第11話 声が聞けてうらやましいです。

 新しい朝が来た、希望の朝が。


「ひゃっはー!おはようミユ。今日もいい天気だねっ!」

「おはようございますお父さん。よく眠れました?」

「ぐっすりすやすやでそのまま永眠するレベルだったよ」

「永眠しちゃダメです!お父さんの健康のために夜の内に貯めておいたこの『世界樹の雫』を飲んでください」


 ミニ世界樹『ミユ』はそう言うとキラキラゆらゆらする。



 俺はミニ世界樹育成ケースの上から世界樹の雫を受け取り一気に飲み込む。


「ぷはーっ!この一杯で生きてるって実感するよ!」

「田中さん、元気になりましたか?」

「元気元気ぃ!これでもう夜まで眠らなくても平気だよっって山田さん! なんで居るんですか?」


 いつの間にやら部屋の中に山田さんがいていつも通りイケメンスマイルでニコニコしていた。


「朝のご挨拶と昨夜の高橋さんの盗聴行為についての謝罪をと思いまして」


 昨夜のことを思い起こすとたしかミユが高橋さんの盗聴に気がついて壁ドンで反撃、そして高橋さんの行動に気がついた山田さんが高橋さんに説教を始めた所で遮音結界を張って……。

 色々思い出してきたがそんな事より気になることが有る。


「あれ? 部屋鍵かけてありましたよね?」

「かかってませんでしたよ」


 そういえば前にもこんなやり取りがあったような?


「……それでも勝手に部屋に入ってこないでくださいよ」

「実はさきほど部屋の前を通りかかったら突然田中さんの部屋から奇声が聞こえまして、田中さんに何かあったのかと慌ててしまって」


 奇声……。


「入ってみると田中さんがなにやら不思議な踊りを踊りながらミニ世界樹さんに非常にハイテンションに話しかけていらっしゃるじゃないですか」


 不思議な踊り……。

 見られてたのか。超恥ずかしい。


「それでですね。ミニ世界樹……いえ、ミユさんとどんなお話をされていらっしゃったのですか?」


 山田さんが手帳片手に問い詰めてくる。


「何って? 聞いてたんじゃないの?」

「いいえ、どうやらミユさんの声は田中さんにしか聞こえないようなのです」

「まじで?」

「多分ですが。私には先程の田中さんは一人芝居をしていたようにしか見えませんでした」


 なにそれ、超恥ずかしいというか頭のネジがぶっとんだ人にしか見えなかったんじゃね?


「ミユ、そうなのか?」


 俺は手に持ったままだったミユに話しかける。


「そうなの。正確には現状の私の力では契約者にしか声が届かないの」


 特定の人物にしか声を届けないとかどういうテクノロジーなのか。


「つまり俺は特別オンリーワンな存在だということか」


 ミユに認められた俺は特別な存在だという事か。

 次の瞬間、玄関から弾丸のように一つの影が飛び込んできた。


「ちょっとまっったあああああああああああああああああああああああですです」


 げぇっ! 高橋っ!


「ミニ世界樹の声、私にも聞こえるですです!!!」

「な、なんだってー!」

「私も契約者ですですから」


 なぜなら彼女もまた特別な存在なのです……ってそんな馬鹿な!



 記憶を掘り返してみる。

 そういえばコイツ、ミユの専属研究者契約を結んだとか言ってたな。


「ミユ、早速だがコイツとの契約を解除だ」

「ふふふっ、そう簡単に契約は解除できないですです」

「お父さん、残念ながら高橋さんの言う通り一方的な契約解除は今は不可能なの」

「今は不可能でも将来的には可能だということか。じゃあその時には速攻でよろしく」

「どうしてそんなこと言うんですです!」

「うるせー、盗聴魔」

「研究熱心なだけですです!」


 ぎゃーぎゃー! わーわー! と騒ぐ俺と高橋さん、そして少しだけミユの姿を見ながら山田さんは呟いた。


「皆さん、ミユさんの声が聞けてうらやましいです」


 あまりに寂しそうな声につい喧嘩を止めて山田さんの方を振り返った。


「山田さん……」

「山っち……」

「高橋さん『山っち』とかどさくさに紛れて変なあだ名付けないでくださいね」


 さっきの寂しそうな声音はどこへ行ったのかいつもの調子で高橋さんに注意する山田さん。

 そうだよな、山田さんだけミユの声が聞こえない状態じゃ仲間はずれにされていると思ってもしかたないよな。仲間じゃないけど。


「お父さん」

「ん? なんだいミユ」

「多分次のレベルアップで契約者以外にも声が届けられるようになるはずなの」

「次のレベルアップでか。まだ先だろ?」

「今のペースだと早ければ今日中にでも次のレベルになるの」

「まじか、早すぎるだろ」

「本当!? ミユちゃんもうレベルアップするんですです!?」

「それは本当ですか。さすが田中さんは優秀ですね」


 三者三様の反応だ。というか山田さんは俺を持ち上げすぎで面映い。

 山田さんはそれを聞くと、そそくさと携帯電話ガラケーを懐から取り出して廊下に出ていく。



 しばらくして戻ってきた山田さんは満面の笑みで「会社から許可をいただきましたので本日は出社せずミユさんのレベルアップを待つことになりました」


「帰れ! というか会社行って働け」

「高橋さん、昨夜のお詫びの茶菓子を持ってきてください」

「りょーかいっですです!」


 ゆるい敬礼をして隣の部屋に駆けていく高橋さん。

 こいつら完全に居座る気だ。



 少し前までは俺以外の存在がなかった静かな部屋の日常が、いつの間にやら騒がしい日常になっていることに気がついた。

 今までは一人で居ることが当たり前だったのにと少し自嘲する。


 山田さんは相変わらずのイケメンスマイルでそんな俺を見ている。

 なぜだかこの人には全て見透かされている気がする。

 これがエルフ(自称)のスキルなのかな?と柄にもないことを思っていると高橋さんが包を抱えて戻ってきた。


 山田さんはその包を受け取ると机の上において包を解き始める。


「自分で食べようと思って買ってきたのですが折角ですから皆さんと一緒に食べましょう」


 包を解くとその中から青をベースにした美しい包装紙に包まれたお菓子の箱が出てきた。

 包装紙にはでかでかと『銘菓 青い鳥』と書かれていた。嫌な予感しかしない。


「山田さんへのプレゼントをどちらにするか迷ったのですがミニ世界樹つながりで『せかいじゅの葉饅頭』に決めたのですがコチラも双璧を成す我がエルフの里の名物でして」


 そういうと「じゃじゃーん!」と山田さんは自分の口効果音に合わせて箱を開けた。


「ひ○こ饅頭じゃねーか!!!」


 そこにはどこからどう見ても博多生まれの鶏の子供を模したお菓子が鎮座していた。

 違いがあるとすれば上半分がきれいな青いグラデーションで色付けされているくらいだろうか。


「青色1号…」


 青色1号というと発がん性がどうのとか言われて俺も真っ青なカレーを食べた時に思い出してググってみたが実際禁止している国はあまりなくて、さらに脊髄損傷の治療効果があるという話まであるらしい。

 ただし体が青くなるそうな。自然にガミ○ス人に成れるということか!と当時は思ったけどもとに戻らないコスプレなんて嫌だという結論に達した。


「青色1号?ああ着色料が心配なのですね?この国では特にそういったものにうるさい人達がたくさんいらっしゃるそうですね。ですが安心してください。この青い鳥饅頭の色は天然由来の成分で作られているので100%無害なのは各種検査で確認されていますのでご安心を」


 ニコニコ山田さん。


「いや、そんなことよりコレどこからどう見ても色以外はひよ○饅頭のパクリ商品じゃないか!」

「いやぁ、私もびっくりしたんですよ。まさか異世界にアレ程似たような商品があるなんて。でも偶然の一致に過ぎませんよ。なにしろ我がエルフの里でこの商品が開発されたのは今から500年以上も前の事ですし」


 長命種設定をこんな所で出してきやがった。


「もしかしたら我々より先にこの世界にやってきたエルフ族が博多でふる里の味を再現しようとして作ったのかもしれませんね。ロマンですね」


 しかも元祖を主張してきやがる。

 これは何を言っても埒が開かないパターンだ。



「まぁいいや。せっかくだからいただきます」


 そう言って青い鳥饅頭に手を伸ばすと既に箱の中から一つ饅頭が消えていた。 

「あれ?」と思って周りを見ると高橋さんがミニ世界樹ケースの前に立って手に持った青い鳥饅頭をそっとケースの上に置いていた。

 俺が見ているのに気がついて高橋さんは「この前の『せかいじゅの葉饅頭』みたいにこの『青い鳥饅頭』もミユちゃんにも一緒に食べてもらおうと思ったのですです」と少し照れながら言う。

 いや、だまされないぞ。コイツはただ単に自分のミニ世界樹研究のために『餌』を与えてみただけに違いない。

 それを素直に言うと俺と山田さんに怒られると思ってごまかしただけなのだ。

 まぁそれはそれとしてどうせ俺もミユにも食べさせるつもりだったから問題は無いのだけど。


「はぁ、そうだね。俺もミユと一緒に食べることには賛成だから別にかまわないよ」

「で、ですですよね。皆で一緒に食べる方が楽しいですです」


 これ幸いと高橋さんは俺の意見に同意し机に戻ってきて自分の分の青い鳥饅頭を確保すると頭からかぶりついた。

 たい焼きもだけどこの手の生き物を模したお菓子は「どこから食べる?」という話のネタになるものだがその前に食べだされてしまっていた。

 俺はその事を少し残念に思いつつ尻からかぶりつく。

 なんか頭からとか可愛そうだし。

 山田さんも尻から食べだして3人は黙々と一個目をたいらげた。

 そういえばお茶を用意してなかったなと立ち上がった時、何時ものようでいつも違うあのファンファーレが部屋中に鳴り響いた。


 ターンタララタンタンタンターン♪


 そしてその音が鳴り終わった直後、俺の部屋は光りに包まれたのだった。

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