誰だろう?大家さんかな? それとも佐藤さん?」

 俺の知人はこのアパートの中で完結している。

 学校は惰性で通っているようなものだし友人なんて……。


 ぴんぽーん!

「田中く~ん、居るんでしょ~?」

 ドアの向こうから女の子が俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。

 この声には聞き覚えが有る。たしかクラス委員長の……。

 その時隣の部屋のドアが開く音が聞こえた。

「こんにちは。私こちらの部屋に住んでいる山田と申します」

「こ、こんにちは」

 委員長の声が上ずっている。

 そりゃそうだ。すっかり馴染んでしまっていたがとなり隣の山田さんは自称エルフが通るくらいのイケメンさんである。若い女子などイチコロだろう。

 いや、最近は近所のおばさん連中やお婆ちゃんたちとも仲良く話をしているところを見かける。

 老若男女全てがイチコロなのだ。

 え? 男も入ってるって?

 俺はノンケだがそうじゃない奴らもこの界隈には居る。察しろ。


「田中さんに御用なのですか?」

「は、はい。こちらの外国人さんが学校の前で迷ってまして。色々聞いてみた所、田中くんの家を探していたらしいと判りましたので案内して来ました」

「そうなんですか。ご苦労様です。では中に入ってお茶でもいかがでしょう? 田中さんもそろそろお目覚めに鳴ると思いますので」

 その声が聞こえた直後、玄関のドアが開く音が聞こえた。

 おかしい。鍵は閉めたはずなのに。

「おじゃましま~す」

 委員長の声がする。ヤバイ。さっさと起きないと。

 俺は慌てて布団を跳ね除けると枕元に用意してあった服に着替え布団を一瞬で整えた。

 我ながら素晴らしい手際だ。

 直後廊下から委員長が姿を現す。

 休日なのに制服姿とは委員長の名に恥じない。さすが委員長。さす委。

 そんな事を考えていると委員長の後ろから山田さんが現れた。

「田中さん、可愛い彼女さんとお客様をお連れいたしました」

「か、か、か、彼女じゃねーし!」俺は一瞬にして真っ赤になった。

 委員長は確かにそれなりに可愛いし、清楚というより活発な黒髪ショートは俺の好みでも有るし、色々妄想したことがないと言えば嘘になるが断じて彼女ではない。

 今は……そう、今は違うがいずれはどうにかなっちゃってカレカノになる可能性も微レ存。

「もう!山田さん、そんなんじゃないですってば」

 委員長がチラチラとこちらの様子を見ながら反論する様子がかわいい。

 おっ、これは脈有りか?

 だが委員長が山田さんを見る目がマジモンだ。さようなら俺の可能性。


「そろそろ良いかな?」

 しばし委員長に恋して失恋していると山田さんの後ろから凛々しい男の声が聞こえた。

 山田さんの後ろから現れた優男風の男は俺の存在を認めると寄ってきて右手を差し出す。

 自然にその手を取り握り返す。

 その手の平は外見とはかけ離れゴツゴツしていて、腕の筋肉はかなり鍛えられガッシリとしていた。

「貴方は?」

 俺はその男には全く見覚えがなかった。

 むしろ見かけだけなら山田さんの関係者と言われたほうがピッタリとくるイケメンだ。

 委員長はイケメンに弱すぎると心のメモにしっかりと書き込んでおいた。

 いつかこのメモが重大な事件を解決する手がかりになるはずだ。嘘だけど。

「貴方にわかりやすく説明するなら私は異世界の勇者だ。 気軽に勇者スズキとでも呼んでもらいたい」

 勇者様キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!

 自称エルフやドワーフ。そして異世界という定番な『設定』で固めてきていたユグドラシルカンパニーが『勇者役』を用意していないわけはないと前々から密かに思っていたのだ。

 ついに来やがった。

 だがしかし相変わらずネーミングセンスだけは暗黒の世界に飲み込まれ消え去っている。

 異世界勇者の名前がスズキとか無いわー。

「勇者の出前とか頼んでないんでお帰りください」

 お帰りはあちらと部屋の出口に手を向ける。

 ちょうどそのタイミングに合わせて台所の方から山田さんがお茶セットを用意してやって来た。

「あなたがあの勇者スズキ様でしたか。話は聞いておりますよ」

 机の上に5人分のお茶と茶菓子(山田さんが持参)を配りながら言った。

「俺は聞いてないんだが?」

「異界の勇者スズキ様がこんなに早くお着きになられるとは聞いていませんでしたので今日帰社後にお伝えしようかと」

 一人話から取り残された状態の委員長が小さな口で茶菓子を食べているのをチラチラ見ながら俺は聞く。

「それで何か御用なんでしょうか?勇者 スズキさん」

「おお、そうだったな」

勇者スズキさんは一口お茶を飲むと来客理由を告げた。

「是非貴公にミニ世界樹の育て方をご教授頂きたいと思ってな」

「育て方? ですか?」

「うむ、我が世界にもたらされたミニ世界樹は魔王を討滅した勇者である我に託されたのだが……上手く育たぬのだ」

 魔王とか(笑)

「具体的には?」

「お恥ずかしい話なのだが未だにレベルが一つも上がっておらぬのだ。説明書通り毎日水やりも欠かさず行っているというのにだ」

 自称勇者様はそう言って俺に頭を下げる。

「なるほど。それで現在ミニ世界樹のレベル上げ速度ナンバーワンの俺の所に来たと」

「我の世界の担当者であるイノウエに相談し紹介されたのが田中殿であったのだ」

 俺はその話を聞いて山田さんに目を向ける。

「山田さん、俺の時は異世界転移の許可が降りなかったのにスズキさんは許可が降りたのは何故? もしかしてもう俺も異世界行っていいの?」

 山田さんは申し訳無さそうな顔をする。

「いいえ、まだ許可はおりてません。スズキ様に関しては緊急性があると認められたので特別に許可が降りたのです」

「緊急性?」

「ええ、このままではスズキ様の世界のミニ世界樹は成長できずただの木になってしまう可能性が出てきました」

「面目ない……」

 スズキさんが更に項垂れる。

「それでですね先ほどスズキ様が申し上げた通り緊急措置として田中さんに一時的に弟子入りさせてはどうかという話が出まして、即日可決と成ったわけです」

「勝手に決められても困る」

「このままでは我が世界のミニ世界樹が失われてしまうのです! どうか! どうか!」

 既に土下座モードにまで入ったスズキさんの姿をこのまま放っておくのも酷い人間みたいだ。


「ココまで言ってるんだから弟子入りさせてあげたら?」

「う~ん、でもなぁ。俺はそんな大層な人間じゃないし弟子とか……」

「田中くんなら出来るって。現にそのミニ・・・世界樹を今立派に育ててるんでしょ?」

「立派かどうかは知らないけど現状育ててるメンバーの中では一番育ってるって話だけど」

「凄いじゃない! それが田中くんの秘められた才能だったんだよ」

「そ、そうかな」

「そうですよ田中さん。委員長さんの言う通り、田中さんにはミニ世界樹を育てる才能があります」

「そっかぁ、委員長も認めてくれてるのかぁ……って委員長! いつの間に話に紛れ込んでんの!?」

「お菓子食べ終わっちゃったからね」

 委員長の存在を失念していたせいで勇者だの世界樹だの異世界だのと真面目に会話をしてしまった。

 もうだめだー、おしまいだー。

 明日から学校で中二病患者として扱われてしまう~。


「い、委員長。今までの話は学校では内密にお願いできませんかねぇ」

「守秘義務ってやつでしょ? さっき山田さんから大まかな話は聞かせてもらったよ」

「大まかな話?」

 山田さんの方を見るとイケメンがウインクしてきた。やめろよ、惚れてしまう。

「山田さんの会社の新製品モニターをやってあげているんでしょ」

「そう、その通り」

「それで新製品の設定が『世界樹』だからそれに合わせてモニターの人たちも山田さんの会社の人達もエルフとかドワーフとかファンタジーの住民に成り切ってモニター業務をしているんだって聞いたの」

「というわけで委員長さんには我が社と守秘義務契約を先程行って頂きましたのでご安心を」

 山田さんが親指を立ててサムズアップしてきた。

 殴りたい、この笑顔。

「わかったよ。スズキさん頭を上げてください。ミニ世界樹の育て方を一緒に考えましょう」

 俺の返答にスズキさんはガバッと立ち上がり両手で俺の手を掴みブンブン振って「ありがとう! ありがとう!」と繰り返した。


 また変な人が増えてしまった。

 秋を迎えて世間は静けさを増すというのに、俺の生活は更に騒がしく成っていく予感しかしない。

 俺はその原因であるミニ世界樹『ミユ』を見つめ……見つめ……。


「いつのまにかミユが紅葉してる!?」


 勇者スズキが現れてからずっと喋らず、存在感を消していたミユの+αスキル『紅葉』が発動している事を俺達はその時初めて気がついたのであった。

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