第15話 異世界鍋奉行はいらないです。
異世界名物恐るべし。
いや、今までのも◯じ饅頭やら、ひよ◯饅頭やら釜飯やらは一体何だったのかと思えるくらい異世界っぽい食べ物だった。
まず見かけからして頭がおかしいだろう。
だって騎士の兜(面)形の鍋なんて扱いにくいったらありゃしない。
現にコンロに最初普通に載せたらバランス崩して倒れそうになったわけで。
山田さんもココ数年はこちらの世界にほとんど居てあちらの世界には時々しか戻っていなかったため急に流行りだしたものについては知見が無く、上層部からボーナスとして支給されたは良いものの食べ方についてはあまりわからない状態だった。
そこで俺は一つひらめいた。
良くスーパー等で売っているアルミの具入り鍋の場合、作り方の説明書が入っている事を。
「山田さん、この騎士面鍋セットの中に食べ方の説明書とか無いですかね?」
「おお、そうですね」
騎士面の鍋は形としては騎士の兜を逆さまにしたような形で、首を入れる部分に木製の蓋がありそれを開けると中に各種具材が入っているようだ。
ぱかっ。
蓋が開いた直後に俺が感じたのは説明書が予想通り入っていた安堵感ではなく、鍋の中に広がる各種具材のカラフルさ……いや正直に言えばこれ食い物なのかよ! という思いであった。
完全にアメリカのどぎついカラーのお菓子類と色合いが変わらない。
いや、アレも食い物だからコレも食い物であったとしてもおかしくないのか。
「お父さん。これ食べ物なの?」
ミユも困惑気味だ。
ミユ自身は山田さんの言う設定上ではユグドラシルカンパニー本社のあるエルフの里出身ではあるが、ある意味赤子状態で我が家にやってきたわけで、あちらの世界の食文化や風習等知る由もなく、感性としては俺と一緒であるわけで当然の反応だ。
ふと山田さんを見るとこちらも「うわぁ……」みたいな顔をしている。
「山田さん、貴方の国の名物ですよね? 何故そんなに気持ち悪いものを見るかのようにしてるの?」
「それはですね、私の住んでいたエルフの国は前に言った通りデルナテラ大陸の北東部の更に奥なんです」
「前? そんなこと言ってた気がする」俺はすっかり忘れてたが適当にごまかす。
「つまり今回のこの騎士面が流行っている大陸中央部とは食文化が随分違うのですよ。エルフの里周辺地域は食文化についてはこちらの世界。つまり日本と大差ありません。味噌とか醤油とかマヨネーズも普通に存在してますし」
つまり山田さん(ユグドラシルカンパニー)の設定した異世界に転生したとしても現代知識チートは出来ないって事か。かなりハードモードだぜ。
マヨネーズとか味噌とか作って「わ~すご~い♪」「流石勇者様ぁ~♪」という良く有るハーレム展開も不可能だということか。
取り敢えず俺は山田さんから騎士面の食べ方ガイドなる説明書を受け取る……が、当然読めない。
山田さんも大陸中央語は完璧ではないとの事。
これはアレか。遂にあの呪文を使う時が来たのか。
習得してから使いみちも無く今後一切使うこともないだろうと思っていたあの呪文を!
俺は徐ろにミニ世界樹取扱説明書を机の引き出しから取りだすとページをめくる。
お、あったあった。
さぁいくぞ。
俺は右手を卓上の『騎士面の食べ方ガイド』に向けて広げ呪文を唱える。
「我らを絆ぐ言霊を我が願いの前に示し映し給え!」
「そ、それは『言霊の息吹』っ!」
山田さんもノリ良く反応してくれる。
その山田さんの反応のお陰で中二呪文を唱えた恥ずかしさが幾分か和らいだ。流石である。
そして呪文と同時に机の上に置かれた大陸中央部の言語がスッと日本語として読める様に変換された。
電子ペーパーだと思うのだがいまいち自信が持てない何時もの謎テクノロジーだ。
「どれどれ?」
俺は説明書を手に持ち読んで見る。
どうやらあの騎士面の中にコンロに固定する台座等が入っているらしい。
説明書が読めれば後はスーパーのアルミ鍋と何ら変わら無い。
台座をセットし、それ以降はスムーズに準備を進めていった。
一人暮らしが長いのでこの手の料理は慣れている。
30分後。机の上には今まで嗅いだこともない美味しそうな香りを漂わせる鍋が出来上がっていた。
但し見かけは総天然色パラダイス。
ピーマンにしか見えない鮮やかに青い野菜を筆頭に俺たちの食欲を減衰させる色の暴力が襲いかかってくる。
しかしそれにもまして美味しそうな香りが部屋中に広がる凶悪なまでのバランスブレイカー!?
俺は恐る恐るレインボーな鍋の中に箸を入れる。
菜箸? そんなものは必要ない。
鍋奉行もマナーの鬼もこの部屋にはいない。
ここに居るのはただ秘境の中へ勇敢に突き進む勇者たちだけなのだ。
「い、いただきます」
俺は箸で掴んだ……掴んでしまったパステルピンクの謎の野菜を取り皿に入て少し覚ましてから口へ放り込む。
うーまーいーぞー!!!!
騎士面鍋はそのカラフルレインボーな見た目に反して今まで食べてきたどんな鍋よりも美味しかった。
その後は山田さん、俺、ミユの三人(?)で騎士面鍋を一気に食べきってしまった。
山田さんは自分の知っている野菜や肉に付いて色々解説してくれながら食べていたけれど俺はちっとも聞いてはいなかった。
何故なら俺はせっせと自分の分を食べている合間にミユのケース上部に置いた取り皿へ鍋の具を入れてあげていたからだ。
なんとこのケース、取り皿の上の物まで分解吸収するのだ。
いったいどんなテクノロジーなんだろう。
すっかり鍋の中身がだし汁まで無くなり三人が満腹と満足感で満たされていた時、いきなり玄関のドアが開いて一人の弾丸が飛び込んできた。
高橋さんだった。
高橋さんはなにやらブツブツつぶやきながら涙目で空になった騎士面鍋を両手で抱え「何故呼んでくれなかったですですぅ」と俺を攻め立てた。
「存在自体を完全に忘れてた」
「酷いですです!」
高橋さん次に山田さんに詰め寄る。
「山田さんも酷いですです!」
「しかしですね、高橋さんは帰ってきて早々に買い込んだ各種名物弁当を持ってこれから食べるから邪魔しないでくださいですですとおっしゃられて部屋に籠もられましたので……」
こいつ、また名物弁当を独り占めして食ってたのか。自業自得だ。
「騎士面と弁当は別腹ですです!」
わーわーギャーギャーと騒ぐ高橋さんを俺は無視して食後に訪れる満足感と眠気に身を委ねる。
こんな日常も悪くない。そう思いながら俺はまだ肌寒さを感じない夜、目を閉じて眠りの中へ引きずり込まれていった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
翌日俺は朝早く朝日によって目が覚めた。
体にはタオルケットが描けられていて、鍋の跡もすっかり片付けられていたのは山田さんの仕業だろう。
心のなかで山田さんの気遣いに感謝しつつ身を起こす。
そして俺はふと猛烈な違和感を感じてミユの方を凝視した。
「ミユ……その姿は何だ?」
「昨日の鍋を食べていた時に思いついたので試してみたの」
そこには七色レインボーに葉を光り輝かせたミニ世界樹の姿があった。
そしてその横には更にうごめく七色マーブル模様のミユ・ホログラフィックが立っていた。
どうしてこうなった!
そして俺は一言ミユにこう言ったのだった。
「正直気持ち悪いんで元の可愛いミユにもどって!?」と。
=============第一章 了==================
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