第13話 突撃!隣の晩御飯です。
ぶんぶんぶん。
俺は机を片付けた部屋の真ん中で腕を振っていた。
ぶんぶんぶん。
額に薄っすらと汗が輝く。
ぶんぶんぶん。
腕が起こす風が生ぬるい部屋の空気をかき混ぜる。
ぶんぶんぶん。
まるで人間サーキュレーターや!等と一昔前に流行った芸人の様な言葉が頭に浮かぶ。
ぶんぶんぶん。
俺に集中などという言葉は無い。頭に浮かぶのはしょうもない妄想だけだ。
ぶんぶんぶん。
ぶんぶんぶん。
ぶんぶんぶん。
「お父さん。何してるの?」
俺の奇行が流石に気になったのかミニ世界樹『ミユ』が尋ねる。
ぶんぶんぶん。
「これはな、スワイショウという運動なんだよ」
「スワイショウ?」
「そう、スワイショウ。日本では『腕振り運動』って言われて一時期TVとか雑誌で取り上げられたやつだ」
「腕振ってるだけで運動になるの?」
ミユは葉っぱを揺らしながら疑わしげに言う。
「甘いな!俺はただ手を振っているわけではないのだよ。スワイショウとはこうやって腕を前後に振ることによって生まれた力を腰や軽く曲げた膝に、足全体まで意識して体全体を使って運動エネルギーを廻す全身運動なんだよ!」
※個人の感想です。
「そうなの!?お父さん凄いの」
俺は先日手に入れた冷淡なる
だが俺は日々何もせずミユとダラダラ喋りながら、偶にやってくる山田・高橋コンビを撃退するだけの無駄な時間を費やし暮らす日々に流石に危機感を覚えたのだ。
つまりどうなったかというと半月ほどダラダラしていたら体重がね……少しね……。
昨日のイケメン自称エルフの山田さんとの会話が決定的だった。
「田中さん、最近丸くなったんじゃないですか?」
「そうかな?確かに最近は山田さんにも高橋さんにもそんなにキツく当たるようなことは無くなったかも」
「いえ、そうではなく」
「?」
「お顔の方が……その」
「?」
「ストレートに言えばお太りに成られたのではないかと」
「まじか!」
「いやあ、幸せ太りって言葉もありますし多分それですね。ミユさんとの生活が充実しているってことでしょう」
「嬉しくは無いんだが。あと食生活とか全然変わってないはずだけど?」
「ああ、それは多分田中さんが毎朝飲んでる『世界樹の雫』のせいかもしれませんね。あれはある意味完全食ですので、その後に普通に朝ごはんまで食べていたら朝ごはん二倍摂取しているようなものですし」
「な、なんだってーっ!」
山田さんをいつもの様に追い返した後俺は考えた。
『世界樹の雫』を飲まない選択肢はない。
何故ならミユが悲しそうにするからだ。
では朝飯を抜くか?
それも却下だ。
何故なら俺は毎朝ミユ(ホログラフィック)と二人で朝食を一緒に食べるのが楽しみだからだ。
なお、おかずのうち、ミユが食べたい(吸収したい)と言う物を箸でケース上部の吸収口に置いてやるのも至福の時間だ。
昼は学校がある時は抜くと空腹に心が奪われて勉強に身が入らなくなるので却下。
夜は朝と同じくミユとの団欒なので却下。
つまりご飯を抜く訳にはいかないのだ。
休みの日なら外でウォーキングというのも手なのだが基本ヒキコモリ脳の俺にはハードルが高い。
必然部屋の中で出来る運動という事になるわけだが、簡単にできるのが昇降運動。
漫画雑誌を数冊束ねれば道具は完成だ。
しかし昇降運動には一つ問題があった。それはアパートのような安普請な建物で、しかも二階で昇降運動をするとどうなるか?
そう、下の階に大打撃を与えてしまうのである。
今現在我が部屋の下の階は空き部屋ではあるのだけれど、その横の103号室には佐藤さんが住んでいる。
このアパートくらいの装甲ではそちらにも足踏みの振動が伝わってしまう可能性が高い。
なにせ隣の部屋の音も耳を当てれば聞こえるくらいなのだ。
ミユの遮音結界も音は防げるが建物を直接伝わる振動までは消せないという弱点がある。
そんなこんなでたどり着いたのがこの腕振り
ぶんぶんぶん。
俺は20分ほど腕を振り続けた後に深呼吸して今日の運動を終える。
将来的には40分位続けると最高の効果があるらしいが最初から飛ばすと三日坊主になる事を俺は経験上知っている。
飛ばさなくても三日坊主になることも知っているが今は忘れよう。
ミユが応援してくれるなら俺は頑張れる。
ぴんぽーん。
呼び出しチャイムが鳴る。
「また山田さんかな?」
ガチャッ。
「すみませーん、白犬バンクの宅急便です」
運送屋さんだったが俺は最近何か注文したような記憶はない。
「隣の205号室の高橋さん宛の荷物なのですが、不在の場合はこちらの204号室へ届けてくださいという事でして」
高橋ッ!!
最近は運送屋さんの再配達問題とかで大変らしい事を知っていた俺は渋々ながら荷物を受け取ることにした。
「着払いで1280円になります」
たーかーはーしっ!!
後でとっちめてやる。
「ありがとうございました」
そう言い残して運送屋さんは帰って行った。
「ご苦労様です」
俺がな。
お金まで払ってやった以上、この荷物は俺のものと言っても過言ではあるまい。
「どれどれ?」
送り主はユグドラシルカンパニージャパンか。自分の会社から何を送ってるんだ?自分で持ってこいよ。
しかもクール宅急便。
内容物はっと、食品って書いてあるな。クール宅急便だから当たり前か。
いやしかしあの研究キチの高橋さんの荷物だ。怪しいナマモノが入っている可能性も捨てがたい。
俺はミユの前にその荷物を置く。
「ミユ、これの中身解る?」
するとミユは葉をゆらゆら揺らしながら「今のミユではまだ中身まではわからないの」と応える。
今は無理でもレベルアップすれば出来るってことか。凄いな。
「でもミユはそれが何か知ってるの」
まじか?
「昨日タカハシが遊びに来た時に言ってたの」
おいちょっと待て、昨日俺は高橋さんを一度も見てないんだが?
「お父さんが学校に行ってる時に遊びに来たの」
また不法侵入か!
「その時に言ってたの。エルフの里の名物弁当を取り寄せたから楽しみだって」
エルフの里の名物という言葉に嫌な予感しかしない。
俺がジト目で配達物を見ていると又呼び出しチャイムが鳴ったと同時に部屋に高橋さんが飛び込んできた。
部屋の主が応える前に入ってくるなと注意する前に高橋さんは宅配便に思いっきり抱きついて頬ずりをし始めた。
「うへへうへへ今晩はごちそうですですぅ」
涎まで垂らし始めた。
見かけはそれなりの美少女なのに本当に残念な女だ。
「高橋さん、涎出てるよ」
俺が言うと高橋さんは慌てて袖で涎を拭いて立ち上がる。
「受取りありがとうですです」
高橋さんはそう言って珍しく俺に頭を下げた後荷物を持って自分の部屋に帰っていった。
ちなみに一週間ほど前から高橋さんは山田さんの部屋から俺の部屋を挟んで反対側の203号室へ移り住んでいた。
そもそも暫くの間とは言え同じ部屋に済んでいた事自体がおかしいのだが、山田さんはあの通りイケメンだけど設定をクソ真面目に遵守してるし、高橋さんは研究キチすごて間違いなど起こる気配は無かったのだが。
夕方、山田さんが会社から帰ってきたついでに我が家に寄る。
ミユから今日あった出来事を聞いて記録を残すのが今の日課なのだそうだ。
俺、体以外も随分丸くなった自信があるな。
「それでタカハシがエルフの里名物のお弁当を買ってたの」
「エルフの里名物の弁当ですか?どれだろう」
山田さんの言い方だと名物弁当は何種類かあるようだ。
まぁ銘菓も一つじゃないわけだし当たり前か。
……はっ。
その時俺に電流が走る! これがアハ体験!
いやいや、思い出した。俺まだ高橋さんから着払い料金貰ってねぇ!!
「山田さん!その弁当の料金俺が建て替えたんですけどまだ返してもらってない事を今思い出したよ」
俺が立ち上がると山田さんも一緒に立ち上がって「それではついでに我が国名物の弁当をご紹介しましょう。突撃!隣の晩御飯です」と一緒に高橋さんの部屋へ向かう事になった。
何故かノリノリである。
ぴんぽーん。
「はーいですです」
「こんばんわ。田中ですが」
「山田です」
ガチャっと扉が開く。
「あれ? 二人一緒とか珍しいですですね? 何か御用ですです?」
「宅配便の料金、俺が建て替えてたのを貰うの忘れてたんで集金に」
「ついでに我が国が誇る名物弁当とやらを田中さんに紹介しようかと思いまして。よろしいですか?」
「むむっ、まるで見ていたかのようなタイミングですですね。今から用意して食べようと思っていた所ですです。一人分しか買ってないからあげませんヨ?」
「俺、夕飯はミユと一緒に食べるから」
「私は会社帰りにもう食べてきましたので」
そう言ってから俺たち二人は高橋さんの部屋へ入る。
まだ引っ越してきてそれほど日時も経っていないのにどうしてここまでと思えるほど様々なものが散乱している部屋に入ると、中央の机の上にそれは置かれていた。
ホカホカの湯気立ちのぼるそれはまさに……。
「釜飯じゃねーか!!!」
どこからどう見ても完璧な釜飯が鎮座していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます