第14話 臨時ボーナスは現物支給です。

「どこからどう見ても釜飯じゃねーか……」


 俺は地団駄を踏みながら高橋さんが大事そうに抱えるエルフの里名物弁当を指差した。



「あの、田中さん」

「なんですか山田さん?」


 山田さんが神妙そうな顔で俺を見る。

 なんだろう。釜飯の言い訳かな?

 山田さんは申し訳なさそうに俺に言う。


「下の階の佐藤さんにご迷惑なので落ち着いてくださいませんか?」


 そう言えばこの部屋は203号室なので下の階の103号室には佐藤さんが住んでいる。

 古アパートの薄い床で地団駄を踏めば下の階の住民には迷惑以外の何物でもない。



「つい毎度毎度のお約束展開に取り乱してしまって」


 俺は三度ほど深呼吸して心を落ち着かせる。


「でも田中さんは何故この『3合目の釜飯弁当』をご存知なのですか? もしかして本当は我々と同じ異世界人なのですか? それとも我々の世界からこの世界へ転生した転生者とか?」


 真面目な顔で尋ねてくる山田さん。


「生粋の日本人ですが何か? あとこの世界にも普通に釜飯弁当売ってるから。知らない演技とかもういいから」


 その返答に山田さんは本気で驚いた顔をして居る。

 異世界人設定をココまで忠実に守ってるのに何故持ってくる名物品は全てパチもんばかりなんだろうか。

 予算の都合かな?


 しばし山田さんは思案した後「なるほど、これはもう決定的ですね」と手を打つ。


「決定的?」

「ええ、この世界には何十年か何百年前に既に我々の世界からの転移者が来ていたんですよ!」

「な、なんだってー!!」


 ついお約束で反応してしまう。


「人数は解りませんが、その者たちが我々の世界の銘菓や名物をこちらの世界に持ち込んで広めたのでしょう」


 なんだか壮大なのかそうじゃないのか微妙な話だ。

 たしかに異世界転生物、転移物では転生者・転移者が現代知識無双とかで醤油や味噌。そしてマヨネーズを異世界に広げて大成功!というパターンはデフォルトだ。

 グルメ物だと異世界にカレーやラーメン、お菓子類ではケーキやクッキーで店を開いて大成功でウッハウハなのもおやくそく。

 つまりのそ逆パターンだという事か。

 新しい!


 ユグドラシルカンパニーはそんな逆異世界無双設定を作り上げているという事なのか。

 しかしある意味一発ネタだけのためにパッケージから何から全部作る凝りようは流石である。

 最近はオンデマンド印刷で安く済むとは言えご苦労様です。


 三合目の釜飯って事は元ネタは峠◯釜飯なんだろうけど三合目って微妙すぎない?

 俺は山田さんの設定にツッコミする事もなく更なる設定の説明を求めてみた。

 そのほうが面白いと最近思い始めているのだ。完全に毒されている。


「えっとですね、三合目というのは我がエルフの里の世界樹の三合目にあるお店で売り始めたので『三合目の釜飯弁当』という名前になったんですよ」


 世界樹の三合目って何だ?


「登山じゃなく登樹とでもいいますか、我が里の観光名所の一つでも有りまして。世界樹の登樹ツアーも有るんですよ。最終的には雲の上まで登ることが出来ますが自力では10日くらい掛かります」

「自力じゃない場合はエレベータとか登樹電車とか?」

「いいえ、そういった機械的なものは世界樹に好ましくありませんので基本はリザードタクシーを使います」

「リザード?とかげ?」

「ええ、巨大な蜥蜴の背に籠を付けて乗り込みます。大型リザードタクシーだと同時に10人は運べます」


 10人も乗る大きさの蜥蜴ってもう蜥蜴ってレベルじゃねーぞ。


「田中さんに世界転移の許可が出ましたら一度は一緒に世界樹を登りましょうね。私が案内しますよ」

「世界転移ねぇ」



 そんな話をしているとあることに気がつく。

 高橋さんがずっと会話に混ざってこない。

 気になって高橋さんの方を見るとそこには釜飯を一人で食い切って満足げに爪楊枝でほじほじしながらくつろいでいる女の姿があった。

 俺はそっと高橋さんに向かって運送屋の着払い領収証を突きつけた。

 高橋さんはその金額をチェックした後財布から着払い金+100円を俺に手渡すと「受けとってくれたお礼」と言ってウインクをする。

 爪楊枝を使っているオッサンみたいな姿を見た後でそんなカワイコぶられても正直どうでもいい。

 貰うものは貰ったので俺は山田さんと高橋さんに「帰りますね」と言い残して正真正銘のカワイコチャンが住んでいる自分の部屋に戻った。


 後ろから当たり前のようについてきた山田さんに「何か用ですかね?」と問いかける。


「実はですね。また明後日から本社へ出向しなければいけなくなりまして」

「山田さんだけ? 高橋さんは?」

「もちろん連れて行きますのでご安心を。お目付け役が居ない状態で放置してしまったら暴走が止められませんし」


 もう本社にそのまま置いてきてくれればいいのにと俺は真剣に思った。



「この前の株主総会ほど盛大ではありませんが、ミニ世界樹に関しての臨時報告会があるのですよ。一応高橋はミニ世界樹『ミユ』ちゃんの専属研究者として報告会での報告義務もありますし、何にせよ本社へは連れて行かなければなりませんし」


 山田さんはそれだけ言い残して自分の部屋に戻っていった。

 そう言えば山田さんの部屋にはまだ一度も入ったことがない。

 自称エルフの設定を頑なまでに守っている山田さんの部屋と考えると部屋中が樹木で埋まっていても不思議ではないのではなかろうか。

 少し見てみたい。

 そんなことを考えながら俺も自分の部屋へ戻る。

 今夜もまたミユとの親子の語らいが始まるのだ。

 決してやましい事をしているわけではない。

 インターネットで画像検索した俺好みの服をミユに見せてホログラフィックミユとファッションショーを開くのも何ら問題はないはずだ。


 ないよね?




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 一週間後、俺の部屋の呼び出し音が鳴る。


 ぴんぽーん。


 そろそろ山田さんが帰ってくる頃だと予想していたので嫌がらせにドアを開けずに返事をしてみる。


「どちら様ですかぁ?」

「隣の山田です。ドアを開けていただいてもよろしいでしょうか? 今回の臨時報告会で臨時ボーナスを頂きましたので一緒に食べませんか?」


 臨時ボーナスが出たから奢ってくれるということか。


「超高級キシメンを臨時ボーナスで頂いちゃいまして。両手が塞がっているんですよ」


 まさかの現物支給。ユグドラシルカンパニーってやっぱりブラック企業なのではなかろうか。

 そんなことより『きしめん』って……本社の所在地は名古屋なのか?

 何はともあれ『超高級』という言葉には惹かれるものがあったので俺はチェーンロックをはずしドアを開けた。



 ……。

「は?」



 そこには大きな鎧の兜を持った山田さんがニコニコイケメン笑顔で立っていた。

 そして自慢げに言う。


「凄いでしょう? これがデルナテラ大陸中央部で最近流行している『騎士面鍋セット』です」


「俺の知っているきしめんとちが~う!!!!」


 今日もまた俺の叫びがアパートへ響き渡るのであった。

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